浜田省吾さんのON THE ROAD 2023 に行ってきた!
 

久々のアリーナツアーで、ファンクラブの先行申込に落選し、公式ラインでの先行申込に落選し、ようやく一般申込で当選(トホホ)

 

せっかくファンクラブに入っているのに、一般申込枠とは悲しい限りだけど、フラットなアリーナ席で、背の高い人に阻まれ、前が見えないのもつらいし、スタンドの前方だったらいいなと思いつつ、当日を待つ。

 

9月16日に長野からスタートしたツアー。

最近では、セットリストはすぐに公開されているし、参加されたかたの熱い投稿もすぐに読めるし、ファンクラブの会報も届いているのですが、なぜか何もしていなくて、気がついたら前日。

 

でも、すごいことをしてきたよ。

10月8~9日に、尾道~竹原を訪れた際、省吾さんの生家(と言われている)の前まで行ってきた。

 

普通、わざわざ行かないよね。

私も、省吾さんのファンになって44年だけど、行こうと思ったことは一度もない。でも、近年、日本のウイスキーにドはまりしている夫が、日本のウイスキーの父と呼ばれ、ニッカウヰスキーの創始者である竹鶴政孝さんの生家 竹鶴酒造を尋ねるというので(ウイスキーの醸造所は余市なので、ウイスキーはないにもかかわらず)、「それやったら、私も行きたいところがある!」と思い、場所を調べ、探検隊のようなおももちで、汗だくになって、省吾さんが生れたときに住んでいたという、その場所に到達。

 

まだ、家は残っていて、(これが、世間でファンのみなさんがやっている「聖地巡礼かーーー」)と、感慨もひとしお(この話は、あらためて別記)。

 

その感動が冷めやらないままのON THE ROAD 2023

そのときに着ていた服で、気持ちももりもり。

 

 

 

 

開場時間の16:30には、すでに小雨になっていたけれど、かっこいい、ツアートラックも観れて、大満足。雨に濡れながら、人が切れるタイミングを計って、自撮り。

 

席がどこかは、入場時に発券してもらうまでわからない。

デジタルチケットのQRコードが反応しなかったらどうしよう、と思ったり、どきどきの瞬間だ。

無事、発券されて、一安心。

手渡されたチケットの表示は……

 

〈スタンドC 9列 7番〉

 

どのあたりの、どういう席なのかは、すぐには思い浮かばない。

アリーナじゃないこと、スタンドの一番前でもないこと、でも、そんなに後方でもないこと、などを受け止めながら、エリアの表示を探す。

 

確認すると、今回の設営では、ステージの正面が「スタンドD」なので、真ん中よりやや左側となることがわかる。

 

2階スタンド席の前から9列目。通路をはさんで端から3席目という、出入りしやすい席だった。

しかも、出口に近く、トイレの前。

途中休憩の時にすぐにダッシュできるし、帰りも渋滞に巻き込まれずに帰れそうなことがわかり、神様の采配に感謝。

 

ただ、ステージの正面というと聞こえはいいけど、楕円形のホールなので、距離的には、ステージから一番遠い。

 

時間があったので、ステージの袖側にあたるスタンドAのほうまで歩いていって、その近さに驚く。

 

(いいなあ~)と、ためいき。

アリーナの前方の席にも、ためいき。

 

なんという臨場感!

 

大阪城ホールでのツアーは、2011年以来
そのときは、アリーナ席で、センターステージの横で、かぶりつきで省吾さんを感じられて、ほんとうに素敵だった!

 

 

やはり、アリーナは熱量がちがう。アリーナの、ステージとの地繋がりの一体感というか。

 

逆に、そこまでの熱量に怖れをなして、ひるんでしまう気持ちや、背伸びしたり、頭をあちこち動かさなくても、ステージが全部見れるので、2階スタンドでいい、などと、体力的な問題もあり、すっかりエネルギーが後ろ向きになっている、自分の年寄りくささにへこみつつ。

 

場内は、撮影・録音が禁止で、ツアーサイトから公式のメモリアル・フォトが配信される。

 

 

 

ステージ付近が撮影されたフォトは、1万人弱のオーディエンスが埋め尽くすホールの臨場感は、ぜんぜん反映していない、と、参加したから言える。

 

まだ、ツアーは続き、ネタバレになるので、詳細は書けないけれど。

 

今回のタイトルにもなっている [youth in the JUKUBOX]

 

セットリストに並んだ曲は、

 

1976年 ファーストアルバム「生まれたところを遠く離れて」から3曲

1979年 5thアルバム「君が人生の時…」から3曲

1980年 6thアルバム「Home Bound」]から4曲

1981年 7thアルバム「愛の世代の前に」から3曲

1982年 8thアルバム「ON THE ROAD」から2曲

1982年 9thアルバム「PROMIST LAND ~約束の地」から2曲

1984年 11 thアルバム「DOWN BY THE MAINSTREET」から4曲

1986年 12 thアルバム「J.BOY」から4曲

 

私が、浜田省吾さんに出逢ったのは、1979年12月。

FMラジオの特集番組で聴いた「君が人生の時…」というアルバムで、中学2年生だった。

カセットテープに録音した歌を、何度も何度も聴いた。

 

その後、過去のアルバムを少しずつ買い集め、14歳から21歳という時期…… 中学、高校、短大、就職…… と、まさに、私の「youth」は、浜田省吾さんの楽曲とともに駆け抜けてきた。

 

省吾さんの声は、ハートに響き、体幹を貫いて共鳴、共振する

歌を聴くと、時代が蘇る

そのときの状況も。

 

最初に行ったコンサートは、ラジオの抽選で当選した京都会館第一ホールで、中学2年生だったので、に一緒に行ってもらったし、省吾さんが、学園祭や野外ライブに出ていたころは、私は高校1年生だったので、京都産業大学の学園祭や、万博公園の野外ライブに連れていってもらったことなど、両親との思い出が出てきたり。

 

歌とともに、思春期の多感なあれこれが走馬灯のように……

 

MCもすっごくよかった。ぜんぶぜんぶメモしたいくらい。

特に印象に残った二つを書く。

 

好きな曲でカセットテープをつくる話で、省吾さんの曲を入れたら…… というのを、大阪弁で「あかん」って、小さくつぶやいたのが、すごくかわいかった。

 

「あかん」って、こんなにやわらかい響きだったっけ? って、びっくりした。

もちろん、私は、大好きな省吾さんの曲ばかりのカセットテープを、何本も作った。

 

それから、省吾さんが、自分で自分の名前を呼んだ瞬間のドキドキ。

 

ロックを唄うときは、心はいつでもティーンネージャーだと、30歳になった省吾さんがMCで言っていたのだけど、それを今でも(69歳の今でも、12月29日の誕生日で70歳になっても。既に70歳になっている町支さんに対しても)適用できるのか? という問いで、

 

「どうなんだ? 浜田。どうなんだ? 省吾。どうなんだ? 町支」

 

という言葉。

 

省吾さんの声で、「しょうご」という響きを聴いたとき、

 

(その人の名前を、その人の声で呼ぶって、やっぱり、特別なバイブレーションがある!)

 

って、実感した。ふるえる。

 

竹原を訪ねたこともあり、省吾さんのライブに行くたびにコミットしていることを、メモリアルフィルムのように思い出し、今度こそ、ぜったいにぜったいにやろうと決める。

 

〈生れてきたときに、決めてきたこと〉

 

どうなんだ? えみな)

 

好きなだけでは好きどまりやで♪

 

 

浜田えみな