$映★画太郎の MOVIE CRADLE


デリック・マルティーニ監督、クロエ・グレース・モレッツ主演の『HICK ルリ13歳の旅』。2011年作品。PG12



アメリカ中西部のネブラスカ州。貧しい農村地帯に住む13歳のルリ(クロエ・グレース・モレッツ)は、彼女の前から両親が姿を消したのをきっかけにラスヴェガスをめざしてひとりで旅に出る。さっそくカウボーイハットをかぶった男エディ(エディ・レッドメイン)の車に乗せてもらうが、しばらくして口論になり途中で車から降りてしまう。


キック・アス』『モールス』のクロエ・グレース・モレッツの初単独主演映画。

ずいぶん前からこの映画のことは知ってたけど、低予算のインディーズ系作品でその後も芳しい評価を聞かないので、はたして日本で公開されるのかどうかもわからず「DVDスルーかな」と思っていた。

まずはめでたく公開なってよかったよかった。

原作の小説があるそうですが僕は(以下、略)。映画の脚本は原作者みずから手がけたんだそうで。

タイトルの“HICK”とは、「田舎者」のこと。

ようするに、アメリカの田舎町の少女がヒッチハイクで旅をするロードムーヴィー

主人公ルリの母親役に『ナチュラル・ボーン・キラーズ』も懐かしいジュリエット・ルイス

$映★画太郎の MOVIE CRADLE $映★画太郎の MOVIE CRADLE


映画の終わり間際にアレック・ボールドウィンもちょこっとだけ出演。

ロードムーヴィーなんで、このようにいろんな人がちょっと出てきては退場して、二度と出てこなかったりする。

旅先でルリとトランプの賭けをするハワード・ザ・ダックみたいな顔をした青年、もしかしてそうかな、と思ってたらやはりマコーレー・カルキンの弟キーラン・カルキンであった(笑)

別に伏線がどうとかストーリーが面白いとかいう類いの作品じゃないし、特に笑えるとか泣けるとかいったこともない。悪くいえばきわめて凡庸な作品。

まぁ、たしかにたいして話題にならなかったのもわからなくはないような内容ではあった。

クロエ・グレース・モレッツのファンならば必見ですが、逆に彼女に興味がなければスルーしてかまわないんではないかと。

いろんな表情のクロエさんが見られます。

おへそ出した格好や可愛い虹色パンツ、きれいな脚。

$映★画太郎の MOVIE CRADLE

圧巻はクライマックスでみせる、『グラディエーター』のラッセル・クロウ並みの「鼻水垂れながらの泣き顔」。

あのヅラ丸出しの黒髪のショートヘアは、もうちょっとどうにかならなかったのかと思うけど。

$映★画太郎の MOVIE CRADLE


あれは必要なかったんじゃないかなー。ぜんぜん似合っていませんでした。

エディの美的センスのなさを表現してたのかもしれないけど。

以下、ネタバレなんてあまり関係ないけど、一応ご注意を。



映画の冒頭でルリが学校の前で大好きなスケッチをしながら父親(アンソン・マウント)の車を待っていると、通りすがりのカップルの男の方が彼女に「アバズレ」という。

子どものくせに酒場に入り浸っているから、ということだが、それは彼女の両親が飲んだくれだからだ。ルリは別に体を売っているわけではない(飲酒はしてるかも)。

それよりも少女を平然と「アバズレ」よばわりする人間のほうがよっぽどどうかしてると思うが、つまり彼女が住むのはそんな感じのつまらない町ということなのだろう。

ルリの母親はいつも“娼婦”のような格好をしていて(本職もそうなのかもしれないが)、父親はアル中。

それでもルリには誕生日を祝ってくれる母親の友人たち(客?)がいる。

誕生日プレゼントにホンモノの拳銃をくれるような連中だが。

そんな具合に、この映画に登場する“大人”たちにはろくな人間がいない。

母親はある日、不動産屋の男と車でどこかへ行ってしまう。

それでもたいして気にもとめていないような様子でスケッチをつづけていたルリに、目を覚ましてきた父親は彼女の顔を見て「お前の母さんの若い頃に似てきた」という。

そして「そのまま変わらないでくれ」といい残してやはり車で去っていく。

両親が彼女を捨てていったのか、それともたまたまどこかに出かけただけなのかはこの時点ではわからない。

ともかく、ルリは思い立ってラスヴェガスをめざして旅に出る。誕生日にもらった拳銃スミス&ウェッソン(S&W)をもって。

ルリはどうやら映画が好きなようで、ジョン・ブアマン監督の『脱出』なんていうシブい作品なんかも観ている。

片手でS&Wをかまえながら鏡の前でダーティハリーの真似をしたり、『スターウォーズ』のレイア姫の「助けてオビ=ワン・ケノービ。あなただけが頼りです」という台詞をいってみたりする。

彼女が観ている映画がぜんぶ70年代の作品ということは、この『HICK』って映画は70年代が舞台なのだろうか。

時代背景について特になにも説明されないのでわからないけど、誰ひとりケータイを使ってないし、店も車もすべてが古びてて、映画自体が70年代ぐらいに作られた作品っぽい。

そんな感じで、日本人の僕が見ると時代すらさだかではないひたすら畑がひろがる田舎町で、彼女はあてどない旅をつづける。

この映画は、観客がこの13歳の少女と一体となって旅をする話である。

アメリカの田舎町にいる、一見気さくなようでいてじつはなにを考えているのかよくわからない、おっかない人々。

僕がこの映画を観て感じたのは、まさにそういう人たちにかかわってしまう怖さだった。

もう観てるあいだじゅう、ルリを演じるクロエにむかって心のなかで「逃ーげーてー!!」と叫んでいた。

特にエディ・レッドメインが演じるエディ。この人の意味のわからなさはスゴい。

$映★画太郎の MOVIE CRADLE $映★画太郎の MOVIE CRADLE


最初わりとイイ奴っぽいんだけど、ルリの行く先々に姿をあらわすあたりからなにやらブキミな雰囲気を漂わせてくる。

ルリに「脚の悪い人」といわれて気分を害したエディは彼女を車から降ろす。

エディは以前ロデオで痛めた脚をいつもひきずっているので、それをからかわれたり悪口いわれればそりゃ腹が立つだろう。

ところで日本語字幕についてですが、PC(ポリティカル・コレクトネス)的に配慮したんだろうけど、「脚の悪い人」という悪口はいかがなもんだろう。

あきらかにここでルリはごく短い一言、日本語で“ヒック”に近い語感の単語をいっていて、さらに車で走り去るエディに「身障者!」と罵声を浴びせる。

“育ちが悪い”人間ほど差別的な言葉をふだんから多用するのはアメリカだろうと日本だろうとかわらない。

この映画のタイトル“HICK”という単語がアメリカでどのようなニュアンスで使われているのかは知らないけど、単なる「田舎者」というだけではなく、教養がない、とか、もっといえば品格や品性が欠けている人間に対していう侮蔑語のような感じがした。

ルリは感受性が豊かで絵を描くのが好きだし、そんな彼女を「教養がない」「品性に欠けている」などというのは乱暴な気もするが、友だちもいなくてまわりの大人たちはクズばかり、両親はほぼ育児放棄(実弾が入ったピストルを娘にもたせておくとか、ちょっと考えられないが)と、劣悪な環境で生きていることはたしかだろう。

ただし、なぜルリがエディに差別的なことをいったのかといえば、彼がルリの服装を見て「まるで娼婦みたいだ」といったから。

どっちもどっちである。

彼らのような人々に共通している心性として、人から見下されることに過敏に反応する、というところがある。

だから相手に自分が「見下された」と感じたら、自分を防御するために反射的にそれ以上の攻撃を相手に加えるのだ。

そのあたりでも、この映画はなかなかこまかいところを描いていると思いました。


さて、エディと別れたルリは、今度はグレンダ(ブレイク・ライヴリー)という女性と出会う。

$映★画太郎の MOVIE CRADLE $映★画太郎の MOVIE CRADLE


彼女は立ちションしたりルリにコカインを勧めたりガソリンスタンドの老人から金を盗んだりするような「アバズレ」だが、この映画のなかでは比較的マトモ、というか人としての良心をもったギリギリこちら側に踏みとどまっている人である。

この人がまた、ルリに人生の先輩としてときどき含蓄のあることをいうのだ(どんなこといってたのか忘れちゃったけど)。

もっともあとでわかるが、彼女はどうしようもないほど「男」を見る目がない。

これはルリの母親もそうだ。

グレンダは赤の他人であるにもかかわらずルリのことを本気で心配したり、自分の幼い息子のことを愛し、彼の境遇に涙する心をもっている。

それはやはりルリの母親だってそうだったのだが。

娼婦みたいな格好のルリの母親も、そしてアル中の父親だって人間らしい心をもってはいるのだ。

それでもそう思えた次の瞬間には、彼らは娘を置いて行ってしまう。

この映画の登場人物たちは、みなこのようにまるで情緒不安定か多重人格のようにコロコロと態度や言動が変わる。

登場人物たちのキャラクターの一貫性のなさに不満を感じる人がいるのもわかるし、じっさい「お話」としては「だからなんなんだよっ」といいたくなるような代物ではある。


グレンダといっしょにルリがむかった店にはエディがいた。

彼はこの土地の顔役であるらしいグレンダの恋人ロイド(レイ・マッキノン)にやとわれていた。

そんなエディを見たグレンダの顔色が一変する。

どうやらグレンダはエディを知っているようだ。

エディの怖さは、ただ単に凶暴というんではなく、一見マトモそうにも見えることだ。

ロイドにさんざんコケにされながらも耐えている彼の姿には共感をおぼえたし、そのいけ好かないボスの酒のグラスに小便を入れて飲ませる場面なんかは「よくやった!」とさえ思ったもの。

ロイドのあの愛想がいい人っぽい態度からのエディへの突然なキレ方とか、見ていてルリやグレンダ同様にとても気まずい心持ちになった(金持ちの恋人がいるのにグレンダがなんで金に困ってるのかよくわからないのだが…。息子がいることは内緒にしてるんだろうか)。

「従業員は厳しく教育しなくちゃダメだろ?な?」という台詞とか、最高に胸クソ悪かった。

ああやってときどき自分が一番偉いんだ、ということをまわりに思い知らせようとする奴はいる。

こういう人間といっしょにいると精神的に不安定になって、まわりのすべてを過剰に怖れたり、そのために不必要に攻撃的になったりする。

この男もそれっきり出てこないし、なんというか、これは世のなかの厳しさや理不尽さを教えようとしている映画なのか。そんなもんわざわざ教えてもらわなくてもけっこうなんだが。

ともかくそんなわけで、てっきりエディはルリの味方になってくれるイイ奴だとばかり思っていたのだが(ルリが酒場で襲われる場面だって、彼は身体張って彼女を助けたし)、その後の彼の豹変ぶりには戸惑いとともになんともいえない怒りと失望感をおぼえたのだった。

それにしても、少女を襲って髪を切って黒く染めさせて、彼はそれからなにをしようとしていたんだろうか。

グレンダがいっていたように、ああいうのをほんとの「クズ」というのかもしれないな。

エディという男には、DV男の依存の病理に通じるものを感じる。

事実、彼は暴力的に自分の欲求を満たそうとするし、かつてはグレンダに、そして今度はあらたに出会ったルリに依存し、彼女にもたれかかろうとしている。

「お前がいないと俺はダメなんだ」といいながら相手を痛めつけつづけるこの男には、リアルな恐怖を感じる。

アレック・ボールドウィン演じるモーテルの主人も、一番マトモで親切そうに見えるが、なぜ異変に気づかなかったのだろうか。女の子が部屋のなかであんな大声出してたのに。

ああいう結果になる前に危険を察知できなかったのか。

あるいは気づかないフリしてたのか?

ルリが彼に「ニワトリの絞め方」について質問する理由がよくわからなかった。その直後にルリの行動にエディが激怒してたけど、なにか別の意味があるのかな。


生後まもなく死んでしまった弟のことを考えながら、ルリはあたらしい男を作った母親を捨てて見知らぬ土地に旅立っていく。

そこになにが待っているのかはわからない。

もしかしたら、それはかつて母親がたどったのとおなじ道なのかもしれない。

生きているかぎり、人に「ハッピーエンド」はない。


最初におことわりしたように、これといって突出したものはないけれど、それでも単なるクロエ・グレース・モレッツのPVにとどまらない、なかなか捨てがたい作品だと思いましたよ。

70年代のロードムーヴィーが好きな人とかは観てみたらいかがでしょうか。

ただ、移動する場面は頻繁にあったものの、思ったより距離感が感じられなかったのだが。

最後にモーテルの主人がルリを車で送っていこうとして家の場所を聞いたあと、「…バス停まで」といいなおすほど彼女が長距離を旅してきた、という実感がさほどわいてこなかった。

おもいっきり引きの画で広大なアメリカの土地をルリたちが乗った車が走る場面を何箇所か入れておいたらよかったかもしれない。

そしてルリはまるでせいせいしたような表情でロスにむかうのだが、その前に大人が2人死んでるわけだし、世話になったグレンダの息子のエンジェルはどうなるのだろう。

ルリが亡くなった自分の弟と同様に、独り残されたエンジェルのことを考える場面があってもよかったのではないかと思うのだが。


そんなわけで、原作者みずから手がけたというシナリオが「物語」としてはきわめて未整理だったために、せっかくのキャラクターたちが生きていなかったり、彼らがたどる運命にいまひとつ心動かされなかったりで残念な出来ではありました。

僕はこれ、作りようによっては号泣モノの感動作品になったと思うんだけどな。そういう意味でとてももったいない。

だけど嫌いではないです。

この映画を観て僕がまず感じたのは「…アメリカの田舎、怖ェ!」ってことだったけど、でもこれは行ったこともない国の自分とは無関係な世界の話だとは思いませんでした。

自分を苦しめたものを反面教師にしてそこから抜け出す人もいれば、憎んでいたはずの存在に自分自身がなってしまう者もいる。

ここには人間の「クズ」のサンプルがあった。

エディ役のエディ・レッドメインもグレンダ役のブレイク・ライヴリーも、みごとなまでのホワイト・トラッシュぶりだった。

クロエちゃんはちょっと小綺麗すぎるかな、なんて思ったけど(「映画秘宝」1月号で“汚ギャル”などと表現されてたけど、ぜんぜん汚くなんかなかった)、でも彼女のいい意味でのいわゆる「美少女」とは違ったファニーフェイスが、ルリという少女を実在感あふれるものにしていました。

ルリの父親は彼女に「変わらないでくれ」といった。

でも僕はこれからも成長して変わっていくクロエ・グレース・モレッツを応援しています。



$映★画太郎の MOVIE CRADLE

最近のヒット・ガール事情→ヒット・ガール再臨 クロエ来日

クロエ・グレース・モレッツ出演作品感想:
『リピート 許されざる者』
『(500)日のサマー』
『クロエ・グレース・モレッツ ジャックと天空の巨人』(2010)
『キック・アス』
【爆音映画祭】『キック・アス』
『グレッグのダメ日記』
『ヒューゴの不思議な発明』
『キリング・フィールズ 失踪地帯』
『ダーク・シャドウ』
『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』
『イコライザー』
『ネイバーズ2』
『シャドウ・イン・クラウド』



HICK ルリ13歳の旅 [DVD]/クロエ・グレース・モレッツ,ブレイク・ライヴリー,エディ・レッドメイン

¥3,990
Amazon.co.jp



にほんブログ村 映画ブログへ にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ