小林一郎と歩く「ガード下」と「横丁」 -19ページ目

小林一郎と歩く「ガード下」と「横丁」

「ガード下学会」「横丁・小径学会」活動の報告および、予定などをお知らせします。

何年ぶりかで、シドニーで暮らしている友人に会いました

一昨日の晩、突然、シドニーで暮らしている友人から電話がありました。もちろん、シドニーからの国際電話、と思って電話に出たんですが、それがなんと国内から。実は1週間以上前に帰国し、国内を旅行し、各地で会いたい方たちとも会って、最後、シドニーに帰る前、二日間を空けておいて、連絡してきたとのことでした。あらかじめ、人とあう日程を各人に連絡しておくと、その日程に縛られてしまうので、とのことで、お前と会うのには二日間取っておけば、どちらかの日に会える、と思った、というのが会った際の後日談です。
今回の帰国は、兄の病気見舞いと、8年前日本で買ったパソコンが古くなってしまったので、その買い換え――というのがメインの行事だったようです。まあ、同級生といえども、ボクはただひたすら国内に専従しているのに、彼は学校卒業後ほとんど海外暮らし。30年前にはオーストリアでパーマネントビザを取得していた筈で、生活はボクと真逆ですが、お互いにやりたいことをやってきた40年だなー、というのが今回の話でした。

ちょっと待って、入れ歯探してくるから!

10日ほど前、入れ歯がまた欠け、今度はさすが、修復だけでなく、歯医者で新しい入れ歯を造ってもらうことにしました。というのも、今まで使っていた入れ歯はずいぶんと古く、次々と少なくなっていく歯に沿わせる形で使い続けていたもので、まあ無理のある入れ歯でした。そのため、最近になって、何度も欠け、そのたびに事務所の近所の歯科医院に行って補修してもらっていましたが、さすがもう、造り直そう、と一大決心しました。そして、それができあがってくると、これがなんとも使い心地抜群。食べ物も劇的に美味しくいただけるようになりました。
ところが、この義歯、かみ合わせが良すぎ(?)、上の歯と下の歯でしっかりとかみしめることができます。今まで、かみしめる、ということができなかったので、嬉しくなってかみしめているのかも知れませんが、さすが、無意識に一日中噛みしめていると、疲れます。
そこで、昨日は午後から入れ歯を外し、ゆったりとした心地で仕事をしていました。すると、そこに電話。そりゃあ、事務所なんだから電話ぐらいかかってくるでしょうが、なんの不安感もなく、普通に電話に出てしまいました。電話先から聞こえる音の感じからすると営業? 先方が一方的に話す話を聞いていると、渋谷の方の放送局の方。何分、なかなか初めての方のお話を理解する読解力が極端に悪い、というのもあるんですが、出演依頼とのことのよう。そこで、とりあえず、こちらからも話そうとして話し出すと、これがなんとも我ながらふわふわと意味不明。先方も読解できず。そこで、「ちょっとまって、いま外していた入れ歯、入れるから」といったん受話器を置いて、探すも、見つからず。しばらくして「う~、入れ歯が見つからなくて」というと、入れ歯といのがなかなか理解できなかったようですが、「はい、では、5分後にまたお掛け直させていただきます」と電話を切ってくれました。その後、かかってきたときにはちゃんと受け答えできました。うちの娘と同じ歳のようでしたので、小生にとってはわが子のようなものですが、とりあえず、このことは、わが家に帰っても娘に内緒にしています。ばれたら、また「あたしは外でお父さんと会ったら知らんぷりして他人のふりする」なんて、いうんだろーな-。でも、親子のきずなって、そんなに薄っぺらなもんなんだろうか。今日帰ったら、問いただしてみよう!

今日、久々にわが家の修理をしていただきました。あっちもこっちもガタピシの家ですが、とりあえず、洗面所のところのみ。トイレも玄関も先延ばし状態にしました。
休憩時間、世間ばなしをしていたら「この間、テレビに出ていたでしょ。出先でちゃんとは見ていないけど、美術館か博物館で説明していた。あっ、小林さんだ、ってすぐわかりましたよ」とのことでした。ぼくぁ、一目で分かるほど、そんなに特徴あるのかな~。
足が痛いのはいっこうによくなりません(痛風がこんなに続くのはおかしい! ひょっとすると尿酸値のクスリを飲み始めてからの激痛なのでクスリの副作用か? はたまた、まったく違った整形外科の分野なのか、お医者さん、薬剤師の混乱を含めて事態は闇の中状態ではあります)が、目については、大学病院での精密検査の結果、眼科医から指摘されていた黄斑変性症については問題なし。このほか、加齢による白内障の手術の日が決まり、その結果、5月9日(土)予定していた
第16回「横丁・小径学会」荷風からはじめる横丁と路地 旧小石川区~牛込区遊歩
予定通り、行えそうです。
読売テレビの取材
久々に読売テレビから取材を受けました。相変わらず、「ガード下」についてで、読売テレビっていつ以来かな~、とメモを見ると、どこにも形跡がありません。たしか関西のテレビ局も全局、取材は受けているはず。朝日放送のように新幹線とホテルを手配していただいて、東京と大阪の間を行ったり来たり、ということはありませんが、確か取材程度は受けているはず。朝日放送や毎日放送だけじゃなく、ボクには縁がなさそうな関西テレビの取材も受けているんですが……。まあ、歳をとると、なにからなにまで、わからなくなってきていて、そんなことを思い出そうとするより、今朝や夕べ何を食べたかとか、今日は何日なのかを真剣に考えた方がいいんですけど……。

浅草区だなんて何言ってるの!
数日前、かみさんから「蔵前って何区だったっけ?」と問われて、う~ん、と蔵前の国技館のファサードを思い出しながらうなっていると「墨田区だった?」とさらに問われ、「うん! 墨田区じゃない!」とこたえました。ところが、隣の隅田川の情景を思い浮かべると
、蔵前橋を渡るわけだから本所じゃない! ってことで、いや~川を渡るから本所じゃなくて……、でも、相変わらず、浅草と両国の位置関係がわからず(どっちが、北(わが家に近い方)か考えるのに時間がかかります)、とりあえず、川の向こうだから「浅草区かな~」と答えると、すかさず娘から「なに馬鹿なこと言ってるの! 浅草区なんてあるわけないでしょ!!」と怒られてしまいました。
まあ、ボクの頭の中では浅草区も神田区もあるんですが……。やっぱり、じいさんばあさんと暮らしたことがないと、そんな娘になっちゃうんだな~とつくづく反省しました。

映画論の背後にベルクソンが見え隠れする
今週土曜日・読書会で取り上げられるジル・ドゥルーズ『シネマ1 運動イメージ』『シネマ2 時間イメージ』(法政大学出版局)を読み始めました。
本は厚いものの、チョイと読めるもの、と今までほっておいたんですが、流して読めるものではありませんでした。
映画論の背後に見え隠れするベルグソン。そのつながりを把握する、なんてこの短時間には何ともムリ。でも、じっくりと読むととっても面白そう~!

次回の遊歩、計画しました!
これから、荷風を歩いてみます。


第16回「横丁・小径学会」荷風からはじめる横丁と路地 旧小石川区~牛込区遊歩
ナビゲーター:小林一郎
開 催 日:2015年5月9日(土)[予定]
集合場所:東京メトロ丸ノ内線、南北線、「後楽園駅」後楽園方面改札前
都営大江戸線「後楽園駅」からは、いったん地上に出てから東京メトロの駅へ。
集合時間:午後2時
内容:①こんにゃく閻魔②善光寺坂のムクノキ③慈眼院澤蔵司稲荷(じげんいん たくぞうすい いなり)④伝通院⑤永井荷風生誕の地⑥切支丹坂⑦川口アパートメント⑧[漱石山房]夏目漱石邸⑨荷風[断腸亭]⑩旧小笠原伯爵邸etc.


*参加費無料。一緒に遊歩しましょう。

明日の午後には雨が上がっていると思います!
「横丁・小径学会」目白・徳川宗家お屋敷町遊歩、行います!


「横丁・小径学会」目白・徳川宗家お屋敷町遊歩
開 催 日:2015年3月7日(土)
ナビゲーター:寺本敏子
集合場所:JR目白駅改札前(山手線としては珍しく、
     改札は一ヵ所しかありません)
集合時間:午後2時
内容:徳川ビレッジ、目白聖公会etc.

*参加費無料。一緒に遊歩しましょう。

ストリート・ファニチャーをリストアップしていたら、街頭消火器や電話ボックスが思い浮かびました。
街頭消火器は戦時中、個々で用意した防火用水槽やみんなで掘った防火池(東京では各地にあったようです。わが家の目の前にあったのも焼夷弾用の防火池だった? 昭和30年代に水を抜いてガスガラで埋めて建売住宅として売り出され、跡形もありませんが)と違ってパブリックに用意されたものです。
電話ボックスは、かつては上部のみガラスで下部は中が見えない状態の〝箱〟でした。このため、トイレ代わりに使用する輩も結構いました。
それが現在ではすべてガラスの箱。スケルトンです。
キリスト教が広まっている西欧では、〝透明性〟が尊重されます。「隠しごとがない社会」というのが西欧社会です。住宅内でのカーテンも嫌われます。それじゃ、なかがすけすけですべてお見通し、ってことになっちゃうじゃない、と心配してしまいますが、それは、ガラス戸の外側に鎧戸が備わっていることで解消されます。わが国で言えば雨戸みたいなものでしょうか。
現代の電話ボックス。このつつみ隠しのない透明性、ということに思いが繋がります。

世の中はスケルトンの時代。集団としての生活から個が尊重される社会に。そして、そのあとはつつみ隠しのないスケルトンの社会に。ストリート・ファニチャーは、パブリックとプライベートについて考えるひとつのきっかけを与えてくれそうです。