いまのしゅんかん -50ページ目

持続可能性


 

学会が終了した。

今回は、メインのプロジェクトが終わったので、後半はリサイクルとかエネルギー保管とか持続可能性のテーマを中心に見ていたけど、太陽光パネルはもうヨーロッパでは生産されてないので、技術開発よりも持続可能システムにフォーカスされるようになった印象をもった。

 

ヨーロッパは、電力ソースの半分以上が再生可能エネルギーで、デンマークの電力ソースの56%が風力らしい。

そのため、余剰電力のエネルギー保管がクリティカルなテーマになってて、しかもバッテリーでの充電は規模的に難しいので、別の技術が開発されている。

データセンターを作っているのもその目的も含んでいる。安い電力をデータセンターに供給することに使おうと。

 

最近ますます持続可能というものを考えさせられている。

 

奇しくもこんな記事が。

 

なんと、コペンハーゲン市で、市のお金で12人の年金者と3人の職員がスペインのマラガに旅行を行ったという記事だった。

孤独な高齢者のための旅行だったそうだが、最近は介護サービスも減らしているのに、プライオリティを間違っているのではという批判も当然あったらしい。

しかし、政治家曰く、そもそも今後は介護サービスに頼るのではなく、自力でクオリティライフを送れるように根本的に変えていかなければならない、とのことであった。

 


 

この旅行の是非はともかく、そのコメントは正しい。

 

デンマークも、福祉大国と言えなくなるのではと思うほど、全方面でサービスは減らされている。

学生の小遣い、教育支援金もなくなっていく予定だし、失業保険も昔は無期限受給だったのが今は最長2年、しかも受給しにくくなっている。介護も今後は家族の支援が不可欠と言われている。

それも、デンマークも平均寿命が伸びているため、高齢者の医療費と介護サービスが国家財政に圧迫しているからである。

 

私が、ジョギングを始めたのも、健康寿命を伸ばしたいからである。走るのは好きではないが、運動能力と筋力を衰えさせないために走っている。

また仕事で勉強しているのも、好きだからだけではなく、頭を使い続けたいのと、長く働き続けたいから。

 

はっきりいって、どの国に行こうが、特に先進国はどこも少子高齢化で、私が高齢者になって世話してくれるところなんてない。ましてや日本なんて私の世代は多すぎるから悲惨だと思う。

だからと言って子供を当てにしたくない。

セルフケアをしなければと思っている。

 

持続可能のためにはやはり一人一人の意識が必要なのかな、、と思っている。

 

今日はジョギングの代わりに散歩し、その後ジムで上半身の筋トレ。弱すぎるので鍛えないと。。

ウィーン

 

昨日の夕方、近くをジョギングした。

 

 
ホテルから見て、中洲が走りやすそうで選んだコースだったが、走っても走っても景色はイマイチで、雰囲気もよくなく、最後はちょっと怖くなって暗くなる前に急いでホテルに戻ってきた。
彼が調べたら、決して治安が悪いところではないとのこと。
 
どこをとっても東欧の雰囲気があり、そういえば30年前に初めてウィーンに来たとき、あえてドナウ川を見にいったら、期待していたのと異なる景色で驚いた記憶がある。
 
それでwikiをみてみると、、、、
 

なんでも、私たちがいるところは1945年の終戦から10年間ソ連の統治セクターだったらしい。

どおりで東ベルリンの風情に似ているなぁと思った。独立してから70年近くたっているとはいえ。

 

 

それで、ベルリンと同じように4か国分割統治されたにもかかわらず、二つの国に分裂せずに済んだのか自ずと疑問がわいたら、、、


 

ということらしい。

ドイツは終戦時の政府が暫定でも連合国に認められず、それどころか内閣の大臣たちは逮捕され、まったく中央政府がない状態で連合国統治されたという。

オーストリアは、戦争に対する責任がまったくなかったとは言えないが、ドイツに併合された国として情状酌量もあったのかもしれない。

 

今日はドナウパークをジョギングしたけど、ドナウタワーこそ東欧の香りがする。着工されたのは1962年らしいが。単に60年代がこういう建物ばかりのせいか。

戦後に開発されたヘルシンキやストックホルムもかわいくないし。。。

 

ススキとタワー

5年半の終結


 

昨日の午前中、わたしのポスターセッションがあった。

シアトルでの発表よりも今回は結果がでなくて苦し紛れの内容だったにも関わらず、オーストリアの会社とのコラボだったので、そちらの方で関心を持ってくれる人がチラホラいて、まぁまぁ退屈しない時間だった。

 

ずっとその会社の人と会えなかったけど、夕方ブースで社長を見かけて挨拶することができた。

 

これで、2019年3月にグラントアプライしてから5年半のプロジェクトが終了した。

厳密には最終レポートの提出があるが。

 

イニチアティブをとるはずだったグループが、メインプレーヤーがほとんど貢献しないまま人件費コストだけ使い切って退職してしまい、ほぼ私一人でやらなければならなかったけど、太陽電池を自作することで勉強しなければならないことも多く、いい経験になった。

一年前の学会まで理解出来ないことがたくさんあったけど今回ほとんど理解できるのもそのお陰である。

一年前、同僚とのミーティングで号泣したけど、腐らずにやるべきことをコツコツやってよかった。

その結果、太陽電池に関わるエンジニアのジョブオファーがLinkedIn経由で来るようになったし。(興味ないけど、逆にプロジェクト営業するべく学会での情報収集に目的シフト)

 

同僚から、業界での有名人が亡くなり、その人の立ち上げた会社は買収され、新会社に入社したばかりの共通の知人にコンタクトし、ミーティングしてくれる感触を得たと聞いた。

さすが、、、常に先を見ている。

その亡くなった方の会社の事業は私もずっと興味あるビジネスだったので、これでプロジェクトをもらえたらいいなと思う。

 

今までも問題や困難があっても、なんとかして乗り越えてきたことが糧になっているので、何でも無駄な経験はないと思っている。

ウィーンで学会


 

昨日は3時起きで7時の飛行機に乗り、学会に直行して間にランチやホテルのチェックインも含みながらも18:30までセッションだったので、夕飯食べたらバタンキューだった。

 

発表するプロジェクトはもう終わるし、プロジェクトリーダーはその関わるグループと完全に縁を切ると言ってるけど、学会だとインスパイアされてやりたいことも出てくるからやっぱり楽しい。

帰ったら慣れない営業活動もちょっとやってみようかとも思ってて、そのための情報収集もするという目的ができたし。

 

同伴の彼はホテルでリモート。ものすごいいい部屋だった。。

トレーニング

来月頭の13,3kmランニングイベントのために、今週から彼に同伴してもらってトレーニングを始めたのだがなかなか苦戦している。

 
まず初回の火曜日。
久しぶりにしては調子が悪くなかったので、彼のペースに合わせて(とはいえかなりゆっくりだけど)2km以上走っていたら、かなり息が上り心拍数もかなり高くなってしまったので、折り返し地点のところでかなり長く休み、後半もまぁまぁのペースで走った。

 

そして二日後の木曜日。

火曜日も翌日も体が疲れているとも筋肉痛があるとの自覚がなかったのに、いざ走り出すと、太ももの裏側が痛い。
彼曰く、痛いのを我慢して走るのはよくないとのことだったので、かなりゆっくりめで、しかも小刻みに足を休め、彼にマッサージしてもらい、いつもの折り返し地点よりも手前で引き返し短めに走ることに。
そして、上半身を心持ち前に傾けることによって、自然と足が前に出るような走り方も教えてもらった。確かに火曜日は腿を上げるようにして走っていたので、余計に酷使していたのかもしれない。太ももの裏側の筋肉(ハムストリング)は普段鍛えにくいので、ジョギングで痛めやすい筋肉らしい。

 

そして今日、天気も良かったし、イベントのコースを一部走りたいということで、お気に入りの場所Rådvadへ。

 

ここの近くに車を止めて、ジョギング開始。
 
Dyrehaveに入ってもお城までほとんど舗装路だった。
しかし、暑いし、微妙な上りで大ブレーキ。
お城から少し南下したが、あまりにも暑いのでまたお城に引き返し、日陰にあるベンチに座ってしばらく涼んだ。
お城から駐車場までは木陰もあって走りやすく、あっという間だった。

 

筋肉痛は治ったはずなのに、キツかった。。。

 

それにしても、去年の秋は、走れば走るほど調子が上がっていって、3度目のジョギングでかなり速く走れたりしたのに、今は全然調子がよくならず、足は上がらないままだわ、心拍数が上がって苦しくなるわで焦ってくる。。

来週からのウィーン出張でも、走るための用意はするつもりで、ドナウ川沿いのホテルだから、近くで走れるだろうとジョギングするつもり満々ではあるのだけど。

 

しかし今年になって気持ちよく走れた試しがなく、Vejrhøjの15kmレースで死にそうになるくらい苦しくなり、しばらくひどい筋肉痛で苛まされたり、たかだか5km走っただけでハムストリングが痛くなったり、今までと違う感触を持っている。

認めたくないけど、更年期のせいもあるのかな、と。

50代は筋肉が激減するものらしく。

 

今まで、甘くみていて継続して走ることを怠っていたけど、これからは週に一度は走るなどもっと定期的に走らないとなぁ、、、と思った。

理想の家族

 
昨日買って読んだけど、本当にこの漫画いいなと思う。
確かにドラマチックな展開とかはないのだけど、この二人の関係の深まりが沁みる。。。
ゲイだから、(特に日本だから)結婚もできないし、子供も持てない。
一緒にいる理由が二人の関係のみ。
だけど、仕事も友達関係も家族にも微妙にインターラクションしてて、彼らの日常でもはやお互いが欠かせない存在になってる。
しかも、男同士だから、ジェンダーバイアスとかもなくて、役割とかもなくて、独立した人間同士が対になっていて、むしろ私にとっても理想なカップル。
 
最近、選択制夫婦別姓の話題をよく目にするけど、この漫画読んでも、家族ってなんだろう、と思わされる。
形じゃないよなーー積み重ねた信頼関係だよなーーと。
 
私たち夫婦は、国際結婚なので、夫婦別姓で結婚することができたが、私が日本国籍のままだったら、彼が私の苗字に変わっても良かったという。
でも、私は、私も改姓したくなかったけど、彼にも改姓してほしくなかった。
私という人間と、彼という人間という、違う人間同士が結びつくことに意味があると思っている。
 
彼がデンマークに移住する目処が立っていなかった時、私が日本に移住するオプションも示したけど、彼がそれに難色を示した。
私が日本でエンジニアとして働くことがかなり困難だろうと思ったからである。
彼は、私には今の好きな仕事をデンマークで続けて欲しいと思っていたらしい。
 
彼がデンマークに移住して、毎月「家賃」を振り込んでくれるので経済的にだいぶ楽にはなったが、失職することの不安は消えていない。
実際今週は、学会の準備と、プロジェクトの最終レポートを書く他に、もうすぐ大きなプロジェクトがなくなるので、新しいこともやらねばといくつか模索した。
 
1 パイプラインにある二つのプロジェクト→実はいずれもグラントが下りる可能性はかなり微妙なことがわかり、あまり期待できなさそう。。一つはビジネスモデルがよくないとのことで、アプリケーションを見せてもらう。却下されて再トライするとしたら、もっといい提案ができるか模索。
2 ある巨大クライアントのプロジェクトに関係する測定をやって結果を見せ、参加できないかアピール。
3 ある日系企業のポテンシャルプロジェクトに関わらせてもらおうと思ってたら、すでに手隙きの同僚に話が行ってた、、、
4 Linkedinで2度同じ会社にジョブオファーされていたが、興味がなく、代わりにうちの会社からプロジェクトオファーできないか、上のマネージャーに話してみた。
5 セミナー、交流会を物色。
 

ずっとやりたかった実験で遊んだ、、、

 
 
彼は彼で、今あるプロジェクトにどハマりしてて、毎日のように家でも仕事している。
プライベートも大事にする彼なので、家で仕事しているのは純粋に楽しくてしょうがないからである。
そういう彼に、どれだけ刺激を受けてきたことだろう。。。
私が失職する不安が今もあるのは、経済的な理由ではないのである。

聞香の自主練

 

来月東海大の茶室で七事式・且座の式をやることになっていて、私は「聞香」の役割を与えられているのだが、師匠が道具を見つけられず、日本で入手して月末デンマークに戻る際に持ち帰ることになったので、自主練のためにいろいろかき集めてみた。

 

本来はこんな感じ。

 
乱れ箱→茶箱の蓋
重ね香合→ただの香合
銀葉バサミ→プラスチックのピンセット
銀葉→ガラス片
香包→プリント用紙
香炉→湯呑み
灰→シリカゲル
香箸→ただのお箸
香木→モリブデン金属片

 

こんな感じに、、、、

 
灰に関しては、今仕事で使っている汚泥の乾燥させたものが見た目が似てるけど、流石に汚泥を湯呑みに入れるのは憚れ、かといって、シリカパウダーとか小麦粉は汚れるし、ただの底上げだったらフィーチャーが相当違っていてもいいかと無難なシリカゲルを使うことに。
銀葉バサミは、最初チタンワイヤーで作ってみたが、やっぱりリジッドじゃないと、何も掴めないので、普通のピンセットに。
銀葉は、最初は薄い金属片を考えたけど、それだとこのピンセットで掴めないので、厚みのあるちょうどいい大きさのガラス片があったので、取ってきた。
そして香木として金属片を使うことに。しかし、お箸で摘むのが難しい。。。厚紙に変えてみたが、それも難しい。。やっぱりある程度厚みがないと。。。
 
まぁやってみると、全て扱いが微妙に異なるというか、扱いにくい。。。
例えば、普通の香合だと置いている蓋を取るのが難しい。
まぁあくまでも、手順を覚えるための練習にとどまる感じ。。
 
しかし、Youtubeを繰り返しみてたら、お点前はそれほど長くないので、簡単に覚えられ、このなんちゃって道具でやり方を練習すれば、直前のお稽古でもなんとかなりそう。
 

ちなみに、昨日は中秋の名月(十五夜)だったので、、、

月見団子を作った

大豆を15分くらい炒って、豆挽きマシーンできな粉を作って砂糖と混ぜて団子にかけ、さらにダークシロップをかけたらマジうまだった。

娘が好きで、よく一時帰国できな粉を買って持ち帰ってたけど、自作するようになると、すぐに風味が落ちる既製品は買う気がしない。。やっぱり挽きたてが美味しい。明後日娘が来るから、作ってあげよう。。
 
まだ日中20度を超えているので夏の名残を感じるけど、秋の風情も感じるようになってきた。
その東海大の茶会が終わればしばらくイベントも旅行もないけど、来月下旬から陶芸のクラスも始まるし、創作の方に励んでみようかな。。。レゴで茶室を作るプロジェクトもペンディングしたままだし。。。

ストックホルム在住の友達

そういえば、ストックホルムのセミナーで一緒に参加した友達のことを書きたいと思いつつ、バタバタでなかなか書けなくてそろそろ、、と思っていたら、彼女から、スウェーデン人のパートナーがデンマークで仕事を探しているんだけど、なかなか見つからず、知っていることがあったら教えてくださいというメッセージが来た。

 

彼女宅に泊まった時に、実はアパートの賃貸契約が有期限であることを理由にサンボビザが却下されたことを聞き、どうせ結婚するんだったら、デンマークでビザ申請してみたらどうか、と入り知恵したのだった。

基本的に、その国の国民の配偶者ビザは厳しく審査されるが、他のEU国であれば、EUルールが適用されるので一気に緩くなるはずだと。配偶者ビザが厳しいとされるデンマークでも、デンマーク人ではないEU人の配偶者だと、5年住めばほぼ無条件に永住権が取れるとも聞いている。

私の知っているフランス人と結婚したインド人は、デンマークに10年くらい住んでいるが、未だにデンマーク語ができない。

同時に、スウェーデン・マルメに、デンマーク国籍者と非EU人の国際カップルが多く住んでいるとも聞く。

 

友達カップルは私のアイデアに興味を示し、早速スウェーデン人パートナーはデンマークで仕事を探し始めたようだ。

彼のスキルはデンマークでも需要がありそうだったが、なかなか見つからなかったようで、私の彼に聞いてみたところ、彼は友達パートナーのLinkedinプロフィールをチェックし、ちょうど彼の会社でフィットするポジションがあるからアプライしてみたらどうかと言われ、友達に知らせたのだった。

 

それにしても、同じ北欧でも、やっぱり国が違うと仕事が探しにくいのかな、、と。

私も遊びでノルウェーの仕事を探したことがあるけど、確かにLinkedinとかはデンマークに限られるので、ピンポイントで探さないとヒットしない。

だからこそ、私も彼に特定の会社の特定のポジションの情報を送ってアプライさせたし、実際デンマークに移住してから、Linkedin経由でデンマークの仕事のオファーが来るようになったらしい。

 

友達のパートナーが無事、デンマークで仕事を獲得できることを祈るばかりである。

 

 

ちなみにその友達とは、もう10年以上の長い付き合いになる。

2012年には一緒にアイスランドに行っているし、15年くらいになる??

ブログを介して彼女の存在を知ったが、出会いは偶然の繋がりだった。確か、娘のクラスメートのオペアの子を介して知り合ったような。

 

バッググラウンドも全然違うし、年齢も8歳も違うのだが、なんだかんだ親しく付き合っているという。。。

それは、彼女が自分を持っていて、人をきちんと尊重し、フラットに接してくれるからだと思う。

最近、ブログを介して興味を持った人がいるのだが、友達とその人は同じ県出身である。

そのブログの人が故郷について書かれていて、そういえば友達も同じ県の小さな町出身で、人に優劣をつけないし、人はそれぞれ違ってていい、という価値観を持っているな、、と。

 

ちょうど、ある人に自慢ばかりされた挙句にマウントも取られて辟易している、、、と友達に愚痴ったら、

「都会出身の人って、そういう傾向あるんじゃないですかね?」

と言われ、そうなのか、、と思った。

確かに、私は八王子出身だけど、小学校の時にすでに5クラスあったし、友達の一学年20〜30人とかに比べると、多すぎて常に競争に晒され、自分の存在価値を示すために躍起になっていたかもしれない。

20代後半の時に、島根で再評価グループに出会い、少しずつ自分が自分であることを受け入れることを学び始めたのだが。

だから、最初からフラットな人に会うと、ものすごくホッとするのである。

今後のやることリスト

土曜日の茶会披露は思いの外どっと疲れ、片付けてブログを書いた後バタンキューで早く寝て、昨日もゆっくり過ごしたが、実は結構やることがあり、引き続きバタバタしている。

 

1 来週からウィーンで学会

先週から、proceedingとポスター作りに着手していたのだが、オーストリアのパートナーからもフィードバックをもらい、今日最終チェックをして学会のプラットフォームにアップロードした。ついでに、今中央ヨーロッパで問題になっている洪水について聞いたら、彼らのいるInnsbruckは大したことがなく、標高800m以上で積雪があるが、数年に一度はある9月の初雪で珍しくはなく、雨よりよっぽどリスクは小さく有難いという。ウィーンも来週は温度も20度以上で天気もいいらしい。

また、学会で発表するプロジェクトは今月いっぱいで終わるので、ついでに今日最終レポートを書いていたが、結局4年にわたるプロジェクトだったし、関係していた人がどんどん抜けていって私のタスクが増えていったので思い出もあり、しんみりしてしまった。。

 

2 来月にある東海大学の茶室での七時式茶会

私が担当する「聞香」の道具が見つからなかったので、師匠が日本で入手してくれるという。道具を使っての初稽古は茶室での本番の3日前。。。できれば代用品で自主練をしたいところだが、、、

香炉→湯呑み、灰→実験室から酸化シリカを取ってくるか、、銀葉バサミ→針金で自作するか、ピンセットで代用するか、、

 

3 来月頭にあるジョギングイベント

何気に13,3kmもあるので、明日からトレーニングを始める予定。週末は距離も多めに走るつもり。

 

4 年末年始のスキー旅行

とりあえずHemsedelのアパートをクリスマス前後1週間分予約。娘に連絡したら、金曜日にくるというので、また話して追加で1週間分予約するかも。

修士課程で転学したので大学生活も一変したらしく、その話を聞くのも楽しみ。勉強は一気に難しくなり、クラスメートのバッググラウンドもバラバラで、エキサイティングな環境にあるようである。

また、私は次のシーズンでスキーブーツを新調するつもりなのだが、彼はすでにチェックしてくれているらしい。来月、スキーショップに見にいくつもりである。

 

明日十五夜なので、昨日作ってみた。一応、月とススキ。色を濃くしてみたけど、そうなると風情はイマイチかも。。。難しいけど、色はやっぱり微妙にグラデーションがあった方がいいかも。

茶会披露

茶会披露をやってきた。
 
今朝は、茶碗や菓子器をプチプチでパッキングしたり、冷凍庫からお茶を出したり。
着物を出して、全部揃っているか確認し。
 
12時過ぎくらいから、荷物を車に運び入れ、13時15分頃に家を出て会場へ。
また会場に荷物を運び、道具を出し、私がお茶を漉して棗にお茶を入れたり、お菓子を用意している間に、友達には茶席のセッティングをお願いした。
 
 
先に私が着物に着替え、友達が着替えている間に、私はお湯を沸かして釜の準備を。
 
13時45分に会場入りして、15時に始められないと思っていたけれど、ほぼきっちり予定時間で始めることができ、まずは主催者の挨拶があり、友達の茶道に関する説明があり、茶会披露が始まった。

 

 
主客の私がお茶をいただき、次客の友達の娘ちゃんがお水を飲み終わった後、5人の希望者にお菓子とお茶をサーブし、おしまいと拝見をし、無事披露は終わった。
 
その後さらに希望される方にお茶をお出しし、片付けは釜からお湯を出しておいて風炉において乾かすくらいで着物から普段着に着替え、片付け。
棗からお茶を出し、皆具をパッキングし、お茶碗をパッキングし、釜を片付け、道具を全て袋にしまい、また車に運び出し。
友達は車がないので、電車で買えるということで彼女の荷物も車に入れ、会場を後にした。
 
お腹が空いていたので食べに行った後、友達宅に荷物を届け、自宅に帰ってまた荷物を運んで、釜と皆具と薬缶と茶筅と茶巾を乾かし、棗と茶漉しを綺麗に拭き、着物を陰干しし、片付け全て終わったところで疲労がドーっと出た。
 
こういうイベントで、全て自分の仕切りでやったのが初めてだったので、こんなに大変だったとは、、と思った。
とにかく道具が多く。。。会場で危うく茶巾を捨てるところだったけど、それだけ物が多いので、全部把握するのが難しい。
冬の間、我が家でお稽古していたから、準備に慣れていたのがまだ良かった。
 
でも、ゆくゆくは私たちが自ら茶会を仕切るようになっていくのだろうし、今回はそのデビュー会としていい機会になったと思う。