昨日書いたどこまでも「個別」なんだと識るに絡む実感シリーズ

 

120歳ぐらいまで生きた女性が、生前

赤ワイン飲んで、煙草吸って、チョコを食べていた。

 

酒→体に悪い

煙草→絶対によくない

チョコ→良い面もあるが、砂糖に添加物

 

所謂「科学的に」良くないとされる事々は種々の研究と統計により

結論が導きだされているわけだよね。

しかしそれは絶対なんだろうか?

 

なりやすい、とか。

確率が上がる、とか。

 

良くないとされた嗜好品と伴に過ごした時間が何よりも喜びだった。

それでもし人生が短くなっても自分は良い・・

 

そういう生き方も全然ありだと思うし、

そして人生が短くはならない可能性もある。

 

病気と性格にも書いたけど、「病気」ってのは身体の問題でのみ

起きるものではないと直感できるところがある。

 

酒飲んで、煙草吸って、チョコ食べててとても心理的に健康!って

人もいるだろう。それを我慢した辺りから崩れていくような人もいるだろう。

 

「統計」というものが、複雑な人間存在の個別の変数を全て拾えて

いるかというと?

またある種の結論が前提にあって、その結論に沿うようなデータが出るような

仕組みになっている場合もあるとしたら?

 

統計とか大多数の意見とかに「否」を発する「個別性」への理解。

これが深まると、世に席巻しているムーブメントの形が「嘘」というか

「空中楼閣」であるのが見えてくる予感もあって。

 

まぁ整理不足、勉強不足で壮大な文章なんて書けないので、

あくまで「予感」ですが、このテーマは深めたいなぁと思う。