えらっきーの日記 -28ページ目

えらっきーの日記

日常の出来事を日記のように書いていきます。

帰りに半蔵門線が人身事故で折り返し運転をしている、というアナウンスを聞いて、清澄白河か水天宮前だろうと思いました。

いまだにホームドアがついていないから。

7号車から10号車にかけて、階段横の通路は狭いし、そこに立ち止まる人はいるし、スマホ歩きするバカはいるし、すごく怖いです。

 

利用者が多い駅なんだから、いい加減、ホームドアを付ければいいのに。

 

多くの駅がホームドアを設置している状況を考えると、もはや人災だよね。

 

ちなみに渋谷側の出入り口付近に救急車や消防車、パトカーがたくさんいました。

こちら側で事故があったのでしょう。

つまり、上記の通り、通路の狭いところで事故ってことでしょうね。

問題を指摘されたときに、当事者が

「これは問題ないのは明らかだ」

といったりするのを耳にすることがあるが、問題があるかどうかは主観の問題ではなく客観の問題なので、当事者がいう発言ではない。

いうのであれば、具体的にどういう点が問題ないかを理論的かつ論理的に説明すべき。

 

第三者が発言するから、客観性が生まれることは多い。

だから、第三者の意見を聞くのは大事。

(もちろん、独立した第三者である必要があるが)

もちろん、第三者が言ったとしても、根拠は確認すべきだが。。

仕事をしていて、こいつバカだなと思うことがある。

仕事の基本的な考え方を理解せずに仕事をしている人を見ると、そう感じる。

 

仕事の考え方が適切であれば、仕事が遅いとか、ミスが多いというのは気にしない。

気にしないは言い過ぎかもしれないけど、トレーニングや仕組みで解決できるので、伸びしろがあるとみている。

 

一方で、考え方がわかっていない人は、たとえ仕事が早くても、ミスがなくても、応用が効かないし、修正が必要な場面でも対応ができない。

仕事に関する話をしても、理解ができない。

この世に存在しない理屈で、適当なことを言って満足している。

こういう人をバカな奴と読んでいる。

 

こういう人は存在が害なのでいなくなってほしいが、今は人手不足の時代。
こういう人たちに付ける薬を開発すべきなのではなかろうか?
 

 

 

 

CFPの保険の試験の過去問を見ていて、気になる問題がありました。

引受緩和型の医療保険では、契約後しばらく保険金・給付金が減らされることが多いです。

この場合、この減額された期間に入院した場合、減額された期間を超えて入院したとしても、減額されたままで入院給付金が支払われるのですが、減額された期間を超えた部分は満額払う、という会社もあります。

保険数理的には、後者の計算を満たす計算は難易度が非常に高く、こういう計算をしていないはずなので、保険料とマッチしていないのですが、どういうわけか、そういう取り扱いをしてしまっている会社があるわけです。

(金融庁はわかって認可を出しているのだろうか?)

 

で、試験問題に、後者の商品で問題が出ていて、あり得ないと思いました。

そういう商品があるからといって、それを問題に出してしまうと、受験生はそれが正しいと思い込んでしまう。

FP業務で顧客に誤った説明をしてしまっては、将来、トラブルに発展するのではないかと思ってしまう。

 

困ったものだ

因果関係が逆に説明されることがあります。

その方が説明者にとって都合がよいから。

 

でも、客観的事実が同じでも、因果関係が逆になると聞く側の理解が変わることもある。

 

あることについて、役員が了解したとする。

本当は了解したくないのだが、仕方なく了解したにも関わらず、説明者は

・こちらから状況を話したら役員から提案があって、それについて、我々も了解した、

という説明をされたらどうだろう?

了解したことは正しいのだが、この説明だと、役員側から積極的に提案されたことになる。

本当は渋々なのに。

 

そんな場面に時々出くわす。

背景を知っていたら、そうじゃないよね、と意見を言うことにしている。

でないと、事実誤認につながるから。

 

特に、役員がやはりもう少し考えるように、といった場合に、周りの人たちは、なぜその役員が自分から提案したのに今更変えるのだろう?と疑問に思うし、その役員に不信に思うこともあるでしょう。

 

気になったら、因果関係を確認したほうが良いでしょう。

 

某知事選のSNSを使った活動を見ていて、マーケティングって恐ろしいなと思いました。

一部の人がSNSを活用することで、多くの人の思考や行動を、自分たちの都合の良い方向に方向づけることができることが示されたわけですから。

 

それに踊らされる人が相当数いるという事実も恐ろしい。

 

昔はテレビや新聞などでこれをやっていたのでしょうけど、社内で良識のある人が歯止めになることもあったでしょう。

(もちろん、歯止めには限界があって、それが戦争にまで進んでしまった例があるわけだが)

 

でも、SNSは個人の良識にしか依存しないので、悪意を持った人を止める人もいない。

そこが、テレビや新聞との大きな違い。

 

自分が自分の意志で行動しているのか、特定の人たちの都合のよい情報で操作されているのか。

疑った方がよい時代になったのかもしれません。

テレビや新聞は信じないけど、SNSは信じるという人がたくさんいて、その結果が選挙にも現れてきているのだけど、SNSを信じる根拠って何だろう?

 

テレビや新聞は都合の良い構成をすることはあるけど、うそをつくことはそんなにないと思う

(ないわけではない)

 

SNSの発言が正しいかなんて、わからない。

裏どりして発言している人なんか、そんなにいないでしょう。

 

都合の良い情報を取り上げて、都合の良い解釈をする。

それっぽくなっていると、それだけで信じる人は多い。

(仕事でも、担当者の都合の良い解釈を信じて、誤った方向に進んでいるのを何度も見ている)

 

 

結局は、自分で情報を集めて、判断して、正しいと信じる行動を取るしかない。

 

今の世の中、自分に都合の良い情報ばかりが目に付いてしまい、幅広い視点で情報を集めるのは、やはり困難であるのだけど。

向かい合わせの壁にエレベーターがあるビルは多いと思います。

ボタンを押したときにどれか1つにランプがついて、そこで待てばエレベーターが来るわけですが、その予定とは異なるエレベーターが来ることもあります。

エレベーター待ちでスマホをいじっている人が、そのうしろのエレベーターが来ていることに気づかずに、うしろのエレベーターが言ってしまっているのを見て、馬鹿だなと思ってしまう。

到着音が鳴っているので、普通気づくはずだけど、スマホに夢中で音が聞こえていないのでしょう。

イヤホンを付けていなくても。

 

スマホをいじって目的地に着くのが遅れたら、意味ないのでは?

そこに頭が回っていないのでしょう。

改札を通ろうとしてPASMOを忘れたことに気づきました。

PASMOを忘れると、すごく不便ですね。

切符を買わないといけないし、切符が使える改札を通らないといけないし。

切符を無くすのではないかという不安もあるし。

 

それ以上に、切符を買ったときになんか損をした気分になるし。

(数円は損をするわけだけど)

収入の少ない人からも社会保険料を取ろうという動きがありますが、その説明に老後の安心を挙げるのは頭がおかしいと思う。

今の生活が苦しい人が、老後のことなんか考えるわけがない。

 

よくある話だが、議論の時点がずれていることを理解できない人がいる。

しかも一流大学を出ているのに。

 

こういう人たちは、今の質問をしているのに、来年のことを回答してくる

時点が違うことを言ってもキョトンとする。

 

たぶん、こういうアイデアを出す官僚もそうなのでしょう。

 

 

もう少しいうと、この裏には分析をしている人がいるのだけど、分析をする人たちは、こういう使われ方をするとは思っていない。

単にシナリオの一つとして挙げているだけ。

それを理解せずに、結果だけ見て、こういうことをしてくる。

まあ、そういうシナリオを計算するのもどうかと思うけど。