ライスワークかライトワークか
なるほど。
昨日の日経新聞にジャーナリスト山本美香さんについての記事があった。シリア内戦の状況を世界に伝えようと「この問題が決着するまで取材を続ける」と決意した道半ばでの急逝。銃撃された山本美香さんに同行していたトルコ人カメラマンは言う。
「日本にはいくらでも楽な仕事、楽な生活があるだろうに。遠いシリアに来て、命を懸けて世界中にこの惨状を伝える道を選んだ」
昨年亡くなったスティーブン・R・コヴィー博士。代表作「7つの習慣」に続き「第8の習慣」が出版された後、遺品のなかに“第9の習慣”の原稿が発見された、と伝えられた。
そこにはたった一行。
“Habit 9: Leave This World Better Than It Was When You Got Here.”
(第9の習慣:生まれた時よりより良い世界にしてこの世を去る)
より良い世の中を作っていくうえで自分の仕事観がライスワークなのかライトワークなのかを問い続けることは大切だ。自分が社会人になった時にもフレームで他を選ぶ人はあったけれど決してライスワークではない面白さがあった。どんどんフレームを破って変えていく先輩たちがいた。
なにかを変えていくことは簡単ではないし、それを誰かに伝えることはもっと難しい。だから自分自身がその変化の渦になること。そこから波紋を広げていくこと。結局のところそれが一番伝わる近道のように思う。
野鴨の哲学
みやざき中央新聞にある「野鴨の哲学」を読んだ。
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野鴨は渡り鳥である。彼らは数千キロの彼方から1週間ほどかけて飛んで来る。その間、一度も休まない。何も食べない。それほどの力を持っていた。
ある湖畔に善良な老人がいた。彼は野鴨にエサを与えるのを日課としていた。そのうち、その湖にいれば食べ物に困らないことを学んだ野鴨は季節が変わっても湖から離れなくなり安住の地にしてしまった。
やがて老人が亡くなりエサをくれる人がいなくなった。野鴨は食べ物を求めて別の湖に飛び立とうとしたが、もう数千キロも飛べた野生の力は無くなっていた。彼らは「アヒル(家鴨)」になっていたのである。
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適応能力が仇となってしまったケースだろう。厳しい環境で大きく羽ばたける野鴨もいれば家鴨になってしまう環境もまたある。同じく、環境が人を創る。
「飼い慣らされた野鴨は二度と野生に返らない。ビジネスに必要なのは野鴨である。我々IBMは社員を飼い慣らすことはしない。」
~IBM創業者トーマス・ワトソンJr~
自分の力で羽ばたくこと。それが本当の自立を育み、個々の自己実現に繋がる。これからも野鴨のような感性を磨いていける集団でありたいと思う。



