TOEIC
TOEIC今日結果が返ってきました。
800点ついに超えました。よかったです。
次回も申し込んでしまったのでお金を無駄にしないように受けます。
とりあえず今日は巷で話題のイクフンさんのTOEIC対策本を購入しました。
あと5日間でなんとか終わらせて完全燃焼したいと思います。
やってやれないことはない。
最近
少し前後輩と三人で同人誌売り場に行ってきました。
はじめに言っておきますが僕はそういうのには全く興味はありません。
そういう店は初めてなので分かりませんが、
おそらくかなりディープな店だったのではないかと思います。
後輩は同人誌のことについて全く知らなかったので、すこし説明しました。
「同人誌=本来の作者ではない人物が創った漫画、アニメ等の二次創作物」
そしたら後輩の一人が
「じゃあドカベンの同人誌ってありますかね?ぼくドカベン大好きなんでw」
久しぶりに涙が出るほど笑いました。
でも今調べてみたら本当にあるそうです。
しかもちゃんとエロ要素もあるらしいです。
彼の誕生日プレゼントは決定しました。
変身
カフカの変身についての読書感想文を少しだけ書きます。
かなり昔に読んだのでうろ覚えですが、何日かかけて更新していきます。
あらすじ
主人公グレーゴル・ザムザは、ある朝目覚めると、自分が巨大な毒虫になってしまっていることに気が付く。彼は、戸惑いながらももう一度眠りにつこうとするが、出勤時間がせまっていた。しかし、虫になった姿のままで仕事に行くことなど出来ないし、家族にもこの姿を見られまいと引き籠るが、そうこうしているうちに、仕事場の上司が自分の家の部屋の前までやってくる。彼は何とか弁明を試みたが、虫になった自分の言葉など通じない。
グレーゴルは部屋のドアまで這いずり、何とかドアを開けその姿を家族と上司の前に晒すと、彼らはたちまちパニックに陥る。母親は床の上にへたり込み、父は泣き出し、支配人は声を立てて逃げ出す。父はゴレーゴルをステッキで叩き、部屋に押し戻す。
それ以来、グレーゴルは自分の部屋に閉じこもってひっそりと生活することになった。彼の世話をするのは妹のグレーテで、彼女はグレーゴルの姿を嫌悪しつつも食べ物を差し入れ、また部屋の掃除をした。妹はグレーゴルが暇つぶしに壁をはいずりまわるのを目撃し、彼のためを思い部屋から家具を取り除く。当初は、グレーゴルもそれに喜んだが、家具が全てなくなってしまえば、自分は人間ではなく完全な虫になってしまうと思い最後部屋に残された雑誌にへばりつく。それを見た彼の母親は絶叫し、父親は彼にリンゴを投げつけ、グレーゴルに重傷を負わせる。
一か月ほどその傷に苦しむことになり、彼の世話は妹ではなく年老いた使用人の女が担当していた。家族は唯一の働き手であるゴレーゴルを失ってからは、父が新しい職につき、家の使わなくなった部屋を三人の紳士に貸して生計を立てていた。ある晩、妹のグレーテがバイオリンを弾いているところを紳士が見つけ、こちらに来て演奏してくれるように頼む。彼らはすぐに退屈してしまうが、その音色に痛く心打たれたグレーゴルは自室を抜け出し、紳士たちの前に姿を現してしまう。
紳士たちはその姿を見て、驚愕し怒り狂う。失望する家族たちの中で、妹グレーテはもうグレーゴルを見捨てるべきだと主張し、父もそれに同意する。グレーゴルはやせ衰えた家族の姿を目にしながら部屋に戻り、家族への愛情を思い返しながら静かに一人で息絶える。
彼の死後、家族は各々新しい勤め先を見つけ、それまでの蓄えも多少あり、休暇旅行に出かける。新しい家を買う計画や、一人娘のグレーテの婿探しについて話しながら、希望に満ちた将来に胸を膨らませ、彼らは旅行先に着いた電車を降りる。
感想
この一家は貧しくグレーゴルが唯一の働き手であったのですが、彼が毒虫になってしまってからは、家族は彼を人間として扱わなくなります。唯一、嫌々ながらも妹が世話をしてくれるのですが、最終的にグレーゴルを見捨てる決断をするのは彼女です。虫になったグレーゴルは本当に救いようがない。
この小説では、グレーゴルがなぜ虫になってしまったのかはわかりませんが、そこはさして重要ではないと感じます。しかし、この毒虫については少し興味深い話があります。カフカはこの変身を出版するにあたって、絶対に毒虫の絵を書いてはいけないと釘を打ちました。散々言われていることでしょうが、この小説の毒虫は現代でいうニートや何らかの障害により働けなくのようなものの比喩であると考えます。
以下は僕の無茶苦茶な書きかけの感想なので読まなくていいです。
グレーゴルは変身がしたかったのではないかと思う。彼は、現在の職、自分の待遇に対して不満を持っていた。そしてさらなる高みにある理想の自分へと変身したかったのではないか。しかし、その変身にはリスクが伴う。なぜなら、彼は、家族で唯一の稼ぎ頭であり、現在の彼も多忙の身であったからだ。もし、その変身が失敗すれば、失意の中また別の仕事を探さなければならない。その間、誰が生計を立てるのか。彼のいる環境等がそのリスクを作り出していた。
結局、その望みは叶わなかった。さらなる高みへと自分を押し上げるはずであった変身は、望みの姿になれなかった絶望、コンプレックスにより彼を一匹の醜い毒虫へと変えてしまった。それと同時に彼が抱えるリスクも崩壊した。残された家族は、どう思うだろうか、絶望の淵で抜け殻と化した彼に手を差し伸べるべきなのか。もしくは彼を見捨て、新たな道を歩むべきか決断するだろう。グレーゴルの家族が出した答えは後者だった。
作中での彼はもはや人間の言葉を話すことができない唯の虫けらであり、虫とともに心中しようなどと言う人間はそんなに多くないだろう。虫はもう二度と立ち上がることが出来なくなった人間の比喩である。そのような状態になった自分の息子を見捨てていく両親らは、いささか残酷に思えるが、死人は放置していくほかにない。
この作品で伝えたかった筆者の思いは何だろうか。僕はこの感想文を書くに当たって色々考えましたが、わからない。やっぱり本のあとがきに書いてあるように万人に独自の解釈を許す作品なのかなぁ。僕には難しい