こんにちは。最近「まいにちロシア語」入門編をウチの母と共に聞いている、エドゥアルド・ルイスです。本当にただ聞くだけなのですがなかなかに興味深い。ある場所にとどまっているのか移動しているのかによって格(文中の役割に応じた言葉尻)をたがえるとか。香住の漁師は日ソ漁業交渉で苦労したでしょうねぇ、今はどうあれ「家から仕事する」なるそっくり方言ありますから。
さて、今日紹介する『寄り道ふらふら外国語』は、有名ロシア語講師でありつつ語学全般を人生の一部とする黒田龍之助さんが、仏伊独西の四つの言語に関する自身の体験も交えたエピソードを綴った一冊。
序盤から衝撃だったのが「ロシア文学といえばフランス語。」(p.14)でしょうか。トルストイの『戦争と平和』の冒頭のパラグラフが丸ごとフランス語だってんですから、その浸透ぶりが分かります。
他にも、研究にはイタリア語が必須なスロヴェニア語の方言があったり、黒田先生の出身大学には「鬼のイスパ、地獄のロシア」なる帝國海軍かよ!とミリオタみたいなツッコミをしたくなる格言(?)があったり。「イスパ」とは「イスパニア」語、いわゆるスペイン語の略。なんでこんな独特のタームを使うのかは本書を参照してください。ただ、スペイン語は確かに動詞の活用が多いですが、ロシア語の格変化と比べるとまだ易しい方かなぁ、とは大きなお世話とはいえ申し添えておきます。ついでに言うと先生、エニュではなく、エニェです。
個人的に興味深かったのはドイツ語の、広さ。中・東欧にはドイツ語を生活の言葉としている人が実に多いのが分かります。ドイツにしても『東ドイツの新語』という同学社からの語彙集はいいですねぇ。ニッチな、というか痒い所に手が届くというか。チェコスロヴァキアの古書店に並んでいたドイツ語教科書にまつわる話には、なんというか、学生の生態の普遍性を垣間見たり。
さて、「主人公が外国語を学習する姿を克明に描く物語」(p.82)群に黒田先生が名付けた「外国語学習小説」のひとつに「カッツ先生」があります。チェコのヨゼフ・シュクヴォレツキーによる短編で、ときは第二次大戦期、ダニエルはユダヤ人のカッツ先生からドイツ語の個人レッスンを受けることになったのですが……というあらすじ。新しい教科書に触れる生徒の緊張、古臭い教育法(「これは玉子です」なんてThis is a pen.と何が違うのか?)を自然に思わせる教師の力量が表現されているようです。終盤、きな臭くなる世の中でユダヤ人の先生がチェコ人少年にドイツ語を学び続けなさいと諭す場面は、感動的かつ深いものがあります。「ドイツ語を習いたい人は、これからだっている」(p.129)し、ドイツ語はドイツのドイツ人だけのものではない。同じことが現代世界のロシア語にも言えるのではないでしょうか。そう言えばゼレンスキー大統領も元々ロシア語話者でしたし。
というわけで今度YouTubeを開いたら(たぶんこの記事上げたらすぐ)、まいにちロシア語入門編で紹介されていたゼムフィーラを聴いてみましょうかな。
El está escuchando una canción de Zemfira sobre la patria.
(彼は祖国についてのゼムフィーラの曲を聴いています。)
『寄り道ふらふら外国語』
黒田龍之助
白水社
高さ:18.9cm 幅:13.3cm(カバー参考)
厚さ:1.6cm
重さ:249g
ページ数:206
本文の文字の大きさ:3mm