夏休みのレッスン時、小学生女児。

学校で夏休み明けにある合唱伴奏のオーディションを受けたいと言う。

けれど、まだペダルも使ったことないし、その子にとって難易度が高かった。


でも、学校で歌うのが楽しいのか、試しに弾いた私の伴奏に合わせて、それはそれは楽しそうに歌う。


言葉を選びながら、間に合わないことを伝える。そして、ちょっとずつでも弾けるようになりたい?と訊ねると「やりたい❗やりたい❗」と。


オーディションを受けたい❗と、普段の教材からかけはなれた難易度の伴奏譜を持ってくるのは、小学生あるあるあせる今までにも経験あり。


でも、学校のみんなと授業でやってる、やりたい❗というパワーはたまにミラクルを起こして、びっくりするような成長をすることもある。


今回はオーディションを断念して、授業で耳に馴染んだ曲が弾ける(一部でも)という満足を体感するために、少しずつ譜読みをすることにした。

(保護者にも了承ずみ)


現在、全体の1/5程度、やっとこさ弾けるように。しかし、左右の複雑なリズムも、やりたい一心で、普段の教材では心折れそうな難易度でも、小さなミラクルを起こしている。


で、昨日のレッスン。

「先生、オーディション受けたけどやっぱりダメで(照れくさそうに笑う)。でも、次はこれやりたい。このオーディション受ける❗」


え?


オーディション受けたの?


内心、めちゃくちゃ驚いた。

私の常識に、それはは無かった。

でも、咄嗟に、確かにダメってことは無いよねびっくり

照れくさそうに笑った表情から、本人が「上手に」納得したのもわかった。


で、次にオーディション受けたいと持ってきたのはバスマスターのパート譜。


私の時代?先生の趣向?

私が小学生時代にはお目にかからなかった楽器。

過去にもレッスン生にパート譜を持ってきた生徒もいたので、大丈夫でしたが。

合唱伴奏より音数も少なく、丁度、ヘ音記号譜読み強化中だったので、「丁度いいやん❗」と。

まだまだオーディションは先だと思い込んでいた。(ここがそもそもの私のミス)


レッスン終わりに、今度やろうねーと言うと、今週中にオーディションがあると。しかし、いつかわからないと笑い泣き⬅️そこが小学生


お迎えのお母さんに事情を説明し、お家に帰ったらLINEで楽譜を送信して欲しいとお願いする。


音符受信したら、プリントアウトし、指番号、音名を記入する。

音符メトロノームをかけながら、2小節ずつ(全16小節)弾いている動画を撮る。全部通したのも撮る。

音符スキャナーで、指番号等を記入した楽譜を取り込む。

音符動画と楽譜ファイルをLINEで送信。


一応、不安だったらレッスン可能な日時をお伝えするが、習い事で埋まっているらしく、お母さんからは「これで頑張ります❗」と。


まぁ、最初からレッスンで取り組んでいたとしても、この一連のフォローは必須だったかもなぁ。


ここまで協力するのには、確かに私の中でも賛否ある。自力でやるのが実力。

しかし「やりたい❗」のパワーは大きい。

私は今回そちらを取りました。


さて、この曲はなんでしょう。

音の高さは、バスマスターとは異なることも伝えずみ。






なんとか頑張ってくれーチュー

何を優先するかで、行動が変わります。
人は様々な事情をもって、それに従って動きます。


今日は、介護予防講座の歌のグループの本番でした。

普段の介護講座は、複数の講師の方(4名?)が交代で講座が開かれており、私の伴奏担当の講師の方は月に1~2回なのです。その介護講座の全体の参加者から出演を希望される方を募っての参加でした。

イベントは、全国規模の団体の三重支部のフェスティバルです。


当初、講座からの出演希望者が少なくどうなるかと思いました。しかし、結局、当日蓋を開けたら14名の参加となりました。(介護予防講座だけあって、高齢の方が多く当日の天候や体調も影響します)

通常は、支部ごとで開かれるフェスティバルで順位をつけ、上位グループが全国大会に進出する形だそうですが、三重支部は、全国大会進出希望をするグループがおらず、順位をつけることなく開催されました。


そういうこともあってか、参加することに意義があり、私たちのグループは14名が集まって練習するのは一度もない状態で本番を迎えました笑い泣き

指揮者の方と合わせたのも一度きり笑い泣き

小心者の私としては、なかなかスリリングな本番当日を迎えました。

心意気は兎に角楽しく。


今日の私の収穫は自己観察による気づき。

沢山ありました。


私たちのグループの当日の集合やリハーサルの段取り、本番への準備は、私の普段の本番の運びとは違い、みなさんゆったり。荷物置き場の楽屋への移動や、出番の準備など。なかなか予測がつきづらいようで、そばにいた私はヤキモキ。

普段の本番では当たり前のように、予測に注力して行動している自分に気づきました。しかし、今日のみなさんは、何とか綱渡りのようではありましたが、流れに乗っています。

自分のペースとの違いに私はヤキモキしている、ということです。しかし、何とかなるってことがあるんだ、と。


何とかなる、と思える心のスペースと、何とかする、と思える力が必要。

指揮者の先生が、舞台袖で出番直前に注意する要点をみなさんに伝え、指揮者もみなさんも豪快に笑ってました。そして、ステージではみなさんのびのびと歌われました。


これ、人生の大先輩の話しに絡めては失礼と思いながら、子育てと似ているなぁと。

自分の価値観や常識、経験から見ると、危なっかしさ満載。また、細々と見ることによる不安や心配の出現。しかし、本人は、本人たちなりにやっている。また、そのようにしても受け入れられる環境に身を置いている場合が殆んど。そして、小さなことをつつく余計な声掛けで、緊張させたり、不安がらせることは逆効果。


指揮者の先生が必要最低限のアドバイスをし、みなさんを安心させたこと。のびのびと本来の力を発揮すること。本来の目的を見据えたアドバイスは、とても大切だなぁと。


指揮者の先生の私へのアドバイスも、「直前やで気にしすぎるかもしれんけどな」との前置きありで、2曲目の「野に咲く花のように」を優し過ぎてまったりせず、爽やかに颯爽と前向きに。と。


「旅愁」「野に咲く花のように」「ソーラン節」3曲のメリハリをつけることを心掛けました。

「ソーラン節」は合いの手や曲の勢いが好きで、一緒に楽しみました。会場からも手拍子が。

客観的には自分がどんな音を出していたかまではわからないのですが(大抵楽しくなると少々音がキツくなる傾向あり)、それはまたの課題にします。


今回、順位をつけることのない、のびのびとした場。他の出演者も様々な個性を表現されていました。他の誰かと比べる、差をつける為の努力ではなくて、自分たちが輝けるように努力することの魅力も感じました。


(小さなことですが、私たちのグループでは自発的に楽譜の持ち方を自分たちなりに工夫したり、女性の中にはいつもの靴から少し踵のある靴に履き替えて「ちょっとだけの違いやけどシャンとするやろ?」と。誰かと差をつける為ではなく、自分が格好良くありたいという気持ちが見えました)


評価に重きを置きすぎると、少しまた別の意識が生じます。一概に悪いことばかりではありませんが。


会の最後に、講評員から講評がありました。(詳細は各グループへ直接)

その時に、印象深い団体として私たちのグループがあがりました。一緒にかたまって座っていた私たちのグループがそれを聞いて、よっしゃ!と嬉しい空気が流れました。

なんだか誇らしい気持ちで、私も嬉しかったです。


評価から離れることへの魅力を感じながら、講評でとりあげられることに嬉しく思う気持ち。

この違いは微妙です。一見矛盾してそうで、そうではない。

狙うのではなく、心からやりたいことをやって、それが誰かの心にとまるという嬉しさ。


思い出しました。

最近あったとても嬉しかったこと。

ある歌の発表会で伴奏をした時、とっても楽しかったのです。しかも、歌っていた方の意気込みと表現に掛ける真剣さから、一緒になって楽しんで演奏していました。たまに伴奏者は、カラオケ代わりに思われ寂しいときもありますが、その時は、出演されてない生徒さんが「伴奏の先生が楽しそうだったから撮りたくなって」と、動画を撮ってくださいました。

とっても嬉しくて、たまに思い出して、私の「喜び」について再確認します。


誰かひとりでもいいから、一緒に「だよねーいいねー」という気持ちになれることが出来たら嬉しいのです。そのために、たまたま長く続けてこられた「音楽」というツールを暮らしの一部で使っています。「音楽」を通した出会いがあり、そこに喜びがあり、「音楽」が続けられて良かったなぁと思っています。


今日も無事終了。


前回楽譜の見えづらさにびびったので、今回はあえて照明を暗くした環境でテストもしておきましたおねがい日々成長。(老化のための対応の成長笑い泣き)

昨日は趣味で習っているジャズの本番でした。


先生の事務所兼レッスン室のある建物(温泉施設)に、ちょうど良いステージスペースがあり、そこでのコンサート。


先生が主催して、ジャンル問わず、出演エントリーすれば参加できます。

今回は、オカリナ、鼻笛、私たちジャズの教室の生徒たち、ギター&ボーカルの4グループでした。


お客さんも、出演者が知り合いを誘い合っての和気あいあいとした会場。途中で鳴り物も手渡され、手拍子や鳴り物で参加。


私たちジャズの教室の生徒は、今回4人が参加しました。それぞれソロの曲、最後にアンサンブルでした。


私は今回「shiny stockings」を歌いました。

歌詞の内容は、


あんたと会う(デートの)時は、キラキラのシルクのストッキングを身につけて行くんさ

あんたがええやんってゆーてくれたからやで

一緒にダンスしてたら、恋人どうしに見えるやろか

はぁ?あんた、よそ見せんといて

あっちから若い娘来たわ

ピッチピチの若い娘やし

え?あんたもしかして心変わりしてしもて

私のことなんか見てへんな

あー知らんかったー

気づかんかったー

ええわ!

もう新しい人(男)探すわ!

私のこと、ええやんってゆーてくれる新しい人探すからな!


身近にイメージするために関西弁でウインク

心変わりされてしまって、凹むけれど、じめじめはしていなくて、はい!もう次行こ!次!という、カラッとした雰囲気だそうで。

(先生曰く、叶姉妹の持つような「なにも入らないパーティバッグ」


をクルクルぶり回して次行こ!って感じだそう)

でも、出てくるのは、シルクのストッキングだし、アイテム的には少々色気も必要。

大抵、ジャズの曲、色気必要爆笑

毎回どんな曲を歌っても、先生から

「えだまめさん、よそ事ですねー爆笑

と言われます。


そんなん、恋の駆け引きなんてせんし、ダンスパーティなんて行かんし、知らんしーと嘆きながら。

あんた、役者は、殺人しやんと殺人鬼の役は出来やんのか?とお決まりの自分突っ込み。

そして、私、役者ちゃうもん!突っ込み返し。

そして、そこを面白がってやれるようになる余裕を身に付けよ!それが趣味の追求なのだ!と。

一切言葉にして口に出すこと無く、自己完結するという行為を、もう何十周もしています笑い泣き


今回、同じ歌詞を2周歌ったのですが。

計画では、1回目は、表拍ノリで、素朴にちょっと訥々(とつとつ)と歌い、2回目はスピード感をもって流暢に、時に溜めたりしながら話すように、ちょいと音もずり上げやずり下げなんかもしちゃおう(唯一の色気を出す手段)と思っていました。

計画では、です。

1回目で客席の手拍子があり(先生が誘ってくれた?)、ノリながら、素朴に、楽しく。

2回目突入して、あれ?あれ?

歌いながら、変わらん、変えられん、雰囲気チェンジできず、1回目と何も変わらず、素朴で楽しく、健康優良児のように、ハキハキ、頑張りすぎた笑い泣き

あーんチュー

出来んかった~。

シルクのキラキラストッキングが、お腹を冷やさないためのダサダサ毛糸のパンツな「おぼこさ」で終了。

理想には程遠かった。


でも、良いのです。

楽しかったし。


アンサンブルは、ジャクソン5の

「 I'll be there」

これは、歌詞の内容としては、男女の色恋というよりは、人間愛。

どんな時も、名前を呼んでくれたら、私はいつもあなたのそばに居るよ

っていうような。人生の支えになってくれそうないい歌詞。内容的には、役作りをしなくても、すんなりなじめる。

こちらは、三声に分かれて、部分的にソロもあり。ちょいと疲れたか、ピッチが下がりぎみだったのら、ラストのハーモニーで、何ん血迷ったか、和音コード内の音ではありましたがあせる、今まで歌ったことの無い音を歌ってしまうということをヤラカシました。


でも、良いのです。

楽しかったし。


一番頑張ったのは、歌詞は譜面台に置きましたが、なるべく暗譜して、目線を上げること。おかげで、拙い歌にも客席で手拍子してくれてたり、お客さんの顔が見れて、楽しげなあたたかい雰囲気を味わうことが出来ました。


アンサンブルの曲を選曲してから、日数に余裕かわ無かった為に、先生が音源をパート物に用意してくださったり、譜面起こしもしてくださって、なんとか間に合わせることが出来ました。

それが無かったら絶対に間に合わんかった。大感謝です。


あと後片付けの時に、レッスン仲間の方が、

「今までのレッスンの中で一番良かったよ。持ち曲にしたらいーよー」と言ってくれました。

いやー色気が無くて頑張りすぎましたーと言ったら。「えだまめちゃんらしくて良かったよ」と。

嬉しかったなー。


今日は長く関わらせていただいている声楽の会の、一般のお客様を入れない、非公開のお楽しみ会コンサートでした。

コロナ前は夏に毎年コンサートをしていましたが、コロナをきっかけに体制が色々と変化して、今回、非公開で参加者プラスα(会のメンバーで今回参加していない方)のお楽しみコンサート(こちらも夏)の3回目でした。


今回はお二人の歌の伴奏をさせていただきました。いつもはなんだかんだハプニングがありながらも、ブログではなんとか「無事終了」とタイトルをつけて、振り返りをしているのですが。


今回は「有事終了」驚き


リハーサルで、照明も調整していただいたのですが、なんとも譜面が見辛いというハプニング。

確かに1曲は譜めくりの都合で、楽譜を縮小したというのもありますが、急に縮小したわけではなく、日々の練習でも使用していました。

照明の具合と、理由のわからない見辛さ。

焦りました。

ピアノの譜面台も手前に引っ張り、体も近づけた為か、いつもと違う体勢に鍵盤感覚も微妙に変化して。


最近、老眼も出始め、ピントが合いづらくて、5月に眼鏡を新調したのですが。時々見え方が安定せず。


たまたま伴奏させていただいた、お二方、声帯のトラブルの為、お一人Aさんは思うような合わせのスケジュールが組めず。数日前に滑り込みで合わせ。もう一方Bさんは、数日前の合わせ時に喉に違和感を仰ってましたが、受診して声帯の腫れによるドクターストップ。今日当日も歌えるかどうか判断の難しいところでした。


伴奏ピアニストとして、何とでもなりますよ的な余裕を持ちたかったのですが、まだまだ器が小さいえーん

見えづらさが相まって、ドキドキでした。


Aさんは、時折ヨボヨボになる私の伴奏につられること無く、予定どおり3曲を歌われました。


Bさんは、お仕事の関係で本番に駆けつける形で、リハ無しのぶっつけ本番。2曲を歌うか歌わないか、若しくは1曲にするか、コンディションをみながら直前まで迷われてました。

これも非公開の身内の本番だったので、やってみるかやらないか相当迷われていたと思います。


結局1曲だけ歌われました。

歌わなかった曲は、先日のレッスンで先生にかなり誉められていたので、会場で歌ってみたかったことと思います。

しかし、今日の私はその曲の楽譜が特に見辛く、全くちゃんと弾ける自信無し。歌を台無しにしかねない。

私から、その曲はやめておきましょうとも言えず、内心ハラハラびくびくでした。


結局、まだ見易い楽譜の1曲だけを歌って、もう1曲は断念。

ぜひ歌って欲しい曲でしたが、今日の私にとっては、その判断に胸を撫で下ろしました。

情けない。


しかし歌われた1曲は、声が会場に満ち、響きが豊かで、演奏しながら聞き惚れました。

1曲でもやれて良かった泣くうさぎ


伴奏の大先輩が、楽譜の見えづらさがやってくる厄介さを仰ってましたが、今日はそれを実感しました。

あー、この恐怖ったら相当ダメージでした。

今晩夢に見そう。いや、時々何回も見そうだ。

対策を練らないと。

今日は、普段声楽のレッスンの伴奏をさせていただいている会の発表会でした。

クラシック、歌謡曲、アニメの主題歌、映画音楽、シャンソン、童謡。ジャンルも様々です。


昨年12月の発表会と同じ会場でした。

つまり、ピアノも同じでした。

ベーゼンドルファー インペリアル。

実はまた、また、貴重な機会を逃しました笑い泣き

というのは。

普通のピアノよりも長6度下まで鍵盤がある貴重なピアノ。普通より多い鍵盤は、黒鍵と同じ様に白鍵も黒く塗られています。

その鍵盤を触り忘れた‼️

前回に続き、今回も❗

もう予約した次回12月の発表会の折りには、絶対触れたいです。動画も撮ろう。

できるかな~笑い泣き

ちょっとした事のはずが、全く気持ちに余裕無し。本番を無事終了させるために、全集中。

午前からのリハーサルも微調整が沢山。

ステージへの出入りのタイミング。

自分がリハーサルでやらかしたことを、いかに防ぐか。より良くさせるか。

それらで一杯一杯になってしまいます。

楽器を楽しむ余裕はこれっぽっちもない。

いいのか?それで。


長年お世話になっている調律師さんが、「えだまめちゃん、ここのピアノは⚪⚪な感じやに」と特徴を教えてくれました。それ、生かしたいな。うまく使いたいな。

趣味で学ばれている生徒さんたちの声量とのバランス。手元の音量と客席での聞こえ方は、リアルタイムでは自分では確かめようがない。録音も手段の一つではあるけれど。

そんな時、いろんなホール、いろんなビアノを知っている調律師さん、しかも、私の演奏も沢山聴いて貰っている調律師さんのアドバイスはすごく助かります。

そんなことに全集中していたら、楽器を観察する余裕までいかなかったショボーン


実際の演奏に関して。

普段やらない、なんてこともない場所で音がふらついたりという、本番あるあるを久しぶりに数回やらかしてしまいましたが、概ね、歌い手の息や込めたパワーを感じながら演奏出来たと思います。最近それがやっと「楽しい」と思えるようになってきました。一人では味わえないことです。


普段のレッスンでは、生徒さんが視界に入らない角度でピアノを弾いています。今日のホールの本番の歌い手の立ち位置は、ピアノに近く、視界に入ってきたので、より空気が伝わってきました。

(あれ?12月も多分同じはずだけど、その余裕も無かったってことかガーン)

生徒さんが比較的、高齢の方が多いのですが。

生徒さん各々、また指導者、伴奏者各々の背景や事情があります。

本当は、足の裏がずーっと痛かったり、こんにゃくを張り付けたみたいな感覚で困っている。とか。 数日前から、突発的に脚に激痛が走るので(しかし突然痛みがなくなる。多分神経が何かに触れるのか?)本番どうなるかわからない。

猫に噛まれた(結構深く。診療ずみ)足の痛み。

アレルギー症状。持病との闘い。パニック障害。

普段生活していれば、痛みや病気だけでなく、日々のハプニングや困り事、大きな事も小さな事も、色々あって、それを背景に、今日の本番を迎えたわけです。色々あったことは、言い訳ではなく、背景になるか否かは、誠実さではないかな、と思います。

今日まで向き合ってきたものを大事に、誠実に、自分なりにベストを尽くせるようにという気持ちは、出演者すべての共通のおもいです。


技術的、芸術的なレベルが高いとか低いとかではなく、多少いびつであっても、その人そのものが見える演奏は、真っ直ぐで尊いと思っています。

 そういった意味でも、とても充実した本番でした。


そんなこんなを知ることの出来た出逢いに感謝しています。