例えば落とし物を届けてくれる人がいたり、
道に迷った時に教えてくれる人がいたり、
困った時に手を貸してくれる人がいたり、
世の中捨てたもんじゃないと思わせてもらえることって、
案外たくさんあるものですよね。
ただその一方で、
騙したり苦しめたり裏切ったり、
残念だけどそういう人がいるのもまた事実。
ただでさえ不安な世の中。
何を信じたらいいのか、
何を信じてもいいのか、
分からなくなるほどの混沌の中で、
人はより強く“根拠”を求めるようになってきているようです。
「エビデンスはなに?」
つい先日もそんな言葉を耳にしました。
「エビデンスはエビ🦐でんす」
なんて言ったら怒られるだろうなぁ、
なんて思いながらふと考えたこと。
確かに“エビデンス(根拠)”が明確な方が、
情報の信用度は上がる。
でも考えてみれば、
理屈も根拠もないけれど、とても大事なことってあるよね。
例えば愛とか勇気とか自信とか、
そういうものに明らかな根拠なんてなかったりする。
でもだからといってそれらを信じないわけじゃなく、
むしろ“無償の愛”とか“根拠のない自信”なんてものを、
私たちは「価値あるもの」として受け止めている。
「エビデンス」を求めることが、
悪いわけでも間違っているわけでもないけれど、
そこにばかりこだわってしまうと、
固くなって見えなくなるものがあるんじゃないかしら。
「信じるも信じないもあなた次第」
という言葉があるように、
根拠なんてなくとも、自分が信じたものが形を持つ。
「エビデンスがないから信じない」
と切り捨てるのではなく、
数字やデータなどの形あるものにはエビデンスファースト、
でも、未来や心など形のないものには直感ファースト、
そういう柔軟な受け止め方があってもいいんじゃないかな。
「なんとなくそんな気がする」
「説明できないけどそう思う」
それも大事な根拠だよね。
「エビデンス」に囚われすぎず、
物事に対してもっとラフな部分も許してあげた方が、
毎日がもっと柔らかく楽しくなるんじゃないかなぁ🌸
♪♪♪会社案内♪♪♪
