クリント・イーストウッド監督、トム・ハンクス、アーロン・エッカート、ローラ・リニー、マイク・オマリー、アンナ・ガン、ジェイミー・シェリダン出演の『ハドソン川の奇跡』。

 

原作はチェスリー・サレンバーガーとジェフリー・ザスローによるノンフィクション「機長、究極の決断」。

 

2009年1月15日、チェスリー・“サリー”・サレンバーガー機長の操縦するUSエアウェイズ1549便にバードストライク(鳥衝突)が起こり左右のエンジンが停止、近くの空港に着陸する猶予もなくニューヨークのビル群に墜落する危険があったため、機長の判断でハドソン川に緊急着水することに。着水は成功、乗客と乗務員155名全員が無事救助され、それは「ハドソン川の奇跡」と讃えられてサレンバーガーは英雄視される。しかし、不時着水の判断をめぐって彼は国家運輸安全委員会(NTSB)から追及を受けることになる。

 

IMAX2Dで鑑賞。

 

実在の人物を描いた『アメリカン・スナイパー』に続き、これも事実に基づく“USエアウェイズ1549便不時着水事故”を描いたクリント・イーストウッド監督の最新作。

 

あいにく僕は未見なんですが、2013年に公開されたロバート・ゼメキス監督、デンゼル・ワシントン主演の『フライト』もどうやらこの事故からヒントを得ていたようですね。もちろん、機長がアル中でヤク中だった、というあちらの設定やストーリーは完全なるフィクション。

 

 

 

最初この『ハドソン川の奇跡』の予告を観た時に展開がやけに似てるなぁ、と思ったんだけど、当然こちらの方が事実に基づいているわけで、でも題材が似ているためにおかげで映画化に時間がかかってしまったんだとか。

 

 

 

ちなみに、日本版のポスターには「155人の命を救い、容疑者になった男。」というキャッチコピーが付けられていてそれが余計に『フライト』と混同させることになっているけど、宣伝文句に偽り有りで、サレンバーガー機長は別に“容疑者”などにはならない。わざわざ何か別のストーリーにミスリードするあたりが嫌らしいな、と。だから日本版のポスターを貼るのはやめたんですが。

 

『フライト』の方を高く評価して、『ハドソン川~』に「この程度の出来で…」と揶揄めいたことを言う人もいるようだけど、僕は『フライト』を観ていないんでなんとも判断しかねますが、おそらく両者はまったく異なるタイプの映画なんだろうと思う。

 

この『ハドソン川の奇跡』は上映時間は90分ちょっと。140分近い『フライト』とはそもそも描こうとしているものが違うはず。どちらの出来が上とか下とかいうことではなく、単なる好き嫌いの問題じゃなかろうか。

 

これは「やるべきことをしっかりとやった人々」を極力無駄な描写を排して映し出したもので、サリーが旅客機がビルに激突する恐ろしい光景を何度も幻視する映画的な場面はあるが、物語自体はある意味実に淡々としている。サリーが確信を持ってハドソン川への着水に踏み切ったことは観客にはわかっているので、そこにいかにもなサスペンスはない。

 

NTSBの調査によって、わずかに「もしかしたら、左側のエンジンは生きていたかも」という懸念が生じるが、サリーに何か人間的な問題があったというのではなく、彼の長年の経験に基づく咄嗟の判断が正しかったのか、それとも調査記録やコンピューターのシミュレーションの方が正しいのかが問われる。

 

そしてサリーや副操縦士のジェフ(アーロン・エッカート)、この事故にかかわった人々の間に生まれた絆、信頼感こそがこの映画のキモで、映画では生身の人間の脆さや危うさを浮かび上がらせながら、その一見頼りなさげな“人間性”が正確無比に思える機械に打ち勝つさまが描かれる。

 

 

 

サリーことサレンバーガー機長が操縦するUSエアウェイズ1549便が空港を飛び立ってからハドソン川に着水するまではわずか6分ほど。機長も含む乗客乗務員たちがフェリーや救助艇などによって全員救助されたのはそれから24分ほどのこと。すべてがたった30分ぐらいの出来事だったのだ。

 

僕はこの映画を観る前にNHKで放送された「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」でこの事故の顛末やその裏側の救助エピソードについて語った「ハドソン川の奇跡 ニューヨーク不時着 世紀の生還劇」を観ていたので、感動が倍増でしたね。

 

事故直前から着水までの機内の描写はほぼ映画と同じだったので、映画で今一度事故の模様をさらにリアルな映像で確認したような感じだったのと、もう一つ、映画ではほとんど触れられていなかった旅客機着水後に救助に向かった人々のことを映画を観る前に知っていたから、ハドソン川でいつも通りに利用客を乗せたまま真っ先に救助に向かったフェリーの船長さんご本人が自分の役で映画の中に登場した時には涙が出そうになったほど。

 

ロンバルディ船長とサレンバーガー氏

 

映画単体でももちろん胸を打たれるんですが、事故については主人公サリーの周辺にしぼって必要最小限にとどめて描かれていることもあって、これは可能であればこの番組を事前に、もしくは映画の鑑賞後に観ておくとさらに理解と感動が深まると思います。

 

映画ではあえて詳しく描かれなかったことが事故の裏側でたくさんあったことがわかって、より一層映画に入り込めるのではないかと。

 

事実を基にした映画ですし、その内容は実際の事故についての文章などを読めばわかるので、今回はネタバレも何もないです。

 

僕が観たシネコンではこの映画はIMAXでの上映が多くて通常のスクリーンでやっているのは午前中に1回きりだったんですが、別に娯楽的なアトラクション映画じゃないことはわかっているのでそういう作品をなんでわざわざ高い金額払ってIMAXで観なきゃいけないんだ、とちょっとイラッとしたんです。

 

結果としては、IMAXで観てよかったですけどね。無論、通常のスクリーンで観たって充分作品を堪能できると思いますが。

 

1549便に乗っていた人々が経験したことを疑似体験すること。IMAXはそれを大いに手助けしてくれる。

 

また、明らかに9.11を連想させる場面があるし、2009年当時の、それもニューヨークが舞台なので、現実にも多くの人々があの事故とそのわずか8年前に起きた同時多発テロを重ねて見ていた。

 

だからこそ、1人も死者を出さず全員が無事助かった「ハドソン川の奇跡」はニューヨークやアメリカの人々にとって本当に重要な出来事だったんですね。

 

実際の画像

 

ただし、さっきも言ったように事故が起こって着水するまでの時間はほんのわずかなので、長々とそういう場面は流れない。登場人物たちの芝居の部分が映画の大半を占めます。その中に時折事故の場面が差し挟まれる、という形を取っている。

 

さて、これまでにも何度か同じことを言ってきましたが、何かの作品を褒める時に別の作品と比べてそちらを貶める、というのは抵抗を覚えるかたもいらっしゃるでしょうし、褒めてるつもりが逆効果になる場合もあるので気をつけたいんですが、でもやっぱり一言言いたい。

 

僕はこの『ハドソン川の奇跡』を観て、極力「人間ドラマ」を排して危機的状況の中「やるべきことをしっかりやる人々」を描き日本中で大喝采を浴びた「かの映画」を思い浮かべたんです。

 

で、やはりこの『ハドソン川~』の素晴らしさを痛感した。

 

何がって、演出が、俳優たちの演技が、です。

 

「かの映画」にはそれを感じなかった。

 

僕はあのシミュレーション映画に夢中になってる人たちにこそ、この『ハドソン川の奇跡』をお薦めしたい。

 

この映画では、サレンバーガー機長も副操縦士も誰もぶつくさと屁理屈なんぞ言いません。彼らの会話にはちゃんと必然性があり、そしてそれはとても簡潔で自然に見える。

 

これは人間の経験やそれに基づく技術と“勘”が機械の計算に勝利する映画です。

 

イーストウッドは自ら主演した『スペース カウボーイ』でもそうだったように、しばしばその道のプロフェッショナルが機械や若造の屁理屈を打ち負かす映画を撮ってるけど、この『ハドソン川の奇跡』もそうなんですよね。実はそれをこそ描いている。

 

トム・ハンクスと並んでると実に絵になるイーストウッド御大

 

そしてこの映画の俳優たちの演技はほんとに素晴らしい。同じように出演者たちの顔が大写しになっても「かの映画」と違ってイラつくことはなく、逆に彼らの演技に見入ってしまう。

 

といってもそれらは大仰でわざとらしい演技じゃなくて、リハもせずにほとんどぶっつけ本番で撮るスタイルのイーストウッド映画らしく、ごく自然なものとして観客の目に映る。

 

この映画には実際にあの事故にかかわった人々が本人の役で出ているけど、先ほどのフェリーの船長のように言われなきゃわからないでしょう。

 

俳優の演技ってこういうものだよな、と思うし、それを監督の求める「型」に無理に嵌めるのではなくて俳優たちから“引き出す”演出こそ真のプロフェッショナルの技であり、それはサレンバーガー機長とイーストウッドが重なる点でもある。

 

着水の瞬間の描写は、軍隊時代のイーストウッドの経験も基になっているんだとか。

 

邦題の「ハドソン川の奇跡」とは当時のニューヨーク州知事がこの生還劇を指して呼んだものですが(原題はサレンバーガーの愛称をつけた“SULLY”というシンプルなもの)、サレンバーガー機長は「奇跡ではないし、自分は英雄でもない」と言う。

 

彼はかつての戦闘機のパイロットとしての経験を活かし、そして40年のキャリアの中で積み上げてきたものをここぞという時に発揮した。それは究極の選択を迫られた時の適切な判断、そして巧みな操縦テクニックの賜物なのだ。ありえないことが起こる“奇跡”などではない。

 

その主張にはプロフェッショナルとしての自負や矜持を強く感じる。劇中ではサレンバーガーが「もしかしたら自分は間違っていたのかもしれない」と揺れる様子が描かれるけれど、しかしクライマックスで彼はやはり自分の感覚、判断が正しかったことを確信する。

 

僕はこの映画、ほんとにプロの技を堪能する作品だと思うんですよね。余分なものが一切ない。96分という切り詰められた上映時間がそれを物語ってもいる。でもその中には“人間”を信じるメッセージ性や非常に芳醇なドラマが含まれている。

 

だから感想も余計なことをダラダラ書かずに短めに切り上げようと思います。まだご覧になっていないかたはぜひ劇場へ足を運んでみてください。

 

 

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