2020. 7. 17 (金) 19 : 00 ~ 福岡シンフォニーホールにて
<第387回 定期演奏会>
ベートーヴェン: 「エグモント」 Op.84より 序曲
矢代秋雄: ピアノ協奏曲
(ソリストアンコール)
メシアン: 「8つの前奏曲」より 第1曲 「鳩」
小出稚子: 博多ラプソディ (世界初演)
ピアノ:小菅 優
指揮:鈴木優人
九州交響楽団
(コンサートマスター:西本幸弘)
私が最後にオーケストラを生で聴いたのが、2月15日のコバケン&九響だった。
そのとき、こんなに長い間聴けなくなるなんて思いもよらなかったなぁ。
そして、あれから5か月ぶりに聴いたのがまた九響。
コンサートに行けない間、自分自身は「生の音楽に飢えて仕方ない!」という自覚もあんまりなく、行けない期間が長くなればなるほど、なんとなく「もうわざわざコンサートに行かなくてもいいんじゃないかな」と思わないでもなかった。
今までも自分は何かにしばらくハマっては飽きてハマっては飽きての繰り返しなので、「クラシックにもそろそろ飽きてきたんだろうか・・」と若干の危惧が・・・
「こんな冷めた今の自分が、生のオケを聴く価値があるのかな。聴いたとして果たしてどう感じるのかな。」と思ってました。
でも今回、直に触れた音楽は私の”どこか冷たく麻痺した感覚にムチを打って、忘れていたものを呼び覚まし活性化してくれた”気がすごくしています。
5か月ぶりに行ったアクロスは席によって時間差で入場するようになっており、入るまでに長蛇の列だった。入る前に手指の消毒、パンフは自分で取る、クロークは閉鎖、ロビーコンサートやCD販売もなかった。席はSDのため一個とびの配置で、座席間の席はこんな風に、
座れない座席の背には楽団員や一般の方々から送られたメッセージがたくさん!
まるで七夕の短冊のようでした~
これは私の席の近くのメッセージ。小さいお子さんかな?
開演に先立ち、九響の理事長の櫻井文夫氏がご挨拶。この度の九州豪雨についても触れられていた。
そして楽団員の入場~。 いつもの知った顔の面々を見た時点でなんだか涙腺が~?
冷めてた自分のはずなのに、どした? 観客は通常の半分のはずなのに、いつもよりも大きな大きな拍手が沸き起こった。 ううう・・・
そして指揮者の鈴木優人氏が颯爽と登場。 コンマスの西本さんと握手はせずに互いに親指を立ててグー としていた。エド・はるみばりにグ~ググ~と力が入っていたww
1曲目はベートーヴェンの「エグモント」序曲。
奇しくも5か月前に最後に聴いた九響の公演のときも、1曲目がこのエグモント序曲だった。
あの時もよかったけど、今日はもっともっとすごかった!!
今日は弦は対向配置で12型かな?コントラバスは舞台下手側の配置だった。
奏者同志もSDを保つための小編成なのだろうが、九響は元々人数少ないから全く違和感なし! むしろその割にめいっぱい鳴りまくっていた。特に低弦の響きが胸にズーンときて本当に素晴らしかった。
今までと自分の聴き方も変わったのだろうか、ものすごい音のうねりの中に、楽団員の方々の「(いい意味での)怒り」「固い意志・決意」のようなメッセージを感じずにはいられなかった。
この曲は、元々ゲーテの悲劇「エグモント」のために劇付随音楽として作曲されたもので、エフモント(エグモント)伯爵ラモラールの物語。
エフモント伯爵ラモラール
彼はスペイン圧政下のオランダの貴族で、オランダ独立のために反旗を翻して戦うものの、仲間の裏切りのため死刑に処せられた悲劇的英雄なのだが、ちょうどこの話と今の厳しい状況とが重なって、余計に心が揺さぶられた。
私はもう完全に涙腺が崩壊してしまいました~
大げさなようだけど、この演奏きっと一生忘れないと思う
ところで、この曲のときティンパニは上手側にいましたが、使っていたティンパニがなんかやや小っちゃいし、音も違うな~と思ってあとで叩いていた森洋太さんのツイッターを見たら、アダムスシュネラーティンパニクラシックモデルというもので、本邦初お目見えだったそうです。そうだったのか~!
右写真のマスク男性が首席ティンパニ奏者の森洋太さん (森さんのツイッターよりお借りしました)
2曲目は矢代秋雄のピアノ協奏曲。
私は曲も知らなければ、矢代秋雄氏のことも全く知らず
矢代秋雄:1929-1976
矢代氏は東京芸大卒業後、5年間パリ音楽院に留学、帰国後は母校で教鞭をとりながら数々の作品を残したが、46歳の若さで他界。
この「ピアノ協奏曲」は1964-67年に作曲、1967年11月5日に中村紘子さんの独奏で若杉弘&N響で初演された。
you tubeで予習したが、初めて聴いたときは「この暗くてけったいな曲はなに?」という感想。2回目も「やっぱり暗いなぁ。これを聴くのかぁ。」 でも3度、4度と聴く毎に耳になじんできたのか、何だか不思議な感覚が・・・
で、実際に聴いた感想は、生で聴いた方が何倍もよかった
何よりソリストの小菅優さんがめちゃめちゃ素晴らしかったーーー
小菅さんは一昨年の「」のリサイタルの前半で着てたのと同じエンジ色のノースリーブのスリムなドレスで登場したが、少し痩せた!? 前よりややスリムになってる感じがした。
髪の毛はうしろにひとつに結んでいたが、髪の毛もだいぶ切ったんじゃないかな~。
小菅さん、力強い打鍵は相変わらず! 昨年アルゲリッチ音楽祭で聴いたときは音がやや硬質な印象だったが、この日の音色の美しかったこと!
彼女らしい、輪郭がはっきりとしたきらびやかな音色。 本当にうっとりしっぱなしだった
この曲、小菅さんにすごく合っていると思う。
逆にこの曲が小菅さんのピアノで聴けてよかった!!
第2楽章はピアノの「C音(ド)」がポーン、ポーンとずっと連打される(オスティオナート)ところから始まるのがなんか不気味。作曲者自身によると、「幼いころ見た夢の記憶」を表しているらしいが、この楽章は聴いていてなんだか怖かった。
ピアノの「ド」の連打に、次第にヴィオラとチェロが加わってくるんだけど、後列の奏者から弾き始めて徐々に前の奏者へ、そして全員が弾く。 楽章の最後の方ではティンパニなど打楽器が今度はドーン、ドーンと強く鳴らす。
なんだか、死神が次第に自分の方へ一歩一歩近づいてくるようで(たぶん今の自分の精神的状況が大きいのかもしれんけど)、個人的には怖かった。 それだけ小菅さんはじめ全員の気迫がすごかったのだろう。
矢代秋雄氏はこの曲をどんな心境というかどういう意図で作ったんだろう。興味ある・・・
小菅さんがカデンツァを弾いている間、鈴木さんは頭を小刻みに振ったりしてリズムを刻んでいたが、ふたりの息もぴったりだし、小菅さん自身もしょっちゅうオケ(特に打楽器との掛け合いのとき)の方を向いて、一体となっていた気がする。
小菅優すごい 去年は体調不良で彼女のリサイタルに行けなかったので、今度はぜひ行きたいなぁ。
小菅さんと九響熱演中~
最後は九響が委嘱した、小出稚子(のりこ)氏作曲の「博多ラプソディ」。
小出稚子:1982~
演奏前に鈴木さんと小出さんがおふたりで登場して、作曲のいきさつなどもお話された。
作曲者の小出稚子さんと指揮者の鈴木優人さん
(SDを保ってマスク着用でのトークw)
昨年作品を依頼されたあと、この曲のコンセプトのひとつである、博多の7月の大きな祭りである「博多祇園山笠」(「舁き山(かきやま)」と呼ばれる神輿が町中を駆け抜ける男しか参加できない祭りで7月に開催。今年は中止)の、舁き山が走るルートを実際に見て回ったり、漫画「博多っ子純情」の作者長谷川法世(ほうせい)さんと話したり、作品を熟読したりしたそうだ。
曲の冒頭には、山笠の「櫛田入り」で鳴らされる祇園太鼓が神妙にドーン!ドーン!とゆっくりと強打され、山笠で歌われる「祝いめでた」(これは博多っ子なら結婚式や宴会などでもしょっちゅう歌います)と、「博多どんたく」の定番曲「ぼんちかわいや」という2つのメロディをモチーフに展開された。(ただ聴いていてもこれがそうだと私にはわからないとこもあった)
どんたくで登場するしゃもじを鳴らしたり、など打楽器が大活躍!
お祭りにふさわしい賑やかな曲だった。
私が印象的だったのは、弦中心での「祝いめでた」をモチーフにした箇所。勇壮でいいな~と思いました。
曲の冒頭、「櫛田入り」を表す和太鼓がゆっくりと叩かれた
使われた和太鼓には「九響」の文字が
演奏終了後は、客席にいた小出さんも立ち上がって大きな拍手を送っていた。
アンコールはなかったものの、ここまででちょうど80分くらい。
休憩もなかったので、ちょうどよかった。
終演後は、大きな大きな拍手が、楽団員がはけてもずうっと鳴りやまず。
(こういうことは九響では今まで経験ないです)
鈴木さんと、鈴木さんが「みんな来いよ~」ってな感じで楽団員の皆さんも呼び寄せ、全員が再びステージに登場、さらに大きく温かい拍手がホール全体を包んだ
「おかえり~」と言ってるかのようだった
私も思わず立ち上がって手がじんじんするくらい拍手をし続けました~
全員が再度登場してのカーテンコール
久々に聴いた気迫あふれる九響の音は、新型コロナ以来、仕事とかでずっと緊張を強いられて張りつめてとんがった神経を和らげて、活力を与えてくれた。
そして、心の奥深くに閉じ込めていた感覚をあらためて呼び覚ましてくれた気がします
またいつコンサートが開催延期・中止になるかわからない状況だし、この先どうなるかはまだわからないけれど、とにかく鈴木さん、小菅さん、団員の皆さんのお元気そうなお顔を拝見できただけでもとても嬉しかったです
(写真は自分で撮ったもの以外は、九響の公式facebook、団員さんのツイッター、wikipediaなどからお借りしました)