晴れて居る。

心もそう感じる。

精一杯やった。
万策尽きたというところ。

それでも前から分ってた事だし。
そんなに気にしない。

白人との人種差の問題はある。
しかし、私は、誰かを受け入れられるような人ではないのだとおもう。

言葉で書けることは多く無い。

人の心に侵入もするつもりは無い。

風邪を引いた。
こころが弱くなっている。

意志も弱い。


手も足も出ない。


夢の中で、久しぶりに本当に怒っている夢を見た。
怒る感触ってこういうことなんだな、って思った。

人は怒るなという。

しかし、自分が好きだから、その事が諦められないから、
理不尽な扱いを受けた事を見逃せないから、怒るんだ。


弱いものいじめとは違う。
別の物だ。

怒れるってすばらしい。


怒れる何かが 私に残っているのか?


蹂躙され続けた心の中に、何が残っているのか?

疑問は疑問のままだ。


疲れている。

今はまだフランスに居る。
なぜだろう?
首が痛い。寝違えたのか、5日以上、痛い。
指にはできものが出来た。日本なら、すぐに治せる、前科のあるいぼなのに、
ここフランスでは、まだ検討が付かない。

いや、方法はあるのだけれども、
毎日お金を稼ぐために一日中働いているから、気力がわかない。
いや、
厳密には、自分が悪てあると知ってから、それとの戦いに命を削られるような想いで生活をしている事が原因だ。結局悪には勝てない。それはよく分った。
そして、それに染まるのかどうか、それが問題だ。

もはや、自分の未来に希望も期待も無い。残酷ではあるが。
しかし、それが現実だ。

悪に染まるのは容易い。

もう、何も歯止めはない。

しかし、まだ確かめたい事がある。
もしも愛する女が出来た場合、この悪に歯止めが効くのかどうか、その一点だけを確かめたい。

それでも歯止めが利かないのなら、
もう、善と悪の狭間でこんなに苦しむ事は無い。
その時は、
本当の姿に戻ればいい。

しかし、悪は悪でも、弱者をいためるような悪にはなりたく無い。

自分の興味と好奇心のためなら手段を選ばない、
その行動が善か悪かを問わなくなる。

純粋に言えば、私は悪ではない。
魔に近い。


悪か善かを考えるよりかは、自分がやりたい事のためなら何でもやる。

このスタンス。

粋であり、魔である。


それでもなにか生きる意味があるといい。

しかし、
これは末期の病気と考えればいい。


どちらにせよ、あたらしい生命が生まれる。

それまでは、最期の希望に託し、
フランス語、そして、政治の方向へ押し流す。

今の測定では、
半端におわりそうだな。
いつぶりだろうか?


分かっていた事だけど、

孤独だ。


それ以上でもなければそれ以下でもない。

孤独が心を蝕んでいる。


なんだかんだ言っても、
結局、未来が無い事は分かりきっているようで、
誰とも友達になれないまま、毎日を過ごす。

孤独になることは分かっていたけれど、
実際に孤独になると、涙がでるほど苦しいものだ。


さて、
そのような状態で何か出来るわけではないが、学校の授業だけは欠かさず参加しており、
フランス語力はあがっている。
結局、自分の幼少時代から、女に興味があったわけで、どちらにせよ
アダルトビデオを作る事になるだろうが、

そういう、最期の一手になるまでの戦いだと解釈してもらえればいい。


そういう、誘惑や、いや、もとの自分がそうなのか、
そういう、苦しい、目を背けたい自分との対話が、絶望的に体力を奪う。


可能性はないとみた。
しかし、同じ最期を迎えるにしても、
全てやった上での最期なら、それは迎えられる。

具体的には
やはり、政治をフランスでやるのだ。


幸せなど無かった人生、
両親に与えてもらい続けてしまった人生、

孤独な人生。


そういう全てをかけて、
全滅に向かう戦いをする。


そういうのを馬鹿で無意味というらしい。この国では。いや、万国共通だろう。
エロビデオを作ればいい。
しかし、それは最期の選択肢だ。

その前に、
折れた心と、砕けた拳、見えなくなった目で、
終わらない、終われない、確実に負ける戦いを行う。

こういう運命がなんだったのか、
倒れるときに、
完全に私の魂の炎が燃え尽きるときに、分かるだろう。


確実に負ける。いや、負けたんだ。終わったんだ。
折れた心と魂はなおらない。


あとは、全滅まで、
私が今まで手塩にかけて育て上げた精鋭達は、
簡単に死ねないから、
補給のないまま、勝てない相手に
最期の戦いを行う。


フランス語と相打ちになった時点で、
魂の炎は消えるという
計測、いや、もっと確かな値だ。



心が荒んでいる。
mou dameda

nagedasiteiru

jijitu yarukotoha subete yatteiruga

yuujinn ha hitorimo orazu

kokochi yoi akirame no nakani miwo nagedasu


doude mo ii

doudemo ii


sinnzou no oto ga tomaru dake


asita mo asattemo kawaranai

jibunn ga aku nanomo kawaranai

kurusiidake



umarenakereba yokatta

issonokoto owari ni siyouka



mou dame da



doudemo ii


akuni miwo noridasu yuuki mo naku

mirai heno michi ha kuwureteiru


zetubounonaka

koritu situdukeru


gomi no youna
itemo inakutemo onaji

gomida

oyakoukou ga owattara jibunn mo tai situ siyou


soreka kannzennna akuni somaruka


mou iiyo


akuni somareba kitto rakudarou

urami wo baramaki

subeteno sainouga yodominaku akuni syuutyuu suru


kimochi iidarou

sorega watasi no sadame nano ka



mou dameda


chi wo nagashi sugita

dekirunoha

semete darenimo meiwakuga kakaranaiyouni

kyuukyoku nimade fukurami tuduketa

zouo no honouwo

jibunnno nakade daremo makikomazuni

bakuhatu saseru dake


mou owarini sitai


mou doudemo ii

なにもありません。

パソコンをいつも運ぶことはできません。
たくさんかきたいことがあります。

いろいろあって、心の整理がしたいんだけれども、その機会もありません。
家にはインターネットはありません。

友達はいません。
自分の暗い性格が、人を離してしまう、あまさです。

いつも常に一人です。

何のためなのかわかりません。
それでも立つんです。

殴られても蹴られてもいじめられても、一人でも。

私はまだ死にません。

心が砕けても、燃える
この魂はそこにいる。

いつも。


泣くなよ。


iPhoneからの投稿
孤独も悪くない


こう文章をかくとすると
どちらの意味だろう、とひねくれて取るようになった


音楽と人の心は同じ

文章を書くときも同じ


結論ありきのぶんしょうは、くだらない

文章を通して音楽を通して自分が考えている事を発見する


そういうあり方もまたそういうあり方なのだ


しかし人間社会、ビジネス社会ではそうではない

フランスで現在までの感想は
結論ありきという方向が非常につよい


しかし同時にフランスへの偏見、先入観は大きすぎる

嫌な事、避けられた事などは確かに多い

しかしそれ以上に助けられている回数が多い


白人のクラスメートとともに、街頭インタビューをしなければならないという
ものがあった

その白人は、道逝くフランス人5人全てに応えてももらえなかった

しかし自分は応えてくれた 一回で


何を意味してるのか分からない

でも
自分は少なくとも嫌われていなかったのかもしれない
結論を自分の中で作ってしまってから
行動していないだろうか

とふと感じた


歪んだ先入観は役に立つと同時に
視野を狭める

時に判断を誤らせる



状況が苦しくなって初めて
いやより実感する

考えるだけが脳ではない


何も考えない事もまた一興だと




さて
苛烈なまでの宿題と対峙しよう


終わらないって これは
くそったれな量の宿題が出る。

今日は土曜日で休みだったが、朝起きてから
夜寝るまで朝から晩までぶっ続けで宿題をやっても、
宿題しか、復習も予習も出来ないまま、半分しか終わらなかった。


宿題の量が多いのは、当たり前だから別になんとも考えていないが、予算を確保するために具体的な対応を求められる事と
両立をしていかなければならないのが苦しい点だ。

方法はあるが、
これほどまでに労力を要求されるのは、予想以上で、
戦力を分散する余裕が無い
というのが
正直な実感だ。

予算を削ればなんとか学校がある間は働かずに勉強に専念できる。自分が何故フランス語をやっているのか、疑問は消えぬまま、ただ全身全霊で語学に打ち向かおうとするのも、
面白いとは思っている。

自分が
何を考えているのか考える事も、すこし疲れた。
もう、分からなくなったのかとも思われる。

疲れた。

部屋にインターネットが無い事は
幸せな事だった。

昔の人は、その点、明らかに楽な点があったのだ。
エロビデオという、強力な誘惑物もなく、インターネットやその他のやはり強力な誘惑物も無い。

自分の人生を考える時間が多かったのだ。

僕は弱い。

誘惑には勝てない。


しかし、別の人生を歩めるのなら、
そういうのも面白い。

親孝行するということが
テーマにはなってくるのか。

住居補助申請に行き、
大使館に行って社会保険について説明を受け
学校に寄って、クラスに対する不満をぶつけ
日本食レストラン、掲示板に張り紙をした


1日の予定が終わった

明日以降のために
住居補助申請の紙を書かねばならない
社会保険に関しては働き始めるまで何とも言えない
クラスへの不満に関しては
引き続き戦う以外に方法は無いだろう

フランス人の友人を探すために
張り紙をしてきたが、インターネットの出会い系サイト
にも目を通しているが

これといった手応えはない


予算は5月5日にゼロになり、
それ以降は危険な状態になるので、
住居費補助申請は早めに完了しておきたい

つまり、
5月の頭には働き始める事が出来る場所を見つけなければならない

それ以降は
学業とバイトの両立に精を出す


ひとりぼっちだ

日本にいた頃のエロビデオ生活が
きちんと効いてしまった

しかしそれは仕方が無いことだ
自分の意志は弱い


それでも
白人の綺麗な彼女が欲しい

愛せる人、愛せる女だ


今のところ、本当に手に入れたい人は見つからない
学業に専念して
バイトを探して
住宅補助を確立して

戦っていかなければならない事は
伍萬とある

女などに目をかけてる場合ではない
しかし女というものは大きなものだ

行動と準備の関係は大切だ
行き当たりばったりで解決しない問題があるとするなら
この場合は後者(解決しない)問題だ

人との信頼というのは
時間をかけなければ成立しない


だから
今、不誠実だと良心の呵責に耐えながら
出会い系サイトに目を通し、掲示板にも連絡先を貼るのだ

学校は6月までだ
それ以降は
きちんと信頼できる、はなせる
そういう誠実な付き合いが出来る
「個人的な友人」が絶対に必要だ

昨年度、ソルボンヌの語学コースが終わってからは
ずっとずっとずっとずっと
ひとりぼっちだった

寂しかった

そういう環境の中では
正常な心の動きはまず起こりえない

どれほど自分が惨めな状態にあるとしても
友人を探すための選択する権利だけは残っているはずだ

5月以降は過酷な生活になる
忙しすぎる学校の授業をこなしながら
バイトを踏ん張らなければならない

友人を作るための時間を捻出することすら
ままならなくなる

だから

今、不誠実という良心の呵責を受けたとしても
なんとか
きちんとはなせる、力になってくれる、
信頼し合える、そういう互恵的な関係をつくって
置きたい

今は学業に専念しなければならない
でも5月のバイトと学業の両方から攻められている状態ではない

今は
きちんと誠実につきあえる友人を探すんだ

どんな試練を受けてもいい


未来のための
大切な友人だ

一人では乗り越えられない
そういうおもいだ

分かった事は、フランス人達が
私たち外国人を金づるとして見ている事。

歓迎されるような存在ではないという事。
守られるような存在でもない。


毎年くるたくさんの蛾のなかの一匹。

こういう事に困るだろうけど、
それは既に分かっているけど、

放っておこう。

そういう、さめきった
個人主義の極みを見ている。


そう考えると、去年は楽しかった。
先生も、ずいぶんと気を使ってくれていたのだ。


しかし、
負けるつもりは無い。

そういう事ならば、
そういう条件ならば、
それを逆手に取る。


つまりこうだ。

義理人情ではないそういう所だけが問題点なのならば、

授業を選ぶ権利は、お金を払っているので、
自分のお金だから、そのお金をどう使おうと勝手のはず。
義理も人情も無い。

悲しい。
それでもかまわない。


お金を搾り取ったら捨てる。
そういう観念なのか。
それとも自分が、正当性が無いからこうなるのか。

しかし負けない。

クラスの女の子達は、やはり綺麗だ。
喉から手が出るほど欲しい。

しかし、性欲と、
「自分とフランス語」という項目は
残念ながら「自分とフランス語」を優先させる意外にない。


フランスから捨てられる定めなのだが、
それでも
自分ではじめた事、自分で選んだ事
そういうことには
自分自身で
物事の幕やけじめ、選択をしていこう。

だから、
明日、もう一回頼もう。

授業を変えてほしいと。

先生を信用できないと。

どうしてもフランス語を

どんなに惨めであっても、
フランス語だけはきちんと勉強してかえるのだと。

たまにこうやって心を吐露することが自分の助けになっているようだった。

友人は出来ない。
一言で言えばフランス語を続ける事に正当性が、未来性が、発展性が無い。
そういう不誠実な人間には友人はいない。

まあいい。

その中で心が死ぬ事は分かっていた。

それよりもより大きな何かにかける事が、
僕の使命だったのかもしれない。

現時点は良い。
しかし、長期間でみると収支が減っていく。

アロカションというもので、
残金の目減りを防ぐ事が出来るらしい。

しかし、そのためには多すぎる書類をそろえねばならない。



まあいい。

かなり忙しい。

勉強に戻ろう。