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エフォートアカデミー塾長日記

静岡県三島市の学習塾「エフォートアカデミー」のブログです。
塾での出来事やお知らせを、私塾長の鈴木がお知らせいたします。
エフォートアカデミーのホームページは、
http://www.effort-aca.com
です。よろしくお願いいたします!

以前、どこかの塾の先生が面白い試算をされていました。

 

その先生の子さんが重要な「進路選択」をする際、どの道に進めば「経済的効率」がよいのか、極めて真剣に試算されたようでした。私などからすれば、そもそも「経済的効率」だけで「人生の価値」を推し量ること自体が「アホか!」という感じなのですが(笑)、一方で多くの人たちが盲信している「一般的な(と思しき)価値観」なるものが本当に正しいのか、率直に疑問を呈する姿勢自体には大きな価値があると思います。

 

その先生のお子さんは「医学部」に進んで医者になるべきか、はたまた文系に進んで弁護士や公認会計士等の大型資格を取得して生きるべきか、どちらの方が「経済的効率」が良いのか、大真面目に試算されたようです。

その結果、

 

「国立大医学部に進学できるのであれば話は別だが、私立大の医学部の場合は途方もない学費がかかり、仮に研修が終了して「一端の医者」となって年収1500万円ほど稼ぎだしたとしても、「投資が回収」できるのは60歳前後、一方で文系に進んで首尾よく大型資格を取得した場合は、数年で収支はプラスに転じる。」

 

との分析結果だったそうです。そしてそのお子さんはその通りに人生を歩み始めることにしたそうです。

 

もちろん医者であろうが弁護士であろうが、あるいはそんな資格など全く持たない人であろうと稼げる人は稼げるだろうし、ダメな人はダメであるのは当然のことです。そもそも人生の価値を専ら金銭的なものだけに求めること自体が、実にさもしい人生観であることは「言わずもがな」なのです。それでも、一般的な価値観を盲信することなく、常に健全な猜疑心を持ち続けることが、おぼろげながらも「真実」の一端を垣間見ることができる唯一の手段であることは、疑いの余地がありません。

 

受験において、「良好な受験環境」を求めて首都圏の難関校を目指す小中学生が数多く存在します。多額の月謝や交通費の負担は避けられませんが、それでも「それだけの価値」がある選択なのだろうと思います。一方で、「田舎の進学校」からでも少数ながら必ず東大・京大・国立医学部などの超難関校に進学する生徒は必ず存在しますし、当然のことながらそのような生徒たちにかかる「学費」は、それこそ「一般的な金額」で収まるはずなのです。

学習環境の良否は確かに存在しますが、それでも「勉強」は万人にとって比較的公平性が高いものであると私は思うのです。

 

「一等が何本も当たっているから!」と、わざわざ「西銀座チャンスセンター」に並んで宝くじを買えば、当たる確率が飛躍的に上昇するというような「妄想」は、勉強の世界でもやっぱり「通用するわけない!」のだと、私は考えているのです(笑)。受験において、「どっちが損か得か?」などという損得勘定ばかりするのは決して「お上品」とは言えないのかもしれませんが(笑)、良い意味での「費用対効果」を考慮した上での「進路選択」も、また重要な論点ではないかと考えた、木曜日の朝なのでした。

 

頑張りましょう!

先日「スマートリモコン」なるものを設置し、その便利さと価格の安さ、簡易な設定に大変驚いた記事を書きました。

元来「疑い深い」私は(笑)、翌日の授業開始前、自宅を出る際にスマホで三島教室のエアコンを「ON」にし、その挙動を確認したのですが、無事エアコンは稼働しており、いつもよりはずっと涼しい環境で仕事を始めることができました。

 

これに味を占めた私は(笑)、更なる懸案に取り組むのでした。

防犯上、大変気になっていた三島教室の2つの入り口(個別指導側とそろばん教室側)の「スマートロック化」に着手したのでした。

以前S先生が私が不在の火曜日に出勤された際、自宅に鍵を置き忘れ、一度自宅に戻られて、ギリギリの出勤時間になってしまったことがありました。無事スマートロック化が成功すれば、このような懸念がなくなり、防犯上の観点からも大きな利点があるのです。

 

まずは先日某オークションにて中古品の機器を購入したのですが、価格は実に「1000円」でした。少し特殊な電池が必要でしたが、予備の分まで含めて購入しても1000円足らず、2000円もかからないという驚きの費用で、とりあえず機器は準備できました。

強力な両面テープでドアに設置、あっけないほど簡単な作業で設置終了です。とりあえずbluetooth接続にて施錠・開錠のチェックをしましたが、全く問題なし、これで「50%は完成」です。

残り50%はWi-Fiに接続して外出先から施錠・開錠を可能にするようにします。専用アプリからWi-Fiの設定をし、

無事沼津教室から三島教室の出入口の施錠・開錠に成功しました!Wi-Fiの設定でややもたつきはありましたが、全体的に見れば実にあっけないほど「簡単」で、かつ費用も安価で、先日の「スマートリモコン」同様、もっと早く導入すべきだったと、今更ながら後悔しているところなのです(笑)。

 

15年ほど前であれば、このようなシステムを構築するのには多額の費用がかかったでしょうし、高度な専門知識を持った方でなければ設定自体が難しかったと思います。ところが現在では、思わず「笑っちゃうくらいの」安価で入手でき、かつ素人でも比較的簡単に設置・設定可能であるという、「すごい時代」になってしまいました(笑)。

既に多くのご家庭において「スマートロック」や「スマートリモコン」などは導入されているはずで、「今頃何言ってんの?」とお𠮟りを受けそうではありますが(笑)、私が指導している子供たちの様に、常に旺盛な「好奇心」をもって、「新しいこと」に対して積極的に「知ろうとする」姿勢だけは今後も堅持していきたいと強く感じた、水曜日の朝なのでした。

 

いや~、便利になった!(笑)。

 

頑張りましょう!

 

私の父は私が大学1年生の時、52歳で亡くなったのですが、それはそれは失礼な方でした(笑)。比較的大きな会社に勤めていたのですが、出世には全く縁がない人、その点は倅である私にもしっかり受け継がれています(笑)。

 

父は所謂「偉い方」に全く配慮ができない性格で、重役でもあった工場長に対して「お前!」呼ばわりをするような、実に失礼な方でした。そんな人が「組織」において出世できるはずがありません(笑)。父には父なりの「理由」や「正義」があったのでしょうが、いつの世も出世するのは「清濁併せ呑む」人たちなのです。「言いたいことを言っている人」が頭角を現せるほど、世の中は甘くないですし、それくらいのことは父も理解していたと思います。

 

翻って、同僚の出世を目の当たりにし、会社において「冷遇」されていた父が不幸であったり、不貞腐れていたのかといえば、私には決してそのようには見えませんでした。父は確かに組織の中においては「爪はじき者」だったのかもしれませんが、組織において「重要(と思しき)地位を占める」ことへの価値を見出せなかったのだと思います。そんなことよりも、私の野球を応援しに行ったり、自宅で晩酌をする方が父にとっては「大切なこと」だったのでしょう(笑)。正直なところ、父の生き方には息子として少なからず反発心もありましたが、このような「価値観」は父も私も似たような部分があることは確かで、私にとって、父に対する数少ない「尊敬できる部分」のひとつでもあるのです(笑)。

 

「とにかく金儲けをしたい!」「会社で偉くなりたい!」というのも立派な価値観だと思います。一方で、金や社会的地位以外にも価値を見出すべき対象はいくらでもあるはずなのです。私たち人間にとって「学ぶ必要」があるとすれば、まさに自分自身の「価値観」を見出す能力を身に着けるためだと言えるのではないかと、私は考えているのです。ひとつだけはっきりしているのは、その価値の対象が、他人のそれと同じである必要性などどこにもない、という真実だということを、決して忘れてはなりません。

何しろ現代は「多様性」を尊重する時代なのですから(笑)。

 

ちなみに、会社という組織の中で最も「強い人」は、「社長」でも「会長」でもなく、「出世に興味がない(もしくは諦めた)人」であることは疑いの余地がありません(笑)。そういう方はもはや組織の行く末などに全く興味はありませんし、上司の諫言なんか、気にする訳がない(笑)。けれども、「正しいこと」を主張するのも、実はこの手の方々でもあることも多いのです。

 

「成功した人」って、いったいどんな人なんでしょうねえ(笑)。

 

頑張りましょう!

連日母の奇行に悩まされている私ですが(笑)、最近は特定のものに対する「こだわり」があまりにも強く、大変困っております。

 

そのひとつが「シーツ」、布団に敷くアレです(笑)。

ここ最近、とにかく「真新しいシーツ」が欲しくてたまらないらしく、妻にしつこく「おねだり」しているようで、妻もホトホト参っています。母曰く、

 

「新しいシーツがないと、誰かが泊まりに来た時に困る!私が死んだ時、私を寝かすのにシーツがないと困る!」

 

という理由にもならない理由なのですが(笑)、前者についてはここ数年というもの、我が家に泊まりに来た人などなく、また後者については文字通り「縁起でもないこと」なのです(笑)。第一、新品ではないけれど、我が家にはいくつもシーツのストックがあるのです。

先日は、ついに、

 

「お隣さんにお礼でシーツをあげたい!」

 

などと言い始めて(何のお礼なのか、全く不明)、我が家のみならず、隣近所にまで迷惑が及びそうで困っているところなのです。

 

もうひとつ「こだわり」が「魚」です。

沼津は有数の港町であり、知人から新鮮な魚の「お裾分け」などは割と頻繁にあるのですが、それらをいつも受け取るのは、他ならぬ母なのです。もともと母は食に関心がない人で、私自身の親でありながら、母が何かを「美味しい!」と食べている光景が記憶にないのです。価値観は人それぞれなので、それはそれで構わないのですが、従前より母には自らの価値観を他人に押し付けようとする「悪癖」があるのです。

頂いた魚をほんの少しだけ「味見」して、その残りを専ら次男に分け与えようとします。それこそ次男の事情や時間帯など全く「無視」、次男が「魚が好物だから」という理由のみで、相手の事情を全く顧みることなく「大騒ぎ」するものだから、次男も「たまったもんじゃない」のです(笑)。

 

「ばあば、もういらないよ!2階の冷蔵庫もいっぱいだよ!」

 

珍しく次男が声を荒げていましたが、次男の名誉のために言っておくと、次男は決して簡単に「大声」を上げる男ではないのです。温厚な次男をもってしても、「こりゃ、たまらん!」という感情を、「無遠慮」に呼び起こしてしまうのが、今の母の「状態」なのだと思います。

 

我が家での出来事は家族で「何とかする」つもりでいつつも、ご近所の皆さんにご迷惑をおかけする訳にはいかず、日に日に状況が厳しくなる母を見るにつけ、「さて、どうしたものか・・・」と思い悩む私なのでした。

 

頑張りましょう!

今夏も過酷な暑さが続きましたが、9月に入ったとはいえ、まだまだ残暑が厳しいことが予想されています。

当教室は個別教室の1階は比較的断熱がしっかりしているものの、2階とそろばん教室については放っとけば40度を超える室温になってしまうため、塾生が来る前に何とか対処できないか考えていました。そもそも、授業開始時間のかなり前に出勤する私でさえ、汗だくになりながらエアコンをつけて回る有り様なのです(笑)。

 

せめて私が出勤する1時間前にエアコンのスイッチを入れられればいいのですが、これまでは特に対策も立ててはいませんでした。ところがふとしたきっかけで「スマートリモコン」なるものが存在していることを知りました。「今頃かよ!」とお𠮟りを受けそうですが、アラカンに近づいたおっさんの「アンテナ」は、一般的にはこんなものだと思います。

円盤状のこんなやつをwifi接続し、アプリからの実に簡単な設定でエアコンに接続、するとスマホからエアコンの操作が可能となり、教室内のみならず、外出先からのエアコン操作も可能になってしまいました!「だから、今更何だよ!」と更なるお叱りを受けてしまうかもしれませんが(笑)、「塾のおっさん」にとっては「大革命的」な出来事なのでした(笑)。更には、既に導入している「アレクサ」とも連携していて、沼津教室で、

 

「アレクサ、エアコンを20度に設定して!」

 

とお願いすれば、三島教室のエアコンが作動するという、夢みたいな環境が実に簡単に整いました。これで火曜日担当のS先生が出勤直後に暑い思いをしなくて済みそうです。よかった、よかった!

 

さらにさらに驚きなのは、この「スマートリモコン」なるもの、拍子抜けするほど安価であることです。今回私が入手した中古品はたったの「500円!」、しかもこれ、ゲームセンターの「クレーンゲーム」の景品でもあるそうです。当然のことながら、それでも立派に稼働する(笑)、実に「すごい時代になったもんだ!」と実感する出来事でした。

 

これに味を占めた私は、三島教室・そろばん教室の出入り口の鍵を遠隔操作できる「スマートロック」を既に手配したのでした(笑)。防犯上の観点から、教室の施錠・開錠については改善の必要があると常々感じていたのですが、これも簡単に、かつ安価で解決できそうです。

 

私は常々「無知は罪」だと言ってきましたが、「文明の利器」についてはまだまだ勉強しなければいけないことが多々あるようです。願わくば、夏に入る前に「スマートリモコン」の存在を知りたかったと痛切に感じた、日曜日の朝なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

受験においては「合格」あるいは「不合格」の二択に限られるのは当然のことで、言わば「白黒がはっきりついてしまう」、明確でありながら、残酷でもある「一大イベント」なのです。そこに「引き分け」などという曖昧模糊な概念は存在しません。だからこそ、時には「どんな手を使ってでも他人を蹴落とす」ほどの気概を持って学習にあたるべきだと、私は考えているのです(もちろん、「反則」はダメだけど(笑))。

 

そんな「勝ち負け」がはっきりした受験ではありますが、学習を進めていく上においては、「結果」も大切ではありますが、その「過程」を重視することを忘れてはいけないと考えています。

塾を頼る保護者様の中には、

 

「うちの子はとにかく机に向かう機会がなくて・・・」

 

と嘆いている方が散見されます。

塾を頼るのですから、当然現状において学習の「成果」が上がっていないこと自体は何の問題もありません。今は「結果」が伴っていないけれど、毎日一定時間「机に向かう習慣」だけはできている、という子は、入塾後ほぼ確実に成績が向上します。

 

一方で、テスト前でさえ机に向かう気配は「一切なし」、それどころか夜な夜な遊び歩いていて、子供の所在すら満足に把握できていない、保護者様が「忙しい」ことは重々承知の上ですが、あまりにも「放置」が過ぎる家庭環境において、我が子が「机に向かう機会がない」などと嘆くのは、「親の怠慢」との誹りを受けても仕方がないのではないかと思うのです。

 

何も一日何時間もの家庭学習を強いてほしいと主張している訳ではないのです。学校生活や部活動などで「疲れ切ってしまっている日」もきっとあると思います。そんな日こそ10分、15分でもよいので「机に向かう」よう我が子に促すことが、「とても忙しい親」にとっての「最低限の責務」だと、私は考えているのです。この点さえ定着していれば、入塾後の成績アップは高い確率で実現できる一方で、まさに「最低限の学習習慣の定着」さえ「塾任せ」であるならば、かなりの時間と労力が必要不可欠であることを理解しなければなりません。

 

テストや入試までの「いつもの学習」については、「決戦の日」までの「過程」だと言えるでしょう。勝負はまさに「時の運」を避けることはできず、どれだけ頑張っても必ずしも望ましい結果を得られるとは限りませんが、「奇跡」を掴める子は、きっと「過程」を大切にしてきた子(親子)だということを、私は信じて疑いません。

 

テスト前だけ「チョコチョコっと」勉強して「うまくいく」ほど、勉強は甘いものではないのです(笑)。

 

頑張りましょう!

昨日は月一回の通院日でした。

 

こちらの医院に転院してからというもの、食事や生活に対する具体的な指示を頂いて、血糖値の推移は極めて良好となり、非常に感謝しているのですが、なぜか9月から「週休4日」の体制となってしまい、木・金・土曜日のみの開院となってしまったのです。

何かしらのご事情があるものとは思うのですが、この日に私が確認しただけでも数人の「Ⅰ型糖尿病」の患者さんが通院している中で、その緊急性を考慮した場合、週3日の開院で対応できるのか、少し心配になってしまいました。加えて「週5日」から「週3日」に変更になってしまったのですから、開院日の患者数は文字通り「激増」で、私自身も10時30分の予約にもかかわらず、2時間待ちの状態でした。来月からの通院が思いやられます・・・

 

ようやく私の順番が来て、いつも通り検尿・採血に引き続き、医師の診断の段となりました。

血糖値は極めて正常、努力の跡がうかがえるとお褒めの言葉を頂戴しましたが、なぜか、

 

「気持ち悪いです!」

 

と心無い言葉を頂戴してしまいました(笑)。私の名誉のために言っておきますが、私は決してこちらの女医さんにセクハラめいた発言をしたりした訳ではございません(笑)。

実はいわゆる「HbA1c」などの血糖値の指標は相変わらず良好、体重も微減なのですが、なぜか「中性脂肪」が前回の3倍近くに急上昇しているそうなのです。血糖値が極めて良好でありながら、中性脂肪だけが突出して上昇している現状に、先生曰く「気持ち悪い!」という心無いお言葉で表現されたようなのです(笑)。

 

糖尿病に罹患して以来、私は食べ物について「カロリーの低いもの」を選んで摂取してきました。最近は低カロリーであっても美味しい食品が少なくなく、私のような糖尿病患者でも「食の楽しみ」を享受できる環境が整いつつあると言えると思います。

一方で、例えばカロリーが極めて低い「人工甘味料」などは、確かに血糖値に与える影響は少ないけれど、中性脂肪に対する影響は顕著だそうで、摂取する際には少し気を付けなければいけないそうなのです。この点を指摘された時、私には確かに「身に覚え」があったのでした(笑)。

 

「あちらを立てればこちらが立たず」という言葉がありますが、カロリーばかりに気を取られて、その他の栄養素にまで気が回らなかったのは私の完全なる失策でした。もっと勉強して、カロリーのみならず、全ての栄養素についてしっかり考慮してから「食べ物」を選びたいと強く感じた次第です。

 

それにしても、「気持ち悪いです!」というお言葉には少なからず傷ついた、初老のおっさんなのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

 

静岡県と言えば、現在はこのニュースでもちきりです。大変残念な出来事なのですが。

 

物事を判断するのに、どちらか一方の評価のみを鵜呑みにすべきではありません。時には「反対側」の視点からも事の真相を考えてみるべきなのですが、この「市長」の市議時代からの言動を顧みても、やはり「怪しい方」という印象しか感じないのです。

 

既に単なる「学歴詐称」などという「小さな問題」で片づけるべき範疇ではなくなっており、「普通の神経」であれば即座に辞職して民意を問うべきなのは当然のことだと思います。

一方で、地方自治法第84条においては、市長は当選後1年間はリコールができない決まりになっているそうです。このような規定は、

 

「市長選に当選するような立派な方が悪人であるはずがない!悪人(かもしれない)市議たちに、「悪意をもって」すぐに辞めさせるようなことはあってはならない!」

 

という性善説に立脚しているのだと思いますが、そろそろこのような意識は変革していかなくてはいけない時期に来ているのではないかと痛切に感じているところです。

昨日、市長への不信任案が満場一致で可決され、市長は10日以内に辞職か議会解散の二択を迫られているのですが、おそらくは議会解散を選択するのでしょう。そうなると市議選に加え、市議選後の議会で再度不信任案が可決される流れとなり、その時に初めて市長が失職し、改めて市長選が行われます。つまりはこれから短期間に2回の選挙が伊東市で実施されることとなり、多額の税金が「浪費」されることとなります。

 

非常に厳しい言い方で恐縮ですが、このような市長を選んだのは伊東市民自身であり、その責任も当然のことながら伊東市民にあるのです。多額の選挙費用は、伊東市民自身が「民主主義の対価」として受容するほかなく、「選択の失敗」に対する代償は払うべきなのです。極めて「苦い経験」ではあると思いますが、これをひとつの教訓としなければならないと思います。「たかが一票で何が変わるのか?」というような極めて軽薄な思考が、実は「とんでもないこと」を招く可能性があるのだということを、同じ静岡県東部に位置する我が故郷の沼津市においても肝に銘じなければならないと強く感じた次第です。とても「対岸の火事」などと傍観してはいられないのです。

 

それにしても、学歴詐称疑惑が発生してからというもの、この市長の言動にはただただ驚くばかりです。完全に「とばっちり」を受けてしまった東洋大学さんには心から同情するとともに(笑)、今後は政治の世界にも一定数の「変な人」が湧いてくるであろうことを想定した上で、「性善説」に立脚した地方自治法の早急な改善を求めたいと感じた水曜日の朝なのでした。

 

それにしても、スゲー人がいたもんだ!(笑)。

 

頑張りましょう!

昨日、毎年恒例の「24時間テレビ」が放送されていました。

昨今ではほとんど地上波テレビを見ない私ですが、昨夜はたまたま夜に出かける用事があり、車内のテレビで少しだけ見ることができました。

 

その番組の中で、20代の若さで奥様が妊娠中でありながら「小腸がん」であることが発覚し、無情にも「余命7か月」を宣告されてしまったご主人について放送されていました。

若い奥さんと、これから生まれてくる我が子を残し、余命を宣告されてしまった絶望感は、きっと私などには計り知れないものがあるはずです。お子様の健やかな成長を「生きる糧」として、懸命に治療に立ち向かう、実に勇敢なご主人が描かれていたのでした。

 

いわゆる「成人病」の類については漏れなく罹患しているものの、幸いにして「余命宣告」だけはされていない私ではありますが(笑)、もう10年以上前に「冷や汗」をかいた経験がありました。

 

私は「ヘルペス」持ちで、体調がすぐれない時は時折口の周りにヘルペスが出てしまうことがありました。おかげさまでここ数年はそのようなことはなくなったのですが、「成人病」の類に罹患したであろう10年ほど前には、年に1、2度発症してしまっていました。

ある時、また口のあたりにヘルペスが出てしまったのですが、どうもいつもとは異なる症状で困惑していました。ヘルペスの発症のみならず、首から肩にかけてが腫れ上がってしまい、口回りだけでなく、眉間のあたりにまでヘルペスが出現してしまったのです。微熱や頭痛もあり、急ぎ塾近隣の大きな病院に駆け込んだのでした。

 

その病院の医師は、私の症状を見るや、すぐにCTの撮影指示を出され、耳栓をつけて酸素カプセルのようなCTの機械に放り込まれたのでした(笑)。轟音が轟くCTの中で、私の中の不安がますます増幅されていくような気がしていました。

 

CT撮影が終了し、しばらく待合室で待つように指示されたのですが、カーテンの隙間から医師が難しい顔をして、腕組みをしながら私のCT写真を凝視している姿を見てしまいました。これはきっとただならぬ病気だ!と確信しました。その瞬間、自らの「死」というものを、初めて明確に意識したのでした。

 

若い頃であれば、自らが「死ぬこと」について恐れおののいたのかもしれませんが、不思議と自分自身の「死」について恐れることはありませんでした。むしろ私が死んだ後、残された妻や幼い子供たちの事ばかりが気になり、心配で、とても平常心を保てなかったことを今もはっきりと覚えています。女房子供を残して死ぬことの無念さと恐ろしさだけが、私の心を支配していたと思います。

 

「患者さんを呼んできて!」

 

しばらくして医師から声がかかり、恐る恐る診察室に入ったのですが、医師は開口一番、

 

「何でもないですね、単なるヘルペスです、首のところに菌が回って炎症を起こしたみたいです、抗生物質出しときますね!」

 

腰が抜けたというか、安心したと言おうか(笑)、何でもないなら深刻そうな顔してCT写真を見るなよ!と文句を言いたい気分になってしまいました(笑)。

ひとたび「親父」になってしまえば、自分自身の命よりも、妻や子供のことの方が心配でたまらなくなってしまうのが「情」というものなのかもしれません。そんな目に見えない心の絆が、「生きる希望」となり、明日への活力をもたらすことだってあるのです。

お子様の健やかな成長こそが、自らの生きる「希望」となっていること、この点に大いに共感するとともに、若いお父様が一日でも長く最愛のお子様と過ごせることを願わずにはいられない月曜日の朝なのでした。

 

頑張りましょう!

私が高校球児だった頃、恩師にはとにかく、

 

「素早いプレーを心掛けろ!」

 

とうるさく指導されたものでした(笑)。キャッチボールひとつとっても同様で、

 

「バスケットボールの「チェストパス」のように!」

 

と、まさに「捕ったらすぐ投げる!」を徹底させられていました。

もちろんそんなことがすぐにできるようになる訳がなく、それどころか恩師が求める「スピード感」を体現できる選手など、私が知る限りはただの一人もいなかったのです(笑)。

 

けれども恩師が求めていたのは、そんな「異常なスピード感」であったはずがありませんでした(笑)。これは私たち選手自身が実感していたことなのですが、日々の練習で「限度を超えたスピード感」の中で鍛錬していれば、実際の「試合」の中ではかなりの「余裕」を生み出してくれるのです。それが試合におけるひとつひとつのプレーに対するゆとりや正確性を生み、ひいてはエラーを未然に防いだり、好プレーを生み出す要因になっていたのでした。試合における「ゆとり」を生み出すための「練習」であり、そうでなければ練習そのものの意味さえ疑わしくなってしまいます。

 

私は上述のようなことは、勉強に対しても同じことが言えると思うのです。

理解度が高い割にテストで結果が表れない人は、「限られた時間」という概念に対して極めて希薄な意識しか持ち合わせていないのではないかと思うのです。

「時間無制限」で解かせればよくできるのだけれど、ひとたび「10分で解いてごらん!」と指示すれば全く対応できない子がいるというケースは決して珍しくないのです。

当然のことながら、数多ある「テスト」において、時間制限がないテストなど、ほとんど存在しないでしょう。余裕を持った「時間のやりくり」ができれば、余った時間を「見直し」に充てることができ、ケアレスミスを未然に防ぐこともできます。

 

つまりは、「スピード感をもって対処すること」は、誰が何と言おうと、絶対に「正義」であることは言うまでもないのです(笑)。

 

これから受験期に突入する受験生の皆さんについては、ただ単に「難問に取り組む」という姿勢だけでなく、いかに「早く解く」のかという視点にもぜひ注目していただきたいと強く願っております。いつもなら50分かかっていた問題が40分で解けるようになったのであれば、ほぼ確実に成績はアップするものと思います。

限りある時間を有効に使うこと、自らの「スピードアップ」により、あらゆる面で「ゆとり」が生じるという事実を決して軽視せずに、今後の学習の中に取り入れていって頂きたいと強く感じた、金曜日の朝なのでした。

 

頑張りましょう!