私と橘課長の視線の先に見えた、渉外課の皆川は、かなり酔っているように見えた。



『ゆう子ちゃんじゃない…』

心のなかで呟く。

皆川の隣を歩いていた女は、グレーの半袖のスーツを着ていた。後ろ姿だけだったが、三浦ゆう子ではないのがわかった。



私には少し意外な気がしていた。



そのまま彼らはすすきのの人込みの中へと消えていった。



橘課長が私を振り返った。 

『坂下さん、気になりますか』


『…いえ』


『じゃ、私は帰ります』

橘課長は眼鏡の奥の優しい目を少し伏せ気味に、小さく片手をあげた。
橘課長のそういう仕草は、見事なまでに紳士的だと思った。


課長は誰にでも丁寧に接するが、その反面、何人をも自分に近付けないようにするオーラをもっている。



『お疲れさまでした』


私は頭を下げて課長の背中を見送った。



人込みに取り残されると、なぜかふいに寂しさがこみあげてくる。          


無意識にバッグから携帯を取り出してみると、不在着信が一件ある。



N…、渚だ。      


週末の夜が頭を過った。


週明けの今日は性欲など全く湧かないので、正直彼に電話を掛け直す気など毛頭無かったのに、指が意志に反してリダイヤルの操作を行った。  




『はい・・・・・・あ、ゆきちゃんじゃん。』


3コールで渚が出た。




『うん。・・・・あのー、電話、着歴あったからかけたんだけど』



『ああ・・・。さっき、ゆきちゃんに会いたいなと思って。』




渚の言葉は直接的で私の胸に小さく響いた。素直な言葉だった。



『私は、・・・・』



『うん?』



『わかんないけど、これから誰かに会いたいかもしんない。』



『なんだそれー、誰でもいいのかよ・・・』



渚が笑いながら嘆く声が心地いいと思った。


どんなに体をもてあそばれようと、心がなかろうと、私に向かって会いたいと面と向かって

言うのは、彼だけしかいない。



『今日はセックスなしでいい?・・・こないだので疲れたから。てゆーか今なにしてたの』



『え・・・?普通に遊んでたけど。構わないよ、ぜんぜん』



『じゃあ、私は通りのスタバでまってるから』



『30分でいく』







渚はすぐに来た。チェックの古着風のシャツに、クラッシュデニムで、

まるで大学生みたいだな、と私は思った。


多分近くでスロットでも打っていたのだろう。それでも、

昔は待ち合わせなんてできなかったのに

少しは大人になったもんだと地味に感心する。


スタバはまだまだ学生や外国人のカップルなんかで混んでいて、テーブルには

コーヒーのいい香りが漂い、私たちはすぐにリラックスした。



『ゆきちゃん、なんかあったでしょ。仕事か恋愛か知んないけど』



渚が、キャラメルマキアートを啜る。

昔っから甘党なのだ。




私はエスプレッソが一番好きだ。



『なんもないよ。なんで』



『ゆきちゃんは、セックスした後たいてい1ヶ月くらい俺とは会いたくないはずだもん。

こんなにすぐ会いたがるなんて、よっぽどなんかないと変かなって』



『そうかな・・・そんなことないと思うけど。そっちが私を誘わないからじゃない?

とりあえず抜いたらしばらくいーや、みたいなね』



『ははっ』



渚が笑うと、きれいな茶色の髪がさらさらと額にかかって、私はそれにちょっとみとれていた。



『寂しかったんだ?ゆきちゃんでもそう感じることあるんだね』



渚が不意に言ったので、私は彼を見返す。



『私でも・・・・?』




寂しさなんて、いつも漠然と感じているのに・・・・・



昔、渚と付き合っていたときも、ずっと寂しかった。


今も、ずっとそうなのに、そんなことは誰も知らないんだな、と思った。



自分の言葉で甘えないから、誰も私がどう思っているのかなんてわからないんだ。



昔から、極度の寂しがりのくせに、私は変にそれを隠すくせがある。


それは年齢とともにうまくなった。



寂しさを他人に理解してもらいたいと思うなんて、子供のすることだと思ってるから。



自分を押し付けるみたいで。



でも、渚にはもう何の遠慮も必要ない関係なのだ。


ただの、体だけの・・・・。


私は渚に向かって笑いながら言い放った。




『そーだよ、寂しいからあんたと会ってるの。誰でもいいんだけど。

でなきゃ一ヶ月は会わないし。渚の言うとおりね』



その時の渚の表情は、



彼と再会した夜、私が彼を無視して歩き出した瞬間の、


表情と同じだった。



しまったと思った。



私はうつむいてエスプレッソを一口のみ、向かいの席に座った

渚から視線を外そうとした。






『・・・ゆきちゃん、寂しい時は俺をつかっていいよ』




『えっ・・・』




渚を見た。



『ゆきちゃんが、寂しい時は俺をいつでも呼び出して、ゆきちゃんの好きなようにしたらいいよ』



私は渚を正面から見た。



あまりにも、その言葉は意外で、渚らしくなく、しかも私たちの関係にはとてもそぐわない。



けれど、その時の渚の目は昔と変わらず綺麗で、私をまっすぐに見返していた。