海外緊急手術体験記<3>
実は、うちは二十年ほど昔に、台湾からの留学生を二年に渡って述べ四人ほど、旧家の離れに下宿生を受け入れていた時期がある。。。だから、二十年も経った今でも、向こうが日本に来たときは家を訪ねてきてくれるし、たまにうちが台湾へ行くと、ものすごく歓待してくれる・・・という間柄である。。。そのときは二十歳台だった人も、みんなもう五十近い年齢にはなっているけど、いまだに忘れないで、付き合ってくれているのは、何て台湾の人っていうのは、義理堅いのだろうか。。。と感じさせる。。。いまだにあの時は、随分お世話になった・・・なんて言ってくれるのやね。。。
今回、私が心ならずもこんなことになってしまって、またまた、本当にたくさんの人達にお世話になってしまった。。。何が不安かって、見知らぬ異国で緊急手術。。。そして入院なんていうこと。。。もし、私が一人やったら、どうなっていたことやら。。。。全くもって自信が無い。。。ホテルの女性やら、現地旅行会社の林さん。日通旅行の松村さん。そして台湾の友人たち。。。そして何よりヨメサンがいていてくれたから、何とかなった。。。ほんま、いくら感謝しても、やりすぎではないか・・くらいや。。。ホント、お世話になりました。。。ありがたいこと・・・この上なし。。。感謝感謝である。。。
案ずるより生むが易し・・・。危機的な状況になると、いろいろ心配なんかしていても仕方がない。。。なるようになるさ。。。ぐらいの心持ちでいるほうが、ええことのほうが多い。。。これから、まだ気の重い、いろいろなハードルが待っている。。。自分が不幸のどん底にいる・・・と思うより、この特別なことを、なかなか出来ない貴重な経験として楽しむぐらいの感覚のほうが、実は精神衛生上は、良いのやね。。。
ただ、ここは台湾。。。日本とは違うところも多い。。。後から聞いたことやけど、台湾っていうところは、医学的に見ても日本となんら変わりないほど医療的な技術力は高いところなのやそうや。。。ただ、細かいところでは、えっ・・・と思うところもある。点滴の針を入れたところは、しばらくそのままなので、日本では、寝返りをするときのこととか考えてもメッシュの包帯のようなものをかぶせてくれるのだが、台湾ではそれが無くてただの紙の絆創膏だけ。。。
痛み止めのお薬も、日本なら脊椎に注射器の針をしばらく入れていてくれて、術後数日後の一番痛い時をいかに過ごすかを考えてくれるのだけれど、こっちでは、鎮痛剤、鎮痛剤と何度お願いしても入れてくれない。。。痛みに耐えろ・・・というのである。。。ほんまかいな。。。。せっしょうな。。。小腸やら腹筋やら腹膜やらを切っているのやで。。。おかげで、こっちは、痛みの日替わり定食。。。毎日、少しづつ、違う種類の痛みが襲ってくる。。。ほんま、貴重な経験や・・・(涙)
さて手術後、私は 気がついたら、その病院の集中治療室にいた。。。周りには似たような症状の重症患者が四組。。。痰が切れなくてゲーゲーやっている人。。。痛さに耐えかねてうめき声を上げる人。。。国は違えど、どこも似たようなものである。。。まぁ、お世辞にも快適ではない状況だったから、見かねた現地知人の李敏色さんが、ナースに交渉して、個室に換えてくれた。。。お金には代えられない。。。これからまだまだ長い台湾生活が続くのだから。。。。
何がつらいって、寝られない。寝返りが打てない。腹が痛くて起き上がれない・・・これが結構つらい。。。あんまり良い睡眠が取れないから、一日中、頭の中がぼうっとしている・・・。横のベッドに寝ているヨメサンの寝息さえも、ちょっとむ、うらやましいほど。。。睡眠というのは大事なものなんやね。。。
私は、普段海外旅行へ行く時にゴールドのクレジットカードに付帯する海外旅行保険があるから、あんまり、別に旅行保険に入らないことが多い。。。もう三十回近く海外旅行をしたけど、旅行保険を使った経験はほとんどない。。。スーツケースのキャスターが壊された時でも、飛行機会社が自社の非を認めないと証明書も書かない。。。なんて不愉快なことが多かったからね。。。
ただ、今回は虫が報せた・・・のだろうか。。。ネットの価格どっとこむから、海外旅行保険の一番安いのに入っていたのである。。。二人、四日間台湾行き・・・で、たった二千六百円ほど。。。これでなんと、治療費やら救護費用が一千万もの保障が付く。。。これで正直、ホント助かった。。。
私をご担当いただいたのは、アクサ保険のサポートセンターの木村さん。。。台湾には出先が無くて、シンガポールからいろいろ手配をしてくれた。結果的に二十万弱の病院の費用さえも立替ることなく、退院時にはわざわざ向こうの人が支払いに来てくれた。。。キャッシュレスサービス。。。不安な海外では、最高のええサービスやね。。。
通常、海外で開腹手術を受けた場合、今回のことで初めて知ったのだけれども、まず飛行機会社は、手術後二週間は乗せてくれない。。。保険会社は、ドクターかナースを病院から付けてフルサポートで世話するといってくれているのだが、実は、今回のタイミングは最悪である。今年の二月十四日は旧暦のお正月。中華圏に住む人たちにとっては、この春節のお休みというのを特に大事にする。新年快楽。。。シンネンカイラ・・・どこでもこの挨拶になる。。。だからこっちの会社は、二週間ずっとお休み・・っていうのもザラである。。。実際、この時期の台湾はどこへ行っても台湾人はいない。。。その代わりに台北にいるのは、大量の中国本土からの観光客。。。何せ世界中で二十億もの人が動く・・・という特別な日なのである。。。つまり、こんな時期に即、医者もナースも確保するのは事実上、不可能。。。なのである。。。
かといって、われわれも三泊四日の予定で旅行に来ている。医者の話では一週間したら退院が出来るという。。。十五日に帰国予定だったのを十八日まで延期することで何とか絵を描き直そう。。。としていたのやね。。。ところが保険会社は、そんな日程で帰られてもし、また機上で手術の時の縫い目が弾けられでもしたら、今度は生命ガ危ない・・・そんなリスキーなことをするのやったら、われわれは二週間待った上で医師か看護士の同伴で安全に帰国する方法を薦めたのだが、自己責任で帰る・・・という、書類にサインをしてくれ。。。って言ってきた。。。いたしかたない。。。まぁ、現地の担当医を信じるか、保険会社の航空医学に精通した医師の意見を信じるか・・・見解の相違っていうのは、よくあることなのやそうや。。。
こう、脅されると、人間、なかなか気になって眠れない。。。また飛行機の上で自分が今度は血まみれになって、腹が裂ける悪夢を見てしまう。。。怖い怖い。。。
まぁ、旅行会社もいろいろアレンジをしてくれて、本来だったら日付変更が出来ないツアーのチケットを何とか四日後に無理して取り直してくれた。。。それにあわせて、病院から空港までのハイヤーの予約、関空から病院までのハイヤーの手配、受け入れ病院の了解。。。やらなければならないことはいっぱいある。。。不自由な国際電話の壁。言語の壁。融通性の無さ。。。文化の違い。。。ほんと、貴重な経験をいろいろさせてもらった。。。
台湾滞在が四日も延びたので、私は、台湾の友人たちに、もう私には余裕が出来たから、どうぞ、ヨメサンをどこか美味しいものを食べさせてくれるところとか、ショッピングや観光が出来るところにつれていってくれ。。。と頼んだ。幸いわれわれの取った病院の個室は介添えの人も寝むれるベットもあり、十分な広さもあった。ただ、お風呂とかシャワーの問題がある。これは、またまた、お隣さんの福華大飯店のコンシェルジュの彼女がどうぞホテルのなかにあるサウナとジムのシャワーを滞在中使えるようにしてくれていて、このご好意に甘えさせていただいた。こっちの人は心が広いね。。。ほんと、台湾の人の温かさに、触れられて本当に有り難かった。。。
手術後の傷の回復経過はすこぶる良く、毎日痛みは少なくなり、少しづつ尿路はとれ、ドレインがとれ、点滴がとれていった。今回の手術で私は四日間は何も口にすることなく、点滴だけの栄養補給の日々。。。ただ、それも四日目には葛湯のようなもの。五日目には豆乳のようなもの。六日目になるとおかゆとおかずも付く。。。私は日本でも病院食の不味さを何度か経験しているのだかけど、さすがは美食の国である。台湾の病院食は実に美味しいのである。。。いきなり骨付きチキンの薬膳煮込みが出てきた時にはええかいな・・・って思ったけれどね。。。
帰国前日には、友人たちがこっそり持ち込んでくれた小龍包に感動して、最後の最後にやっと台湾グルメにありつけた。。。Yさんありがとう。。。
さて、いよいよ帰国の十八日になった。友人のお手配で普通のタクシーよりはるかにでかいベンツのハイヤーが来た。これなら、腹の傷には最小限の負担で済む。。。持つべきものは友達である。。。そして予定とおり台北空港着。ところが、ここで大問題が発生。。。日本航空の現地グランドスタッフが規則を盾にして、チェックインをさせてくれないのである。。。
私は、医師の勧めもあって保険も適用になるのでビジネスクラスのノーマルチケットでの発券をしようと思ったのやね。。。車椅子を貸して欲しいといったことから、手術後まだ六日目というのがばれて、飛行機のチェックイン拒否にあってしまった。。。それが分かっていたから、蔡先生にわざわざ飛行機に乗るためだけのお墨付きの診断書まで準備していたのである。でもそれでもあかんという。。。もう目の前が真っ暗になった。。。
私は仕事のこともあるので、ヨメサンだけ先に返して、私は飛行機に乗れるようになるまであと一週間、再入院するという決断をした。。。この時点での最良の手はこれしかなかったからね。。。空港の片隅で二人でスーツケースを広げて荷物分け・・・。情けなくて悔しくて。。寂しくて。。。ほんと途方にくれた。。。
この間も、現地旅行会社の林さんと、友人は、日本航空の職員に病院に確認の連絡を入れさせたり、日本の旅行代理店から日航に働きかけをしてもらったり、最大限の乗るための努力をしてくれていた。。。有り難いことである。。。でも、もういいよ。。。やるだけやってあかんかったから。。。。仁愛病院も、もう一週間入院していて良いといってくれているし、私さえ我慢したら一週間なんてすぐさ。。。ちょっと市内観光でもして、暇つぶしをするさ。。。って諦めていた。。。。
ところが、彼女がちょっとびっくりするぐらいの奇声を上げた。。。何事か・・・というと、とりあえず、飛行機のボーディング場所まで行ってくれという。。。最終的には機長判断で、乗れそうだったら、許可する。。。というのだ。。。航空会社がこういう対応をする・・・ということは、乗れる確率がかなり高いこと。。。友人はこのことを知っていたから、声を上げて大喜びしてくれたのやね。。。
さあ、それからが、大変。。。JAL機は、午後一時の出発なのに、現在時刻はもう十二時半を過ぎている。。。大急ぎでノーマルチケットを買って、チェックイン。。。空港の職員さんが車椅子を押して手荷物検査、出国検査、検疫、全部特別な場所から最優先で通してくれて何とか出発便のゲートへ.日本人キャビンアテンダントの責任者の人が面談してくれて、無事機上の人に。。。めまぐるしい嬉しい急展開に、私ゃ、嬉しくて、ちょっと涙が出てきたよ。。。。ありがとう。。。シェシェ。。。
こうして無事帰国できた私は関空~お迎えのハイヤーで京都の府立病院に直行。。。無事、転院に成功、一日目こそ重症患者ばかりの部屋で我慢したものの、二日目から何とか個室に入ることが出来て、やっと熟睡できる幸せに。。。ここ一週間ほどちゃんと睡眠取れなかったからね。。。日本はええ国や。。。病院食はまずいけど。。。
それにしても、この一週間は、想像を絶する一週間やった。。。そして何より、人のぬくもりのありがたさを痛感した一週間やった。。。今回のことで、ほんとに多くの方にご迷惑をかけ、また多くの方に助けられた。。。人は一人で生きているのやない。。。みんなの「おかげさま」の中で生かされているもの。。。というのを実感した一週間やったね。。。ホント、ありがとうございました。。。
そしてまたいつか、本場の中華を腹いっぱい食ってやるぞ・・・とリベンジを誓った私なのでありました。。。