右膝の裏の痛み、一時「やった治った」ぐらい軽減したんだけど

やっぱ痛い(汗)

 

それで、ネットで対処法を色々探したり、

動画の整体ストレッチを試してみたりしているんだけど、

 

痛くても歩いたほうがいいとか

歩かないほうがいいとか

 

そうした相反する情報や、効いたり効かなかったりするストレッチの

情報やらに触れている内に・・

 

極端なんだけど、「他人の言うことは当てにならん!」

 

という変な気づきが降りてきて、

 

マスを相手にしている教えは、個人の開きとは程遠い場所にある教え

である

 

という認識が深まった。

 

足の事情は人それぞれ千差万別。体の歪み心の歪み(笑)

その組み合わせと強弱が同じ人なんて一人もいないんじゃなかろうか。

 

 

 

自分が信用できるなぁという人が薦めたことが必ずしも合ってないことは

たくさんあった。

 

おすすめ、口コミ、誰それの太鼓判・・・

 

実は全部ダメ。ってところからスタートして物事を取捨選択開始したほうが

いいのかもなぁと。

 

過去に購入してしまった微妙に自分に合っていない物。

例えばイヤホンなんて、口コミとか評判なんてほぼ全く無意味だったりする。

 

自分が好きな響き、音質は唯一のもの。

いくら星が5個ついていても合わないものは合わないんだよなぁって。

 

書籍なんてもう賭けだよね。

 

ネット販売に依拠して、下見や立ち読みすることがとんと減ってしまったのが最高に良くない。

 

購買欲をそそるキャッチコピー、影響下に取り込みたいインフルエンサーの

巧みな誘導にのって、ポチってしまうのが失敗の元。

 

膝の痛み話しからかなり脱線してしまったけど、外部情報と内部情報(自身が

触れて実感して培われる情報)の違いについて、今日は卑近なところから

今更ズガーンと来たので記録してみた。

 

 

 

 

 

数年ぶりに賃貸紹介サイトを見た。

 

最近、ゴミ捨て場に監視カメラが付き、些細なゴミ出しの誤謬を

写真撮影して、全戸のドアに「誰ですか?」と貼り出すという

神経症的な管理手法に変わり、とても居心地が悪い。

 

賃貸自体は、大変気に入っているので、こういうことがなければ

全然住み続けるんだけど、なんだろうね~あのやり方。

 

確かに数年に渡り、ゴミ出しがだらしがない感じだったのは

承知している。

けど、家賃もまぁまぁなんだから、24時間いつでも捨てれるような

ゴミ捨て場作れよとも思ってたね。

居住スペーズにゴミが滞留するほうがよっぽど賃貸にとってよくない

と思う。

 

何より「監視管理社会」の嫌な匂いっていうの?

ゴミ出しは重要な生活の一部なので、窮屈な感じはストレスだ。

 

それで何気に賃貸ポータルサイト眺めてみたけど、

やはり「猫飼育ok」物件は少ない。駅から遠い。周辺の雰囲気が

いまいちと、この家を見つけるまでのあの苦労を再び・・

ってのは二の足を踏む。

 

時期も時期だし、移動するってもね。

 

そしてどうせ引っ越すなら、「楽器可、猫可」物件!

 

 

うん・・絶望的にそんな物件はありませんでした。

お化けの出そうな築50年の戸建てとか(汗)

 

 

ゴミ出しについては、マンションとかでもトラブルの元みたい

だよね。管理人が怒鳴り込んでくるとか。

でも、カメラでとって写真をさらし者にしてという話しより、

そっちのほうが人間みあっていいかもね。

 

しかも、冒頭の写真さらしについては

どちらの人間がやったか分からないから同時に二人さらすって、

許されるのか・・

顔を真正面の写真は避けて、「お顔が分からないので公開します」

っていう手法。

 

たぶん不動産屋がその筋の業者にこの件を管理させているの

だろうから、法律に触れない線で周到にやっているんだと思う。

ギリギリ、プライバシーの侵害にならないような形?

 

いつかピアノを弾ける家に住みたいという望みがあるので、

自分の中で静かに潮目が変わってきたのは確かなこと。

 

 

 

 

SNSを見ても、ニュースのコメント欄を見ても、

殺伐としたやり取りが世の中に満ちている。

 

昔から、右と左のやりあいはあったけれども、

今は増えに増えて反ワク、親ワク、反コロナ、主流意見マンセー派

反オリンピック、親オリンピック、反政府、政府支持

 

自分も勿論、どちらかの意見に加担しているので

「分断を煽るな」ってのは、どの口でな話しになるのですが(汗)

 

でも時々、「なんかもう疲れたな」って思うときがあり、ニュースやSNSを

見るのを休む時がある。

 

情報を遮断すると、静かな自室と猫しかいない空間が広がる。

 

どんなに外が炎上していようとも、自分には何一つ関係のないひと時を

作ることは可能なわけだ。

 

件の疫病がいつ自分の元に届くのかはわからない。

 

しかし、そうなるまでにはまだいくらかタイムラグがあるはずだ。

 

成った時にどうするのかを決めてあるのなら、あとは成った時の話しだと

割り切って、普段から無用な不安や心配に時間を割くのはやめて、

物語世界やゲーム、音楽にひたって楽しく生活するほうが有意義なのではないか。

 

自分ひとりがワーワー騒いでも多勢にはなんの影響も持ちえない。

 

それよりも今後も続くであろう引きこもりの数年で、力やお金を貯めこみ、

たくさんの本を読んだり、感動的な物語に触れる時間にかえて、

外の世界のことは、それを動かすべき人たち、そういうのが好きな人たちが

やってくれるので、任せておけばいいのかも。

 

わざわざ嵐の屋外に飛び出して行って、雷に打たれたり、雨で濡れる必要はない。

 

天気予報だけは見ておこう。

今、何が起き、何が問題になっているのかは知っておいた方がいい。

しかしそれは決めた時間にある程度取得できたなら、

あとはもうその話から離れて、自分だけの世界に戻るでいいと思う。

 

ましてパイ投げ合戦のようなSNSをずっとおいかけて、一緒になって

カッカするなんて時間の無駄。

 

自分の世界線をしっかりもって。

他人の問題と自分の問題をごっちゃにしないように心がけたいと思う。