矢口史靖監督、小日向文世、深津絵里、泉澤祐希、葵わかな、柄本明、大地康雄ほか出演の『サバイバルファミリー』。

 

突然、東京一帯の電気やガス、水道、電話等が止まってしまい外部との連絡も取れず復旧のめども立たないために、四人家族の鈴木家は妻の実家がある鹿児島にむかって自転車で旅をすることに。

 
ネタバレありなのでご注意ください。
 
 
2014年の『ウッジョブ!』から3年ぶりの矢口史靖監督の最新作。って、前作からもう3年経つのかΣ(゚д゚;)
 
実はこの映画の存在を知ったのは先月の終わり頃で、TVだったか映画館だかで予告篇観て、「あれ?矢口監督の新作やるんだ」って驚いたのでした。
 
ちょっと前に地上波で矢口監督の『ハッピーフライト』をやってたから、多分、そのあたりで知ったんだと思いますが。
 
あいにくあれからまだ『ロボジー』は観ていないんですが、それ以外の矢口監督作品は一応映画館で封切り時に観ているので、今回も普通に劇場に直行。
 
しかし、なんか慌ただしいな。急に映画館(109シネマズ)で小日向さんがカンペ棒読みみたいな口調でポップコーン食べながらする予告前のヘンな宣伝が流れるようになりましたが。普通、もうちょっと前から宣伝しませんか?
 
僕はこの映画、予告篇の感じからいかにもな“ドタバタ・ファミリー・コメディ”みたいなのを想像していたんですが、そして確かにドタバタはするんだが、観てみるとこれがわりとマジに“サヴァイヴァル”する結構シビアなお話なのでした。
 
まるでゾンビが出てこない『アイアムアヒーロー』みたいな。
 
単に家族が大変な目に遭うっていうだけではなくて、町の機能がそのまんま停止してしまうような、要するに災害ムーヴィーだった。
 
ライフラインが完全にストップして、スマホも電池で動く時計も何もかも、唯一、自転車だけを除く(あとマッチ、灯油や石炭などの化石燃料は使用可)文明の利器のほとんどが使えなくなった状態。
 
スーパーやコンビニの店頭から食料や生活必需品が次々と姿を消し、ATMも動かないので銀行からお金を引き出すのも容易ではなかったり、やがてお金自体も役には立たなくなる。
 
そういうじわじわとやってくる恐怖の描写は、なかなかリアルだったのではないかと。
 
人けのない町の様子とか、逆に避難する大勢の人々の姿など撮影もなかなか頑張ってますが、鈴木家の4人が自転車で追い越した、杖をついてキャリーバッグを引いたおじいさんのエキストラさんが次のカットでまた彼らに追い越される、まるでスティーヴ・マックィーンの『ブリット』の何度も同じ車が通るツッコミ・シーンみたいな場面がw 撮影のご苦労が偲ばれます。
 
クスッとする場面もあるけれど、コメディだと思って観てるとそんなにゲラゲラ笑えはしないし、どちらかといえば最後にはちょっとジ~ンとくるハートフルな感じのロードムーヴィー。
 
 
 
正直、結論から言うと僕は前作『ウッジョブ!』の方が作品としては好きですが、でも矢口監督の映画ってこれまで観てきたものはどれもがチケット料金分ちゃんと楽しませてくれたし、そういう意味では今回の作品も観てよかったですよ。
 
動物を殺したら自分でさばいて調理する。そしてしっかり食べる。
 
毎度の食事のありがたさ、湯船に浸かる気持ちよさ、清潔で柔らかくて温かい布団の中で眠る嬉しさ。
 
そういうものを実感させてくれる映画でした。
 
観ていてお腹がすいたし。
 
ある種の寓話っぽくもあって、だから若干教訓モノのような説教臭さがなくもないんだけど。
 
最後には生魚をさばけるようになるとか、好き嫌いなくモノが食べられるようになるとか、スマホもない必要最低限の生活の中でほんとの大切なものに気づかされる、みたいな。
 
さすがにちょっとわかりやすすぎないかな、とも。
 
小日向文世演じる父親のキャラもいかにもなマイペースなオヤジだし、深津絵里演じる妻なんてNHKのコント番組「LIFE!」で西田尚美が演じる主婦みたいで。
 
ちなみに、西田さんはかつて矢口監督の映画でヒロインを演じてましたが。
 
…ってゆーか、深津絵里が大学生の息子がいる母親役って、僕はわりと衝撃的だったんですけど^_^;
 
そりゃ深津さんは現在40代半ばで年齢的にはおかしくはないかもしれないけれど、去年公開の『永い言い訳』では本木雅弘演じる主人公の儚げな妻を演じていた彼女がこちらでは団地住まいの中年主婦役、というのがにわかには信じがたくて。

 

 

夫役の小日向さんは見た目が若々しいのでそんなに違和感はないけど、実年齢は63歳。年の差婚ですな。
 
深津さんを妻役に配役したのが監督ご本人なのか別のキャスティング担当者なのか知りませんが、なかなか思い切ったことをするなぁ、と。
 
あまりに馴染んでいるので以前にも矢口監督の作品に出演してたっけ、と思って調べたら、深津さんは初出演でした(小日向さんは過去に『ハッピーフライト』に出演)。
 
初出演でいきなりこういう役にキャスティングされる、というのもどうなんでしょうね。なんか時の流れの残酷さを勝手に感じたりなんかしてますが。
 
いや、深津さんは相変わらずお綺麗ですけども。
 
タイミング的に不適切な喩えかもしれないけど、ちょっと松本伊代的なママドルっぽいカワイイお母さんでした。
 
今ではああいうお母さんも実際に結構いるんだろうか。
 
この映画に登場するのは、ある意味非常にステレオタイプの家族像というか、葵わかな演じる女子高生の娘がちょっと新鮮だったぐらいで、あとはいかにもよくある気はいいが融通の利かない父親とまるで女学生のような母親、そして無愛想な息子といった、型通りのキャラ造形。
 
出演者たちが好演していたから退屈はしなかったけど、登場人物も描かれるエピソードも、観客の予想を超えるようなものではない。
 
終盤からラストにかけても予定調和的なハートウォーミングな展開になって、やがて家族たちは再び日常に帰っていく。
 
同じものを見ていても、彼らにとっては毎日の生活がこれまでとは違って感じられる。
 
そういう話。
 
だからググゥッと胸に迫るものはなかったけど、でもいがみあいながらも協力しあってともに生きていく、疎ましく思っていた親がかけがえのない存在に感じられる、そういうのって、やっぱりステキだなぁ、とも思えたんですよね。
 
さまざまな困難の中で初めて気づく家族の大切さ。
 
この映画は実際に災害があった時のリアルなシミュレーションというわけではないし、後半で親子が豚を捕まえたり筏を作って川を渡ろうとしたり父親が流されたけど生きてた、みたいな展開はちょっとマンガっぽすぎて急にウソ臭くなってしまったけど、誰も本当に死んだりしないような世界観だからこそ安心して観ていられるというのはあるし、結局これは身のまわりの便利なものをすべて失って一旦昔の生活に戻った家族の「寓話」なので、そういう「もしも」の世界を楽しみつつ、夫婦や親子についていろいろ考えを巡らせてみるのもいいんじゃないかと思います。
 
PC用のバッテリー補充液が飲料水の代わりに飲めるというのは、いざという時に参考にしようw
 
これは家族が自らを省みる試みだったと同時に、時代を遡って便利なものが溢れる以前の生活を疑似体験する物語でもある。
 
電気もガスもない生活。でもそれはかつて多くの人々がしていたことだ。
 
田舎の子どもたちの描写とか前作『ウッジョブ!』とも重なるところがあるし、いろいろ不便だけど自然と密着していて豊かだった昔の生活への憧れ、みたいな懐古主義的な部分が少々気にはなるんですが、僕たちが現在享受している多くのものたちが「あって当然」なのではなくて、今一度自分たちの足許を見つめてみる必要があるのではないか、というメッセージにも思えて、説教臭さを感じつつも後味は悪くなかったです。
 
ただちょっと気になったのは、矢口監督って、主人公が片想いする女の子を描いておいて、そのままフォローも無しでお話が進んでいく、っていう展開多くないかな、って。
 
長男が片想いしていた大学の同期の女の子が友人と付き合っていたことを知ってショックを受ける場面って、『ウッジョブ!』で主人公の片想いだった女の子との再会の場面そのまんまだよな、と。
 
『ウッジョブ!』でも片想いしていた女子は主人公のことなど気にも留めてなくて、友だちと遊びにきてチャラついてて結局追い返されてしまう。
 
『サバイバルファミリー』でも憧れだった女の子は長男に学校の講義の黒板をスマホで撮った画像を送ってほしい、と頼むだけで、その後家族やカレシとともにとっとと引っ越してしまう。そして二度と出てこない(なんでカレシが一緒だったのか謎ですが)。
 
なんか監督の中に、昔片想いした女の子に対する深い恨みでもあるかのような扱い。
 
好きだった女の子との繋がりなんて現実の世界ではそんなもんかもしれないけど、でも僕は映画だったらそこはもうちょっと何かあってもいいんじゃないかな、と思いました。
 
最後に(あるいは旅の途中で)好きだった子に再会するなり彼女を見返すなり、何か変化があった方が物語として締まるんじゃなかろうか。
 
尻切れトンボのまま終わってしまうのがなんだかいつも残尿感があって。
 
きっと長男がスマホを捨てる場面が、好きだった子への未練を吹っ切った、ということだったんでしょうけど。
 
ちなみに出番は少ないけど、長男の賢司(泉澤祐希)が好きだった女子大生役は、NHKの朝ドラ「ごちそうさん」でヒロインの娘“ふ久”を演じていた松浦雅。*
 
「ごちそうさん」は今再放送されてるのを毎朝観てるんで、見たことある顔だなぁ、と思ってたら彼女だった。
 
*長男役の泉澤祐希は「マッサン」「ひよっこ」、妹役の葵わかなは「わろてんか」と、皆さん朝ドラ出演者ですね。
 
板書する代わりにスマホで黒板を写す、というのは聞いたことがあったんだけど、なるほど、ああやってPCに保存しとくわけか。黒板というものの意味がなくなりつつあるな。
 
だったらもうオンラインでPCのモニター越しに授業すりゃいいじゃん。
 
僕は葵わかなさんという若手の女優さんはCMなどの印象からもどちらかといえば優等生的な清楚な雰囲気のイメージを持っていたので、この映画でツケマつけて反抗的なちょいギャル風の彼女は意外な感じで面白かったです。似合ってたw
 
 
 
いろんな役が演じられる人なんだなぁ、って。
 
葵さんが演じている女子高生も、まぁよくあるステレオタイプといえばそれまでなんだけど、教室で友だちと顔を合わせる前に笑顔を作るところとか、極力明るく振る舞ってグループ内で自分のポジションを確保してるとこなんか、それっぽかったし。
 
父親や母親の人物描写が「いつの時代の人なんだか」といった感じであまりに類型的なのはちょっとどうかと思ったけど、逆にいえば、いつの時代のどこにでもいそうな中年夫婦、ということかもしれませんね。
 
岡山で家族が世話になる養豚農家を演じていた大地康雄さんは、僕はかなり久しぶりに見た気がする。
 
 
 
顔色一つ変えずに豚を解体するところとかいかにもほんとの養豚農家の人っぽかったし、あのおじさんは自給自足の生活を象徴する存在だったんでしょうね。
 
もちろん、それは素晴らしいことばかりではなくて、大変なことだってあるし誰にでもできることではないのでしょうけど。
 
豚ってあんな簡単にロープだけで素人でも殺せるのか?と思うし、大阪での炊き出しが図ったようにちょうど鈴木家の順番前でなくなる、というのもあまりにも作り物めいていて鼻白みはする。
 
 
 
 
特に後半になるにしたがって、作り手の伝えたいメッセージみたいなものを優先するあまり物語がずいぶんと性急で雑になってしまった気はした。なんか物語がメッセージに奉仕しているような。
 
やっぱりあの家族の一人ひとりをもうちょっと丁寧に描いてもよかったんじゃないかなぁ。
 
それでも、観終わったあとは気持ちよかったです。矢口監督の次回作もまた観たいと思いましたし。
 
ちょっと笑えてほっこりする、そんな映画でした。
 
 
 
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