山本衣奈子ブログ☆今日も青空

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日々の仕事や日常生活の中で、
見たこと聞いたこと感じたことなどを綴っています。
【あなたの話が劇的に伝わる”パフォーマンストレーニング”】
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ひたすら雨・・・からの台風🌀

 

雨なのか汗なのか涙なのか、

あらゆるものがしっとりと、

とにもかくにも水分過多な日々でした。。。

 

今日ははようやく太陽が☀️

 

雨一色で終わってしまうのかと半分諦めておりましたが、

シルバーウィーク後半戦は、

なんとか外で楽しめる時間も持てそうですね♪

 

 

さて先日、久しぶりに会えた友人と話していた時のこと。

 

その人はなんともいえない不思議な雰囲気と魅力があって、

ファッションや言葉選びもとても個性的なのです。

 

興味や知識がとても幅広く、

いくつもの国家資格を持っているし、恐らく知力や能力もズバ抜けて高いはず。

とはいえ決して偉ぶることもなく、とても穏やかで優しい、大好きな友人です^^

 

その友人と一緒にいると、なんだかいい意味で、

とても力が抜けてリラックスできる。

 

何か特別なことををしているというわけでも、

何かすごいものを使っているというわけでもないのですが、

その友人が纏う穏やかな空気はなんだろうと思いました。

 

そして、会話の中で気付きました。

 

フラット

 

この一言に尽きるのです。

全てがとにかくフラットで広い。

例えるならば、遮るものが一切ない、

地平線が見える草原のような。

 

 

どんな人も、どんな物も、どんな出来事も、

一切の評価(ジャッジ)がなく、

ただあるものをあるままに受け止めているのです。

 

 

尖った人のことは「印象的だね」

意地悪な人のことは「そういうふうに言いたいんだね」

綺麗なものは「とても美しいね」

美味しいものは「素敵な味だね」

嫌いなものは「自分には必要ないな」

嫌な出来事は「悲しいことだよね」

嬉しい出来事は「ありがたいね」

 

 

といった感じ。

 

感情の起伏が少ない、というとちょっと冷たそうに聞こえますが、

ひんやりするというより、とにかくそれが心地よいのです。

 

他人と自分の境界線、というのもあまりないのだそう。

だから、例えば壁にぶつけた右手を左手でさするように、

相手に手を貸すことや助けることは、ごく自然で当たり前のことであり、

“親切”という意識は全くないのだと言っていました。

 

なかなかに独特な感性ですが、

事実そのフラットさに心地よさを感じている私のような人間がいるわけですから、

おかしいことでも間違っていることでもないですよね。

 

 

フラットでいるというのは、

簡単そうで難しいもの。

 

人には価値観や好き嫌いがあるわけですし、

それはものの見方や捉え方に自然と反映されますしね。

 

とはいえ、いつもとても穏やかに笑っている友人を見ていると、

幸せに生きるというのは、“心乱されない”ということなんだよなぁと、

妙に納得しました。

 

そしてそんな心乱されない人は、周囲にもいい影響を与えている。

 

 

どうしたらその域に近づけるのかと聞いてみたら、

「心がいつも忙しそうな人が多いよね。

とにかく深呼吸をするといいんじゃないかな」

と教えてもらったので、

早速意識して深い呼吸をしながら、フラットに生きていこうと思います☆

 

 

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地域によって「暑い」と「涼しい」の差が激しく、

離れた場所の方と気候の話をするとなんだか噛み合わない状態が続いています^^;

 

東京はずいぶんと涼しい夏だったような印象。

すでにうっすら寒さすら感じられるようになって、

いつの間にやらすっかり秋の雰囲気です🍂

 

とはいえ世界で見れば、

今年は史上最高平均気温をまた更新したとか。

暑いではなく熱い。

寒いではなく痛い。

こういう状況はこれからますますひどくなる予想とのこと。

とにかく荒れがちな地球に対して、なんとかできることをコツコツしていくしかないですね…

 

 

できることをコツコツと言えば、

とかく私たちは、自分の力ではどうにもならないことを

あれこれ思い悩んでいる時間が案外多いものですよね。

 

例えば、天候のこともそうですが、

すでに起きている事実や、

どうしたって24時間しかない時間、

他人の行動や言動や考え方、などなど。

 

悩むことでどうにかなるならばいいのですが、

悩んだところでどうにもならないことには変わりがないわけで。

 

となると、それを思い悩んでいるその時間こそが、

一番残念でもったいないことなのかもしれません。

 

とはいえ、

「考えたって無駄」

「考えないほうがいい」

なんて言われたって、

考えてしまうものはどうしようもない。

 

「考えないようにしよう」とがんばることだって、

結局“どうにもならないこと”の同一線上にあるのだから、

同じことですよね。

 

 

だとしたら、それを無駄な時間にしないためには

むしろ「積極的に悩む」をやってみるのがいいのかも。

 

なんなら“考える人”のポーズを取るくらい、

「意図的にちゃんと悩む」わけです。

 

そうしたらきっとそのうち悩むのにも疲れてきますし、

なんだかバカバカしくなって、

自然と「まぁ、もうどうでもいいや」って気持ちになれそうではないですか^^

 

 

悩みがある時って、

悩むことから逃げようとするから余計悩むのかも。

真正面からがっぷり四つでいく方が、案外悩む時間が短く済む気がする。

 

 

笑う時は笑う。

怒る時は怒る。

泣く時は泣く。

悩む時は悩む。

 

どんな感情だろうが、

そこに素直に生きることが、

人間らしく生きるということなのではないでしょうか^^

 

悩んだっていいじゃない。

悩める時は悩もうぜ!

 

 

 

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9月になりました。

ということは、月並みながら、

今年も3分の2が過ぎ、残すところ3分の1ということですね。

 

毎年繰り返す、この驚きと焦りとほのかな郷愁の入り混じる感じ。

 

8月が子供の夏休みだったこともあってあまりに慌ただしく、

「早く9月になってくれ〜」なんて思ったりもしておりましたが、

過ぎてみればあまりにあっという間で、すでに懐かしさすらあり、

あの体験もあの笑顔も、振り返ればなんだかただ愛おしくてたまらないという☺️

 

頭でわかってはいても、

やはりなんでも、終わったり無くしたりして気付くものなんですよね。

 

「なんであの時もっとこうしなかったんだろう」

 

そんなふうに思うことって山ほどある。

 

とはいえ、もちろんその時だってただノホホンとしていたわけではなく、

「なんであの時もっと・・・」と思うであろうことを想定して、

その時できることをしっかりやってちゃんと頑張ってるんですよね。

それでもやっぱり「なんであの時もっと・・・」と思う気持ちは湧いてくる。

 

「どれだけやっても、後悔はするものなんだよ」

 

以前、介護施設で働いていた知人が言っていました。

介護の世界でも、家族が「なんであの時もっと・・・」と悔やんでいることが多いのだと。

 

もっと一緒にどこかへ行けばよかった

もっと会話をすればよかった

もっと優しくしてあげればよかった

 

側から見て、もう十分すぎるくらいやっているという人でも、

本人は「なんであの時もっと・・・」と思っていることが多いそう。

 

 

後悔のないように生きていきたいけれど、

人がそうであるように、どんな物事にも完璧なんてないから、

どうしたって後悔はするのでしょうね。

 

そんなことを思っていたら、先日こんな言葉を見かけました。

 

「すべてが最終日だと思って生きよう」

 

確かに、今この瞬間は2度とない。

同じ人と同じ場所で同じように同じ時を繰り返すことはない。

 

それをするのも

その人と一緒にいるのも

それを食べるのも

そこに行くのも

それを考えるのも

 

いつだって“最後”の連続。

 

最後なんだから、

過去を悔やんだり、未来を憂いたりしている暇などないのですよね。

今2度とないこの最後の瞬間を、しっかり味わうほかないのですよね。

 

というわけで、

時折また時の早さに驚愕しながらも、

今あるもの、今見えているもの、今触れているものを大切に、

今をしっかり生きていきます🌸

 

 

 

 

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8月も残すところ1週間を切りましたね🌻

 

個人的にも世の中的にも、

あれこれと慌ただしくそして落ち着かない状況が続いておりますが、

とにもかくにも引き続き、健康第一・安全第一で参りましょう!

 

 

さて先日、ママ友のお家にお邪魔した時に、

とあるカエルさんに出会いました🐸

 

そのお家では、犬やトカゲ、お魚などなど

色んな生き物を飼っているのですが、とくに目を引いたのが

黄色い“ツノガエル”。

 

調べてみたところ、“クランウェルツノガエル”という種類らしいですが、

この子がとにかくまぁ、動かない👀

びっくりするほど、動かない。

 

ずっと同じ場所で、たまに目を閉じて寝ているような様子を見せる以外は、

じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとしています。

 

 

「餌をあげるときだけ動くよ」

とママ友が手を見せると、

急に大きな口をガバーーーーーッと開けてびっくりしましたが、

それ以外で動いたのはわずかにほんの2mmくらい移動したのみ。

 

 

「この子は“待つ”のが“生きる”ことなんじゃないかな」

とのことでしたが、

確かにそうなんだろうなと、微動だにしない姿を見ながら思いました。

 

 

何も持たず、必要最低限の食べ物に対するもの以外は欲もない。

このままこの先ずっと、一生を終えるまできっと彼はあのままなんでしょう。

まさに究極のシンプルライフ。

 

とはいえ、暇そうにも見えないし、何かを諦めている風でもない。

ただただそこにある、というかいる。

なにやら尊さすら感じられてきました🙏

 

 

そう考えると、私はあれやこれや頭の中は常に色んなことでいっぱいで、

とにかく駆けずり回り、動き回り、

「あれをしたい・これをしたい」の欲まみれ^^;

 

 

ツノガエルのようにありたいけれど、

こうして必死にあがいて生きるのが人間らしさとも言えるし、

それだけ様々なモノとコトに溢れた、

広い世界に生きているという表れなのかもしれませんけれども🌏

 

でもなんだか、ツノガエルがカッコよく見えました。

“動じない”というカッコよさ。

 

きっと彼は、

じっとしている自分を卑下したりなんかしない

うまくいかないことを嘆いたりなんかしない

誰かと比べて落ち込んだりなんかしない

ただ、そこにいる

 

 

私も心の中にツノガエルを持とう✨

ふとそんな風に思いました。

 

慌てた時、焦った時、余裕を失った時、

そんな時は、あのツノガエルの姿を思い出そう。

 

全てを受け止めながら大きく構える、

そんな自分を心に持っていられたら、

何があっても落ち着いて、

そして自分らしくいられるような気がするから^^

 

まぁ人間はカエルではないので、

生きている以上ただじっとしているわけにはいかないし、

きっとこれからもあれやこれやと動きつつ、もがきつついくんでしょうけれど、

いつも心の片隅には、ツノガエルを飼っておこうと思います🐸✨

 

慌てず焦らず動ぜず

目の前のことに腰を据えて向き合っていこうと思います🍀

 

 

 

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少し涼しい日が続いたこともあって、

ちょっと気温が上がるだけでなんだかやけに暑く感じます🥵

 

あれよあれよとお盆も過ぎ、

夏休みから通常運転に戻った、という方も多いかと思いますが、

皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

今年はまた、思ってもいなかったようなことが次々起こり、

夏休みどころではなく、

現在進行形で大変な状況にいらっしゃる方もいることを考えると、

とにかく少しでも、安らぎと笑顔の時間が増えることを願うばかりです。。。

 

 

天災や災難、異変や異常、

自分の力ではどうにもできないようなことへの恐怖と不安は

年々増すばかりですが、

先日お客様と話している時に、こんな話になりました。

 

 

「でもやっぱり、一番怖いのは人間だよね」

 

確かに、予想外の出来事や突然の天変地異の恐ろしさは、

想像をはるかに上回るものであることも確か。

でも、そういうこととはまた別の次元で、

心が冷えるような恐怖を生み出しているのは人間なのかもしれません。

 

だって、空や地球はときに大暴れをするけれど、

そこに嘘や裏切りや悪意があるわけじゃない。

 

一方人間は、残念ながらそれを持ってる。

 

 

それを使うか使わないかは人によって違うし、

もちろん全員がそれを振りかざして生きているわけではないけれど、

それでもそれによって毎日どこかで誰かが誰かを深く傷つけ、

誰かが傷ついているわけで。

 

 

信じていた人に裏切られる

疑いすら持たなかった人に嘘をつかれる

味方だと思っていた人に裏でひどいことを言われる

 

そうやって傷つく心が負うものは、思っている以上に深くて酷い。

 

そんなことができてしまう“人間”って、

実はとても危険で取扱注意で、怖いものだというのも頷けますね。

 

 

そんな話の流れで思い出したことがありました。

以前出会った、とても怖い人のこと。

 

その人は、最初はとても感じの良い人だったのですが、

ふと見せる顔や態度がとても冷たくて、ちょっぴり違和感を覚えることもありました。

 

とはいえ仕事仲間ですし、良い関係でいることを大事にしようと思っていました。

ところが時間が経つにつれ、だんだんと付き合いも長くなってくると、

意地悪で攻撃的な面を見せることが増えてきました。

 

よく言えば、私に心を許していたのかもしれませんが、

悪く言えば、私には思いやりや気遣いが不要と軽んじられていたのかもしれません。

 

心が凍るような瞬間が増えてくるにつれ、だんだんと辛くなってきました。

そしてなぜか、私が辛そうにするほど嬉しそうな顔をするその人…

 

 

ところがです。

そういう側面はなぜか他の人にはほぼ見せていないため、

周囲には「感じの良い人」としか映っていないのです。

そこでどんなに私が「怖い」と言っても、全く信じてもらえないわけです。

 

その極端な変化っぷりはもう、アカデミー賞もの。

 

ついさっきまで、猛烈に悪口を言いまくっていたのに、

いざその人が現れたらそんなことはおくびにも出さず、

笑顔で「感じの良い人」になるその姿に、私は心底震え上がりました😱

 

そしてその人は、もちろん例外なく、

周囲の人には、私についてもかなり酷いことを言っていたようです。

ただし、周囲の人に対しては「感じの良い人」として。

つまり、自分を被害者にして、いかにも悲しげに私を悪者にしていたらしいです^^;

 

まぁ、私も悪者ではないという証拠はどこにもないですから、

何かしでかしていた可能性ももちろんあるわけですが。

 

 

まぁそんなこんなでそんな怖い人と距離を置くようにしてみたら、

びっくりするほど楽になり、

いつの間にか自分にとってものすごく負担になっていたことに気付かされたのでした。

 

 

人は誰でも多面体ですし、いろんな顔を持つものです。

それ自体はおかしなことでも悪いことでもない。

 

「人の不幸は蜜の味」

なんて言葉もありますが、

他人の不幸を喜ぶ心理が人間の中にあると言われています。

これは心理学で“シャーデンフロイデ”と呼ばれるものですね。

 

様々な心理要因があるとは言われていますが、

これが人間の怖さの要因の一つなのかもしれません。

 

助け合いや支え合いを是としながら、

相手が傷つき悲しむのを喜ぶ。

 

 

とはいえ私は、

人間とはそういうものだよと片付けてしまいたくないなぁと思うのです。

 

怖い人を間近で見て、つくづく思ったのは、

「こうなってはいかん」

でした。

 

思えばそれは私の中で、

様々な負の感情のストッパーになってくれている気もします。

そういう意味では、人の怖さを身をもって知れる良い機会だったのかもしれませんね^^

 

 

一番怖いのは人間

だからこそ

それを止められるのも人間

 

私は、せめて止められる側の人間でありたいと思います🌸

 

 

 

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