小林一郎と歩く「ガード下」と「横丁」 -39ページ目

小林一郎と歩く「ガード下」と「横丁」

「ガード下学会」「横丁・小径学会」活動の報告および、予定などをお知らせします。


新しいパソコンでブログが書き込めなくなった顛末!

WindowsのバージョンとInternet Explorerのバージョンが現在のアメブロに対応していないというので、とりあえず、Internet Explorerのバージョンを下げてみました。でも変わらず。そこで、ブラウザをGoogle Chromeに変えて、と同時に古いWindowsのほうからブログ書き込みのエディタを古いエディタに戻しました(現在の新しいパソコンではその機能がありません)。その結果、googleからブログ書き込みができるようになり、さらにInternet Explorerでもブログ書き込みができました。

ひょっとすると、アメブロで提供しているエディタが新しいExplorerに対応していなかっただけかも知れませんね。

で、今度は、ヘッドのページの写真を入れ替えようとしたら、またまた七転八倒! これも結果として古い機種からは変えられたんですが、Macのほうも新しいWindows のほうも写真は旧態依然。こりゃ何だ! ですね。とりあえず、新しいWindowsのほうはExplorerのバージョンを下げたら読み込んだんですが、Macは変わらず。なんともはや、振り回されてます!

やっと、「横丁・小径学会」のホームページが完成しました!

サーチエンジンで「橫丁・小径学会」と入力すると、検索できます。

アドレスは(http://yokochogakkai2012.jimdo.com/ )です。

より多くの人たちに読んでいただきたいので、遊歩報告のほかに報文の発表の場を設けています。もちろん、遊歩と関係のない横丁・路地情報の寄稿、大歓迎です! というか、遊歩と関係のないエリアの方がいいかも。

Twitterでも「橫丁・小径学会」(@yokochogakkai)を開きました!

橫丁・小径学会中野遊歩があります。参加ご希望の方、橫丁・小径学会のホームページ、見てください!

ナビゲーター:内海陽子

開催日:39日(土)

集合場所:JR「中野駅」北口改札前

  時間:午後2

横丁・小径学会よろしく、お願いします!

ガラスが森を禿げ山にした!?

[ガラス]
現在、ガラスの種類は、主成分となる物質名を付けたガラスが数限りなく(?)ありますが、古代から産業革命直前までつくられていたのが、「カリガラス」と呼ばれるもの。これは、木を燃やし、そこから出た灰とケイ素を含んだ砂を混ぜ、熱してガラス質を抽出させ、固化したもの。
木はどんな木がいいかというと、カリウムを含んだ木がいい、というかカリウムが欲しいので、ブナの木が人気。ということで、ガラス職人たちは、ブナ林を焼き尽くすまで焼き、山が裸になってしまうと、一族揃って移動する、といわれていました。
一族揃って、というのは、言葉でいえば製造法は簡単ですが、実際にはさまざまな秘伝とノウハウがあり、門外不出。なので、結婚も、そのガラス職人集団のなか、つまり一族の中で行われたと伝えられています。
ちなみに、ケイ素、というのはSi。シリコン。そう、シリコンバレーのシリコンでもあり、胸の中に入れて膨らませるのもシリコン。ガラス製造もシリコンでした。某、ガラスメーカーに取材に行ったところ、そのシリコンが大きなドラム缶に一杯! という経験がありました。こりゃ一体いくら? と想像を膨らませましたが、冷静になれば純度が違いました。まあ、そうでしょうね。

こういうと、ガラス製造が山を禿げ山にしたことになりますが、西洋の煉瓦製造も、焼成する際、木材が必要でした。煉瓦造りの文化といえども、木材は必要。ということで、次々と山から樹木が消えていった、というガラスと煉瓦の歴史が西洋にはあります。

明日も公開講座に行ってきます!
明日は午後から淑徳大学エクステンションセンターの公開野外講座。伊東忠太の築地本願寺(見ようによってはパラディアン・モチーフの引用にも見えます)やA.レーモンドの聖路加病院・チャペルを見学します。お声を掛けていただいたお話にはいつも「はい、はい」と快くお引き受けさせていただいているんですが、今の仕事の中で結構厳しいというのが現状。でも、楽しみに待っていてくださる受講者の方たちのことを考えると、元気よく行ってきたいと思います。
*昨日、飲み過ぎであれだけ具合が悪く、用意していただいていた企画会議後の酒宴をお断りしたのに、もう今日の午後には一献傾けに行きたくなってしまって……。人間って学習しない動物なのか、ボクが個人的に学習できない人なのか、哲学の世界に入ってしまいそう!

飲み過ぎてダウン

昨日の公開講座の後、飲み過ぎてダウン(多々あります)。自分自身、今日はまったく使いものにならず。辛いです!!! これブログネタ?

これから旧法務省赤煉瓦棟に行ってきます
今日は、これから朝日カルチャーセンター千葉主催の公開野外講座に出かけてきます。
主な訪問先は、日比谷公園と旧法務省赤煉瓦棟。日比谷公園はどこがドイツ式庭園なのかという話からはじめ、さらには本当にドイツ式なのか、なぜそんなドイツ式という呼称がついたのかという話まで。
法務省赤煉瓦棟は、なぜ今日まで残ったのか、さらに、どこがドイツのネオ・バロック建築なのか建築のライン(線)の見極めを身に付けていただこうと思っています。
その後は、憲政会館で、ティータイム。天気もよくなり、今日も楽しいフィールドワークになりそうです。
「横丁・小径学会」中野遊歩の行程が決まりました!
ナビゲーター:内海陽子
開催日:3月9日(土)
集合場所:JR「中野駅」北口改札前
  時間:午後2時
行程:中野駅北口→中野区役所(犬・鳩)→四季の森公園・中野セントラルパーク(陸軍電信隊本部・陸軍中野学校・警察大学校跡)→平和の森公園手前(豊多摩監獄)→新井薬師近辺(新井三業地)→中野ブロードウェイ(地下1階:アジアの市場的空間、2階、3階:おたく文化、なつかし漫画・おもちゃ、4階:精神世界)→飲み屋街(サンモール商店街東側)
*新井薬師では神社仏閣の奥性を示す典型的な境外が見られます。
 遊歩後、お疲れさま飲み会も予定されています(毎回、店は行き当たりばったり!)
 ご興味のある方、ご連絡ください。もちろん、参加費なんてものはありません。
掘っ立て小屋って?
[掘っ立て小屋]
掘っ立て小屋というのは掘っ立て柱で組んだ建物のことです。
で、掘っ立て柱って?
掘っ立て柱とは、材木の端(はし)を直接地中に埋め込んだ柱のこと。これ、結構、珍しいこと。というのは、だいたい柱というのは石なりなんなり、地盤の上に据えるのが普通で、柱自体を地中に埋める、なんてことはあまりしません。直接地面に接せさせると早く腐食してしまいます。
ところが、柱を埋めると、有利なことが出現します。柱自体が自立、すなわち、支えなしで一人で立っていられるようになるんです。こりゃ当たり前。砂山の棒倒しのようなものです。これなら、梁と組み合わせながら木組みをしていく苦労が解消される、ということになります。
古代の住居跡にある穴は、この掘っ立て柱の跡で、この跡をたどることで、その上に立ちあがっていた住居の大きさ、ボリュームも類推できる、という優れものです。
この掘っ立ての発想は農耕と自ら家を建てるということから。
で、柱をどのくらい深く地中に埋めるかっていうと、だいたい柱の長さの1/5~1/4程度。随分と深く埋め立てたものですね。
この掘っ立て柱で造りあげた著名な建築物といえば伊勢の皇大神宮。式年遷宮で20年に一度建て替えることになっている(今年はその年?)そうですが、掘っ立てのため、柱が腐食し、これくらいが、建て替えの目安かな、と思われます。
ちなみに、出雲大社は国宝とともに重文指定されていますが、伊勢神宮の皇大神宮はこの式年遷宮という建て替えがあるため重文に指定されていません。というのも一口知識かも。
バラック建築とか掘っ立て小屋とかどんな建物か知ってる?
[バラック建築]barracks
本来の意味は臨時的な使用を目的とした建物のことで、仮設小屋や応急建築がこれにあたります。
これに対極をなすのが本建設。本建設は充分な基礎工事のほか材料の選択を行い、数十年単位でもつものをいいます。
関東大震災後には、このバラックが建ち並んだそうです。これは、国が時限立法で建築基準を和らげたためです。この時限立法がいわゆるバラック令です。
震災後、今和次郎と吉田謙吉らは「バラック装飾社」を設立。美術学校の後輩や若手芸術家を集め、住宅や商店などのバラック壁面にペンキで怪獣のように口を開けたキリンを激しいタッチで描いたり、動物のようなものとウズマキ模様をダダイズム調で描いたり、とバラック建築を賑やかにデザインしました。ところが、この試みは理解されず、建築界から激しい批判を浴びることとなり、今は建築界から去っていきました。