同僚の三浦 ゆう子に、相談があるからと行って呼び出されたのは、八月も終わりに近づいた頃だった。
場所は場所は札駅構内のファッションビルの最上階のビュッフェだ。
ディナータイムは混みあって煩いのだし、もう少し静かな場所を指定してくれよ…と思ってしまう。
しかもゆう子は私より十分遅れてやってきた。
『あっ!すいません!先輩ーお待たせしちゃいましたかねぇ?ごめんなさいっ!』
小走りで窓際の席へやってくると、ゆう子は手を合わせて大げさに謝った。
『いーよ別に十分くらい。それより、お腹すいちゃったわ。なんか頼もう、早く』
『先輩、今日は呼び出しちゃってごめんなさい。ここは私が奢りますからっ』
ゆう子が話すたび、ふわふわにカールされた綺麗な髪が揺れた。
『いーって!あっすみません。注文を…』
ボーイを呼び注文を済ませると、私たちはようやく本題へ入った。
『で?今日はどうしたの』
『えっ、あーいぇ…まだ言いたくないなぁ…先輩あたしに呆れるもん、きっと』
『ふーん』
ボンゴレビアンゴを口にはこぶと、アサリと潮の香がいっぱいに広がった。ここのパスタはやはり一級品だ。
友達がいない(悲しい)私はあまりこういう店に一人では来られないので、今日は少しゆう子に感謝してもいた。
八階のまどの外は絶景とまでは言えないが、ワシントンホテルはじめ、たくさんのビルやネオンの輝くむこうに、テレビ塔がぽわんと浮き上がって見えて、悪くなかった。
『結婚しようかと思ってるんです、私』
ゆう子が突然、切り出したのでわたしはぽかんとしてしまった。
口に入れかけたパスタの麺がだらんとさがり、間抜け面になった。
『は?けっこん??けっこんて結婚?』
『…はい。』 とんちんかんな私の問いにもまったく動じず、ゆう子は答えた。
『私、ずっと付き合ってる彼がいるんです・・・高校の頃から。
こないだプロポーズされて・・・。』
『ええ?だってこないだまで渉外の皆川くんがいいとかなんとか言ってたばかりじゃない』
『そうなんですけど・・・。脈ないっぽいし。あの人だれか他に好きな人がいるみたい。あたしとは体だけ。』
ゆう子は平然と浮気を告白しておきながらも、そこで本当に悔しそうな顔をしてみせた。
私は少し呆れてしまったが、この娘は私と少し似ていると感じていた。
そして同時に、先日橘課長と見た皆川の姿が思い出された。
皆川は確か、年上の女と歩いていたな・・・
『なんだそうなの。まあ、皆川君はね・・軽そうだし。結婚すればいいじゃない。仕事はどうするの。うちなら
産休育休もちゃんととれるだろーし、結婚しても特に支障なく仕事続けてけると思うけど』
私は言った。ゆう子がもしやめると言い出したら、さびしいかもしれないと思った。
『まだ・・・どうするかは・・・。なんか、仕事してても、毎日同じことの繰り返しで、窓口で人形みたいに
笑って客の相手して、窓口が終わったらお金数えてるだけだし、空しい気がするんです。給料もいいし、
早く帰れるし、周りからしたら
銀行員て準公務員みたいなもんでいいのかもしれないけど、所詮出世していくのはほぼ男だし。
つまんないな・・・早く老けちゃう・・・・・せんぱい、そうおもいませんか?』
『そうかもね。仕事はつまんない。でも、ゆう子ちゃんがそんな事まじめに考えてるとは思わなかった。』
『ひどいなあ~人生考えてますよ!・・・・・・彼氏、・・・すごくいい人なんです。いい人なとこしか
取り柄がないくらい。顔はかっこ悪いですし。ぜんぜん好みじゃないんだけど、・・・なんで付き合ったんだろ、
あの頃。』
ゆう子は少し遠い目をしている。私はゆう子の彼氏を想像してなんだか微笑ましくなってきた。
あぶなっかしい感じのするゆう子にも、しっかりとした後ろ盾的な存在がちゃんといたのだ。
『皆川さん・・・・なにしてるかな。今。誰といるんだろう。』
ゆう子がぽつんとつぶやいた。
私はゆう子を見据えて言った。
『ゆう子ちゃん、気持ちで大事な相手を裏切ったらだめだよ。
いつかきっと、後悔するよ。』
本当は、私のようなどうしようもない女が口にしてはいけないような綺麗な
歯が浮くような台詞がすらりとでた。
『わかってますけど・・・。』
ゆう子は、皆川に恋をしてる。
『くるしくて。』
窓の外は、秋の風が吹き始めていた。
市内の某ホテルのバーラウンジで、皆川は山下聡子を待っていた。
聡子と部長の会議室でのセックスを目撃してから、皆川が聡子と勤務時間外に
会うのは今日で二回目だ。
前回は何もなく、飲みにいっただけだったが、
今日はすでにこのホテルの部屋をキープしてある。
山下さん、来るかな・・・
皆川は緊張で固くなる手を握り締めた。