自分を観ることの一助となる優秀なアプリないかなぁ?と

探していたら、セルフ認知行動療法は使えるかもで導入。

 

日記形式で以下の項目を埋めていく

 

・状況

・気分

・自動思考

・バランスの良い考え方

・気分の変化

 

 

具体的にやってみましょう。

 

【状況】

 

ゴミを捨て忘れた

 

【気分】

 

・愚かな自分への怒り
・厳格なルールに変えやがった管理会社への怒り

 

【自動思考】

 

・うわムカつく
・愚か者
・見りゃわかるのになんで捨てないんだろ
・酒がよくなかった~

 

【バランスの良い考え方】

 

・ゴミ捨ては酒を飲むと忘れやすいので、飲む前に多少残りが出てもいいから捨てておく
・前にも瓶をたくさん溜め込んだ時があったがなんとかなった
・死ぬほど大変なことではない

 

【気分の変化】

 

・なんとかなるという安心した気分
・イライラが減った
・どこにどう置くかという建設的な思考

 

 

 

こんな感じで埋めて、自身の感情からいったん距離をとることで、

どうにもならない何かの衝動に支配される割合を減らせる・・

 

のは知ってました(笑) が、これをどのように生活の中で習慣化し、

繰り返すか。

紙のノートだと他人に見られるリスクがあり、持ち運びも難しい。

生活の中で一番触るモノったら、やはりスマホですよね~。

日々のタスクの中で、1回でもこれができたらその日はokとしました。

 

そして、最後余談ながら、

この方法を実行したらその日はもうこの枠組みは忘れてしまった

ほうが良いかもと。

 

おかしな完璧主義が始まって、全ての事象を分析したくなって

自分で自分を縛る方向に進むのはよくない。

 

写経していたらいつのまにか字がきれいになっていた・・

みたいな無意識領域の改変こそが自己変革においては大事

なんじゃないか?と思うんですね。

 

禅の言葉で「仏に会って、仏を殺す」

 

良いやり方に出会ったら、良いやりかたを捨てる(殺す)

 

期待もせず積み重ねたことがある時、閃きの様に自分の意識に

射しこんでくる。

これをやったら人間的に成長できるとか、すごくなれるなんて期待せず

ただただ毎日繰り返す。

 

さてまた一月以上続けますよ。

何かあったらまた書きたいなと思う。

 

どんなことでも毎日継続すると決めたなら量は関係なく、必ず一度は

そのことに触れる

 

これはもうほぼ完ぺきにできるようになったので、

その自分への信頼を基盤にして、ずるではない自由な気持ちで

時々毎日のルーティン内容に中止、新規、入れ替え などを行うことができる。

 

やっていてもあまり成果でないなとか、意味がないなとか、面白くなさすぎ

な場合は躊躇なく廃止したり、統合したりする(最低でも一月以上はやっている)

 

【新たに加えた行動】(毎日やります)

 

・笑顔の練習(顔がひどいことになっているので(笑)

・ストレッチ(膝痛への全体的なアプローチとして)

・原因自分論の自覚(最近また他人のせいにしつつあり)

・5つのコラム(今回の目玉。認知行動療法のテクをアプリでやる)

 

【中止した行動】

 

・スクワット(膝痛いので)

・メモ書き(0秒思考。毎日やらなくてもいい。適宜で十分)

・日記の振り返り(項目にするほどでもなく普通にやれるようになり)

 

 

個々になぜ変更を加えたかもっとちゃんとまとめたかったけど、

本日はもう24時間拘束の後なので(汗)

ここでこのように変えたというメモ書きにて。

晩酌して寝ます!

 

昨日書いたどこまでも「個別」なんだと識るに絡む実感シリーズ

 

120歳ぐらいまで生きた女性が、生前

赤ワイン飲んで、煙草吸って、チョコを食べていた。

 

酒→体に悪い

煙草→絶対によくない

チョコ→良い面もあるが、砂糖に添加物

 

所謂「科学的に」良くないとされる事々は種々の研究と統計により

結論が導きだされているわけだよね。

しかしそれは絶対なんだろうか?

 

なりやすい、とか。

確率が上がる、とか。

 

良くないとされた嗜好品と伴に過ごした時間が何よりも喜びだった。

それでもし人生が短くなっても自分は良い・・

 

そういう生き方も全然ありだと思うし、

そして人生が短くはならない可能性もある。

 

病気と性格にも書いたけど、「病気」ってのは身体の問題でのみ

起きるものではないと直感できるところがある。

 

酒飲んで、煙草吸って、チョコ食べててとても心理的に健康!って

人もいるだろう。それを我慢した辺りから崩れていくような人もいるだろう。

 

「統計」というものが、複雑な人間存在の個別の変数を全て拾えて

いるかというと?

またある種の結論が前提にあって、その結論に沿うようなデータが出るような

仕組みになっている場合もあるとしたら?

 

統計とか大多数の意見とかに「否」を発する「個別性」への理解。

これが深まると、世に席巻しているムーブメントの形が「嘘」というか

「空中楼閣」であるのが見えてくる予感もあって。

 

まぁ整理不足、勉強不足で壮大な文章なんて書けないので、

あくまで「予感」ですが、このテーマは深めたいなぁと思う。