ショーエイのアタックまんがーワン -18ページ目

ショーエイのアタックまんがーワン

タッグチームLiberteenの漫画キャラクター・ショーエイが届ける、笑えるブログ・ショーエイの小言です。宜しくお願いします。

どうも…ショーエイです。

「菅はよく頑張ったとか」言っている人がいるけど…

何も出来ていないのよ!!

デジタル庁??

はあ?

これからアナログチックな量子コンピュータの時代に、

デジタル?

時代錯誤もいい加減にしてくれよ。

ネーミングセンスからして期待できない。

そこにひろゆきとか言うのが面接したといっているが、

採用してもしなくても所詮はゴミ。

元々、面接したと言っただけで、中身にヴィジョンが無い。

孫正義はそれに反応したらしいが、

中身にヴィジョンの無い奴を評価してどうするの?

彼自身は優秀だが、

元々、人を見る目が無いのは残念な話なのです。

だから結局ワンマンでやっていくしかないのだよ。

 

まず5Gの基地局整備

税金でガンガン立てればいい。

そしてその基地局の使用料を国が一律で決定して、

税金で管理するのが難しいなら、

競売にかけて売ればいいのだよ!!

 

1GBの使用料(企業支払い分)を算定して、

管理者はエリアごとの使用量によって他社から収益を得られる仕組みすればいいのです。

今のまま企業に一律で任せていたら、いつまでたっても5Gエリアは広まらない。

5G通信エリアが広がって、今度はハードの普及が出来るわけで、

ハードが普及しないとソフトは付いて来ない。

そこをモタモタしてるとその分技術が遅れるだけ。

 

政府は6Gとか言っているが、そんなもの今必要ない。

5Gの要領ですら真面に使いきれていないのに、

6G出しましたといって、世界が興味を持つこともないです。

次世代は6Gスキップの7Gに成る・・・

いわば日本はこうやってガラパゴスを引き起こすだけなのです。

 

いかに低能な話でこの国が纏まるのか…

本当に残念です。

かといって野党にも人材無く、ヴィジョンが無い。

 

河野太郎に関しては、こいつはダメです!!

口だけ星人の典型で、こいつもまともなヴィジョンを持ってない。

真面なヴィジョンが無くても良いのだが、

その上人の話を聞かない、纏められない。

そういう事です。

他の野田聖子にしても同じ…

岸田君は表面上いいけど、グローバルな視野は乏しい。

 

かといって枝野くんもここまで観察していたが、

彼も人の意見を聞かない、纏められない人なので、

日本には本当に人材が居ないという結論しかないです。

 

うつけの兵法の信長たまなら…

日本を世界に向けた大躍進政策で盛り返すと思います。

その分、河野太郎より厳しく、無能な官僚は全員切り捨てる。

役職取り上げて、若い世代にガンガン変えて、

その人間の足を引っ張る老害は、要らない部署を設けて閉じ込める。

まあ、パワハラみたな感じだけどそれも含めて法的に喧嘩する。

様々なハラスメント・・・派閥ハラスメントも含めて全部証拠化して保管させ、法的処置を以て老害どもを懲戒免職に押し込む。

アホ首相みたいに誤魔化しはしない。

徹底的に排除と地獄落ちの理由を国民に説明する。

 

出来ない、無理は禁句。

話していいのは何が必要かを議論する事だけ。

難しいケースにはまず何から手を付けるかの議論のみ。

それら議論を総括した上で、現状では無理と判断した場合、

それに代わる方向を見定めるまで議論は終わらせない。

 

5Gの話も安土城下の整備の話と一緒。

自分で先に街を作って、ここで商売したいならその店を買え。

そうやって元を取るのです。

勿論、そこでの商売で損することが無いように、

陸と水上の交通整備は完璧にしているので、詐欺には成らないという配慮ぶり。

 

このレベルの発想が出来ないのなら、

黙って選挙だけやって政治をしないでほしいです。

 

まあ、政治が動かなくても経済は動く。

むしろバブル時の時みたいに経済側の求める

規制緩和だけやればいいんじゃないのかな…

結局何を考えても意味わかってないし。

 

新型コロナの話だって、政治家の誰一人として、

真面にこのウィルスやワクチンのこと理解してないのです。

逆に検査数減らせば感染者が減るという細工だけは、

よく理解しているが・・・小学生の算数ですよ。

 

ハッキリ言って呆れるレベルだど…

日本国民が考え方を改めないとダメなんです。

他が居ないから自民党で、では変わらない。

寧ろ、他が居ないから今度は野党で、

野党もダメだから、その次は別で…

そうやって政治レベルが低いと

政権がコロコロ変わるで

政治家の意識を変えないといけないのです。

 

だいたい口だけ綺麗ごと言ってヴィジョンを持たないやつを

評価すること自体が間違いで、

そんな奴を政治家にする必要性は無いのです。

どうも・・・ショーエイです。

日本人がTPPに参加していて、

このTPPをどう活かすかのビジョンがない以上、

中国が入ろうが入るまいがどの道変わらない。

 

中国の技術力が怖い?

そんなのをビビってる時点でおしまいなのだよ。

そうやってイモ引いて、自分たちが向上心を持てないのなら、

ドンだけ頑張っても淘汰されていくだけなので。

 

基本的に経済論は今変わってきてるのです。

安いから売れるのではなく、

金が無いから安いもので我慢するなのです。

金が有れば高いものでも品質がしっかりしていれば売れる。

 

金が無い国を見捨てて、安いもの買わせようとする発想が卑しく、

むしろ金のない国に金持たせて高いもの買わせて、

WINWINな形を模索するべきなのです。

 

グローバル化で中国を台頭させたのはそういう事で、

結果中国人の爆買いに感謝でしょ。

中国が脅威ならば、中国の様にバブルに成る国を作ればいい。

 

そこでメキシコ

人口1.5億のこの国の経済をTPP経済圏で

先ず盛り上げるという発想が持てないのかな?

 

メキシコに工場を建てて、まずメキシコの労働力を向上させる。

そしてそういう貢献によって、

メキシコ人の例えるなら日本びいきの感情を即発できるわけで、

そうやって国を宣伝するのです。

中国はそれを一帯一路でやろうとしているが・・・

何故上手く行かないのかよく知るべき。

実際日本のODAと同じだから。

 

結局、日本の企業が儲かる形のODAで、結果現地の経済は盛り上がらなかった。

中国も一帯一路で、中国企業が儲かる仕組みでやっているだけなので、結果その土地の労働力は安いまま停滞する。

これではその国の人たちはただ恵んでくれるだけの国なので、

そういう国に表面上の感謝しか感じないのです。

日本人がアメリカに少なくとも好意的な感情を持つのは、

アメリカのお陰で経済が豊かになったから。

国民の生活水準がそれで底上げされたことを未だに新しい世代でも感じているほどです。

 

こうした心理分析の下で日本は今ある力で

何をするべきか考えないと結局は過去の栄光に沈む国にしかならないのです。

 

また、あざといくらいに強かに印象を残すことも大事なのです。

???

何をするのか…

例えるならメキシコの経済を活性化させる動きに合わせて、

メキシコにアニメ文化を浸透させるのです。

テレビ局をスポンサーとして抑えて、アニメを放映させる。

メキシコの広告代理店と連携して、

そうしたムーブメントを流行化させる。

 

そして気づけばメキシコは日本びいきの国に成るようにするのです。

その分日本は彼らの生活向上に一躍買って出るのですから、

占領した印象とは違ってくるはずです。

反論者はそれでもアンチな人間が出るというが、

アンチな人間はどういう条件でも出ます。

その割合が少なければ少ないほど成功なのです。

その割合を減らすために、

「日本の支援で生活が豊かになった。」

という印象を残さねばならないのです。

 

更にはグローバル戦略として…以前にも話したように、

日本が情報発信の中心になる事です。

それにはメキシコの音楽、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなど、TPP加盟国の文化を発信して日本に流行を作る事です。

総括した意味で日本が情報の中心であると成ったら、

日本の市場へ向けて各国がアピールしてきます。

今のアメリカが世界のその役目を担っているわけですが、

そういう部分を日本はTPP加盟国で為さねばならないのです。

この国は英語もスペイン語も出来ない??

関係ない…英語解らないくせに洋楽好きな人いっぱいいるし、スペイン語わからなくてもいい曲と思えば反応します。

ファッションならば言語は不要なわけで、

アニメというツールを用いつつ、そういう展開を考えれないようじゃ、

所詮は地に落ちる田舎国家でしかなくなるだけです。

 

中国のTPP参加を日本がどういうヴィジョンで引き入れるかが無いと、TPP参加するしない関係なく、日本にとってプラスになるものは所詮何もないのと一緒です。

逆に、ヴィジョンがあるのなら、寧ろ中国の参加で中国を食い物にすることも可能なのですが…

今の日本にいる人材のレベルでは、所詮は食い物にされて終わるだけでしょうね。

まあ、参加させなくてもアメリカと中国の狭間で食い殺されるだけなのは目に見えてますが。

 

そういう意味でどんな意見を日本人が述べようが…

全ては無意味なのです。

 

 

だいたい日本が日本がというアホ元首相みたなのが居るから、

日本はどんどん田舎化するのです。

田舎の人は地元ラブが多いからね。

地元ラブは地元ラブで大事なのだけど、

そとの世界を吸収していく発想であったり、

地元をどうアピールするかの戦略が無いと、

村おこしにすら成らないことはよく理解してほしい。

 

日本人は世界を知っているだけで、

実は吸収すら真面にできていない。

吸収するというのは、世界から人材を集めて、

育成し、そして日本の力として残すこと。

そこから各国に日本の力をアピールさせる人材をも育て上げ、、

日本力を発信していかねばならないのです。

日本人が世界に飛び出たり、

日本人が世界から学んで帰って来ることはよくありますが、

上記に述べた吸収力発信力とは逆の状態なのです。

いわばアメリカに吸収されて、

その発信力として帰って来きているだけの話なのです。

そこから学んでも結局は

その元の国の力を模倣しているだけでしかないのです。

 

それで「日本が日本が・・・すごい」なんてアホな事言ってようでは、

所詮は井の中の蛙という意味の田舎者でしかないのです。

ここで言っているのは、

「井の中の蛙、大海を見よ!!」

なんて小さい話ではないです。

 

「龍は井の中から出て、大海を制す!!」

というもっと尊大な話をしているのです。

 

まあ、日本の老害やら知った気の無能者では、

そういうヴィジョンすら見えないのかも知れませんが…

 

 

 

 

どうも・・・ショーエイです。

論破王だか何だか知らないけど、

社会に挑発的な感じで挑んでいる「ひろゆき」なる者。

どうせなら橋下徹とガチンコでやりあう所を見てみたい。

頑固な論客 橋下徹 vs 逃げる論客 ひろゆき

 

論客としては、橋下徹の方が遥かに誠実です。

主張の好き嫌いという言い方で表現しますが、

それとは別にして、

自分の気持ちに素直に発信しているという意味では、

橋下徹さん…としておきますね・・・の方が

遥かに素直で率直な意見を言います。

 

一方、ひろゆきの論法は、ある意味ズルい。

ただ、海外の弁護士クラスでは当たり前の手法で、

どういう意見に着いても弁護できるというスタンス。

 

いわば、織田信長と明智光秀、

本能寺の辺の原因はどちらに非があるとした場合、

信長にも非があり、光秀にも非があるとする感じで、

どちら側に立っても主張ができるという感じです。

 

【一見両面を理解し得る優しさが必要に見えるが…実は違う】

簡単な話、傍観者で居るだけの事です。

いわば巨人対阪神戦で、

巨人ファンは巨人を、阪神ファンは阪神を

応援します。

普通の人…特にネットユーザーは

どちらかに感情移入するわけですが、

傍観者はただどちらが強かろうが、勝とうが関係ないわけです。

まあ、スポーツいわば野球自体に感情移入する人なら、

いい試合が見れればというスタンスですが、

ひろゆきの話術にはそれすらない…無関心なのです。

ある意味、どちらに着く方が自分にとってプラスになるかで、

乗っかる方を選別しているだけです。

その分、実は言っていることが浅いのです。

 

【2ちゃんレベルのネットテクニックで実用性はない】

2ちゃんと言うか、ネット上の議論では、

都合が悪くなると逃げる手法が存在します。

いわば反論もしない。

または、話題をすり替えてしまう。

逆に、他の人間が同じ手口で逃げると、

「逃げたか・・・」などの言葉を用いて一応挑発し、

そのまま反論が来ない場合、

相手が「逃げた」という既成事実だけで勝ったきに成る手法です。

よって一流の人はひろゆきみたいな

程度の低い論客は相手にしません!!

 

DaiGoを擁護したコメントから、

色々な反論が出てるにも関わらず、

その件は素通りするように放置している。

 

いじめという概念で見れば、

確かにDaiGoが言ったコメントに

いじめと言わんばかりの荒れ方で社会は叩いています。

ただ、DaiGoの問題のコメントは、

人権侵害を示唆する=

ホームレスなどへのいじめを寧ろ示唆するものなのです。

ひろゆきはこの行為に優しさをアピールする意味で

乗っかったわけですが、

一部の反論でDaiGoの社会的影響力を考慮すると

許せない発言とあったように、

彼の影響力に反応した人がそれら人権侵害に該当する

いじめに加担する可能性を考慮すれば、

その発言者を擁護するのに、ただ可哀そうとは成りません。

寧ろ社会的制裁を与えるべきと考えるべきです。

幸い法治国家なので死刑なんて話になるわけもなく、

収入面や社会的地位であり知名度が落ちる話なので、

本人は「不当な教唆的発言をしたことを悔いれ!!」

と、いうだけの事です。

いじめに成るから彼を許すべき?

そういう言い分が、ひろゆきが擁護した発言の意味です。

 

【ひろゆきは無関心ゆえに社会が見えていない】

DaiGoの発言が切っ掛けで、

ホームレスの人の命が奪われるかも知れない。

ある意味、彼らの存在を否定する影響力が元で、

それを許される行為と勘違いして行動を起こす原理が存在します。

そういう影響力という視点で、「許す??」

なんて発想がどこから飛んでくるのでしょうか?

 

そういう影響力が社会に不当な行為を生むと判断する場合、

社会的に抹消したいと考えるのも当然なのです。

これ公序良俗という社会観念で、法律的に許されたものなのです。

ゆえにDaiGoが影響力を保てる場から追放されるのは、

いじめには成りません。

無論、「死ね」というコメントをぶつけるのは筋違いです。

しかし、彼の言動と行為を否定し、

それが公序良俗の意味で適切なものであるなら、

それらは名誉棄損というものから外れます。

 

そういう意味での反論もあったが…

ひろゆきは反応せずにただ逃げているだけ。

決して優しさで彼は発言をしているわけではなく、

社会から攻撃されている側を擁護して、

優しい人と思われることを狙っているだけなのです。

 

【グリーズマンとデンベレの話も同じ】

正直、2人が何をしでかしたか詳しくは知りません。

ただ日本人ホテルマンを揶揄ったような動画が問題視されたことは

理解してます。

先ず、なんでそんな動画が出回ったの?

一般的な生活に於いてのジョークという点では

ひろゆきの弁護の点で理解できるが、

問題はそういう動画が何故出回ったのかという点です。

ひろゆきの論法では一般的なジョークで

日本のホテルマンのサービスが

スムーズに対応できていなかったイライラ=

ストレスを解消していたという事だと思う。

逆に、同じ現象でホテルマンの対応が遅いとか

サービスとして不快と感じた場合、

別のケースでは怒鳴り散らす場合もあったとも言えます。

そういう意味でジョークという形で嫌味を言って

憂さ晴らししたのなら理解できます。

しかし、問題はその動画がSNSで流れた事。

それによって見る側は、

「イライラの憂さ晴らし」とは感じないという点で、

寧ろ2人がアジア人を単に軽蔑しているようにしか見えない点です。

2人がその動画流出に於いて、

このようなイメージを与えてしまったことは、

適切に理解して、適切に真摯に謝罪するべき問題と言えます。

バルサのファンであり、特にアジアの2人のファンんび対しては、

ちゃんと説明として伝わる形で謝罪するべきだった。

2人の頭脳でその言葉生まれなくとも、

弁護士を雇ってでも説明するポイントを教わりながら、

謝罪の言葉をもっと選ぶべきだったと言えます。

 

まあ、ひろゆきが擁護した言葉にここまでの話が合ったのなら、

それはそれで主張としてありだったと言えますが、

ひろゆきは「一般的な生活に於いてのジョーク」だから問題ない

のみに徹して議論しただけで、

結局は、誠実さという点をつかれて

現地のフランス人に論破されたみたいです。

 

ジョークでも誰かを傷つけたのなら謝る方が賢明。

いわば謝罪とはそういう意味のもので、

逆に社会から敵視されても良いと思うなら謝罪は必要ありません。

まあ、寧ろおっさん先生や、マラドーナみたいな人なら、

「ホテルマンが迅速に要望に応えれなかったのが悪い!!」

と、鼻を切って、

「それともホテルマンを直接怒鳴りつける方が良かったのか?」

さらには、

「一生懸命頑張ろうとしているのは理解するが、

こっちはイライラした・・・遅いんだよ!!」

と、言ったうえで、

「アジアのホテルでは全部ああいうドンくさいのが当たり前なのかと思ったよ!!」

と皮肉を言って閉める感じにするそうです。

こうしてジョークでも言いながらイライラを解消した意味を説明します。

これなら全部とは言わずとも、

一部には理解してもらえるのではという感じで、

それ故に謝罪するような事ではないと言い切ります。

 

【論破王?ひろゆきは単なる遊説王じゃ?】

遊説は日本のアホな政治家でもできる。

自分の支持者に向かって意見を述べるだけ。

論破なんてものは日本人だけの間抜けな感性なのです。

議論にそもそも論破はありません!!

議論はそもそも対立する意見を調整して正解に近づける作業です。

仮に相手の見識が足りずに言い負かせたとしても、

それは論破ではありません。

科学で考えるなら、対立意見を論破しても

立証できない状態の仮説は仮説のままであり、

その議論の中で議題を出した側が不十分である点を認識し、

そしてその不十分な点を次に解消していって

徐々に定説へと近づきます。

論破で終わって、

無意味な議論で仮説を定説のように決めつけても意味がない。

日本の国会であり政治家が国民への説明が出来ない点が

こういう事です。

ロジックで説明不十分な点であり、

国民が不満に感じる部分の解消が整理されていないから、

意味不明な政策でグジャグじゃな政治をするのです。

その上で都合が悪いところは隠す。

新型コロナの感染者数のみ公表して、検査数を出さないなど

それです。

ワクチン打てば大丈夫と政府が言っていれば

馬鹿な国民はそれを信じる。

ロジックで理解していればもっと危機感を感じてもいいはずなのです。

 

結局、議論で論破するという発想で、国会の場合だと議論を議席数で民意という意味で論破してしまうゆえに、

小学生でもできる学級会になるのです。

 

裁判でも基本「嘘」をついて「嘘」を指摘、証明されて負ける話で、

それは「論破」とは言わない。

「嘘」をついたのがバレただけの話で、

それ以外は法解釈の議論で、

社会にとってどの解釈が適切であるかを

裁判官の判断にゆだねる戦いなのです。

日本の場合、裁判官を論破しようとすると

経験上、負ける場合もあります。

まあ、これに対してはその裁判官が情けない無知だったとしか言いようがないのですが…裁判官自身が自分の解釈すら説明できない低俗レベルで…正直、言い返せない感情任せの判決だったと言っておきます。最高裁判官よ!!口頭弁論で勝負しろよ!!と、愚痴らせていただきます。海外なら法解釈を戦わせてロジックで説明してくる話なので、本来は。

 

諸葛孔明が論客として呉との同盟を成立させた際も、

論破したのではない。

寧ろ呉との間に利害の一致を取り付けた。

論破されて論破した相手に協力しようという意識は芽生えない。

ましてや領地的に呉より格下に成った劉備を

あえて支援するような心情は生まれない・・・

でも…こうして色々と書いている内に…

論破しようとしちゃってるのかな?

 

ただ、これも遊説と同じで、

講演会の話として一方的に主張しているだけの話なのです。

 

まあ、正直な話…人を論破して勝った気でいる奴は無能なのです。

言い返せない相手がそれだけ不十分な相手だっただけで、

寧ろ充実した議論ではお互いの主張をぶつけ合い、

お互いがお互いで視点の違いを認識しあい、

その議論によってお互いの足りない点を認識しあえる、

または知らないことを教われたと感じれる、

そういう相手に対する尊重が感じられるものと成るのです。

論破なんて不遜な形を齎す議論は、はっきり言って無意味であり、

不遜な議論に成るゆえに見識も不十分なのです。

 

論破王なんて名乗る時点で…その程度なのだよ…

日本人て勝った負けたにしか興味がないのかな?

結果よりも内容を楽しむべきなのです。

サッカーにしても結果より90分間に誰が何をするか…

その内容を楽しみながら、最後の結果で一喜一憂する、

結果が望む方に出ても、

内容がイマイチなら…

なんだか話題の映画に誘われて

見に行ったけどつまらなかったというのと同じだと思うのです。

 

逆にいい内容で事が進んで、結果が伴わない時…

寧ろ内容が凄すぎた故に、負けても相手を称賛できてしまう。

 

では、ひろゆき なる人物の論破のテクニックをご紹介します。

①まず相手の話に同調して相手の好感をつかむ。

②その中で言葉の中から相手の粗を探り出す。

③粗を見つけた際、他人が聞いて自分がいい人間に見える言葉を探す。

④その言葉見つかった時に、初めて自分の意見を言う。

⑤その言葉は別な視点で見た意見として成立しなければならない。

⑥相手がその言葉に反論を加えても、別な視点での見識と成るゆえに相手が論破する事は難しい。

こうして自分のペースに巻き込む感じ。

でも、一流の人はこういう手法を用いると相手にしなくなります。

何故ならその程度の低い手口を知っていて、

それが生産性のない会話になる事を知っているから。

ひろゆきはそういう事も理解してそれを利用しているのだろうけど…

 

おっさん先生はとある大学病院の先生と話をしていて、

 

ワクチン打った人はマスクしないで

コロナにできるだけ感染した方が抗体維持の意味で

効果的なのでは・・・

 

と話をしたら、その先生はコロナ関係でも仕事をしているらしく、

 

寧ろ、マスクはした方が良いです、実はワクチン接種してもブレイクスルーで感染して重症化している人も居るので…

 

と、教わりました。

これって論破されたってことですか?

結局会話は、日本政府が出している情報って可笑しくない?

という認識で一致したそうです。

本来、会話というのは相手の情報を尊重して

納得いくものは受け入れる姿勢が大事なのです。

 

論破という姿勢の相手とでは会話は多分、通じないですよね。

そんな感じです。

 

 

 

どうも・・・ショーエイです。

うつけの兵法はちょっと夏休みとさせていただく感じで、

今日はタリバンの戦術を分析してみました。

米軍すら予期できなかったほどの速さで、

アフガニスタンの首都カブールを陥落させた方法。

それはテロリスト特有の方法で、

ある意味伊賀忍者式とも言うべき作戦だったと言えます。

これらはある意味見落としがちな作戦で、

今後に気を付けるべきとしか言いようがありません。

 

【新型コロナ同様に潜伏期間を得て急に感染する方法】

いわば兵隊を市民に紛れ込ませておいて、

密かに勧誘を行いつつ時期が来るまで潜伏させるという方法。

これが効果的に機能するのは、

寧ろトランプ時代に米国とタリバンが和平交渉を行った点です。

 

【X Dayを示さねば機能しない作戦とも考えられた】

人間の心理上、X Dayを示さねば

勧誘と潜伏が上手く機能しないという点を上手く利用された。

いわば先の見えない話だと、

誰もが不安に駆られる現象が発生するため、

上手く勧誘しても裏切られて

作戦が暴露されてしまう可能性も生じます。

所が先が見え始めると人は意外と期待を募らせて、

逆に我慢することができるのです。

 

おそらくテロリストが使うマスターマインド・コントロールの手法で、

こうした心理の変化は研究されていたと思われる。

常に作戦の決行日を伝え、

その決行日まで普通に暮らさせて潜ませておくという方法は、

その手口からも見られるもので、

まあ、テロリストに限らず

銀行強盗などの犯罪にも使われるものと考えておくべきです。

 

故にタリバンはX Dayを確保する必要性があったと言えます。

そのX Dayは米軍がアフガニスタンから撤退する日です。

そこが示されれば反米感情を

露わにする人を中心に勧誘も出来ます。

勧誘の条件は以下の通りです。

 

①米国の傀儡政権に対する不満を口にするもの

②イスラム主義の思想と合致した思考

 女性の社会進出に不満を抱く人など解りやすいものです。

③米国の存在を抑圧的に考え不信感を抱いている人

 

これら3つの条件が最低でも会話の中から垣間見える人は

勧誘の対象と扱い、まずは反米政治結社という形で参加させます。

 

あえて最初はタリバンと結びつけない形で勧誘するわけです。

いわば民主制の中の、

アフガニスタン保守政党=イスラム原理主義政党

として活動する形で勧誘していく方法で、

その組織内で反米感情を煽り洗脳していくわけです。

今の日本ですら旧帝国主義思想を洗脳する事は可能な話で、

ネット上でそうした思想が散見される点で理解できますが、

X Dayを持たない日本では単なる妄想で終わってしまうのです。

まあ、安倍政権などはX Dayを生み出すために

自衛隊の軍隊化を促進して、

海外への派兵を通じて徐々に帝国主義の思想に

X Dayを持たせようと普請しているのですが、

これこそ現代日本=経済国家日本に対する

反日行為である言う点は述べておきます。

 

逆に米国経済との繋がりと

グローバル経済の恩恵を受けている日本では

寧ろ帝国主義は生活安定面で

逆行する思想とも理解される話です。

しかし、アフガニスタンではまだその効果が実感できるほど、

経済的に安定していなかった。

それ故に米国に対する不満であり、

侵略されたという意識がアフガニスタンに多々潜伏していた点は、

否めない状況であり、

更にはキリスト教とイスラム教という宗教的な価値観の違いに、

キリスト教思想の抑圧を抱く感情もあったと思われる。

 

中東政策面で米国が見落としている部分は、

この宗教的な反発の存在です。

 

太平洋戦争後の日本が上手く統治できたのは、

日本という国が宗教的に混在していた点です。

日本は仏教、神道、キリスト教など

様々な宗教が取り入れられていた文化で、

ある意味、信教の自由という点では

アメリカや欧米よりも早くから存在し、

それこそ「うつけの兵法」の信長たまの時代には

それが既に認められていた訳です。

信長たまは一向宗の浄土真宗の崇拝自体は

禁止してないほどだった・・・はず。

 

それ故にアメリカの自由経済であり、

明治維新から独自で取り入れていた民主制に対して、

日本は寛容に順応できた。

 

しかし、中東諸国は日本と違って、

ほぼイスラム教の単一主教国家であり、

寧ろキリスト教的な思想の民主制の理解はそこまで浸透していない。

ここが最大の障壁だったのです。

 

これに対して武力支配のイメージが先行してしまえば、

自然とその国民は侵略政策という不信感を抱いても

可笑しくはないのです。

現状、日本でも60代以上の人には

米国の侵略政策という不信感を感じている人も多く、

日本の政治家、特に自民党の重鎮どもは

この思考を根強く抱いています。

50代から30代半ばにもその影響を受けた人も

多く存在するわけですが、

本来、日本はまだ独立していないという言い方をしている時点で、

間抜けな話で、

ただ単に独立国家としての自己主張が上手くできない

幼稚な国なだけです。

根拠と理由を説明して自己の主張を明確に伝えるだけの話ですが、

日本の政治家は国民にすらまともに説明できないレベルで、

国際社会を説得する力が備わっていない

という現実を受け止めるべきなのです。

とは言え、米国の存在に委縮する感情は

そうした思考でも垣間見ることができるように、

中東諸国も同じ様な思考で米国を見ており、

更には宗教的な反発も加わって、

民主制はキリスト教の抑圧に屈したものとも考えられても

不思議ではないのです。

 

【アメリカを魅了せよ】

トランプマンはバイデン政権の失態と揶揄しているが、

全ては彼の失態です。

おっさん先生は度々、「ATRACT AMERICA」

いわば「アメリカを魅了」せよと伝えてます。

宗教の壁を打ち破るほどの

文化的な価値がアメリカ社会にはある点を伝えています。

抑圧的かつ軍事的統治に於いてこの文化価値を押し付けても、

逆に反発する心理を植え付けてしまう。

トランプマンの外交姿勢は全てがこうした印象を与えるものでした。

イランとの核合意を一方的に打ち切った姿勢など言語同断で、

それによって寧ろイスラム社会にアメリカの抑圧姿勢に対する

反発心を育んだと言えます。

 

【文化が根付いただけでは意味がない】

いわばアメリカを模倣しても模倣した故に独自の文化として認識し、

アメリカの偉大さを実感しないでスルーしてしまう。

多くの日本人がそう錯覚している部分でもあります。

最近では中国もそう錯覚しています。

それは20年経てば、

その国の20代は当たり前の文化として吸収しているわけで、

その発祥への恩恵は、その国のものと認識されてしまう。

 

例えば7イレブン…

今でこそイトーヨーカドーが7イレブンを運営しているのですが、

元々はアメリカの会社だったのが、

それを知らない世代は

日本発症の会社だと錯覚してしまう現象と同じです。

コンビニエンスストアの存在が

寧ろアメリカより大きな地位を占めている日本では、

コンビニ文化は日本発症とでも錯覚してしまうという話と同じです。

 

世代が変われば、歴史的な恩恵は忘れ去られていく。

アニメの原点はディズニーなわけですが、

いまでは日本の文化として定着している。

 

文化とはこういう曖昧な形で浸透していく訳ですが、

アメリカという市場に魅力があるゆえに、

アメリカでの成功を目指す意識で、

その文化的なつながりを保とうと考えるのです。

アメリカが世界の文化を受け入れる受け皿であるがゆえに、

魅力的な市場と成るわけですが、

イスラム教への受け皿としては

未だかなり薄い点があるのも事実です。

 

ATRACT AMERICA 作戦では、

アメリカに自然と憧れを抱かせて、

アメリカでの成功を夢見る若者を育むことが目的です。

そこに各国の保守的な大人の偏見を受け付けさせない、

世界の文化融合に徹底することが世界戦略の鍵なのです。

 

これは以前にイソップ物語の「風と太陽」を例に挙げて

説明した通りで、

戦争による支配は「風」でしかなく、

その風を吹かせている中で、飴と鞭を用いても、

あえて雨と鞭うつ熱さと比喩出来ないものとして、

人は常に風に煽られるという方に警戒心を抱くのです。

いわば現実的な言い方で言えば、

戦争によって支配されたという風に抵抗するため、

本心を隠すコートを脱ぎ去ることはないという状態です。

この風を用いた状態で完全な支配を行うには、

実に若い世代が風の存在を意識しなくなるまでの年月、

いわば50年=知らない世代が50歳になって

社会的マジョリティになるまで待たなければならないとも言えます。

これは中国にも言っておくべき話ですが、

どれだけ中国が今から世界の覇権に向かったとしても、

中国をまともに受け入れる状態が構築されるには

50年以上かかるという話で、

未だチベットもウイグルの政策もまた香港に対しても

中途半端な状態になっている点を十分に理解するのなら、

無駄な覇権行使を行っても

中国に心服する事はありえないという事も言えます。

逆に、金ある方にすぐ寝返る状態の覇権ゆえに、

アメリカが警戒するほどの脅威にもならない…本来は。

 

文化による魅了は「太陽」を意味するもので、

人はその心地よさから心のコートまで脱ぎ去るのです。

今ならインターネットを知り動画などを通じて

世界が簡単に垣間見れる。

人は祭りに興味を示し、その華やかな雰囲気を感じさせるだけで、

自然とそこへの憧れが浸透していく。

この方法としては別段アメリカを強制して見せる必要もない。

イスラム社会のドバイをより華やかに見せることで、

欧米文化と通じた雰囲気を

イスラム社会に浸透させやすくなるとも言えます。

 

これは寧ろ日本が起爆剤と成って、

アジア地域の文化意識に影響を与えた点でも効果を理解できます。

ある意味、香港もその一躍を担っていますが、

華やかな文化に憧れ、韓国、そして中国も、

グローバル社会への意識が変化した。

大きな戦争を用いることなく、

中国はアメリカ的な文化を取り入れざるを得なくなり、

今でこそ台頭しているように見えるものの、

経済的なつながりを無視できない関係にまで構築されたわけです。

反中思考が日米に残存して、中国脅威論が囁かれる今日ですが、

経済的な繋がりの無い状態で現状に達していたのなら、

米中は既に戦争をしているはずで、

少なくともソビエト連邦との間で発生した冷戦状態は構築されている。

その辺の違いも理解した上で、

対話が通じる現状を上手く活用してグローバル戦略を考える方が

アメリカの国益にかなう形が維持されるという事は伝えておきます。

 

これをイスラム社会にも浸透させる意味で、

ドバイに経済とイスラム文化の中心を構築させ、

ドバイ=UAEへの憧れからイスラムの若者の意識変化を促すのが、

より健全な形で浸透するという戦略です。

 

これは全ての覇権を意識する者にいう話ですが、

風と太陽いずれの方法も50年の月日を想定します。

一方の「風」では、50年間の戦費として国費の支出が必要と成り、

度々反乱やデモなどに遭遇し、

それだけ多くの犠牲者と怨恨を植え付け、

いわば最短で50年という見積もりでしかないのです。

日本は今でこそ安保上の米軍基地ですが、

米軍基地が70年経っても置かれている点で、

米国の戦後支配が継続していたという点は間違いではない。

ただし米国の政治上でも戦後支配という意識は

世代的な忘却もあって存在しておらず、

今では同盟国という意識の米軍基地であることを

理解せねばならない。

それに加え日本人は戦後20年経った時点で

高度経済最長を始めており、

寧ろそれは米国が太陽政策の形に転換する切っ掛けにもなり、

日本の経済を支えたことも寄与して、

早い段階で支配から同盟国への意識へ変化したともいえる。

それは当時の日本人の頑張りと強かさもたらした

想定外の関係であり、

米国は寧ろこの奇跡が他でも生じると考えるべきではないと言える。

この奇跡的な関係性はまた違った形でドイツに対しても当てはまり、

両国に共通していえるのは経済を再興するだけの技術力が

備わっていたという点である。

 

一方、太陽政策ならば、

無駄な戦費は必要なく、寧ろ民間による投資で賄えます。

逆に最長で50年という見積もりに成り、

早ければ10年か20年以内には決着がつく。

その間に少しでも「風が吹く」気配を漂わせれば、

その期間はそれだけ伸びるだけの話です。

太陽政策の裏付けは、東南アジア諸国を見れば理解できる。

日本やドイツと異なり技術的に後進国であった彼らが、

中国の発展に感化されて

文化的にも経済的にも向上心を抱いて成長していった。

見方によっては中国の資本が入ったり、

または中国の脅威論も寄与して成長が促進されたともいえる。

ただ、戦争なくして2000年以降成長を遂げて、

グローバル経済に組み入った点で、

米国または欧米的な価値観は安定的に

共有されていったのも事実である。

 

【アフガニスタンはベトナムを例にせよ】

現状タリバンに支配されたアフガニスタンの国民は

非常に可哀そうな状態に陥ったと言っていい。

それは甘味を覚えた人間から

その甘味を取り上げるような仕打ちに近い。

民主制という制度は政治的な権力争いでしかないため

正直どうでもいい話で進めるが、

その制度に付与された自由に開かれた社会という甘味は、

とてつもなく魅力的なものだ。

それを再び奪われて、閉鎖的な環境に堕とし込まれることは、

実に刑務所で暮らすような状態である。

唯一の救いは、寧ろ逆に

イスラム教という宗教の教えであると言っておこう。

タリバンは緊縮を強いる意味でこのイスラム教の教えを用いるが、

本来イスラム教の緊縮は、

逆境を耐えるための術として教えているもので、

苦しい環境に人間を適応させ存続させる意味で偉大なものなのだ。

それは強いられるべきものではなく、寧ろ生き抜く術として教わり、

自制によって守られるべきものなのだ。

しかし、あえて苦しい環境を強いる事を望むべきではない。

寧ろ人類の発展によって苦しい環境を克服する術を得たのなら、

その環境で厳粛に暮らせばいいという教えであるはずだ。

そうでなければ人間の発展を見定めていない事に成る。

タリバンの原理主義の思想には恐らくこの適応力がない。

それでもアフガニスタンの国民は

タリバンが齎す圧政ともいえる環境で

寧ろイスラム教本来の生き抜く適応力で耐え忍べると思う。

そこが寧ろ唯一の救いである。

 

10年…20年の時を要するが、

インドの経済が今よりも大きく発展して、中国と同程度にまで成長すると、この地域の大きな起爆剤として寄与してくる事は、

ハッキリと解る。

そうなることで先ずはパキスタンの国民意識が変化し、

インド経済に対抗するようにグローバル思考が浸透する。

更にはドバイが起点と成って、アラブ諸国をより刺激して、

パキスタンの変革とともにイランの意識改革が進めば、

自然、アフガニスタンのタリバン政権は世界から取り残されていく。

その時に経済的に降伏させることで決着とすればいいのだ。

ベトナムもベトナム戦争を得て、アメリカから離れたが、

今と成ってはグローバル経済に取り込まれ、

寧ろその世界に依存してきた。

 

こうした戦略こそアメリカが用いるべきもので、

中国がタリバンを取り込んでもミャンマーの軍事政権を取り込んでも、

気にする必要はない。

何故なら圧政のもとでは経済は決して発展しないのだから。

寧ろ東南アジアやインドへの投資を活発化させて、

それら後進国のまま取り残された状態を放置していればいい。

そして軍事的に威嚇しても、

グローバル経済が団結してこれに対抗する姿勢を持てば、

無謀な自爆戦争を考える事すらないと言える。

 

【圧政では成長しない理由】

グローバル経済のポイントは内需拡大である。

外需に依存すれば価格競争を引き起こし、

新たな外需となりうる国を圧迫してきた。

いわば、中国や東南アジアの労働力を低賃金で働かさせて、

日本がアメリカの市場において

価格面で優位性を保とうとしていた時代では、

それらの国は賃金格差から需要として機能しなかった。

所が、これらの賃金が向上することで物価は上昇したが、

新しい需要もそれだけ増えたわけだ。

これがグローバル経済の序章である。

すると今度は新しい市場を取り合う事で競争原理が働くわけだが、

逆の発想でその市場の需要を維持しなければ、

結果として競争する場としての機能も失われていく。

こうした環境で言葉を割愛して、

全世界の状況を精査するという言い方でまとめると、

結局は各国が内需を安定的に構築する形の方が、

グローバル企業としても利益が安定してくるという話になる。

各国の内需には2次的製造業いわば

グローバル企業の下請け以外に、

衣食住に関わるサービス業と製造業、

また輸送などといった場で雇用が生まれ、

先進国の為に活用されていた部分が、

内国の為の活用に広がっていく。

この循環からそれらの国でも

グローバル企業の製品が購入されるようになり、

最終的には大きな利益として寄与するのです。

現在のグローバル社会はここに位置します。

 

所が北朝鮮を例に挙げても、

圧政下の国をどれだけ支援しても、

内需を構築する上で支障をきたす為、

その国は活性化されないのです。

いわば国の上層部が利益を搾取してしまうわけで、

外需から下請けとして製造の受注を請け負っても、

労働者は低賃金で使って請け負った国や企業が

その差益だけで利潤をあげても、

結果、その国の衣食住のサービス業は回転しないわけです。

いわば労働者が余剰金であり余暇を持て余せば持て余すほど、

衣食住のサービス業にお金が落ちるのが基本なわけで、

そこを抑制してしまう状態では、

何の需要も生まれないという話です。

「金は天下の周り者」

これ実は基本的な経済論なんです。

 

日本の内需が伸び悩むのも、

結局企業が労働や下請けにケチ臭い環境で回そうとするから、

その他衣食住の経済も滞ってしまうわけです。

これをデフレ現象というのは、

お金を持たない人への需要は安い方が有難いに成るからで、

本当はもっといいものが欲しいけど、

安いもので我慢しなければという思考ゆえの作用となり、

安いものじゃないと売れないから、価格競争にも発展するのです。

それ故にそのデフレ作用から賃金も安く雇ってしまう。

また、余暇という面でも、残業なんてさせたら本当は経済に悪い。

残業なく平日でも遊びに歩ける暇が出来れば、

それで自然と衣食住の関わるサービスにお金が落ちます。

 

ただ、日本でもいろいろ麻痺している状態で、

圧政の社会でより非効率な経済が構築される点は解ると思います。

 

よって中国がどれだけ圧政社会の国を取り込んでいっても、

結果なんの役にも立たない軍事的な提携でしかないという事です。

 

寧ろアメリカは内需の構築が上手く機能する国々と

協力する形で連携を深めて、

この経済圏への参画を魅了していく方が効果的なのです。

その上で国連憲章に準じて侵略行為は許さない姿勢を共有して

国際社会で一丸となってこれの抑止に努める形で

リーダーシップを発揮すれば、もともと理想的な形ゆえに、

アメリカの影響力は担保されます。

 

最終的には国民が権利主張を強く求め、

それが司法上認められる国で無ければならないのですが、

必ずしも民主制だからと限った話ではないです。

ただし、民主制の方が基本的には機能しやすいが、

政治家の質であり、国民の権利意識にもよりけりです。

 

アフガニスタンは結果、撤退という形で

タリバンに一杯食わされた形だけど、

本当の勝負はここからなのです。

 

中国との覇権争いは意識する必要性はない。

トランプマンの様な姿勢では寧ろ中国の思うつぼで、

米国がグローバル経済と連携して強調して維持していく姿勢ならば、

多くの国が米国とともに共有すると言えます。

その姿勢が中国が覇権を狙う意味で一番の脅威であり、

寧ろその姿勢ならば中国のみならず

ロシアも歩み寄る方向で姿勢を変えて来ると言えます。

 

中国とロシアは米国の傲慢さが嫌いと言った姿勢なんです。

世界に盟主はあってもローマは要らない。

米国が世界の中心であり続けることは構わないが、

米国が世界を支配することは許さない。

それは中国、ロシア以外、内心欧州各国が抱いていることです。

米国はそこをよく理解した上で、

外交を考えていかねばならないのです。

 

米国は正義のつもりで行動しても、

全ての軍事行動は怨恨を引き起こします。

正直、米国の戦争で一番正解だったのは、

パパ・ブッシュの湾岸戦争です。

世界各国の同意を得て、軍の規模に関わらず

各国が国連憲章の為に派兵するものならば、

米国への反発は避けられる。

そうした国連上で法治的な議論の上、

中国とロシアが反対するのなら、

寧ろ反対する側に非が感じられる。

 

まあ、元々イスラム諸国に反米感情を煽れる状態で居ることは、

こうした戦略で不利に働く点はブログでも指摘してました。

米軍は犠牲を払ってよく頑張ったと思うし、

寧ろ戦場に居た兵士たちはこの状況は悔しいいと思う。

彼らは米国の正義の為と精神を削りながら奮闘していた訳で、

米国民はそれは敗戦などと簡単に締めくくる話にするべきではない。

トランプマンは自分のやらかした失態を理解することなく、

現政権の失態とののしっているが、

撤退の原因を作ったのも、タリバンが奪い取ったのも、

全てはキサマの責任だ!!断言しておこう!!

 

キサマがアメリカ・ファーストなどと言って、

イスラム諸国に米国の傲慢さをアピールし、

寧ろ米国の正義の意思を失墜させた。

これでは上手くいくものも上手くいかないのは当然で、

米兵たちの苦労が水の泡と消えたも同然だ!!

 

戦争をするというのは、敵に対してもその正義が伝わらねば、

敗者に恭順を得ることは難しい。

敵が負けた時に負けたことに納得する戦いができてこそ、

真の勝者と成りうるのだ。

 

今回の事件は勝者である側の政治的なミスによる失態で、

軍事的な失態ではない。

 

米国の正義は世界の秩序を守ることがその行動の説得力で、

米国の価値観を植え付けることは

敵に対してけっして正義とはならないという事です。

これは米国のみならず、中国にもロシアにも当てはまる事で、

秩序の議論から外れた戦争は無意味であり、

秩序の為の軍事行動は議論され逆に決行されるべきです。

それでこそ世界中の国々に対して

戦争を抑止する意味が理解されるのです。

 

米国はこの件でバイデン大統領を批難するのではなく、

彼とともに米国の本来あるべき信頼をよく議論して、

米国の正義というものを見直す切っ掛けとしてほしいです。

どうも・・・ショーエイです。

時事ネタとしてDaiGoだっけ?

なんか炎上してるみたいですけど…

元々彼はマジシャンですから…メンタリストではありません。

 

では、生活保護とホームレスに関してです。

憲法上の理由では、生命の健康的存続というような意味で、

生活保護は法制化されているわけですが、

ある意味、なんで必要なのという根拠意味では、

説得力としては不十分です。

 

こんな人たちをある意味税金で養う必要あるの?

と、考えてしまう若者も多いと思います。

それを道徳的に大事だと唱えても、

社会的な反感を押しつぶすように抑え込んでいるだけの

話に見えてきます。

 

人に何かを説く場合、何らかの利害を意識させねば、

納得に近づくことは難しい。

そういう意味で生活保護が何の効果をもたらしているのか、

よく考えてみましょう。

 

【人間は食うために人も殺す】

生活困窮者を放置すると犯罪もそれだけ増えます。

まあ、殺人事件とまでは言わずとも、

窃盗…おおくは万引きといった事件は増えるでしょう。

逆に、食えない状態で居るのなら、

刑務所で安定的な食事にありつける方が

楽なんて発想もあるくらいです。

単純にこうした社会的暴挙に走らせない為に

生活保護して抑止すると考える方が良いのかなと思います。

 

無駄に犯罪者が横行すると組織化も強力化して行き、

それだけ取り締まるのも困難になって来る。

ひどい国に成ると対応しきれない警察は犯罪組織に囲い込まれ、

社会は腐敗した状態にもなりかねないのです。

そういう意味で今の安全な日本を考えると、

生活保護でそうした潜在的な要因とならないようにしているから、

治安面でもまだまだ安全な国であるわけです。

 

【一方、ホームレスに関しては…】

健康体ゆえに生活保護の対象に成らない人も多いかも知れませんが、基本的には殆どが生活保護を受けられるはずなのです。

それでも一部のホームレスが主張するように、

「税金の迷惑に成りたくない」

といった感じでどれだけ苦しい環境でも自立意思を以て

ホームレスをやっている人も多いという事です。

そういう意味では生活保護を受けた人たちより立派に見えなくもないと思うし、寧ろそういう意識でホームレスをやっている人は、

よほどの事がない限り、犯罪に向かう事も日本では少ないとも思えます。

 

こうして彼らの事を考えてみると、

税金使って保護する意味は多少理解できるのかなとも思えるし、

彼らの人権を尊重することの大切さも少しは解るんじゃないかと思います。

 

生活保護を受けている人の一部には、

精神的に感情的な犯罪を犯す危険性の人も交じってます。

どういう人かというと、

上下関係などの社会構成になじめず、

殺人を犯す危険性を備えた人もいるという事で、

生活保護無しに考えて、こういう人たちと

上手く働ける自信がありますか?

 

まあ、僕の知る限り…

彼らを否定する若者たちみたいなのが、

運悪く、そういう人の上司として立ったら、

間違いなく殺されるという可能性が大に生じるという事です。

 

それでもかまわないという意味で

安易にそういう人権を否定し続けるなら、

ちょっと昔のアニメ「地獄少女」のセリフから…

「いっぺん死んでみる?」

と、言ってあげます。

 

まあ、全ての生活保護者がそういう人たちではないのですが…

精神鑑定上で知る限り、一部にそういう危うい人はいます。

そういう意味でも保護してる方が安全なのでは?

どうも・・・ショーエイです

日本人は日本人としてのプライドがないの?

まず最初に、

IOCのバッハは来日直後、中国と日本の違いすら解かっていなかった。

寧ろ、日本を中国の属国と言わんばかりの発言をした。

こんな奴が提供しているオリンピックを喜んでどうするの?

 

スポーツと政治を分離して考えるなら、

アスリートが競技に勝利した努力は栄誉として称賛してもいい。

ただしICOの提供した金メダルには価値を感じない。

 

本来日本人としてのプライドがあるのなら、

強引なまでに開催された大会を勝ち上がって優勝した時点で、

IOCが提供したメダルをゴミ箱に捨てるくらいの気構えを持ってほしい。

もしくは金メダルを辞退するくらいの姿勢を持ってほしい。

 

今のIOCを許さない、バッハの様な人間が支配するIOCを許さないという姿勢は寧ろ称賛されるべきです。

 

所が日本人にはこうしたプライドすらなく、

また、そういう意識すら忘れて、IOCが提供するメダルに一喜一憂するありさま…この方が寧ろ非国民です!!

 

日本の選手が頑張った事は大会が開催されている以上、称賛を与えたいという気持ちは否定しません。

それは日本人に限らず各国の選手に対しても同じです。

ただしそこで提供されるメダルはゴミなわけで、

独裁的なゴミのIOCが提供しているものを喜ぶなら、

その姿勢は政治的な意味で否定します。

 

スポーツとしてどんな大会でも、それに優勝する、または勝敗が決まるまでが競技で、栄誉を受けるのは政治です。

善良な政治の中で受ける栄誉ならば、それは名誉として受け入れるべきですが、悪しき政治が齎した栄誉ならば、寧ろそれは不名誉なのです。

今のICOは悪しき政治で運営されているのは周知の話。

また、その代表であるバッハは日本を中国の属国の様に言い放った人物です。

日本人は鳥と同じ記憶力しかないの?

寧ろ、あんな洒落に成らない意識で日本に来たクソ野郎に媚びて恥ずかしいと思わない方が不思議です。

 

ハッキリ言う!!

日本人にとってオリンピックのメダルは不名誉かつゴミでしかないと!!

与えられた大会に全力を尽くすまではスポーツの世界故に、国の為に戦うことは誇りに思う!!

しかし、不名誉なゴミを手にして喜ぶなかれ!!

選手は百歩譲って仕方ないと妥協しても、

特に日本人としてそれを目撃して喜ぶな!!

 

このオリンピックは既にそういう複雑な大会なのです。

ゴミの個数を競い合って喜んでどうするの?

各競技の優勝の瞬間だけ喜んでほしい。

ゴミがいくら増えようが、正直どうでもいい。

サッカーが好きな僕としては、

男女で頑張って優勝してくれればと思うが…

メダルに興味は無いです。

最後の決勝まで彼らの勇士が見れれば十分。

それで勝ったらその勝利を喜んで終わり。

 

ゴミを受け取る姿は見たくない!!

 

まあ、言うなればそういう事です。

 

どうも…ショーエイです

馬鹿の故事で有名な宦官趙高の生まれ変わり菅義偉・・・

何となく顔まで似てきたわけですが…

人相で見ると、嘘つきの人相です。

 

巧みな嘘つきというのはどういう嘘つきかを説明します。

 

【馬鹿の故事通りの嘘】

日本の政治家は映画のタイトルにもなった「記憶にございません」に似た言葉をよく用います。

「秘書が勝手にやった事で、私は知らなかった…」

前首相はこんなことを言いました。

でも、アホ前首相が自ら法制化した組織犯罪処罰法改正案を適応するなら、「共謀罪」に該当する行為です。

本来ならOUTな事も、結局は権力を以てその適応から外れ、国民に共謀罪の事すら触れさせないように隠蔽したわけです。

国民は暴対法対象組織やテロリストと政治家は別と考えてしまうわけですが、政治家が本来国家に対して不正を行った場合は、国家反逆罪まではいかずとも、国民に対する背任罪は成立します。

よってこの背任罪に対する「共謀罪」は同時に適応されるべきなのです。

ある意味、アホ前首相は本当に間抜けなほど

 

嘘がバレても圧力で無かった事にした

 

だけの人です。

これを追求しなかったのは、日本国民の不幸な話か…

追求できる力も頭脳も、野党や正義感のある官僚が持ち合わせていなかったという話なだけです。

まあ、こうした事を当時官房長官として主導したのが

 

くさった(草冠)方の官の菅義偉だったわけです。

因みに猛った(竹冠)だけの官は管直人です。

 

【内心アホ前首相を馬鹿にしている腐った官】

嘘がすぐにバレてしまう前首相のフォローを宦官として火消しをやっていた腐った官こと菅は、最初こそ自分の政治手腕でアホ前首相を見返してやろうとしたけど…結局は腐った頭では腐らせた国を蘇らせることすらできなかった。

国民の大半は、腐ったものをあえて見たくもないという状態で、政治に無関心。

一部の国民は腐っているにも関わらず、飢え(認知欲)から腐ってないと信じ込み、腐ったものを食べて病に罹る始末。

結果死に体状態でゾンビ化して、善良な国民に噛みつき(ネット上)、どんどんとゾンビを増やそうとする有様。

 

結果、腐った官こと菅は、結果が出ない状態で権力の基盤を維持するため、嘘のつき方でアホ前首相を凌駕する事に終始したわけです。

前首相と違って、私の方が嘘を用いる術に長けていると証明する形で。

 

【過失を用いた嘘】

「知らなかった」は過失だが、共謀罪という観点であり、暴対法にも適応される教唆という部分での責任で法律を考えると、雇用者責任の意味で罰せられるのが当然と言えます。

本来の民主国家なら、この責任は政治家にも適応されます。

しかし、政治家や官僚を除外対象にする圧力で事なきを得ていたのも事実で国民はそれに対する民主的な危機感すら抱くことは無かった。

ただ、誤魔化してきた当人たちは自分たちが苦し紛れでやってきたことは自覚しているわけで、「国民が馬鹿でよかった」という点で一致しているのです。

心理的な分析を用いてこうした経緯を洗っていくと、腐った官こと菅が次に打って来る「嘘」の手法も予測が着きます。

 

〈知らなかった、聞いてなかったは任命責任者としての過失〉

知らなかった、聞いてなかったは、本来任命責任者の過失に成ります。

国民には追求されなくとも、権力争いの最中の自民党内では追求されてくるのです。

そこで腐った頭の菅は、全ては「報告ミス」という事に過失をあえて下の人間に擦り付ける方法を用いるわけです。

 

例えば新型コロナの感染者数・・・

メディアは感染者数しか注視して報告しなくなりました。

一瞬だけ、何人がPCR検査を受けて、その上で感染者数が何人だったという報道がなされていたわけですが、今ではPCR検査をした数はほとんど不明です。

本来政治家が腐っていなければ、何軒のPCR検査を実施したかまで気に掛けるところです。

ところが腐った頭では、検査数を出せば国民は検査数がいまだ少ないことに気づくわけなので、検査数は出さない方がいいという判断で調整していきます。

定例報告でも感染者/検査数という報告ではなく、感染者のみの発表に再び戻して、国民の関心が上手く反れるように、あえて第3波、第4波という波を用いたわけです。

いわば波で感染者数が増えるようにPCR検査対象まで調整し、緊急事態宣言時には逆に感染者が抑え込まれたかのように調整する。

実は、少ないPCR検査数だと、誰を検査するかを調整することでこの数値も多少調整が効くからなのです。

検査対象者の優先度でクラスター関係の検査だけは確実に実施します。

その他の対象者は、波を起こす際は、発熱患者を優先的に検査すれば感染者の数は何気に稼げます。

逆に緊急事態宣言時は、むやみに外出できないという条件を逆利用して、希望者であり緊急発熱以外の検査予約を多く受け付けて、いわば感染している確率の低い人間の検査を優先することで感染者数を減らすわけです。

PCR検査の量が多いと、むしろこの調整は難しくなります。

いわば発熱した人に直ぐにPCR検査を実施できてしまうからです。

検査の量が少ないので、あるいみ予約制という形で保健所の裁量で日にちを調整することが出来てしまうのです。

正直、どこまでこの調整を行っていたかは確証はありませんが、少ないPCR検査数ではこうした状況を用いても、検査能力不足理由に操作できてしまう点は言っておきます。

その上で以下の内容を確認してください。

 

〈科学的に考えると意味不明〉

新型コロナの波が増えて都内感染者が1000人を超えると、人々の目は検査が全うに行われた結果、感染爆発が起きたと錯覚します。

ところが…その時点でも他国に比べて1/10の検査数しか実施されていないわけで、実はその数値すら怪しいのも事実だったのです。

オリンピック開催を正当化する腐った首相は、イギリスに比べて感染者数は少ないと言ってますが…実際にPCR検査を実施している規模もいまだ1/10程度です。

Template:COVID-19の流行データ/PCR検査数の推移/日本 - Wikipedia

WIKIに面白いデータが記載されていたので参照します。

そこでは日本国内の検査数は1日10万件以下という数値が散見します。

更には累計検査数でも1800万回程度です。

ワクチン接種が20%以上で、累計検査数が20%前後という数値も怪しくないですか?

結局、こういう数値を誤魔化して感染者数のみを上下させることで、緊急事態制限が効果あったものと錯覚させることも出来てしまうわけです。

因みに上に提示たデータは東京都のものではなく、大阪、那古野、横浜といった大都市を含む全国規模のものです!!

更には累計の1800万回にには真面目な国民が1年に何度か受けた数値も入るため、このデータだけでは結果1000万人に達したかというレベルの可能性もあります。

因みに全国規模で10万件の検査数に対して1万件超えたら…感染率10%ととんでもないパンデミックに成ります。

データを確認すると…2021年7/26日(月)・・・ブログ作成時のつい一昨日の話ですね…

なんて2万件の検査数に対して・・・

5000人の感染者って…感染率25%だよ!!

なんじゃコリャ!!

 

腐った首相はこういうデータ検証もせずに、感染者数の報告しか報告されなかったという事実を盾に…

「厚労省は何をやっているんだ!!」

という形で責任をすべて丸投げする算段みたいです。

さて・・・これでは「知らなかった」と同じ扱いに成るのですが・・・

菅が腐ってるのは「圧力」を掛けてこの報告させなかったことを手法として用いてる点です。

 

一件、感染者数が増えると「感染対策が出来ていない!!」

と叱り飛ばし、「君には能力がないのか?」

という形でプレッシャーを掛けます。

おお、何となく感染対策に一生懸命だ…

なんて錯覚することですね。

実際、会社の上司からこう責め立てられると、結果を出さなければ首に成るというプレッシャーが生じます。(パワハラ案件)

その上で中には結果を上手く調整して報告する算段を働かせるわけです。

企業が株主への報告で良く用いる粉飾決済もそれに近いです。

よって政治家も同じ思考が働くのです。

それを腐った菅はよく知っている。

 

すると自民党の政治家レベルだと…上手く数値を誤魔化す方法を用いて報告し、宦官趙高こと菅のご機嫌を取っることに終始します。

因みに数値を誤魔化す手法は上記にも述べたように、アホ前首相の時からやっていたことを継続しただけのことです。

いわば検査数を抑えて調整するような…

逆に検査数に対して感染率がX%で、当日の感染者が何名でしたという正確かつ真面目な報告をすると、

菅はあえて、

「私は忙しいのに細かい報告でこちらに押し付けるな!!大事なのは感染者の方だ!!」

と意味不明に切れるのです。

これもパワハラを用いた下への圧力で、

いわば、「自分の裁量で行って、私に報告するな!!」

という意味を込めているのです。

菅のメディアでの言動を犯罪心理学で分析すると、こうした裏まで見えてきます。

よって菅には感染者数しか報告されない状態が成立するわけです。

日本国民には、この暗部のやり取りは見えません。

よって検査数が著しく低く、感染者数も実際より少ないという指摘を追求しても、厚生労働大臣と厚労省の責任として丸投げするだけで、あとはトカゲの尻尾切りです。そして任侠映画見たいに泥を被った功績として、時間経てばそんなことは昔話で終わる…

という対応で下に口封じをしてしまうのです。

上記の会話の流れを見ても、一見新型コロナ対策を注視して下に指示を出しているかのように見えます。

下が仮に口を開いても、下が勝手に勘違いした事と言いきれてしまうような流れで…証拠のレコーダーが出ても錯覚で終始できる内容と成るわけです。

腐った菅の様な犯罪思考だと、こうした手口は賢く用いるだろう事は予測がつきます。

ただ、この手口は犯罪組織が使う手口と同じで、実際に国民はしっかりと内容を見極めなければならないのです。

本来、感染対策に注視している状態では、その国のトップである責任者は全ての情報を的確に把握しなければならない。

これは必須であることを国民は妥協せず注視するべきなのです。

よって寧ろ、

「検査数と感染率、感染者の関係性はどうなってるんだ!!」

と切れるのが適正で、そこも含めて国民に報告した上で感染対策の協力を求めるべきなのです。

感染状況の報告が感染者数に限られた、現状のマスコミが行っている報道を逆算し、更に犯罪者…腐った首相か…の言動を分析し、直近で放った言葉…

「イギリスの1日1万件に比べて、我が国の感染者数は少ない」

に照らし合わせて考えると…

誤魔化し感染対策で世界中を騙せているという点に自信が漲っている心理が見えます。

よってその自信の裏付けと、万が一の逃げ道を計算すると…

まあ、上記のような方法で確信犯的に政治を執っていることは明白です。

 

運が悪かったのは…この程度の犯罪者をよく知っている人物がこの世にいた事ですね・・・なんてね…

 

まあ、WIKIを通して正確な検査数まで把握できたことに感謝します。

因み尾身会長も元々アホ首相と検査数の誤魔化しで共謀していたこともあって、今更、宦官趙高に逆らえない状態である点も言えます。

秦の始皇帝の死を隠蔽した、趙高と丞相李斯の関係見たいだね。

 

歴史を紐解いて見ていけば…

三国時代前後漢の何進が無能とされながらも

10年近く権力を握っていた時代が不思議に思えるのですが…

アホ前首相が同じように権力を握っていたわけで、

それを許していた日本国民は腐敗状態を満喫していた事に成るわけです。

ある意味…三国志の腐敗と照らし合わせて見ても不思議。

更には今度は馬鹿の故事で有名な趙高まで登場するありさま。

秦の始皇帝の死を隠蔽した事と、新型コロナの実態を隠蔽してオリンピックを開催した愚行がある意味重なるのですが・・・

日本人は腐ったゾンビたちにオリンピック開催の正当性をネットで噛みつかれて、ゾンビ化して行く感じなのかな…

ゾンビ・・・まさに恐るべし…

 

ボロカスついでに…

なんか…ヒトラーのファッション真似てない?

頭の隠し方…

 

そういえば…開会式の視聴率…50%超えとか言ってるけど…

多分、これ瞬間視聴率(一瞬跳ね上がった視聴率)の最高値だったと思うよ…

これも結局、ビデオリサーチ社が共謀してデータを公表しないという前提で瞬間と平均を間違えて報告しましたで誤魔化してる感じに思える。

実際…あんなもの平均的にずっと見れるとは思わないです。

その上で…菅は嘘がバレても…

「報告が間違っていた!!けしからん!!」

で、下に責任を押し付けるだけです。

最低最悪なトップと言っておきますね!!

 

〈開会式を評価する人に対して〉

国際的なイベントの開会式なのでその批判に対して抵抗心を抱くのは解ります。人それぞれの感性だからで割り切って終わらせようとしているけど…日本の子供たちの将来の感性を育む意味で考えた場合、

あんなものを評価してあの程度で満足してしまう社会は、将来的にも程度の低いものしか生まれないことを意味します。

悪いものは悪い!!

ハッキリと社会が示すことで、それを知った子供たちは更なる向上心を意識して活動していくのです。

日本の将来の為に、なあなあで終わらせるのは止めにしてほしい。

なあなあで終わらせて世界に評価されない日本に貶める事こそ本当の非国民で、腐ったゾンビ化を蔓延させないでほしい!!

 

まあ、馬に念仏ならぬ・・・

ゾンビに念仏・・・かな…結局は

その心は…

浄化どころか成仏すらしない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも・・・ショーエイです。

いつもの公共行事なら、翌日あたりに…

「視聴率XX%でした!!」

という感じの報道が散見するのですが…

 

開会式の視聴率が全く出てこないですね。

30%行かなかったからですか?

それとも10%代だった?

 

正直、開会式…3秒で見るのを止めました。

実はこれ他の人とは違う理由です。

 

開会式がテレビでしか見れない状態で、

どうしてNHKは音声解説者を付けて放送したんだ?

即、臨場感無くなった!!

 

ああいうセレモニーを中継するときは、寧ろ音声の解説は邪魔!!

解説入れるならテロップにしてくれ!!

 

ハッキリ言って時代遅れの放送故に見る気が失せた!!

 

あんな解説ついて説明交じりの放送で

よく感動したなんて言えますよね!!

 

オペラや歌舞伎、劇場にいちいち解説付きで見せられるようなもの!!

芸術を鑑賞する感性すらない!!

と、はっきり言わせてもらいます。

 

そういう意味では式の出来栄え以前の話なのです。

そのため式典自体は見てないので酷評すら出来ません!!

 

ただ…3秒と様々な情報を元に、その雰囲気的な印象を語れば…

 

オリンピックの開会式?

あれはオリンピックとIOCの葬式だった!!

 

ご愁傷様です。

 

オリンピックとIOCの葬式でないのなら、

日本国の葬式ですか?

仮に全世界の新型コロナの犠牲者を

追悼する葬式として行っていたのなら、

ああいう質素な式典は寧ろ評価を得たでしょうが、

結局はそういう人たちは言葉上で追悼しただけで、

オリンピックを強引にやりますがメインでしょ…

 

ハッキリ言えば、オリンピック、IOC、日本国が死んだ…

そういう葬式を自分たちで営んだだけのことです。

 

本当にご愁傷様ですよ!!

どうも…ショーエイです

新型コロナがどういうものなのか、ちゃんと先ず理解してほしいです。

その上でワクチンがどういうものなのかを理解して、

オリンピックを考えてみましょう。

 

【新型コロナはコロナウィルスとして変異してきたもの】

過去にコロナウィルスが登場し、その都度人類は撃退してきた。

はず・・・なのですが…

サーズやマーズ、エボラ熱とコロナウィルスに限らず、

ワクチン開発によってそのれらの脅威を克服してきたわけですが、

10年くらいのスパンで最低でも新たな変異種が登場してます。

今回の新型コロナは現状ワクチン接種で

重症化、死亡するリスクがほぼ無くなるという事は言えます。

ただし、接種した個人のリスクが無くなるという話で、

コロナウィルスを体内に入れないという話ではありません。

そういう意味で言えば未症状の感染者になるという事は理解してほしいです。

また、過去のパンデミック終結から新たな変異種登場で再びパンデミックを引き起こしたという歴史を精査すれば、ワクチンがそのウィルスの変異系統を殲滅するという事は保証されません。

ただし、ワクチンを打てば現状では個人の命は守られます。

(副作用に関してはまだ不明ですが…とは言っておきます)

 

今回の新型コロナに関しては変異スピードが意外に早い点です。

1年程度で、イギリス株、ブラジル株、南アフリカ株が登場し、インド株の登場を得てデルタ株に現状変異してます。

ただし、ワクチンが現状ではこれら変異株にも有効であるという事から、感染力が強まる変異で留まっており、ワクチンの齎す免疫力を突破する変異にはまだ達していない可能性は言えます。

 

それでも懸念して考えるべきは変異する速度で、

ワクチン接種者=免疫保持者と複数の変異種が混在することで、

免疫突破型に変異する可能性が速まる危険性は多々にあるという事です。

 

【ワクチンに関して】

現状社会に出回る情報をフェイクニュースの可能性も含めて精査し、こうした科学的根拠の元で分析したところ、

ワクチンで重症化または死亡するリスクはほぼ無い状態は維持されているようです。

ただしまだ副作用に関しては情報不足と言っておきます。

それゆえに個人のリスクで考えてほしいという事は言えます。

 

ワクチン無しで高齢者などは新型コロナに掛かって死亡または重症化する可能性はかなり高いです。

コロナに掛かって4週間以内に死んでしまうリスクを望むのか、

副作用または更なる変異種の登場で再び新たなリスクが訪れる半年から1年を最低でも安全に生き抜く道を選ぶか、

そういう選択肢でもあるという事は否定しません。

ただし前者は現状の可能性で死ぬまたは死ぬような苦痛を受ける確率が高く、後者は未来の可能性である分、確率はそれだけ低くなるという事は伝えられます。

その上でワクチン接種に関しては、今後個人選択に依存するものと言っておきます。

 

ワクチンを接種したからと言って、新型コロナが体内に入り込まないというものではなく、免疫があるから未症状で留まれるという状態でしかない点は改めてご理解ください。

 

その上で、ワクチン接種者がスプレッダーになる可能性は十分に高いです。

 

また、ワクチンで得るものは新型コロナ対する免疫力だけで、体内で新型コロナウィルスと免疫体が格闘しているというイメージも想像してみてください。

そういう意味で現状ワクチンが齎す免疫体がウィルスより強いのですが、もしウィルスが免疫に勝つ手段を得たなら免疫突破型のウィルスとして変異することに成ります。

 

ウィルスが変異する可能性に関しては、人間の戦争ににたイメージで考えてみるのも大事で、ウィルスに新たな武器が提供されればされるほど強化されます。

では、ウィルスにとって新たな武器とは…?

ワクチンで得た免疫にそれに干渉されない別なウィルス、いわばコロナウィルスとは限らずにインフルエンザウィルスであり、もしくは別な要因で投与された抗生物質などから対抗手段を取り込んでいく変異がしょうじるという事です。

インフルエンザウィルスとコロナウィルスが合体することは無いとは思いますが、物質の世界は水素などの元素より遥かに微細な構成で、その陽子と電子、さらには素粒子単位で変化が生じるものと言えるため、インフルエンザウィルスのワクチンへの抗体だけをコロナウィルスが取り込むという事はあります。

これらは人類の医学的な歴史でウィルスが変異してきた点を踏まえると十分な根拠として言える点です。

 

そういう意味で語る場合、様々な環境から様々なウィルスが混ざり合う状態は、それだけウィルスが武器を得やすくなる環境を提供するという事に成ります。

 

【オリンピックに関して】

現状、サッカーの大会でユーロと南米選手権が開催されました。

政治家が勘違いしやすいのは、

大会が終わった直後の状態で安全性を見極めようとしてしまう点です。

ユーロにしても、南米選手権にしても類似した環境という意味で大陸という形で分別された地域での大会です。

この大会直後にユーロでは感染者増加が生じたものの、ワクチンの効力に影響はなかったという判断で終始したようです。

本来なら、そこから最低でも半年は影響を確認しなければなりません。

いわば、前述したように類似した環境の大陸内であっても、ウィルス(コロナウィルスに限る話ではない)の種類が混ざり合う状態が発生したため、そこから強力な変異種が生じる点は注視するべき話なのです。

実験的に開催してみたという点で、ユーロであり南米選手権の開催を批難までしないですが、その後の経過を見極めずに更に大きな規模で混ざり合うオリンピックを開催するという判断はナンセンスです。

南米選手権でもブラジル株とペルー株が混ざり合い、また南米それぞれの環境で特徴的なウィルスも流入しやすくなった状態で、それら変異種がどういう変異を齎すか、時間的には3か月~半年は経過を見守らねば安全とは言い切れない。

いわばユーロと南米選手権後の経過を見極めたうえで、ワクチンを突破するほどの変異種の発生は無かったと確認して初めて、世界規模の環境が混ざり合う大会を実験的に行うべきなのです。

 

そういう意味では2つの大会が終了してひと月も経たずに、オリンピックが開催される状態は本来政治判断としては非常に愚策で、無知すぎる判断と言えます。

 

まあ、もともと「ぼったくり男爵」だか「パープリン男爵」だか知らないが、こんなゴミと化した様なオリンピックにしたわけだから…開催自体不要と考えているので、ワザと今更言っておきますが!!

名目上、根拠のある開催を目指すのなら、ユーロと南米選手権を見極めたうえで少し延期して9月末または10月辺りに、両大会での変異種登場が無い、またはワクチン機能に影響を及ぼす変異種が登場しなかったという条件で、世界規模の大会を実験的に開催してみましょうという方法なら、手探り感は残るが、大会を開催する意義は別な意味で持てたと言えます。

 

正直…何も起こらなければ良いね…

そんな博打を打つような判断しか出来ない政治家やIOCにあきれるばかり。

IOCには本当に失望した。

バッハが日本の政治家と同レベルのバッカだった。

弁護士の資格を持ってるようだけど、結局スポーツ選手では論理的思考のもとで社会を考える頭脳はありません!!

と、IOCを代表して表現してるようなものです。

勿論、それは偏見に成ってしまい、スポーツ選手でもいっぱい優秀な思考を持った人はいます。

ただ、それらを統括する立場のIOC会長があの程度のレベルでは、正直他のスポーツ選手まで同類に見られて可哀そうです。

更に輪をかけて橋本聖子。

これらがある意味政治的に関わるところで活動していると、スポーツ選手は政治に向かないという印象を強めるだけです。

責任取ってください!!

 

まあ、日本に限っては政治家自体のレベルが、バッハや橋本聖子と同レベルでしかないわけで、情けの無い話でしかないのですが…

 

皮肉な話…人類の英知の為、愚者の博打を政治的に排除する意味で、新型コロナの変異を応援したくなるような不謹慎な下心まで抱いてしまう感じです。

適切に対応して、収束させる方法は既にあるので、

新型コロナに先ずは頑張ってもらって、馬鹿な博打打ちどもを地の底まで落としたうえで、人類の為に修正する機会を期待したい。

ただ、その感に犠牲になる方が出ることを考えると申し訳ないが、

正直、このレベル低い連中を社会的影響力ある地位に留めてしまった現状が問題なのであって、それは全てオリンピックを強引に今開催しようとした馬鹿どもの失態なのです。

 

まあ、運よく馬鹿の博打が上手くいっても、それはそれで犠牲者が少なかったという点で良いことなのですが、このラッキーで馬鹿どもを評価したらどの道人類にプラスに働かないのは事実です。

 

成功しても失敗しても、地位だけ得られて無能なだけで留まった人間

は排除していきましょう!!

どうも・・・ショーエイです。

五輪開催の拒否権が政府にも東京都にも無い?

契約上、マラソンのコースが勝手に東京都から外れた時点で、

いかなる契約もIOCが不履行を起こしたことに成るのでは?

 

契約の話がIOCと開催都市間の者であるならば、

都知事の承諾云々関係なく、

開催都市の民意として

マラソンのコースが不当に他地域に移ったという理由の元で、

IOCとの契約に不履行が生じたことは言えます。

何故か?

開催都市は東京です。

札幌は開催都市東京とは全く関係の無い場所です。

開催都市として事前に承諾された復興目的の開催地は、

東京都民も承知の上での合意と断ずることはできますが、

突然政府とIOCで勝手に決めたマラソンの札幌開催は、

東京都との契約上、

IOCが勝手に東京都以外に開催地を移したという点で、

不当に東京都は開催権をはく奪されたという主張ができます。

よって既にIOCは

東京都との契約上不履行を起こした状態にあるため、

損害賠償関係なく開催拒否できる状態と言えます。

また、マラソンコースを見渡せるという理由で

マンション等を購入した人々は、

IOCが起こした不履行を理由に

IOCに資産価値の低下分を請求することも叶います。

資産価値の低下を招いた人たちが、IOCの不法行為(都民に対する契約不履行を起こしたうえで東京以外にイベントを移したことで、資産の目的価値を不当に奪われた)という訴えで集団訴訟を起こすことも可能です。

こうした運動が起こることで

寧ろオリンピック開催は中止という動きもできるようになります。

そしてIOCの横暴な結末を見せしめとすることで、

本当に公正なスポーツイベントにするきっかけとなも成ります。

 

今、IOCを叩けるのは東京都であり東京都民だけです。

歴史的な価値を世界に知らしめる意味でも、

オリンピック開催より、

オリンピックを中止して

IOCの在り方に変革を与えた英雄となる方が、

世界平和の為と言えるのではないでしょうか。

 

と、いう事でIOCが不履行を既に起こしているのだから、

東京都が開催を中止しても、

IOCは損害賠償すら請求できません。

また、IOCが損害賠償でも請求しようものなら、

むしろ東京都民の資産価値を不当に奪い去った行為が残存し、

それらの損害賠償請求権を発生させたうえで、

寧ろ札幌にマラソン開催を移したことで

IOCと東京都の間で不履行が生じたと言えます。

 

法律上、国際法上としてもポイントは

オリンピック開催の契約がIOCと東京都で

結ばれているいるという事です。

札幌は東京都では無いですよね…これ大事なところです。

小池さんはただ札幌開催に移されたことに関しては、

IOCの決定という圧力に逆らえないと感じたと弁明すれば、

東京都に責任はなくなります。

それが言えないなら東京都知事さっさと辞めてくださいね。

貴方が居なくなれば都民の民意にその権限が移るだけなので。

 

仮に都知事が既に承諾した事案としても、

日本の法律上錯誤の発生が生じる意味で、

また国際法上そうした作用は認められる点で、

「東京都民はIOCとの契約内容を知らされていない状態で、

都知事がIOCの決定に逆らえないものだと誤解していた。」

という言い分が通じることに成り、

決定後の選挙で小池さんが勝った事実も、

都民は実態知らずに誤解したまま信任を与えたに過ぎない

と、言えばIOCの不履行を都民として主張できます。

 

まあ、一般ニュースでの実態で札幌移転の経緯を言うなれば、

「IOCに開催地を選択する権利がある」

という主張の元で、東京都に事前の承諾も得ずに、

IOCが勝手にマラソンの札幌開催を決定した。

決定後に東京都知事に報告した。

この時点で開催都市である東京は

不当にマラソンという種目の開催権をIOCによってはく奪された

という事実が生じます。

それゆえに開催都市との契約という意味では

IOCが開催都市と関係のない都市に

勝手に移動させたことに成るので、

契約不履行を既に起こしてしまっている状態となるわけです。

 

こうした経緯を考えてもIOCが開催中止に対して

損害賠償を請求できる権利すらないことが言えます。

先ず、普通に考えれば中止しても東京都は圧勝できる内容です。

 

今、宇都宮さんみたいな候補者が弁護士としてこう訴えるなら、

多分、影響力は大きいと思うんだけど…