深い深いこの闇を潜って行く。
呼吸はとうに続かなくなっている。体の関節という関節が経験したことの無い圧力に悲鳴をあげる。進むに連れ、深く潜るに連れてそれは強さを増す。
それでも僕は、両の眼を見開き続けた。
一変、此処には音も無い。光も無い。
いつからこうして潜り続けていたのだろう。もうずいぶんと長い時間になる気がする。いや、ついさっきまでは雲から街を見上げていたような気もする。今となっては分からない。いや、もしかすると最初からこうして闇の底を目指していたのではないか。
思考は堂々廻りを抜け出せない。
痛みに麻痺した体は既に輪郭を失って、闇に熔けてしまった。
だがこの眼だけは相変わらず確信を持って一点を見つめ続けた。
もはや意識も無い。それでも僕は闇に潜り続ける。
潜る
潜る
潜る
潜る
更に深く
更に深く
更に深く
更に
更に
更に
気が付いた僕の意識は、空に立って街を見上げていた。
足元がボヤけた光を漏らしている。そこから立ち昇る無数の雨粒が、眼前で一瞬輝いて、それから街へと落ちていった。
街は遥か遠く、宙に浮かぶ幻の大陸のように僕の知らない場所となっていた。
見渡す限りグレーの足元は、しかし刻々とその色を微妙に変化させ、小さく光ってさえいた。
僕はそれを言葉にすることもせず見つめ続けた。
そこに何かを見い出そうというのではない。ましてや何かを望もうというのでもない。全てを捨て去ってみようと思ったのだ。
この、いつも見上げていた、そして未知であった場所に立って。
地上より遥かに力強く吹く風の音に耳を澄ます。
そして僕は今朝聴いた雨の唄を思い出す。その確かなリズムに体を委ねる。ステップを刻む。
ぼんやりと輝く広大なステージの上、舞い上がる雨粒に全身を濡らしながら。轟音と光と水の感触が僕の感覚を遮断する。全ての意識が嵐の海のように波立ち、そして、次の瞬間に、凪ぐ。
足元がボヤけた光を漏らしている。そこから立ち昇る無数の雨粒が、眼前で一瞬輝いて、それから街へと落ちていった。
街は遥か遠く、宙に浮かぶ幻の大陸のように僕の知らない場所となっていた。
見渡す限りグレーの足元は、しかし刻々とその色を微妙に変化させ、小さく光ってさえいた。
僕はそれを言葉にすることもせず見つめ続けた。
そこに何かを見い出そうというのではない。ましてや何かを望もうというのでもない。全てを捨て去ってみようと思ったのだ。
この、いつも見上げていた、そして未知であった場所に立って。
地上より遥かに力強く吹く風の音に耳を澄ます。
そして僕は今朝聴いた雨の唄を思い出す。その確かなリズムに体を委ねる。ステップを刻む。
ぼんやりと輝く広大なステージの上、舞い上がる雨粒に全身を濡らしながら。轟音と光と水の感触が僕の感覚を遮断する。全ての意識が嵐の海のように波立ち、そして、次の瞬間に、凪ぐ。
遠くに聴こえた列車の音に名前をつければいい
または目に止まった道草に名前をつける
そうしてそれの存在を意識する
それがそこに在ることを認識するのだ
そしてそのことを頭の片隅に残しておくのだ
そしてご飯を食べ終えぼーとした5分間にそれを思い出す
それこそが僕の思うところの生であるのだろう
または目に止まった道草に名前をつける
そうしてそれの存在を意識する
それがそこに在ることを認識するのだ
そしてそのことを頭の片隅に残しておくのだ
そしてご飯を食べ終えぼーとした5分間にそれを思い出す
それこそが僕の思うところの生であるのだろう
ちょうど3つめの角を曲がったところだった。
一車線の交差点の真ん中に彼はいた。
黒のシャツ、黒のパンツ、黒の革靴、そして黒いハットを目深にかぶっている。そして何故か、グレーの傘が開かれたまま転がっている。
顔を下げたまま、手足は優雅に大きなうねりを描き、雨をその全身で受ける。足元の水溜まりが、そのステップに合わせ唄う。
まるでこちらには気付かずに、彼は一心不乱に踊り続けた。
その異様さと鳴り止まない雨音に、僕は傘をさすことも忘れていた。全身から染み入る雨が体中の血液に代わり、激しい鼓動を刻む。目眩がするくらい。
一瞬辺りが暗くなる。
酷い頭痛。
そのまま僕は意識を失った。
一車線の交差点の真ん中に彼はいた。
黒のシャツ、黒のパンツ、黒の革靴、そして黒いハットを目深にかぶっている。そして何故か、グレーの傘が開かれたまま転がっている。
顔を下げたまま、手足は優雅に大きなうねりを描き、雨をその全身で受ける。足元の水溜まりが、そのステップに合わせ唄う。
まるでこちらには気付かずに、彼は一心不乱に踊り続けた。
その異様さと鳴り止まない雨音に、僕は傘をさすことも忘れていた。全身から染み入る雨が体中の血液に代わり、激しい鼓動を刻む。目眩がするくらい。
一瞬辺りが暗くなる。
酷い頭痛。
そのまま僕は意識を失った。
外に出ると思ったより肌寒く、上着を取りに戻った。
久しぶりの雨だ。もう夏のじっとりとした湿度を含んだ雨ではなく、情緒的な秋の雨だった。それはいつももの哀しい静けさを伴っていたけれど、僕はそれがまた好きだった。
グレーの傘を選んだのは、今日の世界に溶け込むためだ。今日のような勇壮な雨には敬意を払わねばならない。
もともと静かなこの街であるから、案の定、人通りも車のヘッドライトも殆ど無かった。あったとしても、舞台の脇役であることを自覚しているかのように、誰もが無機質に無言を守っていた。
傘を持たない右手をうやうやしく雨に差し出す。冷たい雨水が肌を打ち、やがて皮下に染み入り、血流に混じり、全身を駆け巡る。その儀式が終われば、晴れて(いや、雨なのだが)僕は雨の街の住人となる。
雨の街は僕の世界をぐっと狭める。感触、視界、音、声、それらは全て雨の内に遮られ、やがて僕は雨の一部となってこの街全てを知覚する。
ふと、僕の感覚がひとつのリズムを感じる。
緩やかに流れる、ステップのリズム。
それは音を無くしたこの世界に、ひとつ、またひとつと確かに刻み続けられている。
街中に響く、勿論それは雨の知覚ではあるけれど、その正体を目指して、僕は歩き出した。
久しぶりの雨だ。もう夏のじっとりとした湿度を含んだ雨ではなく、情緒的な秋の雨だった。それはいつももの哀しい静けさを伴っていたけれど、僕はそれがまた好きだった。
グレーの傘を選んだのは、今日の世界に溶け込むためだ。今日のような勇壮な雨には敬意を払わねばならない。
もともと静かなこの街であるから、案の定、人通りも車のヘッドライトも殆ど無かった。あったとしても、舞台の脇役であることを自覚しているかのように、誰もが無機質に無言を守っていた。
傘を持たない右手をうやうやしく雨に差し出す。冷たい雨水が肌を打ち、やがて皮下に染み入り、血流に混じり、全身を駆け巡る。その儀式が終われば、晴れて(いや、雨なのだが)僕は雨の街の住人となる。
雨の街は僕の世界をぐっと狭める。感触、視界、音、声、それらは全て雨の内に遮られ、やがて僕は雨の一部となってこの街全てを知覚する。
ふと、僕の感覚がひとつのリズムを感じる。
緩やかに流れる、ステップのリズム。
それは音を無くしたこの世界に、ひとつ、またひとつと確かに刻み続けられている。
街中に響く、勿論それは雨の知覚ではあるけれど、その正体を目指して、僕は歩き出した。