テン・チ・ジン
ええっと・・・。
お世話になった前の会社の上司とお会いしました。
今は常務取締役で大阪にいらっしゃいます。
会計ソフトはピーシーエー
愛媛に仕事でいらっしゃるとのことでお昼をご一緒しました。
ふな屋の川席にて会食。小川のほとりで自然に囲まれながら食事を楽しめます。
今はIT業界も例外なく不景気で、企業のシステム投資が抑えられているので厳しいとのことでした。
が・・・。
今期12億円・・・。売上じゃなくケイジョー利益が・・・

会社に在籍していた頃はただの数字でしかなく、正直ピンときませんでした。
しかし、実際に借り入れ金を利益からせっせと返す身になってみて初めて、どれほど財務的に安定していた会社だったのか改めて感じます。

・・・と。
まぁ会計ソフト作ってる会社が財務不安定だったらシャレにならないのでしょうけど
<人の問題>の話になった時です。
愛媛企画も色んな人が通り過ぎていきました。
その度に落ち込んだり、自分の至らなさを反省したりで
「会社は経営者の器以上には大きくならない」
ということを絶えず意識して邁進してきました。
会社がイメージ通り成長できないのは、自分の力が足らず成長できていないからだと。
しかし、こう言われました。
ビジネスは「テン・チ・ジン」だよと。
経営者が一生懸命やっても、時流に乗るタイミングや運なども、ある・・・。
その時の環境も、ある・・・。
人の問題も、ある・・・。
だから「天・地・人」だと。
なるほど・・・。
なんだか少し肩の力が軽くなりました。
「大局観を持ち、全体のバランスを掴みながら経営をしていくこと。」
来期のテーマだなぁ・・・。
疾走する精神性の深化
内視鏡検査の前日・・・。
ニフレック(腸管洗浄薬)のお陰で眠れない私は、アマゾンで注文していた本のある1冊に心を奪われました。
(岩波文庫より出版)
これは戦時中に若くして亡くなった学生の手記(遺書)を集めたものです。
書中の青年の多くは特攻(人間魚雷や人間爆撃機など)する運命に自分の死ぬ日を決められた、つまり絶対的に確定された死と対峙せざるを得なかった人たちです。
好きな作家である田坂広志さんが、死を目前にした若者の精神性の深化についてこう評しています。
「人間というものは、ぎりぎりの極限に立たされたら、あれほどの素晴らしい精神の成熟と深化がある。しかし、精神が成熟と深化を見せた直後に、あの方々は、生を終えていかれるわけです。これは大いなる逆説です。」
それだけに20代というまだ人生経験も若い彼らの精神性が、圧倒的なスピードで深化していく過程を辿るのは想像に難くありません。
「あの大洋になぜのみこまれて死んでいかねばならないのか。日本人の死は日本人だけが悲しむ。外国人の死は外国人のみが悲しむ。どうしてこうなければならぬのであろうか。なぜ人間は人間で共に悲しみ喜ぶようにならないのか。」
(フィリピンにて没 21歳青年 )
戦争という病んだ状況で、国家観を超え「人間」として見据えた精神性には驚かされます。
「死ぬのだというような心はみじんもない。死生観とかなんとか、とりたてて何もいう必要のない私達は幸福である。それとも、それが一番大きな死生観なのであろうか・・・。」
(回天特攻にて没 23歳青年)
今を生きることがどんなに幸せなことかを、手記を読み進めるうちに65年前に「生きぬいた」23歳の若者から教えられます・・・。
「ああ、一体現実というものは何か。人間の考え得る範囲とは何か。人間は何を為すべきなのか。自分は何を考えるべきなのか。これが解決だとして示され得るものは何か・・・・自分は命が惜しい、しかしそれがすべてでないことはもちろんだ。」
(ビルマにて没 21歳青年)
21歳の青年が書き記す内容としては、人生を見つめる奥深さに驚愕します。
「俺は何と生き甲斐のある時代に生まれたのだろうと思う。俺はこの戦争の、そして人類のいや総ての結末が見たい。生きねばならぬ。貴重な宝を後世に残すべく、病魔と衰弱と、うえと、酷暑と戦わねばならぬのだ。」
(沖縄戦にて没 26歳青年)
あの暗闇の時代に生き甲斐を見出した青年の手記は、何よりも生命力に溢れています。
砂辺光次郎さんの記事「ラテン系で圧倒しよう!」 でも共感を覚えました。
夢の持てない時代なんてありません・・・。総じて自分の心の問題だと思います。
およそ65年前に死生観を伴って生き抜いた若者達の手記を読むにつれ、私自身の生き方は彼らに恥ずかしくない生き方を精一杯しているのかと自問自答させられます。
ちょうど内視鏡検査前にアマゾンから取り寄せた中の1冊。
死を意識し対峙することで生を謳歌した彼らから、自分の生き方に対する思いを新たにさせてくれる1冊でした。


