エフォートアカデミー塾長日記 -30ページ目

エフォートアカデミー塾長日記

静岡県三島市の学習塾「エフォートアカデミー」のブログです。
塾での出来事やお知らせを、私塾長の鈴木がお知らせいたします。
エフォートアカデミーのホームページは、
http://www.effort-aca.com
です。よろしくお願いいたします!

ここ数日は本業である「塾」以外が何かと忙しく、ブログを書く時間が取れませんでした。

 

というのも、母と妻がともに病院にお世話になっていたからです。

母は家の中で躓き、左足を捻挫してしまったようです。我が家の今は「小上がり」になっていて、そこに掘りごたつがあります。その掘りごたつで食事をすることも多いのですが、その度にトレーに乗せた食事を運ぶことになります。

母が何度かキッチンと往復することになるのですが、度々「小上がり」のところで躓きそうになっていたことがあり、その度に無理に運ばなくてよいと注意していたのですが、ついに「やってしまった」ようです(笑)。すぐに病院へ行けばよかったのですが、市販のシップ薬でやりすごそうとしたものの、一向に痛みが引かず、ようやく受診した次第です。

幸いにして動けないほどの容態ではないのですが、ヨロヨロと実に危なっかしく、長い距離はとても歩かせることができません。教室への行き来にも大いに気を遣っている状況なのです。老人の「ボケ」は足腰の老化から始まるとも言われているので、要警戒です。

 

一方妻はというと、数日前から体調が良くなかったようで、次男から、

 

「ぐずぐずしないで、早く病院へ行け!」

 

と盛んに忠告されていたようです。それでも妻自身は、

 

「大したことない!」

 

と高を括っていたようなのですが、ついに昨日、耐えきれずに受診したところ「帯状疱疹」とのこと、よく見れば背中や胸元にぶつぶつとした疱疹がいくつかありました。疱疹そのものよりも、全体的な痛みがあるようで、お医者様からは、

 

「なんでもっと早く来ないの!」

 

と叱られた上に、その場で薬を服用させられたそうです(笑)。次男も、

 

「俺が言った通りに早く病院行かないから酷くなったんだよ!」

 

と大層ご立腹の様子でした(笑)。次男なりに祖母や母親のことを心配していたのでしょう。

 

母は勿論のこと、私や妻もより一層健康に留意しなければいけない年齢となっています。私などは既に高血圧・糖尿病という「成人病」に漏れなく罹患している身でもあるのです。「まだまだ大丈夫!」などという、あまり意味がない「やせ我慢」はほどほどにして、調子が悪ければ診てもらうという、至極当たり前の対応を徹底しようと、固く誓った水曜日の午後なのでした(笑)。

 

受験生の皆さんんも、体調管理には十分に気をつけて!

 

頑張りましょう!

いよいよ受験直前期となってもなお、確たる志望校を絞り切れていない受験生が少なくないようです。

 

「積極的・主体的な理由」により、志望校選定を迷っているのであれば、大いに迷って構わないと思います。ギリギリまで悩んでよいと思いますが、問題なのは「消極的・悲観的な理由」による「志望校未決状態」なのです。

 

あくまで私見なのですが、明確な目標(この場合の目標とは、文字通りの「目標」であり、容易に達成可能なものを指すものではありません)を設定できない人は、誤解を恐れずに言えば「臆病な人」だと思うのです。

 

いつも「失敗したらどうしよう・・・」という、極めてネガティブな思考に囚われ、過剰に失敗を恐れてしまう人はいないでしょうか?よ~く考えれば、受験においてはたとえ「できる子」であったとしても、何の「保証」もないのは他の子たちと同じなのです。私自身、永く受験に携わっていますが、「まさか!」の事態が起きるは、受験においては決して珍しくないのです。

 

真の意味での「失敗」とは、目標達成のための「努力」を怠った人間だと、私は考えているのです。「結果」は時に残酷ではありますが、きちんとした準備を積み重ねた上での「結果」であれば、少なくとも「失敗」だったとは断言できないでしょうし、来るべきリベンジの機会に再び闘志を燃やすことができるでしょう。すべては「自分自身」の身の処し方に懸かっているのです。誰だって失敗はしたくはありませんが、失敗を恐れるがあまり過剰に委縮してしまうようでは、戦う前に自ら「不戦敗」を選択しているようなものなのです。

 

さらに早期の志望校選定の具体的な利点として、学校側の「忖度」が働く可能性があるという点があります。

 

「あと1点内申点があれば、志望校の合格基準に達するのに・・・」

 

というケースにおいて、学校の先生に早めに志望校を表明しておけば「何とかしてくれる」ケースが少なくないのです(大幅に足りない場合はどうやっても無理ですが)。いつまでもはっきりした志望校を表明できない場合は、先生方も「手助けしたくても、できない」状態に陥ってしまいます。私は特に私立高校志望の塾生には、例年、

 

「何が何でも〇〇高校に行きたいから、どうか宜しくお願いします!」

 

と夏休み明けには担任の先生に表明しなさい、と指導しています。よほど先生方から「嫌われていない」限りは、大なり小なり力になってくれるはずなのです。

 

志望校の選択は非常に重要な意思決定ですが、だからこそ自分自身の「本音」をきちんと表明してほしいと、強く願っております。

 

頑張りましょう!

私は青春の大部分を「野球」に捧げてきたことは、このブログでも何度か書かせていただきました。

 

「下手くそ」かつ「才能ゼロ」であり、結果だけ見ればいったい何のために苦しい練習に耐え続けたのか、常に合理的な考えを貫く人から見れば「無駄のかたまり」のような私の青春時代だったのですが(笑)、それでも「得たもの」は決して少なくなかったように、いまさらながら感じているのです。

 

私は幸いにして「田舎の高校球児」としては野球が上手だったようで、1年生の頃から試合に出してもらえました。一方で、3年生になっても、公式戦はおろか、練習試合にも出してもらえなかった同級生も少なからず存在していました。

 

私の高校の野球部では、夏の大会が終了し、部活動を「卒業」するにあたり、卒業生が「3年間の思い」を「部報」に掲載することになっています。この「部報」は野球部関係者のみならず、部に対して寄付をしてくれた方や近隣の方、ファンの方々などに配布するもので、それなりの部数を誇っていた月刊誌でした。このようなきちんとした「部報」を長年続けて下さった恩師には今でも頭が上がらないのですが、私が卒業する際に、ひとりの同級生の寄稿に目が留まったのです。

 

「試合の後、みんなが部室で、

 

「今日は〇本ヒットを打ったぞ!」

「エラーをして、先生に思い切り殴られた!」

 

そんな話をしているのが、悔しくて仕方ありませんでした。僕はこの3年間、試合に出ることができなかったから、褒められることも、殴られることもなかったのです。裏方の仕事を一所懸命に頑張ったけど、一度は褒められてみたかったし、こっぴどく叱られてみたかったです。」

 

元来口数の少ない男ではありましたが、実はこんな風に考えていたのだと、私なりに強い衝撃を受けました。

私たち「レギュラー」が試合以外の心配をすることなく、存分に力を発揮できたのは、他ならぬ「裏方」である彼らのおかげなのです。そんな彼らの善意を「当たり前」のものとしか考えなかった私自身の愚かさと、実は忸怩たる思いで青春時代を全うした彼の「真意」に、とても平然としてはいられなかったのです。

 

翻って、受験生の皆さんはいかがでしょうか?

思うように成績ががらず、少なからず焦りを抱えている子もいるでしょう。けれども、何の懸念もなく受験勉強に取り組むことができること、塾にさえ通わせてもらえる環境に、「絶望」を感じる必要性など、微塵もないと思うのは、果たして私だけでしょうか?

 

保護者様をはじめとする「手助けしてくれる人々」に囲まれ、傍から見れば「恵まれている」環境であることを、きちんと自覚すべきなのです。「恵まれている人」には、その恩を返すための「頑張り」を発揮することが「義務」であると、私は信じて疑わないのです。

 

悔しさにまみれた「彼」の3年間は、果たして「無駄」だったのでしょうか?私は決してそうだとは思えません。嫌でも来春には「結果」が出てしまう現実の中で、受験生の皆さんが「今、すべきこと」は、志望校を目指してひたすら努力することだけなのです。

何の保証もない「受験生活」ですが、冷静に周囲を見渡せば、

 

「そんなに悪いもんじゃない!」

 

ということが理解できると思います。受験生の皆さんの「最後のひと踏ん張り」を大いに期待しております。

 

頑張りましょう!

先日、十年近く通った主治医に見捨てられた話を書きました(笑)。

最後の処方薬が終了した後には、新たなお医者さんを探さなければなりませんが、とりあえずは血糖値の具合がよろしくない現状を何とかすべく、「糖質制限」の生活に突入したのでした。

 

基本的には野菜中心で、最低限のたんぱく質を確保するため少量の肉や魚も摂取(もはや「食べる」ではなく「摂取」なのです)するのですが、常に空腹感を感じ、居ても立っても居られない状況なのです。このような状況を何とか克服すべく、あれこれと工夫を凝らしたり、低糖質・低カロリー食品を探し回っている日々なのです。

 

そんな中、このような商品を発見しました。もちろん我が家の「最重要取引先」である「マックスバリュー」の「トップバリュー製品」です(笑)。

私は無類の「お米好き」であり、お米さえあればむしろ「おかず」は必ずしも必要でないほど、お米を愛しています。糖質制限を強いられる中、最も辛いのが他ならぬ「お米が食べられない」ことなのです。

写真を見ると、どう見てもお米のフォルムです(笑)。カリフラワーでお米のような味が出せるのか、期待と不安を抱えながら、電子レンジに投入したのでした(笑)。

電子レンジから出すと、こんな感じでした。既にカリフラワーの匂いが充満していて、とてもお米には思えません(笑)。それでも、

 

「食べてみれば、お米の感じが少しはするのでは?」

 

というかすかな期待を抱きつつ、少しだけ口に運んだのですが・・・

 

結果、単にカリフラワーを細かく刻んだだけのものだったようです(笑)。これを「お米の代替品」というのは、かなりの無理があると言わざるを得ないのです。

何しろ「カリフラワー」ですから、そのまま食べるのも何とも味気なく、普通にカリフラワーを食べるように少々のドレッシングを散布して、何とか完食に至りました。マックスバリューさんには大変申し訳ないのですが、お世辞にも「おいしいもの」だとは言えませんでした。そのまま食べるというよりも、何かに混ぜて料理するもののように感じました。

 

私のように病気を抱えている方にとっては、「食事」は楽しみであると同時に、「気をつけなければいけないもの」でもあります。病気であっても、少しでも「食の楽しみ」を感じられるように、各社工夫を凝らしているのだと思いますが、更なる研究・研鑽を重ねていただきたいと強く感じます。お米の代替品となるような低糖質・低カロリー商品を開発した方には、躊躇うことなく「ノーベル賞」を与えてほしいと、本気で願っているところです(笑)。

 

今回の「カリフラワー米」は少し残念でしたが、今後も美味しい「低糖質・低カロリー食品」を探し続けるべく、私の飽くなき探求は続くのです(笑)。

 

あ~米食べたいな(笑)。

 

頑張りましょう!

 

先日、次男が無事大学進学が決まった記事を書きました。

ただ、ここでちょっと困ったことが生じてしまいました。

いわゆる「推薦入試」に該当する入試にて進学が決まったため、一般入試の合格時期よりも大幅に前倒しで合格が決まりました。本人や家族にとって、このこと自体は決して悪いことではないのですが、それはその分「入学手続き」も前倒しで進めなければならないことを意味します。大学側としては、合格者にこれを強いることによって、万が一にも「入学拒否」をさせないようにする狙いもあると思われます。

 

「入学拒否」どころか、ありがたく進学させて頂く身分の次男としては(笑)、

 

「そんなに心配しなくても、必ず入学させて頂きますよ!」

 

というのが偽らざる本音なのですが(笑)、それでも諸々の手続きは進めなければいけません。中でも困ったのが「入学一時金」の納入でした。

次男の「先輩」となる長男もこの時期に後期の授業料を納入する時期であり、同時に2人分の学費を納入しなければならないのは、かなりの負担なのです。合格時に頂いた書類の中に信販会社の「教育ローン」のパンフレットが2,3部入っていたのですが、銀行などの金融機関に比べれば、正直なところちょっと不安です。

年が明ければ日本学生支援機構の手続きが順次開始され、入学時に支払う一時金についても手続き的には十分に間に合うのですが(長男は一般入試での合格だったので、このような問題はおきませんでした)、今回はどう考えてもタイムスケジュール的に「無理」なのです。

そこで急遽当塾と取引して頂いている信用金庫の担当者様に連絡し、急ぎ教育ローンを利用できないか相談させて頂いたところ、極めて迅速に対応して頂き、無事納入できる運びとなりました。遅くとも6月末には返却できる計画なので、あくまで一時的な利用となりますが、いつもながら当該信用金庫の誠実かつ迅速な対応には、ただただ感謝なのです。

 

奨学金については金額の問題や、支給あるいは貸与の問題が声高に叫ばれていますが、「時期」についても柔軟に対応頂けると大変助かります。これは「時期について柔軟に対応する」というだけで、財政的負担を強いるものではありません。その気になれば比較的早期に実施できるものだと思うので、ぜひ検討して頂ければと強く願います。現在の大学入試では7割もの受験生が「推薦入試」に類する方法で進学しており、2月・3月の一般入試を経て入学する学生は3割程度だと言われています。多くの学生が利用する日本学生支援機構については、ぜひ運用の「前倒し」を検討して頂きたいと、今回の経験を通して強く感じた次第です。

 

※日本学生支援機構の奨学金(入学時一時金の借り入れ)について、年内に前倒し活用できるようであれば、ぜひご教示頂けますと幸いです。)

 

とにもかくにも、次男はとりあえずは無事に来春から「大学生」になれそうです(笑)。私としては、かなりバタバタした一週間となりました。

 

頑張りましょう!

 

各中学において定期テストが終了しましたが、受験生にとっては息つく暇もなく月末に「学力調査」が待っています。年が明ければ私立高校入試、公立高校入試と大切なテストが相次ぎ、文字通り「受験直前期」である心身ともに「落ち着かない日々」が続きます。

 

この時期になると、あたかも「競馬場」や「競輪場」にいるような「予想屋」もどきの輩が出没してきます(笑)。

 

「今年は絶対ここが出題される!」

 

と、いったい何の根拠があってそう断言されるのか、首を傾げたくなるような発言を「したり顔」でしているのです(笑)。

この手の方々の特徴は、たとえ「予想」が外れたとしても、何の責任もとらないということです。勿論「出題傾向」を分析することで「今年出題されそうな問題」を「予想」することはできますが、それはあくまで「予想」であり、外れることだってあるのです。未来に起こるであろうことを確定的に「予言」することなど、誰にとっても無理に決まっている、というごくごく当たり前の事実を、「受験」という切羽詰まった状況においてはすっかり失念してしまうことがあるようです。1分1秒が極めて貴重な時期に、根拠の乏しい「確信めいた妄言」に振り回される受験生が少なからず存在することに、何だか悲しい気分になってしまうのです。

 

受験生には将来に対する何の「保証」もなく、耐え難い不安から何かに「縋りたい」という心情は痛いほど理解できます。一方で、受験においては、他の受験生より「近道」をして目標に辿り着けることなどあろうはずがないという事実だけはしっかりと認識しておくべきでしょう。「予想屋」のヨタ話に耳を傾ける暇があるのであれば、その間に英単語のひとつでも覚えた方がよっぽど合格に近づけるということをぜひ理解して頂きたいと切に願います。

 

毎年出没する「予想屋」には、私自身も辟易としているのですが(笑)、陳腐な「自己顕示欲」のために受験生を惑わすような行為は厳に慎んでほしいと願うばかりです。「言いっ放し」で決して「責任」を取ろうとしない「予想屋」の妄言に引っかからずに、しっかりと目の前の学習に取り組んでいくことこそ、真の「受験必勝法」ではないかと、私は考えているのです。大切な時期ですので、根拠のない話に惑わされることがないように!

 

「予想」を楽しむのは、成人してギャンブルを楽しめる年齢になってからでも決して遅くはないと思いますよ(笑)。

 

頑張りましょう!

本日は月一回の「通院日」でした。

 

相変わらずスッカスカの待合室で数分ほど待って、診察室に呼ばれました。そこで開口一番、

 

「もううちでは手に負えません!」

 

会って数秒で見捨てられてしまいました(笑)。

確かに前回の血液検査での「血糖値」は高いのですが、果たして「見捨てられる」ほどのものなのか、素人である私には真偽のほどはわかりません。ただ、ここ数か月の間、数値に改善が見られなかったのは確かであり、それをもって文字通り「匙を投げられた」のだと思われます。

 

彼の言わんとしている「意図」はわかりますし、実のところ私自身も他の医療機関を当たった方がよいのではないかと逡巡しているところでした。ですから、結論としては「ま~いっか!」という感じなのですが(笑)、この医師の「口ぶり」にはこれまでも何度か嫌な思いをさせられてきたのです。物には「言い方」というものがあるんじゃなかろうかと(笑)。これが単なる私の「感想」なのであれば、もう少し待合室が賑わっているのではないかと思います。単に「結果が出ない」ことで簡単に(しかも無礼に)投げ出してしまうことは、我々塾業界においても「あってはならない」ことだと改めて感じ入った次第です。

 

そんなこんなで暗澹たる気持ちのまま会計を待っていたところ、看護師さんや事務員さんが集まって、私の方を見てヒソヒソ話をしています(笑)。「気の毒な人だな~」と思われたのか、それとも「また先生が患者を一人手放した!」と憤っていたのかはわかりませんが、あまりにもあからさまな様子に、何だか可笑しくなってしまいました。

前述した通り、そもそもこの医院を選んだのは、他院に比べて「劇的に空いていた」からに他ならず、そのような安易な選択で10年近く通院していた私自身にも大きな責任があります。血圧は安定し、頻尿以外の自覚症状がほとんどない現状においては、少々油断していたことも事実であり、これを機にきちんとした医療機関を受診すべきだと、改めて強く感じた次第です。

 

「医は仁術」と言いますが、一方で医療を提供する「サービス業」であることも確かであり、その点を意識できるか否かが患者の「選択」に少なからず影響を与えるであろうことは、他の商売と何ら変わりがないと思います。私も決して「理想的な患者」ではなかったと思いますが、それでも、

 

「病人に対する「言い方」ってものがあるだろうに!」

 

と率直に感じてしまった火曜日の午前中なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

ここでも何度かお話しましたが、私の高校時代は「野球」に明け暮れていました。

大変厳しい野球部で、今なら明らかに「事件」になりそうなことばかりの壮絶な日々でしたが(笑)、それでも日々厳しく躾けて頂いた恩師には今でも感謝の念が絶えません。

 

当時、ピッチャーという重責を任されていた私は、

 

「お前の肩の上に俺の頭が乗っていたら、もっと簡単に抑えてるわ!」

 

と何度となく恩師から厳しい指摘を受けていました。いったいどういうことだろう?と、私なりに必死に考えました。

 

130キロにも満たない球速で打者を抑えるためにどうしたらよいのか?いくら鍛えたところで、150キロもの剛速球を投げられるはずもなく、だったらどうすればよいのか、アホはアホなりに考えたのです(笑)。

いわゆる「スピードガン」が測定する球速は、ボールが投手の指先を離れた瞬間の速度を計測したものだそうです。ボール自体の回転数等の影響によって、打者のインパクト時には当然の如く「減速」するのですが、その「速度差」を極力縮める努力をすることが、いわゆる「伸びる球」を投げることに繋がり、打者にとっては「やっかいな球」ということになるのだということに気づきました。単なる「鉄砲肩」では、決して良い投手にはなれないということを知ったのが、私にとっての「上達への一歩」だったのです。

ややスタミナに不安があった私は、「いかに球数が少なく打者を打ち取るか」という点にも着目しました。三振を取るには最低でも三球必要ですが、打たせて取れば理論上は一試合27球で終えることができます。お世辞にもスピードがあるとは言えないけれど、手もとで「ちょっとだけ伸びる」、しかも「遊び球」を使わずどんどんストライクを取っていくスタイルに自らを変化させていきました。

 

頭の中では「筋が通ってる」ことでも、実際に試してみなければその正否が判断できないのは当然のことです。高校3年生の5月以降、県上位のチームとの練習試合においてもほとんど点を取られなかったのは、試行錯誤の末に辿り着いた私の「下手糞の理論」が概ね正しかったことを証明してくれました。

 

誰かに正しい理論を教えてもらって、それを正確に「トレース」することは、最も効率的な手法であり、それはスポーツのみならず、勉強にも通じることなのかもしれません。一方で、何が「正解」なのか、自分自身で突き詰めて考え、試行錯誤し、ようやく導いた「小さな成功体験」は、結果は勿論のこと、その努力の過程さえも大きな「財産」となるはずなのです。

 

勉強にしろスポーツにしろ、主体的に「考える」ことをしなければ、「上達のための一歩」を踏み出すことはできないでしょう。能力も個性も人それぞれである現実の中で、「持たざる者」が頭角を現すためには、相応の「取り組み方」が必須であるということを理解しておくべきでしょう。

 

頑張りましょう!

 

昨日は先日亡くなった近所のご主人のお葬式でした。

 

私自身も大変お世話になった、いわゆる「社会的地位が高い方」であり、通夜か告別式にはぜひ顔を出したいと思ってはいたのですが、こういう時に人一倍「張り切ってしまう」のが母の「悪い癖」で、今回も私と妻が振り回されてしまいました(笑)。

 

まず「妻」なのですが、お通夜の出席には問題なかったものの、なぜか母は「あまりにも早すぎる時間」に行きたがったようで、開式の1時間ほど前には会場に到着してしまったようなのです。

 

「なぜ、あんなに早く行きたがるのだろう?」

 

妻も不思議そうな顔をしていたのですが、母の「暴走」はこれで終わりませんでした。

翌日に告別式が行われる予定だったのですが、翌日は平日で、私も妻も当然のことながら仕事が入っていました。母には私から、

 

「通夜に参列したのだから、妻には無理に告別式に出るように言わないこと!」

 

と厳しく伝えていたのですが、私に隠れて妻に圧力をかけていたようで、妻は半ば無理矢理仕事を休まされることとなり、私を含め3人で参列することになってしまったのです。

当日は「9時30分」に開式の予定でしたが、なぜか8時前には、

 

「もう出発しよう!」

 

と私たちを急かすのですが、亡くなられたご主人のご家族でさえまだ出発されていない時間に葬儀場に向かうのは、あまりにもバカバカしいのは当然のことなのです(笑)。

何とか母をなだめて、開式30分ほど前に会場に到着したのですが、駐車場もスカスカで、明らかに早過ぎです(笑)。15分ほど待つと、近所の方が2組到着されたのですが、

 

「おたくは3人で参列されるのですか?」

 

と驚かれてしまいました。親戚でも何でもないのに、しかも通夜にもしっかり参列しているにもかかわらず、葬儀にも「家族総出」で出ているのですから、傍から見れば「どうしたの?」と思われても当然だと思います(笑)。

 

決して自らの「価値観」を曲げない母なのですが、自分自身のことだけならまだしも、その価値観を他人に強要するのが母の「悪い癖」なのです。妻が嫁に来て以来、このようなことが何度もあったのですが、年齢を重ねるにつれ、その「頑固さ」に拍車がかかっているように感じます。

 

「お祝い事」であれば多少の「はっちゃけ」は多めに見ますが、ご近所さんの不幸で「はっちゃけて」しまうのは、あまりにも周囲への影響が大き過ぎるように感じます。私から注意するとすぐに不貞腐れてしまう母ですが(笑)、この「葬式マニア」っぷりだけは矯正しなければいけないと、心に誓う私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

アメブロの仕様なのか、時々過去に書いたブログ記事が紹介されます。

春の甲子園大会に初出場を決めた卒塾生が手土産を持って挨拶に来てくれました。けれども、彼が「日本一」を目指して甲子園で躍動することは許されませんでした。

 

修学旅行や遠足など、子供たちにとってとても大切な「楽しい思い出」は、目に見えない恐怖によって搔き消されてしまいました。

人生においては、個々に波乱万丈な出来事が起きるのは決して珍しいことではありませんが、

 

「もしかしたら私が、この国が、いや世界中が無くなってしまうのではないか?」

 

という得も言われぬ恐怖を感じたのは、「東日本大震災」と「コロナ禍」でした。これだけの大惨事が私が塾を経営している二十数年の間に次々と発生するとは、私自身にとってもまさに青天の霹靂でした。

 

常に子供と向き合う環境であった私は、本来であれば当たり前にように享受すべき「子供の楽しみ」が次々と掻き消され、子供が心配するようなことではない「現実」に、嫌でも向き合わざるを得なかった教え子たちが、本当に不憫でなりませんでした。

学校へ通うことさえままならず、友達にさえ自由に会えない生活は、どれほど辛いものだったのでしょうか。「どうにもならない」現実に、やり場のない怒りを感じたことでしょう。

 

それでもあえて言いたいのは、

 

「それでも続ける努力を、「底力」って言うんだよ。」

 

という言葉です。受験生の皆さんは、まさに「先の見えない」中で、とにかく目の前の勉強に集中して取り組もうと努力していると思います。「明けない夜などない」ことを固く信じて、ぜひ「底力」を発揮してほしいと強く願っております。

 

コロナに翻弄された彼らは、修学旅行や遠足、努力の末に掴み取った憧れの甲子園まで取り上げられてしまいました。そんな彼らも今や大学3・4年生だったり社会人3・4年目となり、決して小さくない「心の傷」を抱えながら必死に頑張っているのです。実に勇敢であった彼らに幸あらんことを強く祈るとともに、今まさに受験に直面している学生の皆さんには、日々存分に学習できることの「喜び」をしっかりと認識していただきたいと強く願っているところです。

 

理不尽にも貴重な「機会」を奪われてしまった先輩たちのためにも、今の受験生の皆さんには全力で頑張らなければならない「義務」があるのではないかと、私は考えているのです。

 

受験生の皆さん、ここからがまさに正念場、「頑張り時」なのですよ!

 

頑張りましょう!