子供の時から大多数と「違う」ということは、忌避や排除、イジメ、差別の

対象となりやすいことは知っている。

 

 

 

この年になって~ができないなんて

 

その立場でそんなの普通ありえないでしょ

 

最近の若い者は・・

 

あの服装、髪型はなんだ?

 

なんでこの局面でこういう判断ができんのだ?

 

 

 

等の「あるある」は全て自分が常識と思っていること、正しい、当然だと

思っている信念体系と「違う」からこそ出てくる愚痴のようなものなんだろう

と思う。

 

でも、ここであえて踏みとどまって、その違いを

 

「面白い」

 

と変換できて、さらに「自分はこうなのに、なぜ相手はこうなのだろう?

その背景にあるモノは何だろう?」

 

なんて、謎解きに挑むような受け取り方に変換できたなら、

ストレスだったことが、知的好奇心を満たす「面白いこと」に代わらないかな?

なんて。

 

その際、相手との「違い」を見るためには、

結局「自分自身はどうなんだっけ?」の情報も必要となるので、

自分を客観視するきっかけにもなる。

 

 

まぁ言うても、その「違い」故にこちらが不利益を被っているとか、

とにかくもうムカつくという心境だと「面白れぇ」なんて言ってはおれない

ことが仕事なんかではたくさんあるでしょうが(苦笑)

 

 

自分と違うこと・・は「悪」なのではなく、何かを気付かせてくれる

 

「面白いこと」

 

と捉え直すなら、もっと他者に優しく、あるいは余裕をもって

接することが可能になるのかもしれない。

今、流行っている疫病について、

いつか書いてみたいと思っているのだけど、

書く上で、根拠の部分というものを人に

示せるほどにまとまってはおらず、

書くのが難しいんだよね。

 

根拠抜きで、いま思っていること、決めている

ことは書けるかな。以下ポエムです。

 

・デルタ株は桁違いに感染力がある

 

・デルタより強毒な変異が来るかもと思っている

 

・ワクチンを自分は打たない

 

・飼い猫と職場と自分のために感染は避けたい

 

・政府、世界中の公的機関、専門家のいうことは

「絶対に正しい」とは思い込まない

 

・最後は自分の免疫頼みなので引き続き健康

 マニアを続ける

 

・今はちょろちょろしない

 

・感染した時にどういう行動を取るか、あるいは

 取れるのか今から何パターンかシュミレート

 しておく

 

 

政府がなんとかしてくれる、

誰か助けてくれる、

は基本、前提にしないかな。

 

結局、国や病院のお世話にはなるんだけど笑

それは獲得するものであって、待つものじゃ

ないなと。

 

今回の「禍」に対しては荒野行動だと思って、

戦局は自分で作るんだと「自立」した気持ちで、

ゲームをこなすかのように、サバイバルするんだ

と思ったほうがいいかなと思ってる。

 

自分を治療するための良い取り回しは何か。

どう言えば入院できるか。

ずる賢く受け身じゃなくて能動的に。

 

そのために「知識」は力だろうと。

丸腰じゃ戦えないので、情報はどんどん

集めたいところ。

 

生きてマスクのない時代まで

走り抜けよう〜

 

 

病気と性格って、相関があるのかなぁと考えてみた。

 

仕事柄、様々な疾患を抱えた人と会ったことがある。

 

その時に、なんとも言えない「感じ」として、その人の体質と

性格的なものが合致するような実感を得ることがある。

 

血圧高そうな人は怒りっぽく、神経質で、寛容さが乏しい

「笑っているけど怒っている感じの人」にパーキンソンの人が多かった。

腰痛もどこかに「怒」が滞留している感じで、「滞留」というのがポイント。

 

そうである人に失礼な感想かもしれないが、自分はそう感じたというだけの話し

で、そうだと決めつけているわけではないのですが、インチキ占い師じゃないけど、

結構当たってたかなぁ・・

 

そうした相関が本当にあるとしたら、それは鶏卵で

性格がそうだからそういう体質なのか、はたまたその逆なのか。

 

でも今自分は、性格が体質を形作る説に一票かな?

というか自分に対してもその答えを探してみたい。

 

今、空前の健康ブームだけど、圧倒的に「身体のほうからのアプローチ」が

多いよね。

 

確かに、運動したり、栄養に気を付けたり、睡眠を確保したりすると、

性格が穏やかになったり、パフォーマンスが向上したり・・

気分や感情にも多大な影響がある。

 

しかし、そうしたことに凄く気を付けている人が病気になったり、

なんか具合悪そうだったり、

あまり幸せそうじゃないというのも見かける。

 

筋トレは神

 

でも筋トレやりつつ、職場で誰かをイジメていたり、ずるいことしていたり、

あるいは感情を押し込めていたり。

 

そうしたことが体内の化学物質に与える影響って軽視できないんじゃないの~?

っていうのが最近思う所。

ネタ本も持っているんだけど、あえて自分の言葉で捉え直してみた。

 

何より、自身の膝の慢性痛から、最近どういう「心」の状態で過ごしていたっけ?

とか考えたくなりまして。

 

医学的な理由も勿論軽視しない。でも病気や体質って肉体の問題だけを

見ていてもダメなんでないの?ってのが最近の関心ごとなのでした。