人見知りである。
心を許せる友人も少ない方だと思う。人と一緒にいるのを疲れると感じるし、1人でいる方が好きだし楽だ。それでいて幸せなら話は早いのだが、時に孤独を感じたり、他人を羨ましく思ったりするから厄介だ。
このままではダメだという自己嫌悪と、このままで良いのだという自己承認を、何度も行ったり来たりしてきた。社会で上手くやっていくためには、社交的な方が良いに決まっている。仕事関係の飲み会やゴルフ、立食パーティなど、数をこなした方が良いのも分かっている。年齢を重ねるほど人脈が大事になるのも、理屈では理解している。
それでも、どうにも自分の「楽しい」のキャパシティが狭い。大規模パーティ(立食形式)は特に苦手で、独りぼっちにならないよう、常に次の「入れるエリア」を探りながら動く。結局、話しやすい人のところに定住してしまうのだが、想定より多くの人と話せた日は「今日は頑張った」と思える。疲労感も同時に持ち帰ることになるが(笑)。
そんな自分にも、嬉しい瞬間はある。
職場の後輩に「自分も陽キャではないので、気持ちが分かる」と言われた時は少し救われた。「上の立場の人でそういう人がいるのはありがたい」と言われ、なんだか勇気をもらったのはこちらの方だった。また、人見知りな自分に個別で相談をもらったり、少人数での飲みに誘われたりするのは純粋に嬉しい。自分が無理に社交的でなくても、誰かとの接点はちゃんとあるのだと気づかされる。
社交的な人を羨ましいと思うことはある。
けれど、静かに関わり、少数の人と丁寧につながるのも悪くない。「もっと話しかけなきゃ」と焦るより、「話したいと思える人がいる」ことの方が、案外大事なのかもしれない。そんなふうに思うようになって、少しだけ気が楽になった。