もう、こんな日は早く帰りたい。
でも、今日はまだ仕事が終わりそうにない。
体が鉛のように重かった。
フロアには、もう六時を過ぎていたが、まだ何人か残っている。
明日の会議の打ち合わせだろうか。
私は課長に頼まれたコピーに取り掛かった。
冊子を一枚一枚地味にコピーしていると、受付担当の新人の子たち三人が通り掛かる。三人とも髪を明るく染め、規律違反のマニキュアやピアスを悪気なく、つけている子達だった。
私も二年くらい前までは自分に投資し、周りの目なんて気にしないぜ的なファイトもあったなぁと、彼女等を見ていると少し懐かしく、少し切なくなる。
ふと目が合って、彼女等が私に軽く頭を下げた。
『お疲れですー。坂下さん、まだ帰らないんですか!頑張りますねー』
『あー、私はコピーとかやることあるから…』
『えーすげー量!!たいへんですねぇ。あ、なんだったら…あの、手伝いますけど』
『みずほ、今日合コンじゃん…』
横の子がすぐに、手伝うと口にした相川みずほをつっ突いた。
相川はとたんに申し訳なさげな表情になる。
『いーって。私が頼まれたコピーだし』
そう言うと、相沢を含めた三人は途端に安堵の表情を浮かべた。
『そうですか?すみません…じゃああたし達帰りますんで!お疲れさまでしたあ。』
『ん、お疲れさま』
三人が帰ると、私は黙々とコピーを続けた。後輩よりもおそくまで残ってやっている仕事がコピーというのは、軽い屈辱感がある。
ひたすら作業に没頭していると、色んな考え事をしてしまう。
今まであまり気にしなかったが、後輩にとって私は良い先輩では無いと思う。
コネ入社の件もどこかしらから漏れているだろうし、仕事も雑用までやらされているし、よく注意はされる。容姿だって、常に黒い髪をひっつめて眼鏡をしているから合コンにも使えない。その上愛想がない。
三浦ゆう子が何故私に懐くのか本当にわからない。
就職難だった私の卒業年度、この銀行へ入ったのは三人だけだった。 女は私だけで、すぐ一階フロア受付に回されたので、この階には同期の子が一人もいない。
かといって群れるのが好きではない私は決して寂しいと感じたりはしなかった。
ただ、孤独だったことは確かだ。
だから、ゆう子の人懐っこさは嫌いではない、と思う。
『うぉっ坂下ちゃんがまだ働いてるーう』
フロアの接客用の仕切りの中から田代室長が現れた。
室長がまだ残業していたのは、エイジングノートの残り香で承知の上だ。
『お疲れさまです。今日はちょっとやることがあるので…まだ稼ぎまーす』
『あららもう七時よ?俺は会議の打ち合せも済んだしもう帰るけど?』
『裏切り者ですね、室長』
私が言うと、室長はハッハッと笑いながら、
『坂下ちゃん、今度デートしよーね!』
誘ってくる。
私は内心、…これ、セクハラよな? と突っ込みつつ、
『身重の奥様に確認と承認印をとって貰ってからでお願いいたします』
と流した。
室長は、やられたなぁ、と笑いながら帰っていった。
七時半を過ぎると、残りの会議メンバーがぞくぞくと奥の会議室から出てきた。
橘課長もいる。 課長は腕時計を確認すると、私の方には目もくれずに帰っていく。 少し、みじめな気持ちがした。