広陵高校の「暴力事件」は終息の兆しを見せませんが、ちょっとおかしな視点で、的外れな話題がまことしやかに囁かれています。SNSの功罪が如実に現れているような内容だと感じました。
旭川志峯の3選手が、広陵高校との試合終了後、「握手」を拒否して立ち去ったという話題です。この行為には賛否両論あったようですが、私からすれば、いや多くの高校球児だった者からすれば、そもそもこのような問題など存在しないと考えているのです。
地方大会においては、試合後に握手する方が「珍しい」と思います。私自身はバリバリの「昭和・精神野球」の出身ですから(笑)、試合終了とはいえ、ついさっきまで「敵」であった相手選手と「握手」などありえないと思いますし、そんなことしたら容赦なく鉄拳制裁が飛んできたと思います(笑)。
対戦相手への敬意は持ちつつも、「儀礼的」な挨拶など、「勝負の世界」では必ずしも必要だとは言えないと、個人的には考えています。
そんな「理不尽で厳しい高校野球」を過ごした私ですが(笑)、実に厳しかった「恩師」が、生涯でたった一度だけ「選手同士の握手」を認めた事例がありました。恩師自らがよく語っていたことでした。
今から50年以上前、大会前から優勝候補の一角に挙げられていた恩師率いる野球部は、準決勝まで駒を進めたものの、「1枚看板」だったエースは疲弊し切っており、準決勝の対戦相手である「超伝統校」に立ち向かう術は既になかったようです。
7回を終了し、得点は「7対0」、準決勝からはコールドゲームはなかったものの、完全なる「敗色濃厚」の状態でした。それでも、試合終了の知らせを聞くまでは、「誰も諦めなかった」のがこのチームの特徴であり、その気迫は「超伝統校」の選手にもひしひしと感じられたようです。
大量点差の最終回、ここまでたった一人で投げ抜いてきた「1枚看板」のエースが打席に立ちました。後にドラフト1位でプロ入りすることになる彼は、バッティングも一流であったようです。徹底的に打ち込まれ、敗色濃厚であった状況も、最後まで絶対に諦めないという彼の信念の前では、「大したことではない」ようでした。
彼の渾身のひと振りは、その打球をレフトスタンド中断まで運んだのです。まだ金属バットさえ採用されていない時代、静岡県大会においては唯一のホームランだったそうです。
万感極まり、涙ながらにダイヤモンドを1周した彼に待っていたのは、やはり涙ぐんでいた相手チームの捕手でした。ホームベースを踏むまさにその時、その捕手は彼にそっと手を差し出したそうです。彼もまた、その手に応え、試合中にもかかわらず、熱い握手を交わしたとのことでした。
どんな状況でも「諦めない」、そんなお互いの気迫のぶつかり合いこそが感動を呼び、お互いを高めあう、まさにこの点にこそ万人に愛された「高校野球の原点」があるような気がしてならないのです。
子供を取り巻く環境や、高度に情報化が進んだ現代社会において、教育の一環たる「高校野球」も「変化の時」を迎えているのかもしれません。少なくともそれは、「握手拒否」などという「どうでもよい話題」で有耶無耶にされるべきではないと、ふと考えたお盆休みの朝なのでした。
頑張りましょう!


