精神状態は悪い。

覚悟はしている。

ひとりでもやる。


多くの事が未解決だ。

が、この困難のなか、
最後の力を使う。

一時的に全盛期の状態に戻る。


危機にあり、アッタベキスガタになる。自爆技だが、和を重んじる事と相反するが、器量の小さい私は、犠牲と痛みなくして、前進も身動きも出来ぬ人間だった。

しかし、一時的に、27歳の試練に負ける前の自分になる。

なんのためか?

自分のためだ。


誰にも心は負けてなかった。
自分を好きだった。


読者に伝えている時間はない。

しかし、そういう覇気を

かつての自分と共に、
それになる。





iPhoneからの投稿
血がにじむ。

絶望という大地に血の雨が降る。


そう、私の心の中だ。

しかし、そうであっても、心は清々しい。


最後の戦いの場に来たからだ。

絶望の空は拭えない。

例えフランス語が味方になっても、

絶望はそのまま残る。

いや、フランス語を選び、いや、フランス語に逃げた時点から、

より深い絶望が出てきてしまったのだろう。


朝起きるときは、絶望とともに起きる。

分かっていた。

もう、何も残されていない事は。

しかし、それに実際に触れるのは、こんなにつらい事だと、実感が足りなかったのだ。


さて、

今日は学校の授業、受けたところで

私の中の心の霧は晴れず、暗かった。


かえるときには、もう、俺の力は無くなっているのだと、

ただ悲しかった。


分からないのじゃない。

分かってもどうしようもない、そう思う自分が強い事が

悲しいのだ。




力は出ない。


泣いていた。


孤独は深い。

願っていた自分はもう見えない。

もう、どこに行ったのかも分からなくなってしまった。


どこに走ろうというの?

その言葉は頭に何度もよぎった。




Facebookをみた。

孤独だ。誰ともつながる事もできない。


メッセージは誰からも届かなくなり久しい。

それでも、自分の責任という言葉を繰り返し、

ただ、涙が出る。


終わったんだ、

逃げよう。



そう思っていた。

いや、今でも思う。もう、駄目と、分からないのではなく、

やっても意味が無いという声に抵抗が出来なくなった。


その中に、

3番目に好きになれた女の子が、やはり、死に物狂いで

奮闘しているのを発見して、


今回は、

自分で奮起したんじゃなく、奮起も出来ていないけれど、

ただ、

絶望という空の中で、


最後に打つこの心の中の「剣」を、

高校生の頃の自分に捧げよう、

自分も死んでしまうかもしれないけど、(比喩的な意味でね)

しかし、

これを、私の

心の中にある、墓場にそっと捧げよう、

そう、決めたんだ。




もうたてません。


無理なんです。


しかし、
フランス戦を始めたのが彼女を奮起させようとした事だったが、
今になって、彼女から力をもらうなどというのは、


死に目を看取り合うような、不思議な中だと、
連絡も着かない彼女との縁を感じさせられた。


今回は
もしかしたら読んでいる人がいるかもしれないので、

伝えておきます。


私自身は、もう、駄目です。

もう、たてていません。

それ以上の何かが
私を一時的に立たせています。



いつ崩れ落ちるかもしれません。

限界です。



しかし、ここでたち、フランス語を道連れに
いや、
私のわがままで、私が打つ、「剣」を

私の墓場に捧げます。


さあ、ゼロフォースの戦場にようこそ。

正真正銘の
死闘です。
さて、
最後の局面に来た。


これが私の終着点になるのだろうか。


負ける。


自分に勝つという言葉は大好きだった。

しかし、この勝負は負ける。


そもそもフランス遠征を始めた理由が、

かつて好きだった女性の前でいい格好をしたかったということだった。

しかし、始まり自体が間違っていた。


始まりを誤り、終着点は観得るのか?


そういう堂々巡りの思考をしているうちに、
当事者であるという意識は無くなった。


エジプトのときも、そして今、フランスでも、

多すぎるほどのチャンスを与えてもらった。

天はいつも私を励まし、助けようとし続けてくれた。


それをことごとく壊し、逃げ続けてきた。

幸せに巡り会えないのは何でだろうという、

贅沢な悩みを、舌の上で転がして「遊ぶ」だけで、

何も望まなかったし、望めなかった。


泣き言を繰り返した。



不誠実な行動を繰り返した。




そして、

丸裸の状態で、ついに最終局面を迎える事になった。


敵の戦力は無限大。

なぜなら、私が戦いをすることで、

勝者となりうる条件の、目標達成という言葉が

私には該当せず、

終わりの無い煉獄に、さまよう事が定めになった。



そして、
今、ここにいる事が、まさしく私の最後だと言える。


相手にとって不足なしと

意気込むことも少なくなった。


そう思うと、
小さな事も愛おしくなった。

ただセンチメンタルになったのだろう。



さて、

窮鼠猫を噛むという言葉はあるが、

最後の突撃を敢行するものとして、

残った私の心をかき集める。


多くのものは、ここで終わるなんていやだと泣いている。


高校生の頃の自分の夢に、剣を、あまりに多くのものを託し、

最後の一撃を振るう、その闘気を凝縮しているのだ。


勝機は一度しか訪れない。


角度、タイミング、力加減、打ち抜くスピード、脱力、

触れる時間、打ち込む時の自分、


それらを合わせて願いとともに打ち込む。



私の最後になる。

しかし悲しくない。

一つの私が終わるという事は、
新しい私を迎えるという事だから。


今までの私、新しくくる私、
本質的には同じものだから。


たのむよ、
私の拳。

光っておいて下さい。


全てが無になっていく空間の中で、

ただそのときに込めて。



今後の予定だ。

いろいろ精神的問題と弱さを抱えているが、
さらに目標自体が成立していないという致命的な原因だが、


将来
未来

そういう言葉の為に、出来る事はしようと思う。

さて、
フランスに到着したわけだが、
まずは、地盤の整理につとめる事にする。


とにもかくにも、今後の問題になりうるのは
資金面の管理だろう。

銀行をインターネットで管理する事にした。

しかし、必要な書類、情報を持ちきれていない、把握して切れていないので、
その部分は、速やかに情報を補足することにした。

今日は、大家や語学学校との調整をしなければならないのだが、
自分の銀行の情報をしらないようでは、
今後が思いやられる。


死ぬのは仕方が無い、自分が至らなかったのだから。
しかし、そこに至る、その結論に至るまでに、
正々堂々、死力を尽くして戦い抜いたかが、
僕にとっては問題だ。

だから、
このようなところではつまづかない。

私にとっての終わりの場所を迎える、選ぶ権利だけは
まだ残っている。


大家にも、語学学校にも
分割かつ、吟行払いをすることにより、
証明書発行、監査が入ったときに、
こちらに有利に働くように行動しなければならない。


あとは、SIMカードを購入、必要書類のコピーなど。


地盤が固まる事、
フランス語は習得する事、



速やかにかつ大胆に目標に向かって物事を進攻する。


1年半、これが自分につくったタイムリミット。


政治がどうこうなど、おこがましいことはもう言わない。

言葉、フランス語に対して、
私の未来、将来の可能性をかけて
正々堂々一騎打ちを挑む。


以上。
この日本で生活した5ヶ月間、
約60万円の収入に対し、

1 生活費 家族とともに 5×4=20万
2 Macパソコン 75000
3 パソコン設置関連負担費用 10000
4 電子辞書     17000
5 カメラ      16000
7 iPhone      30000
8 家族へのプレゼント 13000
9 外付けハードディスク 7000
10 かばん、靴、衣類  11000
11 フランス語関連教材 10000
12 ビザ取得費用(東京までの交通費含む) 20000
13 医療費       12000
14 追加物資補充代   10000
15 ダウンジャケット  10000

約、25万円ほど失った事になる。
つまり、
35(厳密にはおそらく30万円ほど)が+になり、
以前から残しておいた予算と合流させると、
全てを足していけば
60万円強の予算が残り、

さらにフランスでいきなり払わなければならない資金一覧で、30万円ほど、
つまり、
実質予算は30万円を切るか切らないか、



そのなかで、生活が盤石になるまで約1ヶ月半は働かないから、、


まあ、
日本で集中的に物資を補充している事を考えると、
問題は無いだろう。


フランス語は何の問題も無いだろう。

しかし、
その後どこまで上りたいか、どこに行きたいかが重要だ。

私は決心をしなければならない。


この世は広く、全てを制覇しようなど、
絶対に出来ない事に思いを馳せるのは
現実的にあり得ない。


幸せの形、世界観は自分自身の問題だからだ。


フランス語は、
しかし、
18の頃の自分に報いたいので陥落させる。
すぐに。

それから後だ。


、、、、、



現時点で私が持っている情報、
私の中身にあるものは、


もう旅の終わりだとささやいている。


しかし、

それは現時点の問題だ。

旅の本質は、

もしかしたら

変質にこそあってほしいと

願っている。



もしも、澄んだ心で何か

自分を見直す事があるのなら、


それが起こるためには努力が必要だろうが、

可能性はゼロではない。



ふ、


負ける戦いかー。


それを受け止めて、次に進む。



最後の戦いだ。


さて、

以前のような強い自分に戻らなければならない。

両親と離れる。


これは、今回は何方かと言えば
うれしくない。

ただ寂しい。

32歳なのに、社会とのつながりがないため、
家庭に依存しているという事だ。

自分で運命を切り開く算段なしに、
丸裸でフランスに行くのは、
なんでそうしたの?

という問いにすら
きちんと応えられないのが悲しい。



今、思うのは両親には親孝行しなければならないが、
彼らがいつまでも元気でいてくれる保証は無いという事。


それが真実だ。

母親は膝を痛め、腰も曲がってきてしまった。

きちんとした形で、親孝行をするには、
残りの時間が無限ではないという事だ。

自分が幸せに生きている、
自分というものを見つける。


そういう幸せの形を、これこそがというものとともに、
両親の前に現れることが、
両親を幸せにする条件となるだろう。

焦るけど、
こういうときこそ、冷静に。


まず言語をきちんと極めるというか、

言語は悲しい事に、

例え相当のレベルまであがったとしても
それ自体に価値は無く、あくまで手段であるという部分が
あまりに
自分の意志薄弱さが選択の時点で出ているのだが、



それは今、現時点の事であり、

来るべき日に向けて、
まず英語、フランス語を丁寧に仕上げる。

来るべき日には、
現時点で選べと言われれば、


残念な事に心が腐ってしまった私は
悪の道を選んでしまうだろう。

だが、この悪からの、天を咲き続けるほどの激烈な攻撃に
耐えながら、

両親に幸せというものを
具現化して持ち帰る、


多くの人がきちんとできているのだから、
僕も

本当の意味で能力が低い僕も、

出来ないはずは無い。



お金は大切、そして、この10年以上に身にしみた

家族を大切にいたわる気持ちを持って、


お金を稼ぐ、さらに可能であれば正の普通の道に行くように

己の能力を上げ、

強力な悪を抑える。



現時点では勝てる要素は


1%すらない。


それだけ強い相手だ。


しかし、
時間を作る。




出撃がすぐそばだ。



とにかく、
両親を幸せにするためにも、
この戦は一刻もはやく集結できるよう、


焦らず、真剣に、相手の急所を冷徹に見極める


負けない強い

私で戦い続ける。



両親には、安心してもらえるよう、これだけは、、、


ふ、

半分悪というのを忘れていた。



まあ、

眠ろう。


この激烈な悪の前では、
どんな言葉も瓦解する。



歴史が知ればいいことだ。
わくわくする


朝起きると戻しそうな気持ちになっている
(夢の中におれればよかったなー)


さいころをふって、次のコマはどうなるのかという気持ち



ドキドキもあるけど、心配も半端じゃない


夜は気持ちが高揚する


落ち込んだときは吐き気がする


しかし、
このドキドキに合うために
多くのものを犠牲にしてきたのだ


そして、

今までの選択の人生の中で、

私はこのドキドキに合うために

たくさんのものを差し出すしか無かった


しかし

その都度痛みを何度も経験してきたのだから、

つまり、

いまそれは私にとって

、、、、、


まあいいや




見ている人がいたとしたら、

こういうギャンブルはしない方がいいだろう


吐き気というものがどういうものか、

好奇心で首を突っ込めば

逆の立場になれば



、、、、、


まあそれもいいや



引き際は何事にもある。

引き際を知る事が、幸せの路であることに
疑いは無い。

今の私を見れば、きっと納得せざるを得ない人もいるだろう。

女が男を愛する時、
女が結婚をする時、

過去を全て清算して、未来への契りをたてるという、
大きい事だ。

男の就職は、女の結婚に似ているのか、

いや、それは現在までの世の流れにそった言い方で真実ではないかもしれない。



予算の事もそうだが、
終着点にこだわりすぎると、相反する事かもしれないが、

実は視野が狭くなる。


旅の途中に見るものを全力で吸収するのなら、
頭は空の方がいいらしいが、


今の私はそうやって考え方を編成しながら、
期限を(年金がもらえる)
ギリギリに調整しながら、

防御攻撃一体の動きをし続ける。


防御をするのは、敵の兵隊を見極めるため、消耗させるため、
実は、攻撃になりかねない部分はある。

攻撃もまた逆で、相手の油断を誘うときに
攻撃をしてもいいかもしれない。


今は守らなければならない。

攻められているが、攻めさせている部分もある。


敵を知る事、

それは、実際に触れなければ分からない。

その体温や言葉以外の何か。



そう、フランス学生ビザでの学生生活をするにあたり、


今回の最重要なポイントは

攻めない事、


というよりも、

戦線を自分ですぼめないこと。



そうすることで、旅の途中にある
花のにおいや湖の深さ、におい、味、

すべてが
私が生きるために必要な
生きたもの
になる。


そうやっていきていたのなら、

きっと今までに、今の私が気づいてない多くの事を見たのかもしれない。


だから、

勉強にそこそこの力を割いて、

途中にあるものの
匂いや空気に耳を澄ませてみよう。


まあ、32の男だから、性欲が強いのは避けられない事だ。

女はどこかで抱く。


それが、路の途中に咲いている華なのかもしれない。


親が子供を通して人生の意味を再発見したように、

私は女を愛する事で、その意味を知りたい。


女以外の事ももちろんするけど、、、

まあ、

芸術のモチーフは女が多い事から、
遺伝子の中で、一番美しいものは、
女であると

きっとプログラミングされてるのだろう。



人類の、この人間という「生」を与えられた
その環境の中にいる
普遍性の高い数少ない真実だろう。
今、オナニーしてた。


終了した。

賢者タイムになった。


到底、僕が僕である事はかなわないようだ。

結局、人間として生きる事を選んだ時点で、

神様からもう一回チャンスをもらう機会を無くしたという事なんだろうか。


父親にすら反対をされ始めた事は、
内心やはり大きいのだと思う。

生きていく気概を尋ねられたのだが、
それに応える力すらなかった。


何の役にも立ちすらしない事に、
これ以上、自分をさらすなんて馬鹿げている。


しかし、
どうなのか、、、

父親の助言は、いい加減である。

言葉に出したらいけない事だが。
最近の助言は、
助言になってない。


問題は、エロの力が膨張してしまう事にある。
エロの力が弱まるのは、オナニーの直後のみ。

オナニーの直後、自分に戻ったときには、
適当な事ばかり考える。

どちらが本当の自分なのか、、


エロビを見たり、オナニーをしたり、
そういう事をしてしまうと、次の日の力は5分の1くらいまで下がる。
しかし、
子供を作ったり、残したりする神聖な行動でもある。
動物的な行動でもある。

本能は、間違いなく女を得ろと言い続けている。
傷つけば、悩めば、どうしようもないほど考え込み、傷ついたら、
自慰行為がどうしても必要になる。

しかし、
自慰行為をすれば、力は大幅に下がる。


フランスにいるときに、天蓋を見てしまった。

何をどうしても這い上がる事ができない、蓋。


その後、女に逃げ、オナニーに逃げた。


天蓋が崩壊したとしよう。

そうであり、自分が進路を自由に選べるとしたら、
そんな事は起こりえないが、、、

そうだとするのなら、
誘惑の中に生きて、エロビデオを作るのか、
自分を律し、政治の中にいたいのか、


それとも、もう、冒険は終わりにするのか?


いつでも終われる。冒険は。

明日にだって、終わっていいんだ。
誘惑の中に生きるか、政治に生きるかの二択ではなく、

その中庸の中に生きてもいいんだ。



人として、幸せに生きたい。



冒険は終わりー、、、、、



どうしても、どうしても、
足が前に出ない。


じぶんで 分かっているんだろう?


もう、
お城までの道は途切れてるって。


家族と話し合った。


父親すら、今回の旅行には反対という事が分かった。

残念だ。

しかし、
父親ですら「関係ない」。

どうでもいい。



現時点での私の思う事は、
親よりも先に死なないように努力するだけだ。


それだけでいい。


フランスにゆくことすら、僕には未来は見えない。

いや、
それもどうでもいい。


しかし、父親すら反対というのは意外だった。


まあいい。


なんの為にいきているのか、分からないほどの
闇に包まれているらしい。

俺は。


それもそうだ。


フランスも、ちょうど手頃にそこにあったから、という
なんの理由もないのに、選ばれたフランス語も
つらいだろうし、悲しいだろう。

しかし、
僕にはもう、何も感じる力は無い。


自分の心臓が止まるとしても、
止まるような事が遭ったとしても、


ああ、鼓動が小さくなっちゃたなくらいなのかもしれない。



俺は、生きる事で、不誠実という

責任追及を受け続ける、そういう存在だ。


フランスでなくとも良かった。



なぜなら、
僕の本心が究極悪ということに気がついた、気がついてしまった時点で、
僕の人生は半分終わっていた。


その、
究極悪にコントロールさせないために、フランス語と、それに伴う
何らかの知識で
本性、本質、存在とも言える

この究極悪を封印しようとした。


本質がそうであるのに、
そのようなもので封印できる道理はなく、
封印を施せば、強くなり、ずっと残っている。

まあ、
この私の本性であるところの究極悪を
出してしまえば、楽だろう。

金も手に入るだろう。



それを先延ばししたのが、2年前のエジプト出発だったし、
そして、今、再度日本を離れようとしているのも、
この究極悪を野放しにしてしまわぬためだ。


普通のレベルではない。

だからこそ、ふと思う。


こういうのが戦いなのだなーと。



究極悪=本質だが、

具体的には、依存症が出るほどのエロビデオを生産することだ。

それは、
小さい頃から、エロ以外に何も生きている内容を持たなかった私には
おあつらえ向きの、必然的な終着駅だった。


しかし、
その究極悪へと落ちてゆく前に、


万が一にも結論が同じだったとしても、
そこにいたるまで、

戦って、戦って、

歩けなくなったときに、

究極悪へと転生するなら仕方が無い。

しかし、

結論が同じだとしても、

戦わなかったら、


勝てないけど、戦わなかったら、



ただそれだけだ。



一つだけ、良い点があるとするならば、
この究極悪の力は、利用する方法がきっと多い。


転生を終了してしまえば、無敵とは言わないが、それに近いだろう。

この世のありとあらゆるものを
自分の金の為に、自分のためだけに

利用し続ける。



外道という言葉になるだろう。



ただ、完全に究極悪に制覇されてしまう前に、
あともう少しだけ戦う。


世を憎み、自分を信じず、全てをのろうようなそういう
マイナスの心が自分であったとしても、



この正真正銘最後の

旅行に、


負けると分かっている戦いに、


進む。


なぜか?


究極悪と相打ちになりたいのか?


そうなると、

体は生命を止めてしまうかもしれない。