まえだのプログレッシブドイツ生活 -23ページ目

【旅行】ミラノ(イタリア)

<9月11日(土)>


旅行ばかりじゃないかって?そのとおりです。すいません。今月は結果的に詰め込むことになって反省している(日程変えられないものばかりだが)。元々この旅行は、この週末が金曜日も休みで、三連休になっているから土日はどこかに行くか、というところから企画されたが、ブリュッセル出張が金曜日の夜遅くまでとなったため、厳しいスケジュールで旅行することになってしまった。


土曜日の昼過ぎに飛行機でミラノに到着。ガッツリ疲れていたので、ホテルで1時間くらい寝てしまった(勿体無い・・・)。せっかくだから何か見ようということで、街に繰り出した。「ミラノ中央駅」(写真右下)から地下鉄に乗って「ドゥオーモ」の付近まで。まずは「ヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世のガッレリア」なるアーケードに行った(写真左下)。アーチ型のガラス天井の素晴らしいアーケードがドゥオーモからスカラ座まで続いている。1870年にイタリア統一を果たしたヴィットーリオ・エマヌエーレⅡ世の名を冠したこのアーケードも1877年に完成とのこと。もうこの街自体が芸術なんだと感じる。ちなみにミラノ中央駅もムッソリーニ時代の建築物で、これ自体も見る価値のあるものと思える。


ガッレリアのアーケード、どこかでこれの安物を見たことあるなあ、と思い後で調べてみると、東京ディズニーランドのワールドバザールが、このアーケードをモチーフにしているとのこと。なるほど。やっぱり本物には全然かなわないなあ。本物のほうも、ど真ん中にマクドナルドが陣取っていたが(京都のマクドナルドのように、全体的に茶色に統一されていて一見わからない)。

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しばらくブラブラしていたが、観光客狙いのミサンガ売り(勝手に腕に巻きつけて高額を要求するそうな)が「ニーハオ!」などと声をかけてくるため、面倒になり、さっさと「ドゥオーモ」に入ることにした。ドゥオーモは教会である。ゴシック建築。14世紀後半着工、19世紀初めに完成とのこと。ここの中だけは別空間。気持ちよく過ごした。屋上にのぼれるようになっており、上からはミラノが一望できる。天気も良かったので、しばらくボーっと外を眺めていた。


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その後は、近くにある「ブレラ絵画館」へ。ラファエロなどの有名な画家の絵もあるが、ルネッサンス時代のこの地域の絵画派に属する絵がたくさんあるのが良い。流出せずに集められているから、また見るほうにとって効用が高い気がする。日本だったら1枚で美術館が成り立ちそうな絵が所狭しと飾られている。イタリアの持っている芸術的な資産は本当にすごいと、半日ミラノを見ただけで想像できた。


もう一つ、とても良いと思ったのが食べ物。景色を求めて、ドゥオーモの尖塔が見える、デパートの屋上フードフロアに行った。フードフロアといってもレストランが充実しており、パスタをいただいたが、しっかりオイシイと思えた。今まで行ったヨーロッパの国の中で、食事の費用対効果が一番高い。さすがイタリアン。
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という感じで、一日ゆっくりしながら楽しめて満足だった。「イタリア人は英語がわからない」というのは本当で、『地球の歩き方』を片手にイタリア語を頑張る羽目になったし、治安も(南イタリアよりはマシとはいえ)やはり悪いとも思ったが、とりあえずイタリア上陸は達成した。


次の日のメインイベントに備えて、この日はさっさとホテルに帰って就寝。メインイベントについては次の記事にて。

【旅行】ブリュッセル(ベルギー)

<9月8日(水)~10日(金)>


厳密に言うと旅行ではなく出張。3日間の会議に参加するため、2泊3日でベルギーのブリュッセルに出張してきた。水曜日の朝早く出て、金曜日の夜遅く帰る強行スケジュールである。あまりに急だったので、正直に言って疲れた。


前回も紹介した「タリス」等を利用してブリュッセルへ。まず到着時に失敗を犯す。Bruxelles-Midi駅に到着する、と聞いて、てっきりブリュッセル中央駅のことかと思っていたら、Midiは南駅だった。いやー、アプレミディで午後なんだから、Midiは真ん中だろーと疑わなかった。結局南駅でも何も問題はなかったのでいいのだが。ホテルにチェックインしてそのまま会議場へ。歩く途中で街を眺めるが、正直言ってイマイチ、パッとしない気がする。全体的に薄暗い雰囲気の街か。治安も良いわけではなさそうである。雨も降ってきた。何となく旅全体がイマイチ感に満ちてきた。僕が疲れていたからかもしれない。

夕食は皆で「グラン・プラス」にあるレストランへ。市庁舎などがある街の中心的な広場で、ブリュッセルの象徴。夜だったが、ここは素晴らしい場所だとわかった。レストランも趣のある場所で、キツイ日程の中で来れてよかった。夕食からの帰り道、前から見たことあるような顔が・・・と思ったら、大学の同級生のIさんだった(!)。母娘旅行に来ていたようだったが、衝撃の遭遇。突然過ぎてロクに会話できず。とにかくびっくりしたとしか言えない。


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ベルギーは公用語がフランス語とオランダ語(一部ドイツ語)に分かれており、ブリュッセルではフランス語とオランダ語が両方公用語ということらしい。ローマ人のガリア遠征のときに、ゲルマン人側にとどまった地域(フランデレン人)はオランダ語で、一方占領された側(ワロン人)はラテン化して、ラテンの言語たるフランス語を話すとのこと。さらにベルギーは、ドーバー海峡を挟んでイギリスに通じている国でもある。EUの本部も置かれる、「ヨーロッパの心臓」と呼ばれる場所。街では基本的にフランス語だが、英語でも皆当然のように対応できる。人は皆親切だし、困るようなことは無かった。侵略にまみれてきた歴史を持っていることから来るのかもしれないが、国としてのアイデンティテイも一方でちゃんと?保っているところに感服する。


観光はほとんど時間がなく、していないが、ベルギーと言えばベルギービール。私は「ヒューガルデン・ホワイト」「レフ・ブロンド」を居る間に試した。とりあえず種類は膨大なようで、一つの楽しみなのは間違いない。また、ブリュッセルといえば「小便小僧」だが、疲れもあって会議の時間以外はあまり活動しなかったため、見に行けず(行かず)。そういえば昨年コペンハーゲンでも人魚姫の像は見に行かなかったなあ・・・「世界三大ガッカリ観光名所」には縁遠いのかもしれない。というか、そもそもそんなに行きやすい場所にはない(人魚姫の像は少なくとも)。わざわざ言って「こんだけ?」ってなるからガッカリするのかも知れない。ベルギーチョコレートも「溶けるから」と思って買わなかった。慌ただしく過ぎてしまったので、また改めて来ようと思った。


そんな中で一つだけ書いておきたいのは、「やまと」というラーメン屋。夕食に迷っているとき、『地球の歩き方』で見つけた。店内のカウンターの配置も日本のラーメン屋そのもの。カウンター越しにモノが出てくる。店員は外国人だがオヤジさんは日本人っぽい。僕は「醤油ラーメン」と「餃子」を注文。「餃子」は火力が弱いのかパリッとしてないが、間違いなく餃子。「醤油ラーメン」は出汁が薄いのか、スープが薄く感じるが、麺が信じられないほどちゃんとしている(味噌ラーメンのほうが良かったかも?)。しかし、この店に限らず、ヨーロッパのど真ん中で完全に日本スタイルの店を構える、その努力に頭が下がる。心していただいた。


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しかし疲れてしまった・・・金曜日中に帰宅するため、もう一泊許可されているのを敢えて断った。そして金曜日の夜11時頃に帰宅。土曜日に何もなければよかったのだが・・・この先は次回に続く。

【旅行】パリ・ジヴェルニー

しばらく更新が途絶えてしまい、すみません。今回から何回か続けて旅行記です。


<9月3日(金)夜~9月5日(日)>


日本から同期のKが、同じく同期のTPを訪ねにパリに来るというので、これに合わせてパリを訪問。パリは2年ほど前の出張以来で、そのときは「ルーブル美術館」の一番有名どころをサッと見たくらいだったし、昼間は会議だったので、今回が実質初めてのようなもの。金曜日の晩に土産のドイツワインを仕入れ(少しずつワインも勉強中!)、ケルンから高速列車「タリス」で、ベルギーのブリュッセル等を経由して一路パリへ。さながらローマ人のガリア遠征(思えば、ボンもパリも元々はケルト人の土地で、ローマ人の支配下で発展した街だ)。電車で国境を越えたのはこれが初めて。新鮮に感じたのは、中を飛び交う言語がフランス語、ドイツ語、英語を中心にぐちゃぐちゃであること。「この席空いてますか?」ってどの言語でも聞いてくるし、どの言語でも返事している。それで会話成り立ってるからすごい。そして、乗務員の方はその3言語ならどれでもOKなのである。感服。


ケルンから3時間ほどでパリ北駅に到着。ここからパリのメトロでTP宅の近くまで行き、泊めていただいた。話によるとやはり大都会パリ、家賃もホテル代も、ボンよりずっと高い。友人の存在はありがたい。


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翌日(土曜日)はTPの希望もあり、パリ郊外の街「ジヴェルニー」へ。ここは小さな村だが、画家クロード・モネが晩年を過ごし、「睡蓮」などの名作を生み出したモネの家が残されている。モネの家は、きれいにツタに覆われていて、中にはモネの絵のレプリカのほか、たくさんの浮世絵(コピーも含めて)が飾られている(歌川広重とか)。ゴッホもそうだと言うが、モネも日本の浮世絵に入れ込んでいたとのこと。絵に何か共通するものがあるのか、日本人はよほどモネが好きなのだろう、この場所は日本人観光客だらけである。まあしかし「睡蓮」のモチーフになった庭も落ち着くし、周囲も静かで、ヨーロッパの田舎に来た気持ちになるには良い場所だ。TPと2人で昼からワインを1本空けてしまった。


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パリにもどった後は、「ノートルダム大聖堂」を見学。フランス中世文化を代表する建築であり、「ゴシック様式」を大きく発展させた(1320年完成)。同じゴシック建築の「ケルン大聖堂」のほうが大きさはあるが、こちらも世界史の資料集に載っていたりするだけはある。中に入って、たまたま行われていた御ミサを見学。ミサの時が一番教会の建物も輝きを増している気がして好きだ。そして何よりここも音響が最高に良い。変な反響が全くない。


その晩は同じくパリにいる職場の上司Oさんとともに3人で夕食。フランス料理ではなくポルトガル料理っぽかったが。そしてTP宅にまたもやお世話になった。


日曜日はKが到着するということで、昼にセーヌ川の真ん中にあるシテ島(ノートルダム大聖堂もここにある)で、パリジャンっぽくピクニックをすることとなり、買い出しをした後、Kのホテルまで迎えにいった。シテ島の端っこで、セーヌに面する絶好の場所に陣取り、チーズ、サラダ、ワイン等を広げて宴会開始。左下の写真は宴会場所からの風景。わかりにくいですが、絶景。隣でフランス人も同様に宴会中。


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宴会後はセーヌ川の水上バス(右上)で移動し、「エッフェル塔」を一瞥した後、「オランジェリー美術館」へ。パリの数多くある美術館の中では小さいが、ここにはモネの「睡蓮」があるのだ。ジヴェルニーに行った後見るというのが良いであろう!というただそれだけ。良かった。「睡蓮」は非常に大きな絵で、楕円形の部屋2つの一面に飾られている(左下)。


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最後は、 「モンマルトルの丘」 へ。サクレ・クレール大聖堂をがそびえる、パリの北側の丘で、芸術家・文化人のような人が多い場所とのこと。何となくオシャレな雰囲気だということはわかった(汗)。「アメリ」という映画に出てくる喫茶店でお茶。といっても「アメリ」を見たことないので何とも言えんが。頂上からの景色は良かった。喫茶店では、何とサプライズでTPがイタリア人彼女を登場させた。粋な計らいだ、これで何となく旅の締まりがとてもよくなった。彼女さんもとても良い人で、TPも幸せそうでよかった。ということで満足して夕方頃、帰途についた。帰途の電車から見る空(パリ方向)が、何やら異様なエネルギーに満ちていて(写真右下)、「まだまだ奥深いパリ」と理由もなく感じさせられた・・・。


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今回びっくりしたのは、あまり「不親切なフランス人」に出会わなかったことである。今回の旅に出かける前に、職場の同僚に「パリに行く」と言ったところ、「日本人観光客が『パリ・シンドローム』に苦しむ」とかいう妙なネット記事を見せられた。それによれば、毎年パリに憧れる日本人がたくさんパリに観光に来るが、(フランス語を話せない人に)不親切なパリジャン等の洗礼を受けて精神的にショックを受け、日本大使館の世話になる人が結構多いというのだ。さすがに誇張だとは思うが、それにしても文化・言語の違いをまったく考えずに外国旅行をする人の割合は日本人に多い、とやはり思う。やはりガラパゴス島の脆弱な生態系なのだろうか、日本人は。それはともかく、TPがフランス語を少し話すというのもデカいと思うが、総じてフランス人は親切に英語対応してくれたり、こちらがうまくないフランス語で挨拶すると笑顔だった。たまたまかもしれないが。


もう一つびっくりしたのは、ドイツとフランスの違い。これだけ近くて、国境も何回も変わっているのに、全然違う。いろいろあるが、例えばドイツ人はきっちり信号を守って横断歩道を渡る人が多いが、フランス人は関係なしだ、とか、ドイツ人は縦列駐車をきっちりやすが、フランスは前後の車に適宜ぶつけながら無理やり入れている(smartなどの小さな車が、縦列駐車の小さなスペースに頭から突っ込んであったりするらしい)。言い出したらキリがないが、本当に全然違うのだ。不思議だ。戦争で取ったり取られたりのアルザス・ロレーヌ地方はどうなんだろう・・・。興味は尽きない。