アダム・マッケイ監督、スティーヴ・カレルクリスチャン・ベイルライアン・ゴズリングジョン・マガロレイフ・スポールジェレミー・ストロングハミッシュ・リンクレイターフィン・ウィットロックブラッド・ピット出演の『マネー・ショート 華麗なる大逆転』。2015年作品。

原作はマイケル・ルイスのノンフィクション「世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち」。

第88回アカデミー賞脚色賞受賞。




2005年、へヴィメタルをこよなく愛する金融トレーダーのマイケル・バーリ(クリスチャン・ベイル)は、格付けの高い不動産抵当証券の事例を何千も調べていく中で、返済の見込みの少ない住宅ローンを含む金融商品(サブプライム・ローン)が数年以内に債務不履行に陥る可能性があることに気付く。しかし、その予測はウォール街の銀行家や政府の金融監督機関からまったく相手にされなかった。そんな中、マイケルは“クレジット・デフォルト・スワップCDS)”という金融取引に目をつけ、ウォール街を出し抜こうと画策する。同じ頃、マイケルの戦略を察知したウォール街の銀行家ジャレッド・ヴェネット(ライアン・ゴズリング)は、信用力の低い低所得者に頭金なしで住宅ローンを組ませている大手銀行に不信感を募らせるヘッジファンド・マネージャーのマーク・バウム(スティーヴ・カレル)を説得し、“CDS”に大金を投じるよう勧める。また、今は一線を退いた伝説の銀行家であるベン・リカート(ブラッド・ピット)は、この住宅バブルを好機と捉えウォール街で地位を築こうと野心に燃える投資家のチャーリー(ジョン・マガロ)とジェイミー(フィン・ウィットロック)から相談を持ち掛けられる。ベンは自分のコネクションを使って、彼らのウォール街への挑戦を後押しすることを決意する。三年後、住宅ローンの破綻をきっかけに市場崩壊の兆候が表われ、マイケル、マーク、ジャレッド、ベンは、ついに大勝負に出る……。
Movie Walker のあらすじより転載、加筆)



やっかいなのは何も知らないことではなくて、実際には知らないのに知っていると信じ込むことだ。マーク・トウェイン

アカデミー賞関連作品ということで鑑賞。

ですが、すいません、上映開始後15分も経たないうちに自分の失敗を悟った。

なぜなら、劇中で交わされる会話の8割以上が僕には理解不能だったから。意味不明な専門用語が飛び交う130分間、客席で貴重な時間と金を無駄にしたことへの後悔の念に苛まれた。別の映画にすればよかった…(>_<)

 


以前、映画評論家の町山智浩さんの解説を聴いていたので概要は知ってはいたのだけれど、ハッキリ言って町山さんの解説を聴いてれば充分で、別に映画は観なくてもよかったと思った。

この映画を酷評することは、すなわち自分の無知や映画における表現というものへの無理解を晒すことになるので非常に情けないんですが、正直、僕はあまり楽しめませんでした。

同じアダム・マッケイ監督の映画だったら、僕はまだこちらは完全なるコメディの『俺たちステップ・ブラザース -義兄弟-』の方がよっぽど好きですね。

映画の中で男たちがほぼオフィスやケータイ越しに喋ってるだけ、という退屈な映像に眠気を堪えるのが大変だった。

サブプライム問題」や「リーマン・ショック」について常識的な知識や関心を持っている人なら楽しめるかもしれませんが、だとしたら映画観るよりも原作本を読んだ方がいいんじゃないだろうか。毎度のように僕は読んでいませんが。

債券のことなどてんでわからず「空売り」も「焦げ付き」もチンプンカンプンな僕には、字幕を追って台詞の意味を理解することすらおぼつかなかった。

レストランのシチューの中に使われている食材やラスヴェガスのルーレットの喩えなんかはとてもわかりやすかったですが。

そういえば、『ザ・ウォーク』ではニューヨークで主人公の仲間になった男が「“JPモルガン”のJPだ」と自己紹介していたけど、今回の映画でもモルガンの名前が出てくる(モルガンなんちゃらっていう名前の関連会社や銀行やらやたらとあるんで紛らわしいが)。

しかもこれはノンフィクションが基になっていて、登場人物たちの人間模様を描くというよりはあくまでも銀行がいかに多くの人々を食い物にして一部の人間たちが私腹を肥やしてきたか、そしてその結果世界経済がどんな被害を被ったかということの告発でもあるので、物語的な面白さってほとんどないんですよね。

むしろ劇映画よりもドキュメンタリーとして観たかった。

予告篇だといかにも「一発カマしたるぜ!」ってな感じで男たちが集まって何か壮大な計画を実行する映画に思えるじゃないですか。

確かに何十億ドルという金が動くのだから物凄いリスクを伴う危険な計画ではあるけれど、邦題の「華麗なる大逆転」なんて起きませんから。

“華麗”でも“大逆転”でもない。もちろんコメディでもない。ちっとも笑えないので。

これが内容に絡めた皮肉でないのなら完全なるタイトル詐欺だし、予告篇は明らかに観客を何か別のタイプの映画と勘違いさせるように作られている。悪質だなぁ。

ちなみに原題は“THE BIG SHORT”。SHORTとは「空売り」のこと。

「マネー・ショート」というよくわからない邦題は、同じ原作者で映画もブラッド・ピットが製作した『マネーボール』と似せたんでしょう。

それに僕が観逃したのかもしれませんが、予告にあったトイレでライアン・ゴズリングが男の尻を蹴飛ばすシーンって本篇にあったっけ。

細かいカット割りや小刻みに揺れる目障りなキャメラワークはあるけど、アッパーな感じの、たとえば『ウルフ・オブ・ウォールストリート』みたいなノリの映画ではない。

『ウルフ~』もクズ株の話とか出てくるし、同じくクリスチャン・ベイルが主演していた『アメリカン・ハッスル』でも詐欺について描かれていたけど、あれらは主人公の型破りな生き方に焦点を当てていたりケイパー物のような騙し合いの面白さを描いていたので、株のこととかよく知らなくても楽しめたんですね。

でも、この『マネー・ショート』はああいったタイプの演技派俳優たちのアンサンブルを楽しむ映画ではないのだ。

ベイルやカレル、ブラッド・ピットたちが一堂に会することはないし、電話で会話すらろくにしない。そもそも人物同士の直接的な関わりがないから。

『ウルフ・オブ・ウォールストリート』ではヒロインを演じていたマーゴット・ロビーがワンシーンだけ出てるけど、シャンペン飲みながらバスタブで用語の説明をしてくれるだけ。それ以降は出てこない。


『ウルフ・オブ・ウォールストリート』と同様、一番大事なモノは見せてくれないマーゴット・ロビー


このキャスティング、わざとだろ(;^_^A

予告だとクリスチャン・ベイルが主役っぽいけど、彼が演じるマイケルは他の主要キャストとは一切絡まない。ほとんど仕事場に引きこもってるだけ。

マイケルは幼少期に左目の視力を失ってから人と親しく接することが苦手になったことが劇中で彼のモノローグによって語られるが、さっき書いたようにこの映画は登場人物たちを深く掘り下げることはなく、ドラム叩いたり職場でも変人っぽいんだけど、たとえば彼と妻子との関係も映画を観てるだけじゃよくわからない。描写が圧倒的に足りないのだ。

最後は2008年のリーマン・ショックの顛末とマイケルたちそれぞれのその後を報告して、なんだかモヤッとしたまま映画は終わってしまう。

ブラッド・ピットに至っては、重要な役柄ではあるのだがほんとにちょっと出てくるだけ。

どちらかといえば主人公はスティーヴ・カレル演じるマークで、彼が実の兄を自殺で失ってそのことがずっと心の傷として残っていたことが描かれる。

 
日本料理店では店内に徳永英明の「最後の言い訳」が流れている


彼のエピソードがこの映画の中では一番劇映画っぽいのだが、やはりドラマとしては僕はあまりピンときませんでした。

そんなわけで、わからないことを無理して知ったかぶってもアホなのがバレるだけなんで、鑑賞後に考えたことをちょっとだけ書いてお茶を濁して早々に切り上げたいと思います。

ネタバレといえるようなものがあるのかどうかよくわかんないですが、あらすじでほとんど内容は書いちゃってるので。



それにしても、クリスチャン・ベイルってアカデミー賞関連作品には毎年のように関わってますね。

ザ・ファイター』では助演男優賞を獲得して(今回も助演男優賞にノミネート)『アメリカン・ハッスル』では主演男優賞にノミネートされてるけど、まだ主演男優賞での受賞はないんだよね。

いつか獲るんだろうなぁ。

スティーヴ・カレルは、僕は彼の主演作は『40歳の童貞男』と『ゲット スマート』を観ていて、だから彼のことはずっとトボケた表情でコメディに出ている人、というイメージだったんだけど、でも『フォックスキャッチャー』で演技派に転身したような気配。今回もその路線です。

あいにく僕は『フォックスキャッチャー』は未見なんですが。

真面目な顔してる時の彼はちょっとマーク・ストロングに似ている。身長は全然違うけど。

ライアン・ゴズリングは僕は久しぶりに出演作を観ましたが、不敵な表情でマークたちを巻き込んでいく役がなかなかカッコ良かったものの(髪が微妙にヅラっぽかったんだが)、やっぱりもっと彼の演技を見ていたかった。

これは出演者たちの演技力のせいではなくて、群像劇の形をとっているからどうしても登場キャラクターたちの描写が断片的で、彼らの演技を十二分に堪能できないのだ。

そういう不満が大いに残った。

マリサ・トメイカレン・ギランメリッサ・レオなど他にも知ってる俳優が出てるけど、いずれも出演場面はごくわずか。

キャロル』ではルーニー・マーラに好意を持つ青年役だったジョン・マガロが、まったく実績もコネもない若い投資家チャーリー役で好演してましたが。


ジョン・マガロ(左) フィン・ウィットロック(右)


この映画のブラッド・ピットはヒゲをたくわえていて髪型などもまるでロバート・レッドフォードそっくり。

 


劇中でも「ロバート・レッドフォードの映画になりそう」という台詞もあった。

大儲けにハシャぐチャーリーたちをブラッド・ピット演じるベンがたしなめるシーンがあるが、つまりこの映画が語っているのはそういうことなのかもしれない。

観客は“華麗なるギャツビー”ならぬ「華麗なる大逆転」を見たくて映画館に来ているのだが、これはそんなお気楽なもんじゃないのだ、と。

結果として多くの一般の人々、低所得者たちが職や住む家を失うことになったのだから。

マークは最後に10億ドル以上の株を売ることを躊躇する。それは銀行がやってきたことと同じだからだ。

しかしこのままほっておけば債券の価値はゼロになってしまう。

そこでマークは「全部売れ」と指示を出す。それは苦い決断であり、どこにも達成感はない。

マークたちは金融バブルのからくりに気づき、その目が節穴だったことが露呈した金融のプロたちの鼻を明かして崩れゆくジェンガの塔からいち早く脱出することには成功したが、金融危機そのものを食い止められたわけでも多くの犠牲者たちを救えたわけでもない。

しかも、ちゃんと家賃を払っているのに住む家を追い出されたあのスキンヘッドの男性の一家に代表される多くの普通の人々は今も大変な生活を強いられる一方で、そのような何百万人という人々を陥れた張本人たちは法的に罰せられることもなく、いまだに国民から吸い上げた金でのうのうと生き残って贅沢三昧な生活を送っている。この憤まんやるかたなさ。

マークたちが、無担保でどんどん金を貸しまくる銀行家たちのあまりに無責任な放漫経営や格付け会社のずさんな仕事ぶりに呆気にとられる場面は、さすがにゾッとする。

しばしば画面に映し出されるマークの苦渋に満ちた表情は、それらに対する怒りを象徴しているんだろう。

最初は他人への共感や配慮に欠けたコミュ障に見えたマークが次第に頼もしく見えてくる展開は、ちょっと魅力的ではあった。

そして彼が兄の死に対する自責の念に駆られて最後に妻の前で流す涙。

かつてマークは、苦しみを訴える兄に金を渡した。しかし兄は自殺する。

あの時、もっと親身になっていたら、という後悔。

だからマークの劇中での行動には兄への贖罪の意味もあったんだろう。

マークの涙は、人間的な繋がりではなくすべてが「金」という記号的なもので判断され処理されていく世の中への悲しみも表現しているのだと思う。

…こうやってあれこれ挙げていくと、なんだ、いい映画だったんじゃないのか、と思えてくるから不思議なんですが。

だから、僕は「楽しめなかった」などと書いてしまいましたが、この映画の良さをちゃんと理解して賞賛している人たちもいらっしゃるので、気になるかたはご覧になってみるとよいのではないでしょうか。

個人的には「アカデミー賞受賞作」だからといってすべてが自分に合う映画だとは限らない、ということを痛感した1本でした。



↓この映画を理解し楽しむうえで大変参考になるレヴュー
華麗でも爽快でもない虚しい逆転劇


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