「〇〇君はちっとも勉強していないのに、僕よりもずっと成績がいい。僕はすごく勉強しているのにおかしい!」
こんなことを言う子がまま散見されます。子供だけならまだしも、親までが同じようなことを言うこともあって、私としては「何だかな~」と感じてしまうことが多々あるのです(笑)。
そもそも「〇〇君はちっとも勉強していない」という情報はどこから出たものなのでしょうか?私の経験上、成績上位1割に属する中学生の中で、「全く勉強しない子」などはいませんでしたし、これからもきっと現れないと思います。
かつてはこんな子もいました。
「じゅくちょう、みんなにはバレないように、俺にだけ宿題を増やしてほしい。みんなに差をつけたいから!」
この子、決して性格が良い子だとは言えませんでしたが(笑)、勉強に対する向き合い方は実に立派でした。「努力」が「結果」としてすぐに現れるほど「勉強」は甘くはありませんが、常に成績上位にいる子たちは確実に「相当量の学習」をこなしていることは間違いがないのです。
では、「相当量の学習」とはどの程度のことなのでしょうか?
テスト前にチャチャっと勉強し、テスト前課題を期日までに提出することで、「実によく勉強した~」と感じてしまう親子がいます。一方で、テスト前や日々の学校課題などは「税金」と一緒で「やって当たり前、やらなきゃペナルティーがある」、問題はその後にどれだけ学習量の「積み上げ」ができるのか、平日でも一日最低2~3時間程度は塾などの「学校以外の学習」をしなければ「最低限の学習量」とは考えない親子もいるのです。客観的かつ相対的な学力が試される「テスト」においては、個人的な「感じ方」や「感覚」、あるいは思い込みにも似た「常識」などは通用しないと考えるべきなのです。思うように成果が上がらない子は、まずは自らの「常識」を疑ってみるべきでしょう。「勉強していない」風に装っている「ライバル」は、実は友達の知らぬところで、文字通り「目の色を変えて」勉強に取り組んでいる、なんてことは決して珍しいことではないのです。
自らの偏った「判断」や「やり方」に固執しているからこそ、いつまで経っても成績が伸びないのです。
「あれ?俺、勉強量本当に足りているのかな?」
「このやり方、間違っているんじゃないだろうか?」
そんな「健全な猜疑心」こそが重要であり、物事を「健全に疑う」こと自体が「学び」でさえあると、私は考えているのです。
繰り返しになり恐縮ですが、
「な~んにも勉強しなくても、テストは抜群にできる!」
なんて人はいるわけない!というごくごく当たり前な真実に、早く気付いてほしいと強く感じたお盆明けの朝なのでした(笑)。
頑張りましょう!









