分かった事は、フランス人達が
私たち外国人を金づるとして見ている事。

歓迎されるような存在ではないという事。
守られるような存在でもない。


毎年くるたくさんの蛾のなかの一匹。

こういう事に困るだろうけど、
それは既に分かっているけど、

放っておこう。

そういう、さめきった
個人主義の極みを見ている。


そう考えると、去年は楽しかった。
先生も、ずいぶんと気を使ってくれていたのだ。


しかし、
負けるつもりは無い。

そういう事ならば、
そういう条件ならば、
それを逆手に取る。


つまりこうだ。

義理人情ではないそういう所だけが問題点なのならば、

授業を選ぶ権利は、お金を払っているので、
自分のお金だから、そのお金をどう使おうと勝手のはず。
義理も人情も無い。

悲しい。
それでもかまわない。


お金を搾り取ったら捨てる。
そういう観念なのか。
それとも自分が、正当性が無いからこうなるのか。

しかし負けない。

クラスの女の子達は、やはり綺麗だ。
喉から手が出るほど欲しい。

しかし、性欲と、
「自分とフランス語」という項目は
残念ながら「自分とフランス語」を優先させる意外にない。


フランスから捨てられる定めなのだが、
それでも
自分ではじめた事、自分で選んだ事
そういうことには
自分自身で
物事の幕やけじめ、選択をしていこう。

だから、
明日、もう一回頼もう。

授業を変えてほしいと。

先生を信用できないと。

どうしてもフランス語を

どんなに惨めであっても、
フランス語だけはきちんと勉強してかえるのだと。