路上上空一面を隙間なく金網が覆いつくす。陽の光を遮ぎられたその下ではチンチン電車がパンタグラフを伸ばしてノロノロ走り、その路面電車の行く手を塞ぐように都バスが横切る。
周囲は自動車で溢れ動かず、遙か先には画面を横断するように中空を高速道路がゆったりと走る。
これが、巨大なビルを重機でことごとく壊し続けたあとの「’64 東京オリンピック」(市川崑監督)の出だしのシーンでした。これを世界に向けて放映したということは、当時の日本は敗戦後、ほんの数年でモータリゼーション社会を構築したということ(ボクの友だちのうちでは毎朝、車の前で、クランク型の工具を使って長い時間を費やしてエンジンを掛けていた車でした。柴又にまで普及していたのですから、高級車じゃな買ったかも知れませんが、モータリゼーションの普及なんでしょう)。
この混雑、混乱、混沌とした社会を含めて、その解決策の提示に至るまですべてが当時の日本人にとっての矜恃で、それらの姿を世界に向かってアジテーションしたかったんではないでしょうか、というのがボクが長年、抱いてきた疑問でした。(地元のビデオ屋さんに行って、’64当時の東京オリンピックのビデオを探してもらったこともありましが、店のお兄さんからそんなビデオはありませんと、却下されたこともありました)
ところが、今回映画を観ると、額縁として使っている日の出のシーンのあと、たしかにこのシーンを映し出しましたが、わが家にはビデオという機械がなく、テレビ画面を携帯で瞬間的に撮っただけ。ぼんやりして、なおかつ、BS代をお支払いください、という墨ベタに文字白抜きの窓が邪魔して、確認できませんでした。う~ん、今、取っ払えって話題の、日本橋の上の高速道路だと思うんだけどな~。
ちなみに、映画での東京オリンピックのテーマは、「平和」でした。
