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2/25 キャンドゥ(2698)


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台湾と中国の距離感

2/25(木) 台湾で入院中に、いろいろと向こうの友人とお話をする機会がありました。今日はちょっとそのお話を。。。

 台湾っていう島国はちょうど日本の九州ぐらいの島。ここに二千万人にも満たない人が住んでいる。首都の台北付近に二百六十万人もの人がいて、この人たちの多くが蒋介石さんが戦争で毛沢東率いる八路軍から逃れて台湾に政府を作った歴史っていうのは、ほとんどの方がご存知やろう。。。

 ところが、中華人民共和国は、台湾っていう国を全く認めない。台湾は中国の一部であり、台湾政府というのは、中国の一地方でしかない。。。当時、国連の常任理事国だった中華民国からその座を奪って、台湾の地位を徹底的に貶めたのやね。。。おまけに、台湾と中国は台湾海峡を挟んでドンパチまでやる始末。。。

 中国からしたら台湾は目の上のたんごぶっていう感じなのかね。。。他の国に圧力かけて、台湾人がヨーロッパの国にいけないように画策したりもした。。。二つの中国は認められない・・・ってね。。。

 日本もそうやけど、台湾も、たった五十年ほど前までは、ほんと貧しかった。。。。でも、そこから何とか抜け出そうと、ほんと頑張ってきたのやないの。。。ろくすっぽ、食べるものも無かった時代から、したら、必死に努力してやっとええ生活が出来るようになった。。。それやのに、何もしなかった中国人に、そんなことを言われたくは無い。。。台湾人の心意気はそんなもの・・なんだという。。。

 まぁ、二つの中国問題にしたら、日本っていうのは、なかなか微妙な立ち位置にいる。台湾は台湾省って言って、昔はずっと日本の一部・・・やったのやから、台湾にとって日本っていう国は、憎い統治国でもあったんや。。。でも五十年にもわたる日本統治のおかげで、台湾には鉄道も出来た。教育も拡がった。だから中国本土より先に先進的な地域になった。。。これもまた事実である。だから台湾の人たちは、ホントに日本人に感謝してくれている部分がある。。。。

 ところが中国との関係改善、日中国交回復の流れのなかで、日本も米国も中華人民共和国が唯一の中国政府っていうのを、認めてしまった。台湾の人たちからしたら、何か梯子をはずされた感じ。。。強い憤りもあったやろうね。。。

 だんだん中国の力が大きくなってくると、台湾や香港など、もともと資本主義の恩恵に預かっていた地域に住むお金持ちの人たちっていうのは、中国が共産主義のまま、このまま大きくなっていくと、蓄えたせっかくの財産も何もかも国に取られてしまうのではないかということを恐れて、自由で、移民の受け入れにも寛容なカナダなどの国に移住をしたいと考える人たちが多いのだという。。。

 だから、世界的にも資産価値が安定していて、為替リスクの低い金を持ちたがるお金持ちの台湾人、香港人は多い。。。この話を

 何でも、いま、カナダでは、別の意味で中国人がどんどん増えているのだという。。。なぜか。。。それは、中国の地方役人の子弟が、大金を持って、大挙してカナダ移住をしているのだという。。。どういうことか。。。

 それは、中国の地方の役人制度という、この国の癌のようなお話と密接に関係がある。いま、中国は、絶好調の経済を背景にして、地方へどんどん投資がされている。たとえば中国政府が一千億元もの巨額の地方振興策を採るとする。ところがところが、実際の目的である地方のインフラ整備とか地方振興に使われるのはその五分の一かそこら・・・なのだという。。。

 なせか。。。そのお金が地方へ行くと、一番上がガバッと私腹を肥やしてしまって、その下がまたとって、そのまた下が取って。。。というのが繰り返されるのやという。。。それに対するチェック機能がまるでない。。。だから、ガバっと横取りした金を子供に持たせて海外に移住留学させて、とりあえず、今、盗り放題の税金を確保しておこうとしているのだそうや。。。

 これをいろいろな地方でやるものだから、カナダに留学している子供たちは、地方の有力役人の子弟ばっかり。。。なんていう、恐ろしい状況が続いているのなんやそうや。。。まあ横領した公金で子供に夢を託す。。。中国人の考えそうなこっちゃで。。。

 まぁ、開放改革制度と昔ながらの地方役人の腐敗体質が交わった感じ。。。ほんま、この国にルールなんてない。。。

 例えば電話ひとつとっても、日本は固定電話の時代があって、公衆電話の時代があって、それが自動車電話になり、携帯電話に進化した歴史がある。。。

 ところが、中国本土や、発展途上国では、いきなりハンディホンや。。。公共の場所とか、車の運転中、病院の中などの医療機器に影響のあるところでは使わないなんていうマナー、あるいは、打ち合わせ中にかかってきた携帯電話へのコールは後回しにするとか、講演会中は電源を切ったりマナーモードにする。。。とかいう、我々にとって当たり前の文化というか、マナー、常識といったものが、これらの国ではまったく無い。。。まさに無政府状態。。。好き放題。。。映画館で他の人の迷惑を顧みず、大声で携帯でしゃべる人を誰もとがめない。。。信じられへんわ。。。

 もちろん、このことは直接中国の人が悪いわけではない。そのような文化が熟成される期間をすっ飛ばして携帯電話が普及しだしたのやからね。。。日本に置き換えてみたら、明治時代にいきなり携帯電話が出現したようなもの。。。ルールができる時間的な余裕もそんなステップも無かったのやろうね。。。

海外緊急手術体験記<3>

実は、うちは二十年ほど昔に、台湾からの留学生を二年に渡って述べ四人ほど、旧家の離れに下宿生を受け入れていた時期がある。。。だから、二十年も経った今でも、向こうが日本に来たときは家を訪ねてきてくれるし、たまにうちが台湾へ行くと、ものすごく歓待してくれる・・・という間柄である。。。そのときは二十歳台だった人も、みんなもう五十近い年齢にはなっているけど、いまだに忘れないで、付き合ってくれているのは、何て台湾の人っていうのは、義理堅いのだろうか。。。と感じさせる。。。いまだにあの時は、随分お世話になった・・・なんて言ってくれるのやね。。。



 今回、私が心ならずもこんなことになってしまって、またまた、本当にたくさんの人達にお世話になってしまった。。。何が不安かって、見知らぬ異国で緊急手術。。。そして入院なんていうこと。。。もし、私が一人やったら、どうなっていたことやら。。。。全くもって自信が無い。。。ホテルの女性やら、現地旅行会社の林さん。日通旅行の松村さん。そして台湾の友人たち。。。そして何よりヨメサンがいていてくれたから、何とかなった。。。ほんま、いくら感謝しても、やりすぎではないか・・くらいや。。。ホント、お世話になりました。。。ありがたいこと・・・この上なし。。。感謝感謝である。。。



 案ずるより生むが易し・・・。危機的な状況になると、いろいろ心配なんかしていても仕方がない。。。なるようになるさ。。。ぐらいの心持ちでいるほうが、ええことのほうが多い。。。これから、まだ気の重い、いろいろなハードルが待っている。。。自分が不幸のどん底にいる・・・と思うより、この特別なことを、なかなか出来ない貴重な経験として楽しむぐらいの感覚のほうが、実は精神衛生上は、良いのやね。。。



 ただ、ここは台湾。。。日本とは違うところも多い。。。後から聞いたことやけど、台湾っていうところは、医学的に見ても日本となんら変わりないほど医療的な技術力は高いところなのやそうや。。。ただ、細かいところでは、えっ・・・と思うところもある。点滴の針を入れたところは、しばらくそのままなので、日本では、寝返りをするときのこととか考えてもメッシュの包帯のようなものをかぶせてくれるのだが、台湾ではそれが無くてただの紙の絆創膏だけ。。。



 痛み止めのお薬も、日本なら脊椎に注射器の針をしばらく入れていてくれて、術後数日後の一番痛い時をいかに過ごすかを考えてくれるのだけれど、こっちでは、鎮痛剤、鎮痛剤と何度お願いしても入れてくれない。。。痛みに耐えろ・・・というのである。。。ほんまかいな。。。。せっしょうな。。。小腸やら腹筋やら腹膜やらを切っているのやで。。。おかげで、こっちは、痛みの日替わり定食。。。毎日、少しづつ、違う種類の痛みが襲ってくる。。。ほんま、貴重な経験や・・・(涙)



 さて手術後、私は 気がついたら、その病院の集中治療室にいた。。。周りには似たような症状の重症患者が四組。。。痰が切れなくてゲーゲーやっている人。。。痛さに耐えかねてうめき声を上げる人。。。国は違えど、どこも似たようなものである。。。まぁ、お世辞にも快適ではない状況だったから、見かねた現地知人の李敏色さんが、ナースに交渉して、個室に換えてくれた。。。お金には代えられない。。。これからまだまだ長い台湾生活が続くのだから。。。。



 何がつらいって、寝られない。寝返りが打てない。腹が痛くて起き上がれない・・・これが結構つらい。。。あんまり良い睡眠が取れないから、一日中、頭の中がぼうっとしている・・・。横のベッドに寝ているヨメサンの寝息さえも、ちょっとむ、うらやましいほど。。。睡眠というのは大事なものなんやね。。。



 私は、普段海外旅行へ行く時にゴールドのクレジットカードに付帯する海外旅行保険があるから、あんまり、別に旅行保険に入らないことが多い。。。もう三十回近く海外旅行をしたけど、旅行保険を使った経験はほとんどない。。。スーツケースのキャスターが壊された時でも、飛行機会社が自社の非を認めないと証明書も書かない。。。なんて不愉快なことが多かったからね。。。



 ただ、今回は虫が報せた・・・のだろうか。。。ネットの価格どっとこむから、海外旅行保険の一番安いのに入っていたのである。。。二人、四日間台湾行き・・・で、たった二千六百円ほど。。。これでなんと、治療費やら救護費用が一千万もの保障が付く。。。これで正直、ホント助かった。。。





 私をご担当いただいたのは、アクサ保険のサポートセンターの木村さん。。。台湾には出先が無くて、シンガポールからいろいろ手配をしてくれた。結果的に二十万弱の病院の費用さえも立替ることなく、退院時にはわざわざ向こうの人が支払いに来てくれた。。。キャッシュレスサービス。。。不安な海外では、最高のええサービスやね。。。





 通常、海外で開腹手術を受けた場合、今回のことで初めて知ったのだけれども、まず飛行機会社は、手術後二週間は乗せてくれない。。。保険会社は、ドクターかナースを病院から付けてフルサポートで世話するといってくれているのだが、実は、今回のタイミングは最悪である。今年の二月十四日は旧暦のお正月。中華圏に住む人たちにとっては、この春節のお休みというのを特に大事にする。新年快楽。。。シンネンカイラ・・・どこでもこの挨拶になる。。。だからこっちの会社は、二週間ずっとお休み・・っていうのもザラである。。。実際、この時期の台湾はどこへ行っても台湾人はいない。。。その代わりに台北にいるのは、大量の中国本土からの観光客。。。何せ世界中で二十億もの人が動く・・・という特別な日なのである。。。つまり、こんな時期に即、医者もナースも確保するのは事実上、不可能。。。なのである。。。





 かといって、われわれも三泊四日の予定で旅行に来ている。医者の話では一週間したら退院が出来るという。。。十五日に帰国予定だったのを十八日まで延期することで何とか絵を描き直そう。。。としていたのやね。。。ところが保険会社は、そんな日程で帰られてもし、また機上で手術の時の縫い目が弾けられでもしたら、今度は生命ガ危ない・・・そんなリスキーなことをするのやったら、われわれは二週間待った上で医師か看護士の同伴で安全に帰国する方法を薦めたのだが、自己責任で帰る・・・という、書類にサインをしてくれ。。。って言ってきた。。。いたしかたない。。。まぁ、現地の担当医を信じるか、保険会社の航空医学に精通した医師の意見を信じるか・・・見解の相違っていうのは、よくあることなのやそうや。。。



 こう、脅されると、人間、なかなか気になって眠れない。。。また飛行機の上で自分が今度は血まみれになって、腹が裂ける悪夢を見てしまう。。。怖い怖い。。。



 まぁ、旅行会社もいろいろアレンジをしてくれて、本来だったら日付変更が出来ないツアーのチケットを何とか四日後に無理して取り直してくれた。。。それにあわせて、病院から空港までのハイヤーの予約、関空から病院までのハイヤーの手配、受け入れ病院の了解。。。やらなければならないことはいっぱいある。。。不自由な国際電話の壁。言語の壁。融通性の無さ。。。文化の違い。。。ほんと、貴重な経験をいろいろさせてもらった。。。



 台湾滞在が四日も延びたので、私は、台湾の友人たちに、もう私には余裕が出来たから、どうぞ、ヨメサンをどこか美味しいものを食べさせてくれるところとか、ショッピングや観光が出来るところにつれていってくれ。。。と頼んだ。幸いわれわれの取った病院の個室は介添えの人も寝むれるベットもあり、十分な広さもあった。ただ、お風呂とかシャワーの問題がある。これは、またまた、お隣さんの福華大飯店のコンシェルジュの彼女がどうぞホテルのなかにあるサウナとジムのシャワーを滞在中使えるようにしてくれていて、このご好意に甘えさせていただいた。こっちの人は心が広いね。。。ほんと、台湾の人の温かさに、触れられて本当に有り難かった。。。



 手術後の傷の回復経過はすこぶる良く、毎日痛みは少なくなり、少しづつ尿路はとれ、ドレインがとれ、点滴がとれていった。今回の手術で私は四日間は何も口にすることなく、点滴だけの栄養補給の日々。。。ただ、それも四日目には葛湯のようなもの。五日目には豆乳のようなもの。六日目になるとおかゆとおかずも付く。。。私は日本でも病院食の不味さを何度か経験しているのだかけど、さすがは美食の国である。台湾の病院食は実に美味しいのである。。。いきなり骨付きチキンの薬膳煮込みが出てきた時にはええかいな・・・って思ったけれどね。。。



帰国前日には、友人たちがこっそり持ち込んでくれた小龍包に感動して、最後の最後にやっと台湾グルメにありつけた。。。Yさんありがとう。。。



さて、いよいよ帰国の十八日になった。友人のお手配で普通のタクシーよりはるかにでかいベンツのハイヤーが来た。これなら、腹の傷には最小限の負担で済む。。。持つべきものは友達である。。。そして予定とおり台北空港着。ところが、ここで大問題が発生。。。日本航空の現地グランドスタッフが規則を盾にして、チェックインをさせてくれないのである。。。



 私は、医師の勧めもあって保険も適用になるのでビジネスクラスのノーマルチケットでの発券をしようと思ったのやね。。。車椅子を貸して欲しいといったことから、手術後まだ六日目というのがばれて、飛行機のチェックイン拒否にあってしまった。。。それが分かっていたから、蔡先生にわざわざ飛行機に乗るためだけのお墨付きの診断書まで準備していたのである。でもそれでもあかんという。。。もう目の前が真っ暗になった。。。



 私は仕事のこともあるので、ヨメサンだけ先に返して、私は飛行機に乗れるようになるまであと一週間、再入院するという決断をした。。。この時点での最良の手はこれしかなかったからね。。。空港の片隅で二人でスーツケースを広げて荷物分け・・・。情けなくて悔しくて。。寂しくて。。。ほんと途方にくれた。。。



 この間も、現地旅行会社の林さんと、友人は、日本航空の職員に病院に確認の連絡を入れさせたり、日本の旅行代理店から日航に働きかけをしてもらったり、最大限の乗るための努力をしてくれていた。。。有り難いことである。。。でも、もういいよ。。。やるだけやってあかんかったから。。。。仁愛病院も、もう一週間入院していて良いといってくれているし、私さえ我慢したら一週間なんてすぐさ。。。ちょっと市内観光でもして、暇つぶしをするさ。。。って諦めていた。。。。





 ところが、彼女がちょっとびっくりするぐらいの奇声を上げた。。。何事か・・・というと、とりあえず、飛行機のボーディング場所まで行ってくれという。。。最終的には機長判断で、乗れそうだったら、許可する。。。というのだ。。。航空会社がこういう対応をする・・・ということは、乗れる確率がかなり高いこと。。。友人はこのことを知っていたから、声を上げて大喜びしてくれたのやね。。。



 さあ、それからが、大変。。。JAL機は、午後一時の出発なのに、現在時刻はもう十二時半を過ぎている。。。大急ぎでノーマルチケットを買って、チェックイン。。。空港の職員さんが車椅子を押して手荷物検査、出国検査、検疫、全部特別な場所から最優先で通してくれて何とか出発便のゲートへ.日本人キャビンアテンダントの責任者の人が面談してくれて、無事機上の人に。。。めまぐるしい嬉しい急展開に、私ゃ、嬉しくて、ちょっと涙が出てきたよ。。。。ありがとう。。。シェシェ。。。



 こうして無事帰国できた私は関空~お迎えのハイヤーで京都の府立病院に直行。。。無事、転院に成功、一日目こそ重症患者ばかりの部屋で我慢したものの、二日目から何とか個室に入ることが出来て、やっと熟睡できる幸せに。。。ここ一週間ほどちゃんと睡眠取れなかったからね。。。日本はええ国や。。。病院食はまずいけど。。。



 それにしても、この一週間は、想像を絶する一週間やった。。。そして何より、人のぬくもりのありがたさを痛感した一週間やった。。。今回のことで、ほんとに多くの方にご迷惑をかけ、また多くの方に助けられた。。。人は一人で生きているのやない。。。みんなの「おかげさま」の中で生かされているもの。。。というのを実感した一週間やったね。。。ホント、ありがとうございました。。。 



 そしてまたいつか、本場の中華を腹いっぱい食ってやるぞ・・・とリベンジを誓った私なのでありました。。。



























































海外緊急手術体験記<2>

 この日の台北空港は、明日に旧暦の大晦日を控えた・・・という、特別な日で、どこもかしこも大混雑していた。。。我々のツアーの本隊は予定とおり、台湾新幹線で高雄に向かってもらって、私とヨメサンと添乗員さんは、もう添乗員さんが、早々に、二日目と三日目に泊まる予定の福華大飯店というホテルに特別に早く泊まらせてもらうダンドリをしてくださっていたので、そのご好意を受けることにした。。。

 大混雑の空港のタクシー乗り場。。。車椅子に乗っている私たちも行列に並ぶ。。。こっちの人は、ハンディキャッパーでも特別扱いはしてくれないのやろうか。。。。南国台湾とは言っても、冷たい雨でかなり寒いなか、なかなか進まないタクシー待ちの列に並びながら、まったくといってよいほど、収まってはくれない腸の痛みに私は必死になって耐えていた。。。

 どうも、ツアーの添乗員さんも、空港の医師も、私の腹痛の症状を、少し悪いものを食べてしまっただけ・・・ぐらいにしか、認識してくれていないのではないか。。。そんな感じがしていた。。。そんなんやないのに。。。このとき、もう都合四時間以上もこの激痛に耐えている私は、どうしらよいのか分からなくなってきていた。。。

年末の桃園から首都台北に向かう高速道路は大渋滞である。。。普段、何も無ければ四十分ほどの道のりを、我々は渋滞のためおそらく一時間半ほどかけて、やっと台北の中心部にあるホテルに到着した。。。ロビーでチェックインのため少し待たされて、私たちは、ようやくホテルの部屋に車椅子で入った。。しかし、横になった・・・そんなぐらいで、この痛みが治まるはずがない。。。多分、疲れが出て、寝たら直るぐらいに思われていたのやろうね。。。やっぱり、痛い時は、我慢しないで、しっかりアピールすることも大事や。。。

 日本人っていうのは、とかく、ツアーとかの団体行動中とかだと、他の人に気を使って、我慢してしまうことが多い。。。ただ、今回のような緊急事態なら、この選択肢は、下手したら、手遅れ・・・という最悪の事態になることがある。。。痛い時には、恥ずかしがらずに、素直に痛みを表現すべきだし、しっかりアピールすることも必要である。。。

 ホテルの部屋に入って十分ほどしても一向に痛みは治まらない。。。あかんわ。。。救急車呼んでもらって。。。はじめからそうすりゃ良かったんや。。。ただ、このホテルのスタッフにこのことを言うと、なんと、このホテルのおとなりが台北市立の仁愛病院という大きい病院なのだという。。。救急車を呼んでいるより、行ったほうが早い。。。ホテルのベルボーイさんが車椅子に私を乗せ、日本語を理解するホテルのコンシェルジュの女の人が、私の通訳役をかって出てくれた。。。

 お隣り・・・とは言っても病院へ行くには少し大きい目の交差点をわたっていかないといけない。。。車椅子に乗せられながら横断歩道を渡っていても、歩行者より車のほうが優先されるお国柄。。。日本じゃこんなことは絶対に無いだろうけど、車椅子に乗っている人でさえもお構いなしに車がつっこんでくる。。。ここは、日本と違うんや。。。って改めて痛感させられた。。。こっちの横断歩道の信号には、まぁ日本にもあるけど、あと赤になるまで何秒・・・なんていう表示が出る。まだ五十秒近くもあるのやけど、人の多い繁華街の交差点は車も多いけど人も多い。。。ただ、ここは台湾である。車椅子であっても優先してはくれない・・・。れっきとした中華社会なのである・・・。

 私を乗せた車椅子は救急の病院入口から入った。。。あぁ、これでストレッチャーに乗れる。。。って思った私は甘かった。。。車椅子のまま、受付やら、診察やらレントゲンをうろうろ。。。向こうの年配のお医者さんいわく。。。この腹の出っ張りは、とても悪い。。。がんの可能性が高い。。。キャンサーっていう英語で癌を指す言葉は分かったから、この片言の通訳で、私は愕然となった。。。そりゃ、私は一年前に大腸がんをやっている。でも、その除去手術は成功していて、術後の化学療法も不要で、いろいろ必要な術後検査はさぼったこともなく。。。それが今更癌だ・・・といわれても。。。っていうのが、正直なところやった。。。

 その後、エコー検査を何人もの医者さんがテレビ画面を見て、ここがどうやら、なんて言っているのやろうね。。。正直中国語はまったく分からない私にとって、ここでの医師の繰り出す質問の一割も言っていることが、分からない。。。おまけに意識も少し混濁している。。。ならば英語で・・・と思うのだが、その英語も一、二割ほど伝わっていたらええほう。。。ほんと意思の疎通に困って、泣きそうな気持ちになった。。。

 この状況。。。私は何て不幸なのやろうか。。。日本ではない外国でなかなか意思の疎通もままならないまま、ひょっとしたら、私はこのまま、死んでしまうのではないか。。。そんな、いやな予感すらした。。。まさに、八方塞り。。。最悪や。。。

 そんななか、ほんと助かったのは、辛(シン)さんという、ホテルのコンシェルジェの女性や。。。彼女は東京のホテルでの勤務経験が一年ほどあり、少ない語彙のわれわれ夫婦の意思確認やら質問疑問に、随分通訳としてけ、ヘルプをしてくださった。。。彼女がもしこの場にいなかったら、われわれは何も決められないまま貴重な時間を浪費しつづけなくてはならなかっただろうからね。。。

 救急部門の責任者である少し年配の少し太った医師の見立てでは、私の小腸は腹膜から飛び出た状態でぎゅっと口をふさがれた状態になっている。この状態は大変危険な状態で、放置すれば、死んでしまうほど深刻な問題だ。いまここで緊急手術をするか、それとも、日本に帰国するまで我慢するかどちらかだ。。。我々は選択を迫られた。。。もし帰国待ち・・・となったら、五分五分ぐらいの確率で、生命の危険がある。。。のやそうや。。。。

 後から聞いた話では、空港で痛み止めの注射をしたことは、今となってはあんまり良いことではなかったようである。この手の薬は、ぎゅっと締まってしまった小腸の腸の動きを止めてしまうから、小腸が壊死してしまうからなのやという。。。そんなこと、言われても。。。一番気の毒なのは、ヨメサンである。。。もう完全にウロが来ている。。。そりゃそうやで。。。台湾に入った途端にこんな大騒ぎ。。。生きるか死ぬかの判断を今すぐせよといわれても。。。そんな大事な判断、すぐには出来ない。。。人に意見を聞こうとしても、医者の妹は日本。。。。国際電話のかけ方もなかなか自信がない。。。そんな状況やったからね。。。

 朦朧とした意識の中、嫁さんにいろいろ説明を聞いて、結局、私は、緊急手術をしてもらうことにした。。。いや、それしか選択肢は無かった・・・というのが本音かね。。。いざ、手術をやるとなったら、そこからが早い。。。向こうからしたら、何を迷っているのか。。。緊急手術をする選択肢しかないやんか・・・てなところかね。。。

 まず費用は二十万から五十万ほどはかかる・・・とのこと。。。命に代えられない。。。了解。。。

 救急の処置室の端っこでカーテンで仕切られてはいるものの、素っ裸にされ、術着に着替えて、手術前の検査。。。私には以前心筋梗塞とか大腸がんの既往症があるといったら少し嫌がられたみたいだったけど、念のためにいろいろレントゲンを撮る。。。あっという間に手術室に運ばれて、夢の中。。。手術は無事、一時間半ほどで終わった。。。

 執刀してくれたのは、蔡先生という五十代ぐらいの男性の方。。。英語でしゃべってくれる。。。麻酔医の先生は、女性で、なかなか日本語が流暢やった。。。でもニ、三分で即オペ開始。。。尿道に管をつっこむけど良いか。。。無論、異論は無い。。。尿路、尿路っておっしゃって、どういえばわかるか・・・必死に向こうも言葉を捜してくださる。。。まぁ、ヨメさんに聞くと、手術はあっという間やったという。。。その間、いろいろと連絡したので、台北にいる友人も駆けつけてくれたというけど、麻酔が十分に効いていた私は、何も覚えていない。。。


海外緊急手術体験記<1>

2010年の2月12日、我々を乗せた飛行機は、関西国際空港をほぼ定刻に出発した。一見順調に見える今回の旅行のスタートも、私は、どうも尋常ではない腹部の痛み・・・に驚かされていた。。。私は、自身がやった大腸癌手術から、もう、ほぼ一年を過ぎていて、術後傷痕ヘルニアというのに、悩まされながらも、この一年間で、何とか平常に近い生活が送れるようになっていた・・・のやね。。。もう飛行機ぐらい大丈夫やろうという、、私の甘さもあったのやろう。。。

 飛行機というものは、離陸後、だんだん高度を上げていくごとに、機内の気圧というのが、どんどん下がっていくものや。。。耳の鼓膜がペコッていうやつ。。。ちょうど、ポテトチップスの袋を飛行機の中に持ち込むと、上空に行くと、その袋がパンパンになるように、私の小腸内も多分、どんどん内圧が上がっていたのやろうね。。。前の手術の傷跡が原因で、腹膜のやや弱くなっていたところから、小腸が外へぐいっと、一センチほど膨れ上がってしまって、ちょうど腹筋の筋の隙間に嵌まり込んだような状態。。。つまり,小腸が閉塞した状態になってしまったんや。。。

 私には普段、少しヘルニアの症状があったので、小腸が少しぬるっと外に押し出されてくるような感覚になることは日常茶飯事やった。。。だから、このときも、私は念のために、ちょっとキツイ目の腰痛ベルトを裏表逆にしてきつく縛っていて、これで大丈夫やと、タカをくくっていたのやね。。。

だから私は、また、いつものように、腹の上から腸をゆっくり押さえ込むと簡単にまたぬるぬると体の中に入っていくものやと思っていた。。。ところが、この日はいつもとは、随分勝手が違う。。。出っ張ってきた小腸を押さえ込もうと思ってもカチカチになってしもてこれが不可能や。。。それどころか、腸が筋肉に挟み込まれてしまっているので、痛いことこの上ない。。。のや。。。ヤバっ・・・。

 飛行機は、私の腹の痛みなど、どこ吹く風。。。順調に高度を上げて、水平飛行になってくると、キャビン内では、カチャカチャと、機内食の準備が始まった。このとき、私たちは、本当に久しぶりに非常口横の前が広い席をアサインされて喜んでいた。。。ただ、今は、それどころではない。。。人間、あまりにも激しい痛みに襲われ続けると、冷や汗が出てくる。。。じとっ~とね。。。何とか、この苦痛から逃れようと、何度も何度もトイレに行くけど、少ししか胃の中には食べ物は無く、それを吐いてしまえばあとは胃液だけ。。。下から出るものも、もう、ほぼ無い。。。

 腸の痛み・・・っていうのを表現する言葉に、断腸の思い。。。っていうのがあるけど、ちょうどそれに近い。。。もう、七転八倒の苦しみっていうヤツ。。。私は、耐え切れずに、少し朦朧としてきた意識の中で、エコノミー席の最後部へ行って、肘置きを跳ね上げて、横になるスペースを探した。幸い、この便の後部座席のあたりはガラガラ。横になりながらも、痛み続ける腸を締め付けられた部分を少しでも楽になる体位は無いかを探し続けたのやね。。。

 関空から台北まで距離なんて、沖縄とそう大差は無い。。。国内線に限りなく近い、たかが三時間ほど。。。と思っていたのだけれど、いざ自分がこんな目に会うと、何と、この時間の、長いこと長いこと。。。何とか飛行機が、荒天の台湾桃園国際空港に、着陸したころには、もう耐え難い苦痛はピークに達していた。。。

 この時の私には、ひよっとしたら、飛行機が地上さえ降りれば、機内の気圧が平常に戻るので、この痛みから解放されるのではないか・・・という微かな期待のようなものがあった。ただ、その期待は、飛行機がゲートに到着し、機体の動きが完全に止まっても、一向に私の腹の痛みは変わらないことで、無残にも打ち消されてしまった。。。

 この地獄のフライトの時間。私はいろいろなことを考えていた。こんなことになるのなら、旅行を断念していれば良かった。今すぐ日本に跳んで帰りたい気持ちだけれど、もう引き返せない。。。飛行機はもう外国である台湾に着いてしまっているし、何とか早く医者に行って、この痛みを何とかして欲しい。。。そんな気持ちやった。。。

 どこの空港もそうやけど、飛行機が到着してから到着ゲートまでの距離は結構ある。普通ならこれから入国審査とか手荷物の受け取りに向かう時は、少しでも早く・・・となるから、ちょっと乗客たちの足は小走り気味になるものや。。。この少し早いスピードが腹の痛みを持つ私にはちょっと辛い。。。やっと追いついた手荷物受け取りのベルトコンベア前で、私はどこか休める場所はないかと探したが生憎あたりには椅子一つ無い。。。仕方がないので、近くにあった手荷物を載せるカートの荷台部分に私は思わず座り込んでしまった。。。

 本当は、この痛さからしたら、もう地べたに倒れてしまいたいような痛さやった。。。でも、そこは他人の目もある。。。まして、業界の団体旅行なのだから、同行者は、京都にある倉庫業を営む会社の社長さん方ばっかり。。。無様な姿は出来ることなら見せたくない・・・という意識が自然と出てしまう。。。でも、私の腹の痛みは、もうそんなレベルではない。。。アカンわ。。。添乗員さんに団体行動は無理だっ・・・て言いに行ってくれとヨメサンに頼んだ。。。

 機内からヨメサンは、私の尋常ではない状態を心配してくれていた。海外旅行に出て、旅行はスタートしたばかりやのに、いきなり大トラブル発生。。。どうなるのやろう。。。不安でいっぱいやったのは、私もヨメサンも同じ気持ちや。。。どうしたらええのや。。。

 かなり、ふらつきながらも、私は添乗員さんに連れられて、車椅子で空港にある医療室に連れて行かれた。。。そこでは、台湾人の女医さんが、聴診器を持って、私の膨らんだ腹部の音を聞いている。。。腸の動きが悪くなっている。。。とりあえず、痛み止めを打つ。。。私はオシリにちょっと痛いめの筋肉注射を打たれて、十分ほどで痛みが引くはず。。。という言葉を信じていた。。。でも二十分経っても三十分経っても痛みは治まらない。。。。ヤブ医者め。。。人に当たっても仕方がないのやけど、とりあえずこの激痛何とかしてほしい。。。アカンのか。。。

 

更新遅れのお詫び

 実は私、2/12から台湾に行きましたのですが、関空を出た途端にヘルニアが原因の腸閉塞になりまして、台北の病院で緊急手術となりました。


 帰国予定日を過ぎましても、開腹手術のため足止めを食らっていまして、なかなか帰国がままなりませんでした。


 帰国後も継続して入院生活を余儀なくされておりましたため、ページの更新が不可能となっていました。近々、復帰可能かと思いますので、何とぞご容赦ください。

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