子供の時から大多数と「違う」ということは、忌避や排除、イジメ、差別の
対象となりやすいことは知っている。
この年になって~ができないなんて
その立場でそんなの普通ありえないでしょ
最近の若い者は・・
あの服装、髪型はなんだ?
なんでこの局面でこういう判断ができんのだ?
等の「あるある」は全て自分が常識と思っていること、正しい、当然だと
思っている信念体系と「違う」からこそ出てくる愚痴のようなものなんだろう
と思う。
でも、ここであえて踏みとどまって、その違いを
「面白い」
と変換できて、さらに「自分はこうなのに、なぜ相手はこうなのだろう?
その背景にあるモノは何だろう?」
なんて、謎解きに挑むような受け取り方に変換できたなら、
ストレスだったことが、知的好奇心を満たす「面白いこと」に代わらないかな?
なんて。
その際、相手との「違い」を見るためには、
結局「自分自身はどうなんだっけ?」の情報も必要となるので、
自分を客観視するきっかけにもなる。
まぁ言うても、その「違い」故にこちらが不利益を被っているとか、
とにかくもうムカつくという心境だと「面白れぇ」なんて言ってはおれない
ことが仕事なんかではたくさんあるでしょうが(苦笑)
自分と違うこと・・は「悪」なのではなく、何かを気付かせてくれる
「面白いこと」
と捉え直すなら、もっと他者に優しく、あるいは余裕をもって
接することが可能になるのかもしれない。