Webディレクターの生活

Webディレクターの生活

Webディレクターがデジタルの在り方を考えるブログ。



「WebディレクターはそのうちAIに取って代わられる」「もうWeb制作会社はいらない」。

この業界に身を置いて20年になるが、この手の話は何度も聞いてきた。

 

最初は2000年代のCMSの登場だった。Movable TypeやWordPressが出てきた頃は、「もうHTMLを手打ちする時代は終わり」と言われた。安価に、誰でも更新できる。Web制作の知識すら不要になると。

 

次は2010年代のSNSの台頭。FacebookやInstagramが企業の公式ページを代替し、「もはやホームページは不要」という説が流行った。実際に、自治体がFacebookページを公式サイト代わりにして話題になったこともある。

 

そして今、2020年代はAIの時代。デザインもコーディングもAIが生成できる。文章も画像も自動で作れる。だからもう、Web制作会社に発注する意味はない──そんな声を耳にするようになった。けれど、いずれの時代も、WebディレクターもWeb制作会社も消えていない。むしろ、大企業の案件になればなるほど、ディレクターの重要性は増していると感じる。

 

なぜか。理由は大きく二つある。

 

一つは、事業会社が自前でWebを運用し続けるのは想像以上に大変だからだ。デジタルの潮流は早く、トレンドもツールも日々変わる。本業に集中したい企業にとって、それを常にキャッチアップするのは非効率だ。だからこそ、専門性を持つ外部パートナーが必要になる。もちろん、フリーランスや小規模事業者にとってはむしろ作りやすい時代になった、という側面はある。

 

 

もう一つは、Web制作とは技術ではなくコミュニケーションの仕事だからだ。特に大企業のWebリニューアルでは、最も大変なのは「何を重視するかの軸を定め、社内の多様な部署を束ねること」。実は、ページを作ることよりも、そこに至る意思決定のプロセスの方がずっと難しい。そして、その混沌の中で調整し、意見を翻訳し、推進していく存在こそが、Webディレクターである。

 

 

AIは画面を設計できても、社内政治までは設計できない。CMSはページを量産できても、組織の想いまでは反映できない。結局、Webディレクターとは「人と事業と技術の間に立ち、混沌を整える仕事」なのだと思う。この仕事は、地味で、面倒で、しばしば報われにくい。でも、だからこそ続いている。そして、これからもきっと無くならない。

人見知りである。

 

心を許せる友人も少ない方だと思う。人と一緒にいるのを疲れると感じるし、1人でいる方が好きだし楽だ。それでいて幸せなら話は早いのだが、時に孤独を感じたり、他人を羨ましく思ったりするから厄介だ。

 

 

このままではダメだという自己嫌悪と、このままで良いのだという自己承認を、何度も行ったり来たりしてきた。社会で上手くやっていくためには、社交的な方が良いに決まっている。仕事関係の飲み会やゴルフ、立食パーティなど、数をこなした方が良いのも分かっている。年齢を重ねるほど人脈が大事になるのも、理屈では理解している。

 

 

それでも、どうにも自分の「楽しい」のキャパシティが狭い。大規模パーティ(立食形式)は特に苦手で、独りぼっちにならないよう、常に次の「入れるエリア」を探りながら動く。結局、話しやすい人のところに定住してしまうのだが、想定より多くの人と話せた日は「今日は頑張った」と思える。疲労感も同時に持ち帰ることになるが(笑)。

 

 

そんな自分にも、嬉しい瞬間はある。

職場の後輩に「自分も陽キャではないので、気持ちが分かる」と言われた時は少し救われた。「上の立場の人でそういう人がいるのはありがたい」と言われ、なんだか勇気をもらったのはこちらの方だった。また、人見知りな自分に個別で相談をもらったり、少人数での飲みに誘われたりするのは純粋に嬉しい。自分が無理に社交的でなくても、誰かとの接点はちゃんとあるのだと気づかされる。

 

 

社交的な人を羨ましいと思うことはある。

けれど、静かに関わり、少数の人と丁寧につながるのも悪くない。「もっと話しかけなきゃ」と焦るより、「話したいと思える人がいる」ことの方が、案外大事なのかもしれない。そんなふうに思うようになって、少しだけ気が楽になった。

大学時代、就職活動の適職診断で、希望職種を選ぶ欄があった。

 


営業は大変そうで嫌だし、企画は難しそう。広報は華やかすぎて地味な自分には合わない。研究開発は理系じゃないし無理。そうやって全部消していった結果、残ったのが「総務」だった。ノルマもなさそうで、内勤っぽくて、静かに過ごせそうだから。真面目に働く総務の方々には申し訳ないが、当時の自分は本気でそう思っていたし、毎回「総務」と入力し続けていた。
 


もともと怠け者で、臆病で、挑戦を避けるタイプだった。それなのになぜか勢いで、ベンチャー企業の営業職を志願した。今思えば、自分にしてはかなり無謀な選択だ。怠け者があえて荒波に飛び込む。どこかで自分を変えたい思いもあったのかもしれない。

 


案の定、社会人一年目はボロボロだった。Webの世界に出会ったが、もともとWebに興味もなければスキルもない。せいぜいタイピングができるくらいの大学生が、いきなり現場に放り込まれた。それでも食らいつき、もがいて、少しずつ慣れていった。人間の順応力は、意外とすごい。やってみると、案外なんとかなるものだ。

 

 

今の時代的に「無理して頑張れ」とは言いにくい。でも、自分が潰れない範囲で頑張ることは、やっぱり大事だと思う。ほんの少し背伸びするだけで、見える景色は確実に変わる。若い頃に限らず、今の自分にもそれは通じる。40代になっても、仕事が楽しいと思えるのは、その小さなチャレンジを続けてきたからだと思う。

 

挑戦することは、楽しむことにつながる。失敗しても、それが自分の血肉になっていく。昔は「怠け者」だったはずの自分が、今では「まあ、なんとかなる」と思えるようになった。さて、今年の残りは何をチャレンジしようか。また少しだけ、背伸びしてみようと思う。

キャリアを重ねると、多くの人が管理職としての業務にシフトしていく。私も例外ではなく、組織のトップとして、いかにメンバーに権限を移譲し、彼らに挑戦の機会を与えるかが最も重要だと考えてきた。自らが手を動かすのではなく、同じように業務をこなせる人材を育てることこそが、組織全体を強化する鍵であると信じていた。

 

しかし、最近になって感じることがある。それは、「自らのプレイヤーとしての価値を見失わないことの重要性」である。管理職業務に集中すればするほど、プレイヤーとしての活動範囲はどうしても狭くなり、その結果、プレイヤーとしての価値が減少してしまう危険がある。特にコンサルティング業界のような職場では、この傾向が顕著であり、「職業管理職」という立場は許されない。プレイヤーとしての力を持たない者が尊敬を集めることは難しいのだ。

 

かつてメンバーからリスペクトされた自分自身が、いつの間にかただの管理職としてしか見られなくなる。この現実に直面したとき、自分の無力さに気づくことになる。「私は部長です、細かい業務はできません」という言葉が、どれほど虚しく響くことか。だからこそ、プレイヤーとしての成長を怠らないことが重要である。次なる研究分野や新たな開拓領域を見つけ、それについて情熱的に語れるようになることが、若手と同様に成長し続けるための道であると考える。管理職としてだけでなく、プレイヤーとしても自分を磨き続けることが、組織にも自分自身にも大きな価値をもたらすと確信している。


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毎年のお盆の夏休みは今年もゆっくり過ごすことができた。
生成AIを活用して両親の「私小説」を書き上げたところ、大変喜んでくれた。大筋のプロットをメモのように書いて、細かい表現はすべてAIに丸投げすることで小説が完成する。情景描写を細かく捉えた夏目漱石風、力強い太宰治風といった文体のリクエストもする。一瞬でシリアスで時に笑いとなるオチを作ってくれるAIの仕事は、今後の職業の在り方も投げかけてくるようだ。

15年以上社会人をやっていると、

調子が良いときもあれば悪いときもある。

 

何か分かりやすい成果を出せたとき、

自らの地位が高まったとき、

人は自然に集まってくる。

 

逆に物事が上手くいかないとき、

自分の評判が良くないとき、

人は自然に離れていく。

 

味方だと思っていた人が、

影で自分を悪く言っていたことを間接的に聞くと、

とても悲しい気持ちになる。

 

数は多くないものの、

自分が辛いとき、追い込まれているときに、

手を差し伸べてくる人もいる。

 

私はその恩を

いつも大事にしたいと思っている。

 

そして私自身も

人が大変な思いをしているときに、

手助けができる人になりたいと思っている。

 

 

先日、私があることで悩んでいたときに、

あるメンバーがそれとなく助けてくれた。

 

どうしてわざわざ?って聞くと、

私が悩んでそうだったから、って話してくれた。

 

ここ何年も関わりは無かったが、

昔、一緒に働いたことがあるメンバーだった。

 

泣きそうになるくらい

嬉しかったし、救われた。

 

人の手助けができる人になろう。

また新たに決意できた出来事だった。

 

 

 

人生で初めてやってしまった。

 

 

新潟県を旅行中。

駐車場と道路の間に、

深い溝があるのに気が付かず、

ガタン!という嫌な衝撃。

見に行くと、タイヤの空気が抜ける音を聞いた。

 

 

レンタカーを返す1時間前。

帰りの新幹線の時間も組み直し。

タイヤ代は予定外の出費になってしまった。

 

 

ネガティブに捉えれば、

お金も時間も体力も最悪尽くしだが、

ポジティブに捉えれば、

怪我もなく、誰も傷つけず一件落着した。

 

 

そういや日曜なのに

学校行くなくないの詩を歌わなかった。

事故に比べれば、「学校」行く方がマシだ。

明日、学校行きたくない…♪

明日、学校行きたくない…♪

 

 

私が小学生のときから

歌っている自作の歌である。

一応曲もついている。

 

 

学校行きたくないを連呼しているが、

不登校になるほどの勇気はなく、

実際には学校に行っている。

あくまで行きたくない状態なのだ。

 

 

社会に出ても同じである。

会社行きたくない。

仕事始めたくない。

 

 

でも無職になる勇気はないし、

仕事を楽しんだり、

遣り甲斐を感じたりするときもある。

人間の心境は複雑である。

 

 

今年の夏休みは今日まで取れた。

明日からまた「学校」が始まる。

 

 

学校行きたくないけど、

思い切りやるしかないと腹を括る。

 

 

変な趣味だと思われるかもしれないが、
裁判を傍聴するのが好きである。


未体験の人のために解説をすると、
裁判は平日なら毎日行われており、
無料で傍聴できる。


裁判官や検察、弁護士のやり取りは
自分とは別の専門職の人の働きっぷりを
生で見る機会である。


被告人の姿を見たり、

証言を聴いたりすると
壁を一枚隔てた向こう側の世界に見えることもあれば、

一歩間違えば、自分も向こう側にいたかもしれないと思うこともある。


何故この人は道を誤ってしまったのだろう。
この後どうやって生きていくのだろう。
更生の機会はどうあるべきなのかな。


傍聴しながら
人生について想像したり、

考えたりする。


私にとって
今の心境を整理し、

今の環境に感謝し、
今を勤め、

今を育もうという

リセットの役割になる。


お勧めは、霞が関の東京地裁の刑事裁判だ。
民事も傍聴できるが、刑事の方が分かりやすい。


私は大学時代に司法試験合格を目指している先輩に
連れられて体験したのがきっかけであるが、
意外にハマる人も少なくない。


今日の傍聴席は、
世間で夏休みの期間もあって、
小学生くらいの子連れファミリーや

若いカップルの姿もあった。



嘘ではなく本当だ。

社会人であれば一度は見た方が良い。

 

 


平日しかやっていないので、
平日休暇の際には

是非予定を立ててみて欲しい。

デイヴィッド・ホックニー展 | 東京都現代美術館

 

久しぶりの現代美術館。

 

 

COVID-19によるロックダウン中に

iPadで描いたとされる絵が印象的だった。
 

 

ほぼ毎日iPadを触っているが、

YouTubeばかり見ている私とは違う。

 

 

美術館に行くと

部屋に絵を飾りたくなる。

 

 

色や形について

考える機会になる。

 

 

また定期的に

美術館に行こうと思った。

 

 

 

社会人18年目の夏休みだ。

 

 

毎年何していただろう。

実家帰省以外、あまり覚えていない。

 

 

年々実家で過ごす重みを感じている。

病気を抱える両親が揃って

迎えてくれるのはあと何回だろうか。

そう思って過ごした昨年。

今年も迎えられて幸せだと感じる。

 

 

両親が好きな高級和菓子をたくさん買い揃えた。

お金があっても買えないものがある。

逆に言えば買えるものこそ、今使うべきではないか。

 

 

でもやっぱり高い

父があっという間に食べてしまった。

 

 

読書は進まなかったけど、

充実した休みを過ごせた。