てんけん隊 番外編 白澤裕子ちゃんの【イメージを形にするWS ~わたしの絵を描く会】
旅する絵描き 木の葉堂 白澤裕子ちゃんの「【イメージを形にするWS ~わたしの絵を描く会】に参加した。きっかけは、オジャさんのノベルセラピーWSに参加して、30年近く超えられなかった「物語を書く」という壁を超えて、小さな物語を手にしたこと。ノベルセラピー協会では、WSで作った物語を格安で電子書籍化してくれるサポートがあり、そのためには「表紙」が必要。既存の写真やイラストが使えるのだけど、〈自分で描きたい〉と強く思った。ノベルセラピーで創る1500~2000字ほどの小さな物語は、頭の中では、途切れることのないムービーが回っていて、それを文字に起こしている。だから、「どこを絵にするの?」というステップがある。「印象的な場面」、「推しの場面」を描きたいけれど、ムービーは描写の技量を超えている。「どうやって表現するの?」「どんな画材で描けばいいの?」次にやってくるのは、そのステップだ。頭の中で、絶えまなく、自由自在に、動き、鼓動し、12色や24色では、表しようのない色で存在している、立体的な場面を、紙の上で、手持ちの画材で、自分の技術で、どう再現できるのか。そんなことを思っていたら、フェイスブックで、裕子ちゃんの2024年のカレンダーの画像が飛び込んでくる。(私が表紙にしたいと思い描いていた「とんがり帽子をさかさにしたようなシルエットの山」のイメージと、色も、雰囲気も、ほぼ同じ!)びっくり!裕子ちゃんの絵は、山ではなく、クジラが海から飛び出したところだったのだけど、私の物語も、クジラがたくさん登場する。裕子ちゃんとは、宇宙から送られてくる信号をキャッチする周波数が、近いのかもしれない、と感じる。だから、シンクロしあえる。裕子ちゃんとは、これまでにも、私がイメージしているものが、裕子ちゃんの日常に、リアルに届いていることがあって、驚かされる。だから、逢えたし、軌道が交差するように、つながりあうタイミングがあるのだと思う。2015年から始まった、「てんけん隊」今回も、連絡したのは、次のてんけん隊の行先や日時を相談するためだったけど、「物語の絵を描きたいけど描けない」と、つぶやいたら、「よかったら、いっしょに描く?」と言ってくれて、WSに発展した。****私は、文章を読んだり描いたりすることも、絵を観たり描いたりすることも、子どものころから大好きで、だからこそ……の壁がある。うまくなきゃダメとか、基本を学んでないとダメとか、評価されないとダメとか、好きで楽しいだけじゃダメだとかいう、いろんなジャッジ。それが、「ノベルセラピーWS」に参加して、物語を作ることの壁がとれたら、絵に対する壁もとれてきた。でなければ、いくら、裕子ちゃんが誘ってくれても、お絵描きWSには、参加できなかったと思う。そして、実際にWSに参加して、さらにすごいミラクルを体験する。裕子ちゃんのWSのタイトルは、【イメージを形にするWS ~わたしの絵を描く会】(「わたしの絵」を描くって?)(「わたしが描く」ことの意味って?)それが、わかった。****WSの場所は、京都駅近くのレンタルルーム。エレベーターがなく、6階まで「階段」というヘビーさだったけれど、もとはワンルームマンションなので、基本的なものは全部そろっていて、飲食OK。ホワイトボードもあり、机も大きくて、お絵描き作業にはぴったり。画用紙や画材をぜんぶ並べても、みんなでゆったりお絵描きできる。しかも、明るい。風通しもよくて、空が近くて、なんだか、とっても心地よかった。参加したメンバーそれぞれが持っている波長が、ほかの人をじゃましない、お互いを傷つけあわない、ぶつかりあわないものだったからかもしれない。裕子ちゃんから、事前に、「当日のサポートをしてくれる、心ときめくパートナーを持ってきてほしいです。一個でも、何個でも」とお知らせがあり、みんなそれぞれ、パートナーを持ってきていた。参加するのは、全員、裕子ちゃんつながりだと聞いていたけれど、部屋に入って驚いたのは、生年月日が同じで、裕子ちゃんと私が知り合うきっかけとなった、ともちゃんがいたこと!ともちゃんとの出逢いは、2010年に開催された、山下弘司先生と、ひすいこたろうさんの共著『名前セラピー』出版記念講演会で、席が隣だったこと。まさか、ともちゃんと会えると思っていなかったので、うれしかったー。もうひとりの参加者、みかさんも、とってもすてきな人で、初めてあったとは思えないほど。最初に、ホワイトボードを使って、裕子ちゃんのレクチャー。大切なことを、たくさん伝えてくれる。私が、物語の絵を描きたいとリクエストしたので、絵本もたくさん持ってきてくれていた。(ルールなんて、なんにもない)そのことが、わかる。ものすごく描き込んでいるものもあるし、らくがきみたいなものもある。下書きのエンピツが残っているものも、挿絵なのに、手描きの文字で補記されているものも。画風も画材もかたちも、さまざま。どれひとつ、同じテイストのものはない。(ルールなんて、なんにもない)***いつまでも、話がつきないランチのあと、いよいよ、お絵描きタイムへ。自分でやっても、なかなかうまくいかない、水彩画の「たらしこみ」?という技法を、教えてもらう。ともちゃんが、クレパスと水彩を、上手にくみあわせているのを見て、さっそくマネする。みかちゃんは、コラージュに開眼。(たのしい)(わくわく)の連鎖が相乗していく。自分が、「どういうことが好きなのか」が、わかる。描いた上から、細筆に白い絵の具をそのままのせて、線を描いたときのトキメキ。(やっぱり、重ねるのが好き!)せっかくの、水彩のぼかしを、上から塗り重ねて、消してしまいそうな衝動を、抑えて。WSの雰囲気がとてもよく、せっかくの機会なので、この場で描きたいと思い、物語の絵を2場面、描く。ミラクルを体験する。「わたしが描く絵」のすごさ。「絵が持つチカラ」技術的なことや、上手いか下手かじゃなく、ほんの一場面、ほんの一部分、描いたところから、脳は、果てしなくイメージを補完できること。たとえば、私が描いた、とんがり帽子をさかさにしたシルエットの山は、私以外の人には、なんの変化も起きないと思うけれど、私は、その絵を観ているだけで、360°全方位の場面が見えるし、時間も動く。(24時間。365日。その山と空と大地と風と、山を巡る人たちの声が聴こえてくる)~ハルのラボは、とんがり帽子を伏せたようなシルエットの山の頂上にある。頂上には、こんこんと湧きだす小さな丸い泉があり、朝日も、夕日も、月の光も、その泉に映る。泉のまわりは、草原が揺れていて、蝶や虫、小さな鳥が飛び交う~(物語より)白のクレパスを包んで流れる黄色~緑のグラデーションと青いぼかしは、どんなふうに見えるだろう。私以外の人には、なんの変化も起きないと思うけれど、私には、そのうねりが起こす風が届く。描いたのは、黄色~黄緑~緑で、ほんの一部分。(だけど、その風は、虹になり、七色のグラデーションは、帯のように連なり、うずまき、舞い上がり、音楽を奏ではじめる)~葉っぱは若い緑で、卵のように丸くふくらんだ形をしていて、たくさん茂り、風にさわさわときらめいている様子は、たくさんの小さな魚が、群れをなして泳いでいるようでした~(物語より)物語の最後、樹には花が咲く。物語を書いているとき、私は、その花の色を決めることができなかった。でも、その答を、絵が見せてくれた。絵から音楽が聴こえてくる。(「わたしが描く」ことの意味)それは、人によって、ちがう。求めるものが、やってくる。(イメージの世界と、現実の世界の橋渡し)*****大満足のWSのあと、カフェタイム。番号札がお花で、すてきすぎる。寒い日だったのに、夢中で描いて、しゃべって、熱くて、ゆずソーダにアイスをトッピングした。夏でも、そんなことしないのに。(すてきな時間)(すてきなひとたち)みんなと別れて、帰宅してからも、生まれた絵は、ひかりを放ち、鼓動を続けている。それは、架け橋。「わたしが描く絵」のすごさ。「わたしの絵」が持つチカラ。物語から絵が生まれ、絵から物語が生まれる。ミラクルを連れてくる。ぜひ、体験してほしい。浜田えみなのノベルセラピーWSと、白澤裕子ちゃんのお絵描きWS。コラボするよ!浜田えみな前回のてんけん隊『てんけん隊 ~ココやしカフェ・ひかりの子・九品の滝~』(そうだ、やりたいことをやろう)と、きっぱり決める。(本文より)◆涼しいところ◆「CocoやしCafe」◆ひかりの子◆久品の滝◆アーティスト・デート…ameblo.jp