ストリート・ファニチャーをリストアップしていたら、街頭消火器や電話ボックスが思い浮かびました。
街頭消火器は戦時中、個々で用意した防火用水槽やみんなで掘った防火池(東京では各地にあったようです。わが家の目の前にあったのも焼夷弾用の防火池だった? 昭和30年代に水を抜いてガスガラで埋めて建売住宅として売り出され、跡形もありませんが)と違ってパブリックに用意されたものです。
電話ボックスは、かつては上部のみガラスで下部は中が見えない状態の〝箱〟でした。このため、トイレ代わりに使用する輩も結構いました。
それが現在ではすべてガラスの箱。スケルトンです。
キリスト教が広まっている西欧では、〝透明性〟が尊重されます。「隠しごとがない社会」というのが西欧社会です。住宅内でのカーテンも嫌われます。それじゃ、なかがすけすけですべてお見通し、ってことになっちゃうじゃない、と心配してしまいますが、それは、ガラス戸の外側に鎧戸が備わっていることで解消されます。わが国で言えば雨戸みたいなものでしょうか。
現代の電話ボックス。このつつみ隠しのない透明性、ということに思いが繋がります。
世の中はスケルトンの時代。集団としての生活から個が尊重される社会に。そして、そのあとはつつみ隠しのないスケルトンの社会に。ストリート・ファニチャーは、パブリックとプライベートについて考えるひとつのきっかけを与えてくれそうです。