回転寿司は寿司ではない!?
朝礼で黄金比の話をした。
絵画やデザイン、アートにはすべて美しいと言われる黄金比率がある。フィボナッチ数列から導き出される【 1 : 1.618 】の比率でモナリザの顔も描かれているし建築物の美しい構図もこれにあたる。
もちろん芸術家がすべてこれを意識しているわけではなく、ただ圧倒的な経験(たとえばプロカメラマンなら一般人よりも偉大な写真家の作品にたくさん触れたりシャッターを何万回もきったり)によって得ることのできる無意識化のセンスだ。センスは言葉で説明できない。絶対音感を人に教えることができないように。なぜなら絶対音感は音楽に耳を傾けた時間総量だからだ。
たとえば、作家の伊集院静氏は「回転寿司は鮨ではない」と言った。何年も修行をした鮨職人の握る手のぬくもりやシャリの微妙な圧加減、かたち、風情そのものが「鮨」という作品であり、ビニール手袋で握られるそれは寿司に似た「給食」みたいなものだ、と。
その通りだと思う。と言っても僕はその給食も結構好きだが。お腹いっぱい信号が脳に届く前についつい手が伸びてしまい、いつの間にか15皿ほどたいらげてしまう。
話が逸れた。
誤解を恐れずに言えば、確かにワークライフバランスは大切だ。しかし絶対音感を身につけるべきタイミングというか時期というものがある。それがセンスになっていく。絶対音感を得ることができれば、そこで初めて時間総量比ではない仕事が開けてくる。
ちなみに絶対音感を習得するのは6歳までと言われている。その歳を過ぎるとある音と比べてキーが高い低いといった「相対音感」になるらしい。ギターの調律に音叉を使ってる自分はやはり相対音感しか持ってない。
また話が逸れた。
つまり、タイミングを逃せば自分の仕事のなかにある<絶対音感>を見出すことがとても難しくなる。そして、センスなき仕事はルーティンワークになる。それがいいとか悪いとかではなくそういう現実がある、ということだ。
今年の新入社員には世の中のフレームにとらわれた相似形ではなく、本物の<黄金比率>を見出すセンスを培ってほしい。遊ぶように働き、働くように遊びながら。









