先日、こんなことをツイートしました。

どうしたらもっと幸せな方向に進めるのかね?

来月資格試験なんですけど、勉強してたら答えっぽいものがあったので。

 

そう、今日はぶっちゃけ「学習発表会」です。笑

 

「Eminaさんの学習発表会」

目次

 

1.不安な気持ちはなぜ起こる?~ベックの「認知理論」

2.ネットで起きていること

3.人間はなぜ攻撃的になる?

4.人間にはより良く行きていこうとする力もある

5.不安感は自分を守ろうとしてくれている証

6.他人の価値観をどう受け止めるか←イマココ

7.さいごに~「自己主張権利章典」

 

ではつづきをどうぞ!

 

 

■他人の価値観をどう受け止めるか

 

 

いくら好きな人とはいえ、相手の価値観を自分の価値観に組み入れることは、人間が自分の生命維持を優先させる生き物である以上、いずれは葛藤が起こり、破綻します。

 

そこで私が他人の価値観と共存していく上で大事だと思っているのは、解釈をせず、ありのまま「受け止める」ということ。

「本当は苦しかった」という言葉が出てきたなら、「ファンにこんなことを言われて、あんなことを言われて、マスコミにあることないこと書かれて、苦しい思いだったんだね」ではなくて、「あなたは、本当は苦しい思いだったんだね」とそのまま受け止める。本人が言っていない限り、自分の認識の枠で解釈をしない(心のなかで思うことはあっても)。理由がどうあれ、思いのほうにフォーカスする。

 

理由を突き止めることが解決につながるというのも私は固定観念だと思うんですよね。それはいったん横に置こ?と個人的には。それを解決するのは本人であり、本人が協力を求めた人たちだから。

個人の思いはとても内面的で、繊細で、独自のストーリーがあるので、一般的な常識ではなかなか受け止めてもらえないもの。

 

でも、裏を返せば、それの一部を共有してきたファンにはおそらくそれができる。

 

まーあれやこれや思うことはありますよね。人生経験が豊富であればあるほど。想像力が豊かであればあるほど。それは、自分の中で抑えきれないものを言葉にしている限り、一種の自己満足です(悪い意味とは限りません)。自分の思いも述べつつ、でもそれが絶対じゃないという言葉の使い方も大事なのかもしれません。

 

例えば「私はこういう風に感じたよ、参考までによろしく」程度とする。

解釈をすると、最初は自分勝手な解釈だと分かっているのに、それが自分の中で事実化していったり引っ込みがつかなくなったりします。人間って自分の言葉を目や耳で理解しているので、自分が自分を洗脳していくことになるんですよね。これはやがて自分を思考の渦へと巻き込んでいってしまい、自力では戻ってこれなくなります。

 

自分を尊重して、他人を尊重する。

他人を尊重して、自分を尊重する。

 

こういうことを心がけていけたら、ファン同士の交流もより豊かなものになるかもしれません。

 

■さいごに~「自己主張権利章典」

いまここで約9000字です。笑

この年末の忙しい時に、最後まで読んでくださってありがとうございました。
新しい年を、一緒に前向きな気持ちで迎えられるようにと思って、自己満足ながら頑張って書きました。

 

ま、嵐さんが紅白やカウコンに出るものに勝るものなどありませんけどね!笑

 

ここまで書いたのはあくまで私が資格試験の勉強に当たって私が大事だなと思ったことであって、このように振る舞うことだけが全てではありません。ただ、あまりにも激動の一年で、なかなか心の安定がはかれず、戸惑いを覚えている人に届くといいなと思っています。今はまだ学びの途中であり、様々な考え方についても興味を持っていますので、尊重したいと思っています。

 

さて、さいごまで読んでくださった方に、こういうものを紹介したいと思います。

「自己主張とはなにか?」

・自分自身を評価すること。自分が意見を表現したり、要求を満たす権利があることを信じること。

・あらゆることを内に閉じ込めるより自分自身を他人と分かち合おうとすること

・他人の権利や要求を尊重すること

・他人や状況に対しどのように反応するかを選択できること

・自分自身、自分の要求、行動について「これでよい」と思うこと

(Gavin Andrews, Mark Creamer, Rocco Crino, Caroline Hunt, Lisa Lampe, Andrew Page著、古川壽亮監訳「不安障害の認知行動療法(2)社会恐怖」2003年、星和書店、P139-140)

 

「自己主張権利章典」

・あなたはあなたが何をし何を考えるか判断する権利を有する

・あなたはあなたの行動について理由や弁解をしない権利を有する

・あなたは他の人の問題の解決方法を見つける責任を負わない権利を有する

・あなたはあなたの考えを変える権利を有する

・あなたは間違う権利を有する

・あなたは「知らない」という権利を有する

・あなたは自分で自分の決断を下す権利を有する

・あなたは「わからない」と言う権利を有する

・あなたは「どっちでもいい」という権利を有する

・あなたは罪悪感を感じずに「いやだ」という権利を有する

(Gavin Andrews, Mark Creamer, Rocco Crino, Caroline Hunt, Lisa Lampe, Andrew Page著、古川壽亮監訳「不安障害の認知行動療法(2)社会恐怖」2003年、星和書店、P143)

中には、えっ?こんなの許していいの?と感じるものもあるかもしれません。

でも、それぞれが自分の思いを大切にすることができる関係性であれば、これらはすべて当たり前のこととして、違和感なく受け入れられてもおかしくないと私は思います。

 

日本人は自己主張が苦手と言われて久しいですが、こういった前提で交流できる輪が広がっていけば、もうちょっと希望を持てることもあるのかな、なんて。

 

 

今回の不安についてのパートは、星和書店「不安障害の認知行動療法(2)社会恐怖」という本を参考にしました。

 

 

不安障害と診断されていなくても、これに近い感覚を持ち生きづらさを感じている人はかなり多いのではないか、と私は見ています。もし、ご自身のことで不安になりやすいなぁとか、自分の意見を言うのが苦手なんだよなぁ、と思っていることがあったり、周りにそういう方がいらっしゃれば、時間がある時にぜひ手にとってみてください。専門書のような見た目ですが、170ページくらいの薄い本です。診断を受けていなくても自習して実践できるように、わかりやすく書いてあります。(私は今もたまに立ち返るようにしていて、お世話になっています)

 

さて!!!

明日は紅白ですね!!!ネトフリは!!!

勇気あるみんなの感想をチラ見して判断しようとしてまs(テヘペロ←

タイムリーとか知らん!受け止める自信ないのに受け止める必要なんて!!!

ということで、来年もそんな感じでマイペースに行きますのでよろしくどーぞグラサン

先日、こんなことをツイートしました。

どうしたらもっと幸せな方向に進めるのかね?

来月資格試験なんですけど、勉強してたら答えっぽいものがあったので。

 

そう、今日はぶっちゃけ「学習発表会」です。笑

 

「Eminaさんの学習発表会」

目次

 

1.不安な気持ちはなぜ起こる?~ベックの「認知理論」

2.ネットで起きていること

 

3.人間はなぜ攻撃的になる?

4.人間にはより良く行きていこうとする力もある←イマココ

5.不安感は自分を守ろうとしてくれている証

 

6.他人の価値観をどう受け止めるか
7.さいごに~「自己主張権利章典」

 

 

ではつづきをどうぞ!

 

■人間にはより良く行きていこうとする力もある

こういう話をすると、人間は防衛一辺倒なのかと感じがちですが、ちゃんと救いがあります。

ロジャーズという心理学者は、「来談者中心療法」という心理療法を研究する中で「人間にはこういう傾向がある」という人間観をいくつも示しました。その中でも印象的だったのが、

 

「生命体は、適切な環境下では、自らをよりよく実現していこうとする力を持っている」

 

ということでした。

つまり、圧力や不安などで抑圧されなければ、自然とよりよくしていこうという前向きな気持ちを持つ力が人間にもあるということです。

 

ということは。適切な知識を得て、否定的でない肯定的な環境を作って、ごまかしの「大丈夫」という理想的、楽観的なものではなくて、「いろんなことがあるけど、見極めていけば大丈夫」といった空気感があれば、↑に書いたような適切な環境は作れるんじゃね?っていうのが、今の私の思いです。

 

(てか、嵐の歌詞って「いろんな事があるけど、頑張ろうぜ」的な名曲多い気が)

 

以前、メンタルトレーナーの高畑好秀さんの講演を聞く機会があったのですが、ネガティブな言葉をかけるより、ポジティブな言葉を掛ける方が頭の働きや筋力がより良いパフォーマンスを発揮することが科学的にも分かっているそうです。パワハラが良くないのは、上下関係を笠に着て言葉で暴力をはたらくから悪いだけではなく、より良い仕事をするためにもマイナスが強いからというわけなんですねー。ふむふむ。

 

でもね、どうしても批判的に物事を見てしまう方っていると思います。いや、かつての私がそうですし、いまもひょっこり現れます。笑

不安気質なので、そういう部分をクリアしないと物事は良くならないと思っていました。でも実際は、クリアしたところでまた新たな問題に目が向いて、一生幸福感を感じることはなかったですし、誰も気づかない問題に気づいているという偽の幸福感のために、その立場に安住していたことも正直ありました。

 

 

■不安感は自分を守ろうとしてくれている証

長く付き合わせてごめんなさい。話が説明で長くなるのは私の悪い癖です。

 

ネトフリの予告は、とても不安感を煽るものでしたね…。

なぜ彼らは活動を休止するのか。それが、ついに分かってしまうのかもしれない。

みなさんの抱く不安は、多種多様だと思います。

私が思い浮かべるだけでもたくさんありますが、大きく分けると、こういうところなのかな。

 

①自分が今まで信じてきたものが崩れる不安感

②他人の価値観に触れてしまったときの不安感

③何かが変わっていくという漠然とした不安感

 

いままで不安感とか、自分を守るためだとか、色々書いてきましたが、まず今抱いている不安感は、自分を守ろうとしてくれているという意味で当たり前かもしれません。

ただ、その不安感はもしかすると、知らずと身についた固定観念や、自動思考など、自分の認識の仕方にずれが生じているからかもしれません。出来事から感じることは自分の認識の問題でもありますから、すぐに何でも人のせいにしないで、自分の思いと付き合ってみてほしい、というのが私が発したいメッセージです。

 

見る前からの不安は正直どうすることもできないのですが、不安から距離を取ることはできると思います。好きなのだから、全部知らないと「いけない」。全部受け止めないと「いけない」。そういう思いがあるのだとしたら、自覚できないところで自分が抑えている気持ちが発散のタイミングをうかがっているかもしれません。そういう意味で、自分が「こうだ」と思っていることは、ポリシーかもしれないけど自分を苦しめる固定観念かもしれない、というゆるさが大事なのかなぁと思います。

 

不安感は自分を守ろうとしてくれている証です。なので、それに答えようとすることも大事かもしれません。身体が危険を感じているのだから、そうじゃないんだよというメッセージを自分に見せていく。たとえば、小さな達成感を積み重ねていく。部屋の整理をしてスッキリ!とか。早めに家の仕事を終わらせるとか。前から行きたかったカフェに行ってみるとか。そういう生活レベルの能動的なこと。充足感。地味かもしれませんが、自分を大事にしているよ、というメッセージが自分に向くので、こういうときこそ、どうでもいい充実感が大事じゃないかなと思います。

 

(つづく)

Next→6.他人の価値観をどう受け止めるか(13時更新予定)

 

先日、こんなことをツイートしました。

どうしたらもっと幸せな方向に進めるのかね?

来月資格試験なんですけど、勉強してたら答えっぽいものがあったので。

 

そう、今日はぶっちゃけ「学習発表会」です。笑

 

「Eminaさんの学習発表会」

目次

 

1.不安な気持ちはなぜ起こる?~ベックの「認知理論」

2.ネットで起きていること

 

3.人間はなぜ攻撃的になる?←イマココ

4.人間にはより良く行きていこうとする力もある

5.不安感は自分を守ろうとしてくれている証

6.他人の価値観をどう受け止めるか

7.さいごに~「自己主張権利章典」

 

ではつづきをどうぞ!

 

■人間はなぜ攻撃的になる?

2000年に、「ジコチュー」という言葉が流行語大賞のトップ10に入りました。

元は公共マナーを啓発する広告でのキャッチフレーズなのですが、日本人の中で自己中心的であることは全体にとって良くないとする雰囲気がベースにあり、それを様々な「虫」にたとえて、ユーモラスに啓発したところがウケたのかなぁと思います。

今年、ラグビーがかなり熱を帯びましたが、ラグビーのひとつの精神として共通の目的に向かって「自己犠牲」をも厭わない姿勢がありました。それで大きな力を生んだことは事実だろうし、強烈な追い風が吹いたのは、その精神性が日本人の根底にある何かを呼び起こしたのかなぁーと感じているところがあります。

 

一方で、「犠牲にされた自己」は時折忘れ去られてしまうことがあります。

精神科医のフロイトは、ヒステリーの研究の中で、本人の意識しない心の奥底には人間の欲を満たす衝動が押し込められた「無意識」の存在があることを唱えました。

単純に話をすると、人間のこころには「自我」という調節弁のような機能があり、「無意識」がもつ衝動的なエネルギーが現実や社会の原則に触れることで起こる葛藤をうまく調節していると考えました。

 

その調節の方法の中でも一番身近に感じたのが「防衛機制」という、認めがたい感情から自分を守るために行われる物の考え方や行動のしくみです。

防衛機制の分類

抑圧、否認、隔離、反動形成、同一化、退行、知性化、合理化、打ち消し、東映、置き換え、補償、昇華など

「自己犠牲」によって、自分の欲求は意識的に抑制されていきます。でも、性衝動に代表されるように、欲求のエネルギーは凄まじいので、なかなか心の中に閉じ込めてはいられません。

 

それを違う形で開放しようとするのが「防衛機制」というしくみです。

 

一つ一つ説明するのは控えます(自分で調べて)が、例を出すならこんな感じです。

アニメのキャラクターと同じ格好をして別の人物になりきり、満足感を得る→同一化(?)

苦手な人を前にすると無意識に笑顔を作る→反動形成(?)

Twitterが荒れるのを見て、なんでそうなるのか知識を得ようとする→知性化(?)

家族につい強く当たってしまった後に、優しく接しようとする→打ち消し(?)

自分が応援するタレントに仕事が来ないのは誰かの圧力だと考え攻撃する→合理化(?)

(?がついているのは一般的にはそうかも知れないけど、違う可能性もある、という意味を込めています。あくまでも一般的に、というのは踏まえておいてほしいです)

 

人間が攻撃的になるのは、この「無意識」の中に押し込められた強い欲のエネルギーが、自我で調整しきれなかったり、自我の働きによって他の行動に転化されて攻撃的になっているからかもしれないのです。

 

「防衛機制」は、認めがたい感情から心の安定を保つための一時避難として、とても重要なしくみです。適切な防衛機制もあるのですが、とくに自他問わず攻撃的な行動につながっていくものに関しては、常習的になると社会的孤立を深めたり、病的な症状につながったり、性格や人格にも影響していくようです。

 

このように、人間は、自分を危険に晒すものに対してとても敏感に反応します。

動物も自分たちが生き延びるために、本能で守ったり攻撃したりしますよね。

人間も同じ生き物である限り、こういう動物的本能が働くということです。

そういう意味では、人間が危機を感じた時に自分自身を優先することは動物として当たり前のどまんなか、とも言えます。

 

私は、ネット上で、論理的に弱い根拠や人の認識によって違う事柄を掲げたりして、怒りをぶちまけている人々の心の奥には、何らかの危機にさらされた自分、危機にさらされていると勘違いしている自分を守ろうとしている、と考えるようにしています。守らなければーーーー!!!!!という何かが動いているのだとしたら、真っ向から反論したり、社会的常識で諭すことは火に油を注ぐだけで、正しい方法ではないのかもしれません。特に社会的常識は、ある程度の心の安定があってこそ守られるものなので、何らかの心理的危機を感じている人に投げかけたところで、その人個人の心をより押さえつけることになりかねません。いくら反社会的な発言をしているとしても、発散としてしか行動していないので、ただ自分の身が再び危険にさらされているとしか、感じてもらえていないのかもしれません。「自分の常識は他人の非常識」。こういう理解を、これからのネット社会は身につけていかなければいけないのかなぁと、個人的には思います。

 

(つづく)

Next→4.人間にはより良く行きていこうとする力もある(31日10時更新予定)