いまのしゅんかん -418ページ目

自分を再評価して


知人が結婚するときに送ったお祝いカード。
もともと同棲カップルであり、既に2児をもうけていたが、5年目にして入籍を決めた。
自立しているが、お互い尊重しあっている素敵なカップルである。

***************

彼の調子はイマイチという話であったが、両親宅に行ってみると、思いのほか彼は元気そうで、久しぶりに会話も弾んだ。
ここ数日は、話してもすぐにつらそうにするので、長くは話せなかったのだ。
いまだ食欲はわかないし、昨日の晩はあいかわらずお腹が痛くて深く眠れなかったというが、顔色はめっきりよくなり、だいぶラクにはなった様子だった。

それで、一時帰国を1週間後に控え、正直夫に会うのが怖いと打ち明けた。

「長い間、君を苦しい思いをさせた。出産という一大事のときですら、君を助けてあげなかったのだから、当然の結果なんじゃないか。もし、彼が君に尽くしていたのなら、君だってこの国に来ることはなかっただろう?あとは彼の問題だよ。君はどうすることもできない。」

彼は、奥さんの不貞が発覚して、もはや彼女の愛情を取り戻すことはかなわないと悟り、すぐさま離婚を決意したものの、毎日毎日が苦しくて、時には夜こっそり泣くこともあったという。

「だけど、僕は彼女を憎んだりはしなかったよ。憎しみの感情をもっても無駄だからね。」

「あなたと夫はまったく違うのよ。夫は、おそらく両親にすら愛されているという感覚がない人で、自分のことをまったく信じられない人なの!だから、常に周囲を責め、周囲に過失を求め、自分の非を認めないのよ。そういう人だからこそ、現実がみつめられず、わたしのことをただ傷つけたいと思っている。それが怖いの!」

実は、昨日、わたしの荷物を実家に送ったとの旨、夫からメールで連絡があった。
「10万円かかりました。半分負担してください。」
思わず笑ってしまった。
長いこと連絡しなかった夫が、こんな小さなことでわざわざ連絡してきたということは、しかも細かな金額まで明記してあったということは、貧乏なわたしに負担を感じさせようと意図していたに違いない。

大晦日のときに、合意書のことで、200万円の慰謝料で思わず取り乱したわたしだったけれど、それこそ夫の思うツボ。
夫は別に200万円なんて欲しいと思ってはいないのである。
それなりの年収を得て、しかも貯金もかなりある。
ただ、わたしに対する不貞の報復としてもっとも効果的な方法として、経済的制裁を加えようという意図があるのみである。

彼には、その意味がまるで理解できないようであったが、わたしにはよくわかる。
かつてのわたしがそうだったから。

わたしは、常に人との交流で問題をもっており、大学のときにはひどいイジメを受け、最初と2番目に勤めていた会社では軽い差別を受けた。
わたしにとって、周囲は皆、敵だと思っていて、誰のことも信じられなかったし、誰かに触れることが怖かった。
自分に問題があることも認識していたけれど、どのようにして取り組めばいいのかわからなかった。いや、自分の問題に対峙することが怖くてできなかった。

自分の過失の結果とも思っていたけれど、感情的には、大学でイジメをした人たち、差別をした会社の同僚たちが憎かった。
そして、インターネットばかりで遊んで研究をろくにやらない研究室のイジメの当事者をバカにしたり、まわりくどい会社の同僚たちを非難することによって、問題をすりかえ、ますます自分の問題から対峙することから避けていた。

だけど、結婚して出産して地方に移り、本当の孤独に陥って、再評価のサポートグループに出会い、やっと自分を省みるチャンスを得たのだった。

そして、
小さいとき、友達とケンカして泣きながら家に帰ったら、話もろくに聞かずに、「人前で泣くなんてみっともない。」と非難した母のことばに傷ついたこと。
志望大学に受かったのに、同じタイミングで高校受験のあった弟が、偏差値72の私立高校に合格して、「アンタも努力すればもっといい大学に入れたのに。」と蔑まされた母のことばに傷ついたこと。

などなど、母との関係で悲しい思いをした出来事をたくさん思い出し、たくさん泣いて、たくさん感情を放出させて、わたしがわたしを信じられない本当の原因を、自分の中から徐々に解放させることによって、ようやっと過去のすべてを許せるようになったのである。
そして、不器用な自分、賢くない自分、美しくない自分の存在を、やっと受け入れることができるようになったのである。
それから、少しずつ周りがみえはじめて、人と関わることが楽しくなったような気がする。

夫は、わたしが出産で入院したという連絡をしても、パチンコで遊んでいてかけつけてくれなかったり、新婚旅行のときに正規職員じゃないのに後ろめたい感じで休暇をとったり、わたしがインフルエンザで倒れたとき、「ちっ」と舌打ちして、「俺がM(娘)を迎えにいかなければならないの?」と言ったことなど忘れているだろう。

5年間の間に、少しずつわたしを傷つけたことなど見事忘れて、わたしが「不貞行為をおかした」ことのみしか考えが及んでいないだろう。

もちろん、すでに愛情を喪失しながらも、本気で離婚に取り組まなかったわたしにも非はあるが、自分が信じられないがために周りが一切みえない、周りがすべて敵だととらえている夫に会うことは苦痛この上ない。
問題をすべてすりかえて、いくら議論しようにも、本質的な問題解決には至らないんだもの。

だから、彼といると安心する。
5年間ものイジメを受け、わたしと出会うまで真から女性に愛されたという経験がなかったにもかかわらず、誰のことも憎んでいないし、一切周囲に対して責めてもいない。
責めることによって、自分をも傷つけることを知っているのだ。
自分を大切にしている彼は、わたしのことも深く慮ってくれるので、とても安心する。

まだ不調


意味はないけど切り絵。
この国きっての童話作家の博物館に行って、しばらく切り絵に凝ったのである。

*************

わたしと娘は完全に回復し、昨日からかなり忙しく仕事している。
あと1週間足らずで日本に帰るからだ。
学会の準備もあるし、日本から帰ってきたらプレゼンもある。
実験、実験、実験三昧である。
同時に日本滞在のアレンジもしている。
大事な処理はもちろんのこと、全国にちらばっている友人のところに訪問する予定。ちょっと楽しみになってきたりして。夫に会うのは非常に非常に苦痛なのであるが。

彼はまだ不調だそうな。
昨日訪れたときにはもう頭痛はないとのことであったが、まだ胃に違和感があるのと、咳を頻繁にしていて、まだまだつらそうだった。
昨日はりんごをミキサーにかけて、それを無糖ヨーグルトであえたものを彼に出したのだけど。

しかも、息子さんも再度不調になってしまい、今日は保育園を休んだそうだ。
昨日、家に帰るときに、
「M(娘)と一緒に寝る~~!」と大泣きしてしまったのだが、ずっとお父さんとも隔離された状態で、お母さんにも会えず、人恋しくなっているのだろうか。

また今夜も、ご両親宅におじゃまする予定。

認めてほしい

木曜日に息子さんを引き取ったものの、夜中に発熱したため、金曜日にはご両親にみてもらったのだが、彼のお母さんが、
「K(息子さんの名前)は、どうしてもわたしにひっついて寝ようとするから熟睡できない。」
と漏らしていたので、
「じゃあ、わたしたちは今日ここに泊まりますよ。わたしたちがKと一緒に寝ますから。」
といって土曜日に娘と一緒にご両親宅にとまり、2人分のシングルベットに3人で寝たのだった。

しかし。
最初は1つのシングルベットに娘と息子さんを寝させたのだが、息子さんはどうしても娘に密着しようとするので娘が寝られず、1つのシングルベッドに息子さんを寝させ、隣のシングルベットにわたしと娘で寝たのだが、息子さんをシングルベッドの真ん中に置いても置いてもわたしにぴたっと寄り添おうとする。
わたしも、赤ん坊のときから一人で寝てきたので、誰かと寄り添って寝ることができない。
彼のお母さんと同じようにわたしも熟睡することができず、日曜日は昼寝をしたいぐらいで、子供たちには持参したラップトップでDVD三昧であった。

彼は、日曜日の朝早くから、
「両親宅に行きたい。」
と懇願してきて、
「もうすぐ日本に帰るI(わたしの名前)とM(娘の名前)に感染するのが一番心配。来てもらうかどうかはI次第だよ。どうする?」
と彼のお父さんに言われ、
・もう嘔吐がなく、感染する危険性が激減したこと。
・3日間も隔離された状態で誰とも接触できてなく、非常に精神的にハードな状況である。
ことを慮り、彼がここに来ることを許可することにした。

それで彼のお父さんが車で彼を連れてきたのだが、来るなり彼は仕事部屋へ。
木曜日の夕方にオファーがあったことを気にかけていたのだろう。
コートも脱がずに急いで仕事に取り掛かったのであった。
仕事をするぐらいならさぞかし回復したと思いきや、ある程度プログラムを完成したところで、とても具合悪そうにしながらベッドへ。
実は、回復などしてなく、それでも少しでもできるときに仕事をしたかったのと、やはり一人で自宅にこもっているのに耐えられなかったことから、両親宅に来たかったようである。

幸い、嘔吐と下痢はだいぶなくなったものの、今度は嘔吐下痢による脱水症状がみられるようになり、頭痛と発熱に悩まされるように。
元薬剤師だったお母さんはブルーベリーのジュースや砂糖と塩入りの水を与え、わたしはじゃがいものスープやバナナジュースを作って与えたりした。
しかし頭痛がつらそうで、痛々しかった。

今日、彼はほとんど回復し、頭痛もなくなったので、朝早くから仕事に取り掛かっているという。
とてもホッとした。

それにしても、お父さんは一切プレッシャーをかけていないにもかかわらず、病身の身ながら仕事に取り組もうとするとは。
まぁ、わかる気はするが。

彼は純粋に、助けることが好きなんだと思う。
誰かの喜びになるようなことを、すすんでやりたがるというか。
3時間も家庭教師をしたことからしても、そのことがよくわかる。
だから、病気になって、一人で部屋にこもり、どんなに自分が無力であるかを感じることがどんなにつらかったことだろう、と思う。

そういう人だから、わたしに対してもものすごく賞賛したり、感謝してくれる。
たいしたことはしてないけれど、やっぱりそう言ってもらえるととてもうれしい。
料理していても、「とてもおいしそうだね。」とか、家事をしていてもすっとんできてくれる。
だから、料理も家事も苦にならない。

日本にいるときは、夫はわたしに対して感謝するどころか、わたしがどんなに忙しそうにしていても無関心で、わたしが家事をすることがあたかも当然のような態度をとり続けていた。
わたしが忙しいことを不満にもらすと、「そこまでしなくていいよ。」。
やっぱり、自分のやっていることがまるで認められないほど悲しいことはない。
「あなたのおかげで助かった。」
このことばだけで、どんなに人を動かす力になりうるだろう。

仕事はまさにそうなわけで。
自分という人間を認めて欲しい、
その欲求をかなえてくれる、格好の方法ともいえる。

今を大事にする

一旦回復をみせた彼の様態であるが、再び嘔吐を繰り返すようになったとのこと。
息子さんも完全復活するまで1週間かかっており、彼もまた回復するのに時間がかかるのかもしれない。
何度か彼の様子を見に行ったが、すっかり疲弊しきっていた。
息子さんが1週間ぐったりしていたのも、今となってはよく理解できる。
あんなに息子さんの状態を懸念して、それも環境が激変したせいだとさんざん非難していたが、回復してからは、とくに精神的な問題もみられず、実に快活に遊ぶようになったので、いかにこの病気が脅威的であるか。
なんと、保育園でも何人か同じ病気にかかってしまったそうで、中には病院に行って点滴まで打った子供もいたそうだ。全員医療費無料のこの国では、滅多なことでは病院は受け付けてくれない。いかに深刻な状況に陥ったかを示唆する出来事である。

息子さんと密着しつづけ、吐捨物を常に処理していた彼は、いかに感染するチャンスが大きかったか容易に想像がつく。
10日後に一時帰国を控えているので、娘は彼からは隔離するようにしている。わたしも彼の家には行くが、彼には近づかないようにしている。
それがつらい。
しかも、潜伏期間が長いので、感染したかどうかはただちにわからない。今は発病しないことを祈るばかりである。

実は、一時帰国が決まってから、離婚のことでナーバスになり、研究に対するモチベーションも下がりつつあるわたしであったが、病気のことがあってから、研究ができる環境がいつでも保障されているわけではない、今できるのなら、明日やろうと延期したりせずに、常にベストを尽くさなければと思うようになり、また実験をたくさん計画したり、文献を読み漁るようになった。
彼の場合も、発病する直前に、仕事のオファーがあったそうで、それを延期したところ、発病して仕事が出来なくなってしまったと。
彼もひどく悔やんだそうである。

未来を予測することは誰もできない。
けれども、やっぱり今の状況を甘受もできないことを認識する必要もある。

そのことで、お金の話を少し。

離婚を決め、合意書のことで夫と少し話したあとから、経済的観念を改めた。
当初は夫と戦うきもちもあったのだが、裁判にまで行くとなるとわたしの体力も要求される。それで夫の意思に従うことに決めたのだが、同時に経済的に厳しい状況になることを認識し、お金に対する態度を変えるに至ったのである。

もともと、それほど浪費するタイプでもないが、かといってストイックなほうでもない。
夫がいずれの両親からも離れた地方都市に職を得たため、里帰りするとなるとそれなりにお金もかかったが、それにあまり頓着せずに、比較的頻繁に帰っていた。2ヶ月に一回はいずれかの里に帰っていたと思う。交通費は相当なものだったであろう。
この国に来てからも、もちろん夫と娘を慮ってのことであるが、頻繁に帰るようにしていた。交通費ももちろんのこと、久しぶりの日本で金に頓着せずに好きなものを食べまくり、好きなものを際限なく買い、、、そのコストたるや。。。

一時帰国以外の生活費はどうかというと、もちろん日本に比べれば金の消費は少ない。
交際費は皆無に近いし、新聞を含めた出版物を購入することもない。車もないからガソリン代を払うこともない。

だけども、保育料の減額申請をしようなんてことも考えたことがないし、食費もそれほど気を遣っていたわけではなかった。
高い魚や牛肉も食べたいときに買っていたし。また、週末に娘と喫茶店に行くこともしばしば。食費は、月で大体5~6万円かかっていたと思う。たった二人分で!

実質、夫から経済的な援助を受けていたわけではないが、それでも結婚していることでいざとなったら援助を受けられるという確信があったし、貯金もある程度あって安心していたこともあり、あまり節約しようという気もなかった。

今は、肉を買うのも、野菜を買うのも考え抜いて買うようにしている。
肉はひき肉を買うことが多くなったし、前は頻繁に買っていた椎茸は今マッシュルームで代用している。

はっきりいって、離婚を決意するまでは、なんとなく保障された未来があるのだと思っていた。
不満をもちつつも、未来に対して不安を感じたことがなかった。
でも、人生本当に何が起きるのかわからないのだなぁ、と。
それだったら、本当に必要のないものに費やすよりかは、最低限の資金の中でできる限りの工夫をしてみようと。もちろん、必要と判断される場合には、お金を費やすことをいとわないが。

もっとも、彼と過ごすようになってから、博物館などに行くこともめっきり減り、自ずとレジャー代は減ったし、わたしひとりで買い物に行く機会が増えたので、無駄なものを買うこともかなりなくなった。
彼もまた、出費が激減したという。別居前までは給料日前に口座のお金がすっからかんになるのが常だったのに、今ではかなり余るようになったとのこと。
そういう意味で、今まではお金を費やすことによって充足を得ようとしていたのが、今では共に充実した時間を共有することによって自ずとお金を遣わずにすむようになったのだと思う。
無駄遣いしたいとは思ってなかったけれど、娘と2人きりの週末に少しでもはりを与えようと、お楽しみとしてプールのあとにカフェテリアでポテトを食べたり、動物園や美術館に行ったりしたのだ。
彼の元奥さんも、この国に不満だらけで、買い物やパーティに行くことでやり過ごしていたのではなかろうか。

ということは、夫との生活も満足していなかったから、友達と飲みに行ったり、しょっちゅう里帰りしたりして、結婚生活の外で充足を得ようとしていたともいえる。
わたしと彼は、つきあうようになってから本当にお金を遣わなくなったが、ものすごく充実している。

将来に備えるための節約も大切だけど、同時に、限られた状況の中でいかに充実した時間を過ごすかどうかというのも大事であると思う。

出会い系メール

プロバイダー(○○としました)経由で送られてきたメール

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いきなりのメールをお許し下さいませ。
『×××』では『金銭的にも時間的にも余裕のある身元の確かな女性会員様と誠実で秘密厳守を守れる男性会員様』をマッチングしているクラブでございます。
現在、全国には女性会員数7893名 男性会員数691名で圧倒的に男性会員様が少ない状況になっております。
女性会員様が増加の一途を辿っておりますので、急遽、男性会員様を募集するに至りました。
中でも○○会員様の割合は非常に多く、女性会員様の内6割を占めておられます。男性会員様は様々ですが、○○会員様同士が出会う確立は80%を超えているのが現状になっており、今回○○会員様限定でメールを送らせて頂きました。
当クラブは平成15年に誕生し今月で1周年を迎えようとしております。女性会員様の出資金で運営しておりますので男性会員様には登録料・紹介料など一切頂いておりません。ですので、当クラブの女性会員様には失礼の無いよう紳士的な態度と節度を持ってお会いして頂きたいと思っております。貴方様の態度や行為が当クラブでのステータスになるとお考え下さい。
実際お会いして頂くとお分かりになると思いますが当クラブの女性会員様は清楚な方から非常に大胆な方まで様々です。その分、男性会員様のご希望に添える女性会員様も多数在籍しております。
なお、当クラブがきっかけで「素敵な出会い」「かけがえのない異性の友達」「ご結婚」「エレガントな生活」に至るまで様々なご報告を受けております。
当クラブをご利用し、ぜひ貴方様も日々の生活にアクセントをつけてみてはいかがでしょうか?

まずは、貴方様のご希望の地域での女性会員様をマッチングしたいと
思っております。簡単なご質問ですのでお答えの上、ご返信下さいますようよろしくお願い致します。

■1 お会い出来る地域(都道府県のみで構いません)
■2 当クラブのご利用タイプ
   ①【真面目な出会い】
   □真剣に彼氏・彼女を探している人
   □ご結婚を前提に真面目な出会いを探している人
   ②【洗練された大人のお付き合い】
   □金銭的にも人間的にもエレガントな女性を探している人
   □ワンランク上のお付き合いを望んでいる人
   □サポート等を望んでいる人
   ③【割り切ったお付き合い】
   □一夜限りの大人の関係を求めている人
   □定期的に体の関係を求めている人
   
『お会いできる地域』『当クラブのご利用タイプ』をお答えの上、ご返信下さいますようお願い申し上げます。地域担当の女性スタッフからすぐにでもお会い可能な女性会員様をご紹介差し上げます。
(なお上記の①~③までは当クラブで最も人気のある順番でございます)

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わたし女なんですがね。
名前で男と認識されることは多々あるのは事実だけど。
それにしても笑えるメール。
これマジで受け取って返信する人いるんかなぁ。

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彼と好意を寄せ合っていることを認識したとはいえ、実は、その瞬間はまだわたしには彼と共に生きる覚悟はカケラもなかった。
かといって、「わりきった恋愛」をするほど、わたしは暇ではなかったし余裕もなかった。
わたしは、目的があって、外国までに来ている。
恋愛などでわたしの夢だったことをわずらわせたくない、やっぱり、わたしは結婚しているからつきあうことはできないと、彼に言おう。
と思った矢先に、ある出来事があった。

部屋をきれいにしていると心がけていたにもかかわらず、「食べ物をテーブルの上に置きっぱなしにしない。」「キッチンを汚したら敷金から差し引く。」「食べ物をこぼしたらふきとって、決して掃除機で吸い取らない。」などなど、実に細かいクレームが大家からきて、ついカーっとなってしまったのだった。
それで、彼に八つ当たり。
すると、
「ぼくに対して怒っているの?僕はあなたが研究で大変なことは理解している。だからいつだって助けてあげられるんだよ。」
と。
そう言われ、
「わたしはずっと自分ひとりでこなさなければならないと思っていたの!日本で助けてなんかくれなかったんだから。高熱が出たときだって、娘のあずけ先のことまでわたしが考えなければならなかったの!だから、いっそのことわたしは自立したくて、この国に来たんだ!」
と叫びながら、自然に大泣きしてしまった。

泣くことはいいこと、といって、大泣きするわたしをあたたかく包み込んでくれたとき、わたしはこのひとが好きだ、と思った。
キスよりもセックスよりもきもちが満たされることってあるんだ、、と思った。
結婚ということではなく、男女関係という範疇ではなく、ただこのひとと一緒にいたいと思った。
自分のために愛情が欲しいというのではなく、このひとのために何かしたいと思った。

人生の中で、初めてこんな感情をもった。

それで、すぐさま、そのことを夫に告白するに至ったわけであるが。
わたしには、「不倫と呼ばれたくない恋をしている。」がわからないなー。
わたしだったら、
「不倫と呼ばれてもいいから、この人に恋している。」だなぁ。

「不倫と呼ばれたくない」という時点で、自分に酔っている感じがする。
そのくせ、離婚したくないといって、伴侶や子供には隠している恋だろうし。
恋することによって生じる結果を自分で負ってでも、まっとうさせたいと思えるような恋じゃなければ、恋しないほうがいいと思う。傷つくだけ。

そもそも、恋人が欲しいから、結婚相手が欲しいから、という理由で相手を探そうとしちゃぁダメなんだな、と思う。
自分にとって都合のいいだけの相手なんているわけない。

子連れだからこそ


彼とつきあってよかったなぁと思うのは、わたし自身だけではない。
子供たちにとっても、よかったのではないか、と思うのである。
娘にとっても、同じ目線でみられる遊び相手ができ、また息子さんにとっても刺激を与えてくれる年上の存在ができたわけである。
娘がやっていることを、そのまま真似しようとするところなど本当にかわいいなと思う。
兄弟がいたら当たり前のように享受できる環境を、一人っ子である子供同士がユニットを組むことによって獲得できたのである。

そしてまた、わたしたちが知り合うきっかけを与えてくれたのも、ほかならぬ子供たちである。
娘の存在なくして、わたしは彼と知り合うことはありえなかった。

彼とは同じ保育園の保護者同士の関係であるが、初めて会ったのは近所の芝生のところで娘が自転車の練習をしているときに彼らが保育園帰りに通りかかったときであり、そのあと彼と顔を合わすようになったのも大概スーパーの前とか、信号を待っているときなどであった。
いずれも娘が保育園で知り合っていた息子さんに話しかけたのがきっかけとなって、わたしたちも会話を交わせるようになったのである。

しかし、互いに妙だなと思っていたのだった。
両親そろって育児をシェアするのが普通のこの国で、休日も含めて常に一人で養育している状況だったから。
お互いに、「ひょっとしてフリーなのかも?」と疑いをもちながら、急速に相手に対して興味をもつようになるのだった。
でも彼は結婚指輪をはめていて、普通に奥さんの話をし、わたしも「結婚している。」と明言していたので、互いに興味をもちあっていることを認識できず、即座に関係が発展したわけではなかったが。

結局、ある日突然彼が結婚指輪をはずしていることに気がついて、「結婚しているの?」とわたしが問い詰めたことから、真実が露呈し、互いに好意を寄せ合っていることを認識するに至ったわけであるが、互いに興味をもつようになったのは、「一人で養育している」事実あってこそである。
わたしは彼が頻繁に息子さんにキスするしぐさをみて惹かれるようになったし、彼はわたしが外国でたった一人で工夫をこらしながら娘の養育を担っていることをけなげと感じたようだ。
そして、子供がいるから、子供がいることによって生じる苦労を理解している人が好ましいと思うのが自然である。

そういう意味で、娘が彼を引き寄せてくれたように思えてならない。

困難のシェア


娘全快!
、、、と思いきや、今度は彼が発病!!
症状は彼の子供の病気とまったく同じで、度重なる嘔吐、下痢に見舞われている。
ある意味で、発熱よりも苦しいらしい。
発熱だったら寝ればいいが、吐き気がおさまらないとおちおち横にもなれないからだ。

あまりにもつらそうなので、今度はわたしが息子さんを引き取ることにした。
とはいえ、復活したばかりの娘が息子さんの面倒をおもにみてくれ、寝かしつけまでしてくれたのでわたしはほとんど世話はしなかったが。

と日記を書いていたら、どうも睡眠中の息子さんの様子がおかしい。
顔も赤いのでもしやと思い、熱を測ってみたら、、、発熱!!!
鼻も垂れていたので、娘から病気をもらったに違いない。

あーー、やはり好意に甘えるべきじゃなかったか?と後悔。
お父さんのすすめで、病気の間彼の家にご厄介になっていたのだ。
火曜日は息子さんは意図的にご両親の家に連れていってもらったのだが、水曜日は子供たちが互いに恋しがっていることを慮って息子さんを引き取ったのだった。
水曜日の夜、熱のある娘の隣で息子さんを寝かしたので、それでうつってしまったのかもしれない。

これが魔のトライアングル。
12月も娘以外、ご両親ともどもみんなして発病してしまったのであるが。

それよりも、もっと後悔していることがある。

実は、彼が嘔吐を繰り返すようになる前、彼に対して文句を言っていたのだ。
金曜日に、急遽元奥さんが彼のアパートに来たいと言っているとのことで、それだったらほとんどわたしが購入している食材を勝手に使うのはやめて欲しいと言ったのだ。
前回、彼女は夕飯時に来て、彼の家にある食材だけで消費しきれないほど大量に料理し、しかもかなりキッチンを汚していったのが嫌だった。
今、食事に関してはほとんどわたしが管理していて、それどころかそのほかの家事もけっこうこなしている。もちろん食費にかかる費用は折半ではあるが、かなりの部分でシェアしていて、キッチンとかも常にきれいに磨きあげているのに、すでに出て行った彼女にいまだ我が物顔でふるまわれるのが気に入らないのである。
大体、わたしもいかに節約するかで、消費とコストのバランスを考えながら食材を購入している。それを、湯水のように使われたらたまらない。

もちろん、彼女もこの市に住むようになれば、ときどき保育園から引き取って一晩一緒に過ごし、翌朝また保育園に連れていくこともできるようになるだろう。
だけど、今週はこの国の冬休みにともない、彼女は完全休暇のはずなのに、昼間息子さんを引き取らずに夕方少しの時間だけ彼の家に行って息子さんに会いに行くというのが、どうも手抜きのように思える。
息子さんには会いたい。だけれども、長時間面倒をみるのはいやなのである。
親なのに、育児のおいしいところどりというのが気に入らない。

というような文句を延々と言ってしまったのである。
発病するであろう彼に!
すでに具合悪そうな気配をみせていたのに、元奥さんのことでぐちぐち言ってしまった自分がなんとも大人げない。
娘の面倒もみてくれたし、もっと気を遣うべきだったと反省、、、。

だけど。
わたしたちは家族のようだけど、家族ではない。
たとえわたしたちが結婚したとしても、法律上娘は彼の娘にはなりえないし、息子さんはわたしの息子にはなりえない。
助け合うことはできるけれど、責任を負う必要はなく、まったくの任意によってなされるものなのである。

まぁ、でも一緒にいる限り、影響を与え合うことは必至で、こうして病気を与え合うこともそうだし、それぞれの問題をシェアしあうことにもなる。
彼とつきあうまでは退屈なほどに平穏だったのに、今や問題のない状態がないというほど常に問題に見舞われている。
その分、楽しいこともたくさんシェアしているが。

かつて先輩が、「お互い独立しあっているもの同士が、パートナーシップを結べたら最高だね。お互いい刺激を与え合って成長できるだろうしね。」と夢を語ってくれたが、はっきりいってそんな関係ありえない。
お互いいいとこだけ刺激を与え合うような関係だったら、友達どまりにしたほうがいいと思う。
恋人、ましてや伴侶だったら、苦しいことをシェアしあうのは当然のことである。
苦しいときこそ支えて欲しいと思う相手こそが、もっとも信頼や愛情を寄せているパートナーであるだろうから。
逆に言ってしまえば、苦しいときに支えてくれないような相手だったら、いなくていいと思う。助けてあげたいとも思わないし。
まぁ、夫がまさにそういう人だったわけで。

家族じゃないのに、お互いに困難を共にしようというモチベーションは、わたしたちの関係から生まれる。
わたしは、彼のことを心から愛している。
そのきもちだけで、困難に立ち向かおうとしている。

責任と援助


発病した娘を元気づけようと、シンデレラにはまっている娘のために作ったお菓子のお城。
塔の屋根はパイ生地を焼いて作りました。


娘の風邪をそれほど深刻にとらえてなかったが、火曜日の夜に急に発熱し、水曜日、木曜日には休んだ。
日本の帰国前に限って、、、子供ってそんなものである。
おととしの年末など、帰国の前々日まで熱が下がらず非常にヒヤヒヤした。
それにしても、先週は結局1週間彼の子供が病気で、今週は娘で、本当に心配で消耗する。

昨日、彼のお父さんは、市の有力者と彼の元奥さんがこの市の公営住宅に入れるよう話をしてきたそうで、彼のご両親は身体的な問題があって思うように養育に協力できないこと、彼も仕事で忙しいことから、彼女が息子さんの養育を容易にするためにも、是非市営住宅に入居できるようお願いしたいと懇願したものの、結局、
「市営住宅は、それほど空きがなく、市民じゃない限りは入居の権利は与えられません。」とのこと。
ミーティングの意味などないのではないか、というほど、にべもない返答だったそうである。

しかし、電話で最初にお願いしたときには、非常にいい感触で、特例で入居を認めてくれるよう取り計らってくれそうな雰囲気を醸し出していたのに、このミーティングでは一切聞く耳持たずという感じで、おかしいと思ったそうだ。
これはあくまでもお父さんの推測だが、市役所のひとたちはミーティング前に彼女について調べ、その結果固辞することに決めたのではないか、とのこと。
「外国人への差別ですか?」
「それは許されないことだからね。まぁ、理由を何も言わなかったのだから本当のことはわからないけれど、彼女はいろいろと市役所がらみで問題を起こしているから、その事実が露呈して今回の決定に影響したのかもしれない。なんといっても、語学学校を最低3回は無断中退しているし、市が斡旋した仕事も無断で辞めてしまったからね。」

この国は、無料で語学学校の就学を提供しており、逆にそれは外国人にとってのプレッシャーでもあるのだが、そのほかにも仕事を斡旋したり、トラブルや障害があれば、それなりに経済的援助もしてくれる非常に社会福祉の発達した国である。
彼女自身、自分では子供の養育をしていないにもかかわらず、3ヶ月に一度6万円の育児手当を受け、またトラブルに巻き込まれたときには給料の80%を市から受け取っている。
にもかかわらず、3度も語学学校を連絡なしで突然休んで国に帰ってしまったり、仕事も連絡せずにそのまま放置しているなど、非常識なことを幾度となくおかしているのである。

彼や彼のお父さんは、彼女がどんなことをおかそうとも、別居後も彼女への援助を惜しまずにやっているが、彼らこそは稀な存在であり、助けても礼すらも言わない、それどころか、逆に問題を起こされれば、助けようというきもちが喪失するのはごく自然のことではなかろうか。

彼すらも、
「助けても礼も言わないし、褒めても何も反応してくれない。そういうのを繰り返されるうちに、助けようという気が失ってきたんだよね。」
といっていたが。
確かに、今彼らが助けているのは、彼女のためというよりは、彼の息子さんにも大なり小なり影響することに限ってはいる。彼女にこの市に住んで欲しいと思うのも、何よりも息子さんを慮ってのことである。

今回の決定が、どんな理由でなされたのか、真実は不明のままではあるが、いずれにしても、彼女は関わるひとたちに対してもっと慮るべきであると思う。助けを得たいのなら。

実は、木曜日は彼に娘をみてもらってしまった。
火曜日には、超ロングランの家庭教師もしてもらったばかりなのに。
彼には、実によくしてもらって、恐縮の限りである。

そのせいなのかどうか、日本ではあんなに文句たらたらだった家事も、全然苦にならない。
むしろ、掃除することも、食事を用意することも、台所をきれいにすることも、楽しいのである。
今、彼らの台所もあずかっているので、前よりも家の仕事が激増し、買い物なども彼の分も考える必要がでてきたのだが、それが嫌だとは思わない。

日本でも、家事も育児も本当に嫌だったわけではない。
保育園に行くのは楽しみのひとつだったし、保育ノートにその日に気がついたことをぎっしり書くのも何よりもわたしがそうしたかったから。保育園の行事も好きでやっていたし。
だけど、やってもやっても認められず、育児も家事も苦しさや楽しさ学ぶべきことを一切シャアできなかったから、なんで自分ばかりこんな負担を負わなければならないのかと思っていた。

共感してもらえなかったこと、そしてわたしという人間をみてくれなかったことが、不満に感じる本当の原因である。

ただ、自分のことばかりを考えて、自分の権利にキーキーするのではなく、権利を享受するために最低限発生する責任というものも、負うべきなのではないだろうか。大人だったら。

彼女も、わたしの夫も、ただよりよい生活を求めるために結婚した。
それに伴う責任を省みず。
責任を負わずに、いつまでもいい生活を享受できると思ったら大間違いである。

彼とわたしは、助け合っている。


大雪が、もう3日間続いている。
北国にしては雪はめったに降らないので、久しぶりにそりすべりをしようとしたら、娘は風邪をひいてしまった。
おそらく、日曜日に大雪であるにもかかわらず、車ではなく、バスと徒歩でパーティに行ったからだろう。その日に限って濡れやすい靴をはいていたので、きっと足が冷えてしまったに違いない。
幸い熱はなく、元気もあるが。

そういえば、今日はバレンタイン。
この国では認知されていないのか、ほとんどそういう様子もなく、うっかりすると忘れるところであった。
かといって何もしないのだが。
彼もすっかり忘れているというか、もしかするとこの行事を知らないのかもしれない。
でも、「M(娘の名前)にポテトスープなんてどう?」という彼の提案に、彼の大好物であるヴィシソワーズを作ってあげました。
娘は実はあまりヴィシソワーズがそれほど好きではないので、缶詰のみかん入りの牛乳かんを。

なんだかんだ忙しい日常である。

成長しあう場


マグロ、サケ、タラ、いくらのちらし寿司、卵・高野豆腐・干ししいたけ・きゅうり入りの巻き寿司。
タラは、お店のお勧めで買ったのだが、意外とおいしかった。彼は、「これは何の魚かわからない。」と言っていたけれど。


息子さんが完全復活し、とても充実した週末を過ごした。
結果的に、腹痛がなくなったのと同時に、息子さんは完全元気を取り戻し、再び娘と楽しく遊べるようになったのが、何よりもうれしかったしホッとした。
金曜日に、元奥さんは直前に訪問するのをキャンセルしたものの、息子さんはそれほど落胆しているようでもなく、娘と遊びたがっていたほどだった。

金曜日から仕込みをはじめ、土曜日に日本人の友達夫婦を彼の家に招待し、お寿司パーティをした。(パーティというほどでもないけど。)
でもおかしいのだが、わたしはわたしでネタを仕入れたり巻き寿司の中味を仕込んだり、いろんな食材を買い込んで彼の家に運ぶなどバタバタしていたが、彼は彼で、アパートの荷物を一斉に整理し、不要なものをすべて袋詰めし、また1年近く懸案事項だった足の折れたソファーを、木材を仕入れに行って大工作業してまで修理するなど、2日間にわたる大仕事をこなしたのである。
ソファーにしてもそうだし、元奥さんが再現なく買い与えてきたほとんど使わないおもちゃをこの際整理して、だいぶすっきりしたようだ。
いいきっかけになったというか。

わたしはもちろん友達とおしゃべりしてとても楽しかったのだが、彼も子供たちも楽しかったようだ。彼らが帰るときなど、子供たちはしょんぼり。
彼にしても、ソファーをずっと放置してきたことからしても、きっと長いこと誰も招待しなかったのだろう。久しぶりにお客さんをよんだことが、うれしかったようだ。なんせ家に誰かをよぶことは、この国では典型的なことであるし。久しぶりに家族らしいことをしたというか。

日曜日は、彼のお母さんの妹さんの50歳の誕生日パーティに参加した。
なんと、わたしと娘も、彼と息子さんの名前と連名で招待されていたのである。
パーティには必ずパートナー同伴であることがこの国の前提であるが、わたしのスタンスがすでに認知されているということである。
彼はセパレートを始めてわずか半年しかたってないのに、あたたかく迎え入れてくれたのがうれしかった。娘も夢中で遊びまくり、なかなか帰ることができないほどだった。

日曜日の夜は、急遽わたしの日本人の知人との顔合わせ。
統計の授業の家庭教師を彼にお願いしていたからである。
顔合わせのはずが、彼はすっかり数学の世界に入り込み、1時間以上もの講義を彼女と共に受けるハメに。
だけど、昔得た知識が再びよみがえってきて、過去には理解できなかったことが掘り返されて改めて統計学に興味をもつようになった。彼女と、「一緒にがんばろう!」と。

ものすごい楽しい二日間だった。
彼と充実した時間をシェアできた、というか。
大好きなお友達を彼に紹介したいと思ったのも、彼だったから。
「とてもスィートな夫婦だね。」と、彼らが帰ったあと言ってくれたのもうれしかった。

夫のときはありえなかった。
友達を自宅に招待しようとすると、必ず席をはずしていた。
わたしの友達であっても、知らない人とかかわりをもちたくない、と思っていたようだった。
そして、わたしもまた夫の友達に紹介されることも、結局1度もなかった。

彼はまるで俗っぽさがないので友達は少ないが、本当は人と関わるのがとても好きで。
とてもうれしそうに友達のご主人に話しかけているのがとてもかわいかった。

そして、与えられた状況を楽しもうとする。
「時間があんまりないんだけど。」といいつつ、楽しそうに知人の課題を解いていたり、講義をしてくれるのが面白かった。

お互いに関わることによって、刺激を与えあったり、世界が広がったりするのも、やっぱり本人の感性が問われてくるだろう。
残念ながら、夫との関係によって互いに啓発しあうことはほとんどなかった。
夫の仕事の話も、結局論文の数とか、業績の羅列だけであって、具体的な研究の話ではなかったし、わたしが夫を教育などのワークショップに誘っても、居眠りしていた。
以前HPを公開して日記を閲覧させていても、わたしの考察にはあまり興味がないようであった。
逆に、夫は自分の感情や考えをわたしに伝えることはほとんどなかった。

家族って、居場所を与えるだけのものではない。