聴覚のリアルを超える
お久しぶりです。
大分、ブログも書けていませんが
今日はセミナーに参加させていただきました。
聴覚ケアのセミナーですが
素晴らしい講師の先生にお会いできて本当に感動しました。
さてさて、ここ数年私の心を捉えて離さない聴覚についてですが、人は死ぬ瞬間までどんな感じであらゆる感覚を機能させて終わりを迎えるかと言うと
スタンフォード大学の緩和ケア専門
James Hallenbeck氏いわく
最後の数日は「アクティブ・ダイイング」(積極的死亡)段階と呼ばれているそうで、その間に、次のような順序で欲求と感覚が急速に失われていきます。
- お腹が空かなくなる。
- 喉が渇かなくなる。
- 言葉が話せなくなる。
- 目が見えなくなる。
- 耳が聞こえなくなる。
- 触られた感覚がなくなる。
耳が聞こえなくなるのは、最後の方です。
そして亡くなったって聴覚は動きを止めないんです。
最期の最期まで、そばにいる人の言の葉、心の音色を紡ぐのです。
私の大切な人とのお別れの時、呼びかけると意識は無いはずなのにまぶたが震えました。
何度も何度も
名前を呼ぶとまぶたを震わせて答えてくれました。
それは、目を開いてくれなくても
声をだして返事を返してくれなくても
握り締めた手を握り返してくれなくても
ちゃんと聴こえているんだと言うことが
分かりました。
聴覚ってリアルを超える‼️
視覚と聴覚の重複障害者でありながらも障害者の教育・福祉の発展に尽くしたヘレン・ケラー(1880~1968)
ヘレンに視覚と聴覚どちらか選択出来るとしたらどちらを選びますか?と質問したら
「大好きなママの声を聴きたい」と答えたそうです。
目で見ることより
耳でその言葉の音色に抱かれたいと思ったのでしょうね。
大切な人のそばで
目を閉じて
そっと心の音色に耳をすませて
みてください
きっと気づかない様々な声が聴こえてくるはず💕
新たなるチャレンジ
弦が一本だけ張られている竪琴に寄りかかるようにして球体の上に座っています。
そこがどこなのか、この少女は誰なのか?
目隠しは道徳的・精神的に盲目であることの象徴とされ転じて罪と無知の象徴でもあります。
今まで、目に写る全ての現象に心を奪われてきましたが目を閉じて感じる得る様々なこととの融合こそがとても大切な事だと思えるようになりました。
誰かの声で救われたり
誰かの思いで癒されたり
誰かの願いで未来を描いたり
心の琴線に触れる音色があることを知り
そのメカニズムを探究する楽しみを知り
前に進む決心をしました。
パンドラの箱を開けたらあらゆる禍が飛び出し「希望」だけがひっそり残されていたように
1本の弦が「希望」として表現されているこの絵が
勇気をくれたように思います。
心の言の葉は揺らぎながら
しなる強さを糧に
「希望」の音色を
極上のカラーエッセンスとして
誰かに届けられるよう
紡いでいこう。



