監督・脚本・編集:上田慎一郎、出演:濱津隆之、秋山ゆずき、真魚、しゅはまはるみ、長屋和彰、細井学ほかの『カメラを止めるな!』。

人里離れた廃施設でゾンビに遭遇する人々…を撮影している映画監督。やがて彼らの前に現われた本物のゾンビに噛まれて一人、また一人と感染していくとともに、監督の暴走も激しさを増していくのだった。

 

映画専門学校「ENBUゼミナール」のワークショップ「シネマプロジェクト」の第7弾として製作された作品。

 

上田慎一郎監督はこれまで短篇映画が高く評価されている人、だそうですが、すみません、僕は存じ上げなくて作品を観るのはこれが初めて。

 

結構前に映画サイトでタイトルを目にして気になっていたのと、やはり映画評論家の町山智浩さんが強く推されていたことが大きくて、楽しみにしていました。

 

東京ではすでに先月から公開されてますが、低予算で公開規模も小さく全国順次公開のために僕が住んでるところではつい先週から始まったばかり。

 

珍しく土曜日に休みが取れたので朝から映画のハシゴをしたんですが、「午前十時の映画祭」で『雨に唄えば』を観たあとお昼頃に劇場に整理券を取りにいったところ、なんとすでに満席で立ち見しか残っていないとのこと。

 

一日に1度きりの上映だけど夜の回なので大丈夫だろうと思っていたら、初日だから監督さんや出演者のかたたちの舞台挨拶があったんですね。これはしくじった、と。

 

どうやら朝の9時半頃にはもう整理券のために劇場前に長蛇の列が出来ていて、その時点で席は埋まってしまったようで。

 

急遽、予定されていなかった2回目の上映も決まって、そちらはまだ席が空いてるそうだけどそれだと帰りの電車に間に合わないので、体力的にしんどいだろうことは承知のうえで立ち見で臨むことに。

 

一日の最初に観た『雨に唄えば』では年配のお客さんたちが詰めかけていて、こちらもほぼ満席で最前列しか残っておらずなかなかハードな鑑賞だったんですが(でも面白いから途中で気にならなくなったけど)、一日の最後に今度は一番後ろで立ち見とは^_^;

 

俺がゾンビになっちまう(なんかうまいこと言ったつもり)。土曜日をナメてました。

 

で、結局その日は3本ハシゴして(2本目はジュラシック・ワールド』の新作)ヘトヘトになる…だろうと思っていたら、意外と元気でした。なぜなら3本とも面白く観られて満足感がかなりあったので、多分脳が興奮しててドーパミンが出てたからだろうと思うんですが。

 

正直なところ、映画が始まってしばらく、特にワンカットによるゾンビ映画が流れている間は結構ツラくて、「これは最後まで持ちこたえられるだろうか」と不安にもなった。

 

 

 

いや、内容については町山さんの作品紹介で「最初はしばらくキツい」ということは聴いていたんでそれが理由ではなくて、立ち見のために物理的体力的にキツかったのです。

 

しかも、僕のすぐ前には女性のお客さんが立っていて、距離も近いのでヘンな動きをしたら痴漢と間違われてしまう、という恐怖から微動だにできず、いかん、これはマジで足がもたないかも…と。

 

単館系の小さな劇場だから冷房もそんなに効いてなくて蒸し風呂のような状態だし。

 

両手を下げててこれまた痴漢と思われたら嫌だから(映画観にいって痴漢で捕まるとか、一生経験したくない)、片方の手でハンカチを持って汗を拭いながら観てましたが、腕がキツくて拷問かと思った(一時間半以上、満員電車に乗ってるのを想像してください)。

 

実際、内容がしんどかったのか気分が悪くなったのか体力的にこれ以上無理と判断したのかわかりませんが、その女性客の連れの男性は途中で退出してそのまま戻ってきませんでした。

 

それにしても、映画を立ち見するなんて何年ぶりだろう。普段よく行ってるシネコンでは立ち見はできないから。

 

以前はよく満席の映画館の後ろで立ち見したり、通路のところに腰を下ろして観たりしてましたが(全席指定が当たり前になる前はオッケーだったのです)。

 

僕ももう体力には自信がないし、だから具合が悪くなったらいつでも出られるように出口付近に立って観ていたんですが、先ほども述べたようにしばらくはかなりしんどかったんだけど、後半、衝撃、いや笑撃の展開になっていくと『雨に唄えば』の時と同様にスクリーンにくぎづけになって足のツラさも気にならなくなりました。終わり頃には背負ってるリュックサックをクッション代わりに後ろの壁にもたれかかりながら観てた。

 

面白い映画を観ていると、ほんとにツラさを忘れるんですね。脳内麻薬が出ていたんでしょうかヘ(゚∀゚*)ノ

 

そのなわけでとても楽しく観られました。

 

上映後に行なわれた舞台挨拶ももちろん観て、劇場パンフ買って、そこに監督と出演者のお二人にサインもらいました。

 

 

 

次の回も満席で完売したそうです。

 

作品の熱心なファンのかたは東京やいろんな劇場に行かれてるそうですが、その気持ちもわかるなぁ。あの熱気と大勢で映画を楽しむ雰囲気はなかなか得がたいものがあったから。

 

ライヴ感覚というか、生の演劇を観ているのにも近い。

 

気になるかたは即行劇場へ向かわれるといいと思いますよ(σ・∀・)σ

 

どこも混んでるでしょうから、事前に座席を予約できる劇場でしたら前もってしておくことをお勧めします。

 

当日に整理券をもらいにいく必要のあるところは、朝から早めに行っておく方がいいでしょうね。僕のように立ち見で苦しんだり^_^;映画館に行った時にはもう売り切れになってる可能性が高いですから。

 

それでは(前置きが長くなりましたが)、これ以降はネタバレがあるのでご注意ください。この映画は内容について予備知識を一切持たずに観た方が絶対に楽しめますから(予告篇すら観てはいけない)、これからご覧になるかたは鑑賞後にお読みください。

 

 

かつて人体実験が行なわれていたという元・浄水場を訪れた自主映画の撮影クルーと出演者たち。

 

ありがちなシチュエーションのフェイク・ドキュメンタリーとして映画は始まる。

 

やたらとハイテンションな監督が役者たちにムチャ振りをして、いかなる事態にも演技をやめたりキャメラを止めることを許さない。

 

すると「本物」のゾンビが現われて…という、精一杯褒めてもせいぜい「頑張って作った自主映画」以上ではない「ゾンビ映画」が披露される。

 

ところどころにヘンな間があったり、展開がモタついてたり役者の動きもイマイチだったりと、なんの予備知識もなく観たら間違いなく「…これがそんな話題になってる映画なのか?観る作品を間違えたのでは…?」と困惑、失望すること請け合いの代物。

 

「37分間カットを割らないワンカット撮影」というのも、8ミリフィルムとかの時代ならともかく(って、フィルムで37分間ノーカットは不可能だが)、ヴィデオでいくらでもキャメラを廻せる現在ではさほど凄さもありがたみも感じない。

 

で、そのずいぶんと長く感じたゾンビ映画がようやく終わり、キャストとスタッフなどの“エンドクレジット”が流れてからほんとの映画が“始まる”

 

そこからしばらくは、この短篇ゾンビ映画『One Cut of the Dead』が作られるまでのいきさつが描かれる。

 

 

 

テレビディレクターの日暮(濱津隆之)は、妻の晴美(しゅはまはるみ)と娘の真央(真魚)との3人家族。

 

その彼に「ワンカット撮影のゾンビ映画をTVで生中継する」という狂った企画が持ち込まれる。

 

集まった出演者たちの中には娘の真央がファンである若手人気俳優の神谷和明(長屋和彰)がいたが、彼は少々理屈っぽく、また他のキャストたちもなかなか癖のある人々ばかり。

 

 

 

 

そして迎えた1回きりの本番当日、交通事故で男女一組の出演者が出られなくなり代役を連れてくる時間もないため、しかたなく日暮は自ら監督役で出演することに。また、人気俳優目当ての娘と一緒に見学にきていた元女優の妻にも出演を依頼する。

 

ここから、冒頭の37分間のゾンビ映画の“裏側”で起こっていたことが描かれる。

 

そういう映画。

 

上田監督は「三谷幸喜さんの作品を参考にした」というようなことを仰っていて、なるほど、僕はこの映画を観ていて三谷監督の『ラヂオの時間』が思い浮かんで、これはそのテレビ版みたいだなぁ、と感じていたからちょっと嬉しかったです。『ラヂオの時間』、好きな映画なので。

 

もう一つは最初に何かの事件なり一連の物語が描かれたのちに、再度、今度は視点を変えてその裏側が描かれるという、舞台劇などでよくある展開。

 

気づく人は気づくかもしれないけど、僕は事前に極力ネタバレを避けて臨んだのでまったく先が読めなかったし、あぁ、そういうことか、と合点がいった時点でめちゃくちゃ面白く感じ始めました。

 

こういうメタ視点だとか初期のタランティーノ映画的な「あの話の裏では実はこんなことがありました」っていう話、結構好きなんで。

 

この作品には「演じる」ということの不思議さを感じさせる、異なるレヴェルの「演技」が同じ作品の中に幾層にも渡って収められている入れ子構造(そこには俳優本人の存在も含まれる)になっていて、何かふと違う次元に迷い込んでしまっているような軽い眩暈みたいなものを起こさせるんです。

 

複雑に考えれば考えるほどわからなくなるような深いテーマも含んでいると思うんですが、題材は「ゾンビ映画」ですからw どんな映画かは誰にでもわかる。

 

この映画についてはよく「映画愛」と表現されるけど、ここで描かれてるのは正確には「映画」じゃなくて「テレビ」なんですけどね。

 

「映画」は別にワンカットにこだわらなきゃいけないことはないし、生中継とも関係がない。

 

ただ、撮影現場のドタバタは共通してるし、映画じゃなくたって演劇とか音楽のライヴ、あるいは何かのイヴェント活動でもいいけど、そういう、みんなで何かを創り上げることをやってる人、やってた人、これからやりたいと思ってる人などは大いに入り込めるんじゃないだろうか。

 

デフォルメされてはいるけれど、でもみんなああやってドタバタしながらモノを創ってるんだから。

 

妙に理屈っぽくてシナリオにいちいち意見してくる男優とか、「わたし的にはオッケーなんですけど、事務所が…」とか言ってあれこれとNG出してくる女優とか、いかにもいそうだしw

 

日暮が本番中に女優の逢花(秋山ゆずき)に台本にない罵声を浴びせ続ける場面では、上田監督は過去に実際に何か女優さんのことでムカつく経験でもしたのかな、とか思った^_^;

 

監督役の日暮ディレクターを演じている濱津隆之さんは俳優さんです、念のため

 

だけど、この映画での逢花さんの態度なんてまだ全然可愛い方でしょ。

 

先ほどのNGとか、「よろしくでーす♪」とか言って気安くディレクターの肩に手を触れる仕草とか、その程度ならたいしたことじゃない。

 

現場でぶんむくれたり、撮影に非協力的だったり、それどころか急に降板したりと監督がブチギレそうになることはいろいろあると思うけど、この映画の逢花さんはとにかく本番中に必死で演技を続けるし、充分ちゃんとしてると思いますよ。

 

本番前まではにこやかに余裕ぶっこいてた彼女が、撮影が始まってどんどん血まみれになり、最後の方になるとなんか女優残酷物語みたいな感じで目が虚ろになってくるとこなんかは(多分、ほんとにしんどかったんだと思うが^_^;)笑いながらもちょっと感動したりして。

 

 

一体、彼女は何を見たのか(答え:カンペ)

 

秋山ゆずきさんはかなり頑張ってましたね。いやまぁ、全員頑張ってたけどw

 

いろいろとグダグダだった『One Cut of the Dead』の裏側で、こんな(笑える)ドラマがあったとは。最初に観て「なんかテンポ悪いなぁ」と思った箇所が、裏側から見ると全部笑えるというw

 

裏方で大活躍する女子たち

 

そして笑いながら僕たち観客は、この限られた時間の中で走り、叫び、転び、モノホンのゲロを吐かれ、血糊にまみれながら最後にはみんなで人間ピラミッドを作っている彼らの姿にいつしか熱いもの(ゲ○ではない)が込み上げてくるのだ。

 

計算して作り上げたものと、現場でほんとに起こったアクシデントから生まれた奇跡のショットが合わさって、二度と撮れない映画が現出する。

 

まるでトゥモロー・ワールド』のワンシーンみたいにキャメラに降りかかる血飛沫は偶然の産物

 

そこには映画を愛する者たちと、映画に愛された者たちがいる。

 

正直なところ、日暮の娘の真央は女子高生とかの方がよかったんじゃないかなぁ、と思うんですが(演じてる真魚さんは高校生役でも充分イケると思う)。

 

 

 

両親を演じる役者さんたちが二十歳を越えた女性の親にしてはちょっと若く見えるので。

 

それに、制服姿の高校生がいきなり大人たちに指示出して現場を仕切りだす方が、その可笑しさがより際立つのではないかと。

 

上田監督と日暮役の濱津さんと3人で舞台挨拶に来られた真魚さんは、監督から早速「声が小さい」とダメ出しされてて、おまけに監督に「出演者は応募してきた人たちの中からポンコツばかりを選んだ」と言われて、「私はポンコツではありません。最近TwitterでもRTができるようになったし」と胸を張ってました。カワイイw

 

舞台挨拶には来てなかったけど、晴美役のしゅはまはるみさんは、ちょっと若い頃のキムラ緑子さんっぽかったなぁ。いかにも姐御肌な舞台女優っぽい感じとか。

 

彼女が斧を振り上げながら次々とカマすキックに笑った。

 

劇中で晴美が繰り返す痴漢や暴漢からの脱出法「ポン抜け」って、どこかで観た記憶がある。

 

アル中の役者を演じていた細井学さんは、見た目が身が軽い螢雪次朗みたいな感じの人でこの映画では唯一見覚えのある俳優さん(『リップヴァンウィンクルの花嫁』に出演)だったんだけど、60歳手前なんだよね。

 

その人に人間ピラミッドの一番下をやらせるという^_^;

 

監督によれば、あの人間ピラミッドの完成がこの映画の中では一番難しかったんだそうです。

 

本番まで一度も成功しなくて、しかも建物の上で崩れたりしたら下まで結構な距離だから大事故にもなりかねない(よくやったよな^_^;)。本番で奇跡的に成功したけど、あの時の出演者たちの顔は演技ではなくガチの表情だったらしい。鬼かw

 

ちなみに、冒頭の短篇ゾンビ映画『One Cut of the Dead』について僕は敢えてダメ映画みたいに書きましたが、でも実際にプロだったり、あるいは自主映画などを撮ってる人だったらあの撮影が大変だろうことは想像がつくでしょうね。

 

ワンショット長廻しで撮り続けることの大変さもあるし、それに裏側からまた見せるので最低でも2回以上は撮ってるわけで(2回目はカットを割ってますが)、そこら中に血糊を撒き散らしてるんだから(撮り直しと原状回復のために)掃除だってしなきゃならない。

 

現場でも出演者の皆さんは内容についてすべてを把握していたわけではなくて、あれがこうなってああなって…?とか結構頭がこんがらがったまま演じていたそうです。そりゃそうだろうな。

 

しかも、実際にはこの映画の外側に、この映画を撮ってる本物のスタッフがいるわけで(さらにエンドクレジットではそのスタッフをメイキング用の別のキャメラが撮っている…w)。

 

面白いけど、永遠に続く合わせ鏡の世界のようでちょっとゾッとする(;^_^A

 

ともかく、これは暑い、いや熱い今こそ映画館で観ておくべき映画じゃないでしょうか。

 

かの黒澤明監督も「映画にも旬がある」と語ってますし。

 

満席で熱気ムンムンの劇場でみんなで笑い、そしてジ~ンとくる、そんな映画でしたよ。

 

この映画には、最後までたどり着いた者だけが得られる達成感がある。

 

監督をはじめ、この映画にかかわった人たちの次回作を観たくなるし、ぜひまたこのメンバーで新作を撮ってほしいです。

 

一日の最初にサイレントからトーキーに移り変わろうとしている時代のハリウッド映画界を描いた『雨に唄えば』を観てうっとりして、同じ日の最後にはゾンビ映画に懸ける人々のひと夏を描いたこの『カメラを止めるな!』でシメるという、最高の映画体験でした。

 

 

※追記:

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大の中、上田慎一郎監督と『カメ止め!』のキャストの皆さんがリモートで作った短篇。

 

 

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