キャリアを重ねると、多くの人が管理職としての業務にシフトしていく。私も例外ではなく、組織のトップとして、いかにメンバーに権限を移譲し、彼らに挑戦の機会を与えるかが最も重要だと考えてきた。自らが手を動かすのではなく、同じように業務をこなせる人材を育てることこそが、組織全体を強化する鍵であると信じていた。
しかし、最近になって感じることがある。それは、「自らのプレイヤーとしての価値を見失わないことの重要性」である。管理職業務に集中すればするほど、プレイヤーとしての活動範囲はどうしても狭くなり、その結果、プレイヤーとしての価値が減少してしまう危険がある。特にコンサルティング業界のような職場では、この傾向が顕著であり、「職業管理職」という立場は許されない。プレイヤーとしての力を持たない者が尊敬を集めることは難しいのだ。
かつてメンバーからリスペクトされた自分自身が、いつの間にかただの管理職としてしか見られなくなる。この現実に直面したとき、自分の無力さに気づくことになる。「私は部長です、細かい業務はできません」という言葉が、どれほど虚しく響くことか。だからこそ、プレイヤーとしての成長を怠らないことが重要である。次なる研究分野や新たな開拓領域を見つけ、それについて情熱的に語れるようになることが、若手と同様に成長し続けるための道であると考える。管理職としてだけでなく、プレイヤーとしても自分を磨き続けることが、組織にも自分自身にも大きな価値をもたらすと確信している。
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毎年のお盆の夏休みは今年もゆっくり過ごすことができた。
生成AIを活用して両親の「私小説」を書き上げたところ、大変喜んでくれた。大筋のプロットをメモのように書いて、細かい表現はすべてAIに丸投げすることで小説が完成する。情景描写を細かく捉えた夏目漱石風、力強い太宰治風といった文体のリクエストもする。一瞬でシリアスで時に笑いとなるオチを作ってくれるAIの仕事は、今後の職業の在り方も投げかけてくるようだ。