記録⑥〜在宅で亡くなった後〜
記録⑤〜在宅で亡くなった後〜『記録⑤〜在宅で亡くなった後〜』記録④~在宅でなくなった後~ の続きエンゼルケアは死後どのくらいまでに済ませたらいいものか、、例えば朝8時くらい、、亡くなってから9時間近く経っても大…ameblo.jpの続き旦那はたまたま3日(土)と翌4日(日)と連休。じゃなかったら寝ずに仕事に行く事になっていただろうなぁ、、旦那の会社で忌引に使えるのは配偶者の親の場合2日間だけなので葬儀の日程のことを考えると無駄には使えない、、長男は「今日休もうかな」と、、心情的には分かるけど長男が会社を休んでまで特にやる事もないしやはり長男の会社も祖母の場合の忌引は2日間しか取れないので観光業の仕事ということもあり日曜日に休むのは、、ねぇ周りにも迷惑かけてしまうし、、2日しか取れない忌引なら葬儀の日のためにとっておく事に、、9月4日朝9時前ようやく葬儀屋さんから電話が入る。「これから向かいます。」声の感じから昨夜電話に出た人とは違うな、、実は昨夜の電話のやりとりの時あまりにも事務的で悪く言うと言葉では「ご愁傷様です」と言いつつもどこか冷たさを感じてしまってこの人だったらヤダな、、この声の人が担当になるなら別のところにしちゃうかもなーなんてちょっと思ってしまった。ナーバス過ぎかな、、9:30回ったくらいに葬儀屋さんが見える。我が家に来た方は物腰の柔らかく話し方も優しく嫌味なくいい感じのトーンで故人を偲び遺族の意向に沿った葬儀を心残りのないようにあげられますよう全力でサポートいたします遺族に寄り添いますという感じを全身に纏ったようなザ・葬儀屋さん一番大事なのは我が家、、特に喪主になる私との相性がいい方、だと思う。話ししているうちにこの人にお任せしたいなと思えた。まずはこちらの要望公共の斎場「◯◯斎場」で式と火葬をしたい一日葬で宗教的なものは一切入れず出来るだけ質素に家族(婆さんの妹たち&その家族も含む)だけで婆さんとのお別れをたっぷり時間をかけてしたいという事を伝えるとその全てを汲み取ってくれて過剰な提案はせずかえって取り敢えずの進行はするが基本は時間をかけて家族で故人の思い出話をしていただいて故人の好きだったものを棺の中に入れて故人の好きだった音楽をかけて思い思いに自由に同じ空間で過ごしていただく音楽葬のような形にするのはどうかと故人を偲ぶためだけの提案をしてくれた。棺に入れられるものは好きだったお酒やビールも例えばペットボトルに移し替えるならOKタッパーなどに入れれば好きだった食べ物もOK中にはお重にお弁当を作ってきて入れる人もいると大きい金属やガラスなど燃えないものは入れられないが基本燃えるものならなんでも入れられる、と。但しいま◯◯斎場の火葬場は割と早い日程でも空いているが式場の方が空いてなくて早くて8日後の12日葬儀社の式場でも一日早くなる程度、、コロナ禍に加え季節の変わり目で亡くなる方が多い、、と、、実はさらに我が家側にも事情が、、弟が翌日から3日間更に一旦戻ってから週末に3日間地方に出張が決まっていて12日に戻ってくる予定、、それを考えると葬儀は13日の火曜日が最短になるという、、まさか息子である弟を葬儀から外すわけにもいかず葬儀は13日(火)に決定。それまで婆さんをどうするか、、私の希望としてはそれまでは家に安置して家から送り出したいと最後までごねたけれどそれには弟と葬儀屋さん双方が大反対9月初旬のまだ暑さ残るこの時期にあと9日間ドライアイスだけでは遺体がもたない、、と。葬儀屋さんは出来たら今日にも葬儀社の中にある保冷庫に入れる事を勧めたかったようだがどうしてもそんなところに婆さんを早々に預けるのが忍びなくってでも26年前の1月に亡くなった父の時も真冬だったのに亡くなってから5日後の葬儀まで家に安置していたらこんな時期でももう臭いがして来ちゃってますねぇと言われた事を思い出し、、父は大学病院で亡くなってさらに献体していたので体内に血も一部内臓もない状態であったにも関わらず、、です。 (当時、献体の意味もよく理解せず病院側の申し出を受けてしまった事を後々ものすごく後悔…)お母様をより良い状態のままご葬儀で皆さまに会っていただくには保冷庫で保存する事をお勧めします。と言われてしまうと折れるしかなかった、、ではせめてあと一日だけ家に置かせて欲しいと言って6日(火)に婆さんを隣町の葬儀屋さんの保冷庫に移動させる事に、、保冷庫に預けても事前に連絡すれば会えるとも言われたので、、葬儀前にお化粧も直してあげたいし、、そのほかにもお別れ会だから叔母たちには香典はいらないと言うつもりと言うとそれでも持ってくると言われる方も昔の方の中にはいるのでそう言う場合は代わりにお花を出していただけますかと言ってはどうでしょうと提案あり香典はいらないから会葬礼状もお返しも用意しない 火葬中のお茶やお茶菓子も自分たちで用意する宗教関係ないので火葬後の初七日もしないという要望に対し葬儀屋さんは承知しました。それでいいと思います。と遺体の保管に関する以外のことはすべて私たちの要望を受け入れてくれた。小さなお葬式の葬儀は一律料金。小さなお葬式葬儀・葬式・家族葬なら【小さなお葬式】公式サイト|生前準備から葬儀後まで全てサポート《ご依頼件数No.1》葬儀・葬式のことなら【小さなお葬式】NHKで紹介された話題の葬儀社です。3つの家族葬プランを低価格でご提供。通夜や告別式の流れや費用のご相談など、ご準備から葬儀が終わった後の遺産相続、法要、納骨(永代供養・海洋散骨)、お墓の引越しまで喪主やご遺族をしっかりとサポートします。www.osohshiki.jp↑宣伝ではありません参考までに、、我が家の場合この一律料金に一日11,000円の保冷庫での保管料×葬儀までの7日間分の77,000円がプラスになった。もっと安く済ませるため方法もあったみたい。HPを見ると依頼する以前に資料請求をしていれば3万円引きという特典がある。知らなかったから仕方ない💦葬儀の日程も時間も決まりその日までになにをすればいいかの目処も立ったので葬儀屋さんは婆さんのお腹の上にドライアイスを乗せエアコンの温度を下げられるだけ下げて部屋の扉も閉めて室温が上がらないようにして下さいと言って帰って行った。その後会場も火葬場も希望通りに押さえられた。9月13日火曜日お別れ会は10時から火葬は11時からに本決まり。そうそう打ち合わせの時に死亡届も葬儀屋さんの指示に従って記入し提出は葬儀屋さんの方で代行してくれるとのこと翌日またドライアイスを持ってくる際にそのコピーを数部持ってきて下さるとのことこれからの保険や役所関係の手続きに必要になってくるから、とようやく打ち合わせも終わりホッとしたのも束の間その間に叔母からLINEが入っていた。13時過ぎくらいにもう1人の叔母と一緒に婆さんに会いに来ると。あと2時間半、、まずは、、叔母たちがくる前にお茶菓子と飲み物とそうそうせめて枕花を用意しておこう、、ということになりお花屋さんに電話、、ところが日曜日だったその日はすでにアレンジの依頼がたくさん入ってて出来るのが2時間後くらいになる、、と出来合いのもので良ければいくつかあるのでお店に来てみてみて下さいと言われたのでお茶菓子の買い出しは旦那に頼みわたしは枕花を買いにお花屋さんへ枕花ってカラフルなものは相応しくないのかな、、いくつか店頭にあった籠盛を見て「枕花が欲しいんですけど、、」と言うとたまたま白を基調にアレンジした盛りがあって「これしかないですね」と。出来たらカラフルな籠盛にしてあげたかったんだけど、、枕花だと言わなきゃよかったかな、、偶然いかにもって感じのアレンジがこれ。出来合いのものだったけど素敵はステキなんだけどね。13:30叔母2人と義叔父と従姉妹の4人が電車を乗り継いで来訪、、弟もみんなが来るまで残ってお出迎え。菓子折りとフルーツ盛りを持ってきてくれました。コロナがなければ2〜3ヶ月に一度は婆さんに会いに来てくれていた叔母2人だったがコロナになってからは高齢の2人は感染予防のために来られなくなった。予防接種も4回目が済み規制もほとんどなくなったので涼しくなったら会いに行くねなんて言ってた矢先の事だったので2人ともかなり悔しがっていた。「お姉ちゃん」「お姉ちゃん」と呼び掛ける叔母たち。幼い頃に母親が亡くなってる2人にとっては婆さんは親代わりだった時期もあるので私の婆さんへの気持ちと近いんだろうなぁと、、その後葬儀の日程の話になり香典不要の話もし葬儀屋さんの言った通りにではお花を出してくださいという流れになり当日それぞれの従兄弟たちが仕事を休めなかった場合最寄り駅までこちらの車で送迎する段取りなども話しなにか棺の中に入れたいものがあったら当日持ってきて、とも伝えてそれではまた13日に、と夕方叔母たちは帰って行きました。叔母たちを見送ってからふと、、あれ、ご飯最後に食べたのっていつだっけ?と弟がボリボリとお菓子をつまみ食いし始めてようやく昨日からなにも食べてない事を思い出した。そこまでお腹もすかなかったし、、そんな気持ちにもならなかったし、、でも何かしら食べなきゃもたないよね、、弟が帰ってから近所の弁当屋でお弁当を買ってきて食べ始めたがこう言う時って味もしないもんだなー喉も通りにくいもんだなー食い意地が張った私でもこんな風になるんだー、、でもそこから定時に朝昼夜とちゃんと食べるようにしていたら味覚も食欲もだんだん戻ったけど、、次の日から弟は出張に行き旦那も長男も次男も仕事に行きわたしは葬儀に向けて婆さんが好きだったものをかき集める作業に没頭。もろもろやらなきゃならない手続きはあるけれどまずは婆さんを心残りなく送り出すことだけを考えることにした。役所の手続きなんかは葬儀が終わってからでも遅くない。9月5日(月)朝一番に往診の先生から電話が入る。「ご愁傷様です。おふたりともよく頑張りました。」「色々とお世話になりました。ありがとうございました。」「酸素の機械は近々引き取りに行くように業者に連絡しておきます。」そっか、そういうのも手配しなきゃならないんだな。11時過ぎ訪問入浴の方から連絡が入る。「ご愁傷様です。ケアマネさんから連絡いただきました。急でしたよね。」そうだよねー、、先週の月曜日はお風呂入れてもらったんだよね。あれが人生最後のお風呂になるとはあの時は思ってもみなかった。金曜日はもう体調がかなり悪くなっていたからお風呂キャンセルしちゃったんだけど、、汗かきっぱなしだったしどうせ最後になるんだったら無理してでも入れてあげればよかったのか本人はそれどころじゃなくなってたか、、「シーツの引き取りは後日また連絡して伺います。」お風呂のたびにベッドシーツを新しいものに交換してもらっていた、、そのシーツもお風呂屋さんからのレンタル品。昼過ぎ ケアマネさんに連絡。婆さんが亡くなったことは既にLINEで連絡済みだったが詳細を話し今後の流れをお伺い。訪問入浴訪問介護訪問リハビリ訪問マッサージすべてのサービスを止めてもらう。そして介護用品婆さんが葬儀社に引き取られた後、レンタルしているベッドと車椅子の引き取りを手配してもらう。介護用品のレンタルは月の途中で返却すると日割計算されるので使用しなくなったら出来るだけ早く返す方がいい。 夕方 葬儀屋さんがドライアイス持って来る。昨日の担当者さんは別の葬儀が入ってるので来られず、、代わりの人が来る。死亡診断書のコピーを受け取る。火葬後、式場では初七日は行わないが、場所を移動してみんなと食事はしようと弟と決めたので会場探し、、検索。いくつか候補は見つけるが火葬の終わり時間が12時くらいなのでそこから移動しても平日のお昼時、、車での移動になるので駐車場がある程度確保できないとならない、、スムーズに案内するために店選びは慎重に、、ちなみに今回葬儀をあげる公共の式場で初七日のような会食をするとなると会食のための会場費が追加になり料理だけでも一人4〜5000円から飲み物も飲んだ分だけだが割高お店ではないので給仕の人を頼まなければならないので別途2〜3万円会場は原状回復。。ちょっとした割烹料理屋で食事するのと変わりない金額が飛ぶ、、年寄りが多いのでそこまでボリュームある料理はいらないしもう少しラフに食事した方がいいし、、でようやくここなら、と思えるお店を見つけ予約の電話。MAX子供含めて20名程度と予約して3日前までに確定人数を電話することに。9月6日(火)婆さんの棺に入れてあげたいもの、、婆さんの好きだったものをリストアップ。ビール&日本酒は必須。タンシチューと鰻が好きだった。拘縮予防に握らせていたペンギンのぬいぐるみも一緒に入れてあげようかな。午後酸素屋さんが酸素の機械を引き取りに来る。婆さんまだいるんだけどな、、エアコン18℃に設定した冷えた部屋で扉を閉めたまま作業してもらう。時間としては10分いたかいないか酸素屋さんは引き上げて行った。17:00過ぎ 婆さんを迎えに葬儀屋さんが黒塗りの寝台車で来る。旦那と次男が時間に間に合うように帰宅。2階の部屋から婆さんをすっぽりシートにくるんで葬儀屋さん2名で階段を下ろし階段下から車まで旦那と次男で運ぶ。婆さんはこのまま葬儀屋さんの保冷庫の中に入れられ葬儀の日まで保管される。叔母たちから供花の注文が3基入ったと報告を受ける。弟と私の連名で一基出すことにする。これで祭壇の両脇に二基ずつになるのでバランスがいい。9月7日(水)叔母から電話。「やはり、花は花で出して、香典はそれぞれで包んでいく。」と言い出す。「あんたは気を遣って香典はいらないと言ってくれたんだろうけど、私たちの気がそれでは済まない。」別に気を遣ったんじゃない。私たちが簡素化したかったから断ったのに、やはり通じなかったか。もうあれこれ言うのも面倒なので諦める事にする。葬儀出席人数が確定する。そういえば、、婆さんが元気な頃に好んでつけていた香水があったなぁ、、シャネルのNo.5、、一吹き、ハンカチに吹きかけて棺に入れてあげよう。必要なのは一吹き分、だから小瓶でいいよね、、ネットで探すがよくある普通サイズのものしか見つからない。余っても私はNo.5は好きじゃないからつけない。ようやくメルカリで1.5mlで600円というのを見つけて購入。うまくいけば葬儀までに間に合いそう。夕方介護用品のレンタル屋さんがベッドと車椅子の引き取りに来る。ベッドの解体と2階から下ろす作業と車椅子の解体に運び出し、、全部ひとりでやっていたので1時間半以上かかって車に積み込んで帰って行った。婆さんの部屋がやけに広く感じる、、9月8日(木)ビールと日本酒を買いに行く。タンシチューを探しにスーパー巡り、、ビーフシチューはあるけどタンシチューがなかなか見つからなかった。ようやくレトルトを見つける。味見用と当日用に2つ買う。味見して大したことなかったらまた探すことに。 (味見後、これでヨシにしよう、となる)鰻も買う。そーいえばアーモンドチョコも好きだったな、、と思い出し、買う。ここ数日間、、どーしようか悩んでいたものがある、、遺骨ペンダント、、婆さんの遺骨をペンダントに入れて手元に置くか否か、、今だけの感情で大切な遺骨を分骨してしまっていいものかどうか、、悩んだ末にいままでベッドから動けなくてお留守番の多かった婆さんだから、これからはペンダントに入れて、、飲みに行くのも外食するのも遊びに行くのも旅行に行くのも一緒に出来たらいいなと言う思いがどんどん強くなって来たのでやはり買うことに、、仏壇屋のサイトで注文すると12,000〜30,000円くらいのものが多かったが通販サイトで同じ材質のもので4000円程度であっているのを見つけ注文。9月9日(金)これだけは先に取り寄せておこうと婆さんの入っていた生命保険会社に電話。年齢も年齢なので主契約の金額も少ないのだが保険金の請求をするための書類を送ってくれるよう担当者さんに電話。この保険金丸々使って今回の葬儀があげられる。倍あればお通夜と葬儀の通常の葬儀もあげられたかな、、いや、あっても結局は一日葬にしたな、、夕方葬儀屋さんに婆さんの顔を見に行く。時間の約束をしておいたら、冷蔵庫から出しておいてくれていた。既に柩に入っていた。家にいた時よりも冷え冷え。口元になにやらシミが出て来ていたので、持参した化粧品で手直し。綺麗に消せた。葬儀屋さんからはプロ並みにいやそれ以上にお上手です。とその後も何度も誉められたが、普段化粧を全くしない私が上手いわけがない。自分の化粧も正直言ったら下手くそ。上手いのは死化粧だけ?なんだその才能?化粧を直した後、婆さんの髪の毛を少し切って紙に包んでカバンにしまう。火葬してしまうと婆さんがこの世に存在したカケラは骨だけなってしまう。爪を切って遺す人もいるらしいけど、私は髪の毛にする。9月10日(土)再び叔母から電話。「お姉ちゃんがまだ元気な頃、私たち3人で約束したことがある。私たちの親のお位牌を、3人のうちで一番早くに亡くなった人の柩に入れて一緒に燃やしてもらおうと。お願いできるか。」と。承諾する。そのほか、叔母の家に婆さんの服とスカーフがあるから、それも一緒に持って行くから、柩に入れて欲しい、と。承諾。やりたい事はみんなやりましょう。婆さんにしてあげられるのはみんなこれで最後なんだから。葬儀当日会食の予約していたお店に人数確定の電話をする。大人14名子供2名。おまかせ懐石14人前と子供は当日のランチメニューから選ぶことに。飲み物も当日。頼んでいたシャネルの香水が届く。同じく頼んでいた遺骨ペンダントも届く。9月11日(日)葬儀の当日に必要なもの柩に入れるものはすべて揃った。お別れ会、だけど音楽葬のような形にするので婆さんが好きだった北島三郎や美空ひばりのCDも用意した。婆さんの好きだった食べ物飲み物もオッケー。今回会食を普通のお店で行うのでお骨の入れ物を剥き出しで置くわけにはいかないのでそのまま入れられるくらいの大きな袋と上から被せるための大きな風呂敷も用意。火葬中の待機部屋で食べるお菓子や飲み物、コップを使うと洗って戻さなきゃならないので紙コップと装飾された紙の大皿2枚も用意した。その時にみんなで見てもらうアルバムや写真も揃えた。あともう一つフォトグラファーの次男に数日かけて編集してもらった20分程度の婆さんの動画も完成した。葬儀屋さんへの心付けもいくつかに分けて用意。最後に、、父の時も同じことをしたんだけどこの数日かけて書いた婆さんへの手紙とわたしの髪の毛を少しと三途の川の渡賃を用意。全部封筒に入れて当日胸元に置こうと、、もう思いつく限りのものは準備したつもり。すべて袋に入れた。喪服を持ってなかった次男もギリギリで買いに行き男衆の喪服、、黒い靴、、黒い靴下、、黒いネクタイ、、白いハンカチ、、もOK。私も、、婆さんの真珠のネックレスを拝借して、、なんちゃって真珠のピアス、、黒いストッキング、白いハンカチ、冠婚葬祭でしか履かないパンプス、葬儀用のカバン、、OK。いや、家族葬なんだし、別にここまでキッチリしなくても良かったんだけど、息子たちにちゃんとした格好を教えられる機会って、そんなにあるわけではないから、数珠以外はキッチリ揃えてみた。会社員の長男ですら、葬儀に出たのは数えるほど、、次男に至っては2年前の義母の葬儀が初。家族葬が増えると、よそ様のご葬儀への参列って少なくなる、、身内の葬儀で覚えて行くしかないよね。9月12日(月)明日はいよいよ婆さんの葬儀明日婆さんを3Dで見られる最後の日婆さんに触れられる最後の日火葬が終わればそこからは画像か映像の二次元でしか婆さんを見ることが出来なくなる。心残りのないよう見送ってあげよう。。記録⑦〜在宅で亡くなった後〜『記録⑦〜在宅で亡くなった後〜』記録⑥〜在宅で亡くなった後〜『記録⑥〜在宅で亡くなった後〜』記録⑤〜在宅で亡くなった後〜『記録⑤〜在宅で亡くなった後〜』記録④~在宅でなくなった後~ の続き…ameblo.jpに続く長くてすみません。