今日は年に一度だけ関わらせていただく、コーラスグループの公民館文化祭の本番でした。

毎年、本番1ヶ月前くらいから二回の練習参加で本番を迎えます。

 

曲は8曲でした。

 

手のひらを太陽に

野に咲く花のように

銀色の道

美しき天然

夕焼小焼

少年時代

春一番

線路は続くよどこまでも(会場のみなさんと)

 

公民館活動の12名程度のコーラスです。

まだ息子mamoがよちよちの小さい時は、夫Tさんに連れられて見に来てくれたこともありました。

年に一度なので、メンバーの方から

「また、今年もよろしくお願いします。息子さん大きくなられましたでしょうね」

とお声がけいただきます。

メンバーの方々の中には、1年会わない間に大病を患い、でも元気になられた方、今、治療中で練習はお休みされているけれど本番を見に来てくださった方、椅子を用意してメンバーの方に助けてもらいながら本番に挑まれた方。ご年配の方々なので、色々ありますが、それでも楽しみに活動をされています。

本番は楽しくみなさん歌ってらっしゃいました。

 

曲は譜面通りではなく、講師の方の指導時にアレンジされている形を希望されているので(易しい伴奏型)その録音を聴いて、そのように準備します。

毎年、アレンジしたところを元の譜面にメモを書き込んで対応するのですが、今年は譜面を見易いように全面的に作り直しました。

その手間をかけたことで、随分気持ちの面で余裕が出来ました。

これ、かなり大事。来年も絶対そうしよう。

 

お客様も沢山来場されて、満席に近く、出番が終わったら会場の近くに待機し、開いている扉から時々のぞいたりして楽しみました。少ししかのぞけなかったのが残念でしたが、盛況なのは喜ばしいこと!

 

今年は趣向を変えて、講演会もありました。

落語家 桂 枝女太さんの人権についての講演。

「笑いながら考えよう~言葉のちから~」

こちらは、席が空いたらぜひ聴きたいと思い、空席がないか狙っていたら、ラッキーなことに座ることが出来ました。

 

講演、素晴らしかった!!

言葉を扱うプロの魅力を存分に感じた講演でした。


笑いを織り込みながら、しかし、真の伝えたいことをわかりやすく丁寧に話される話術に、感心しながら話に引き込まれました。

人権について。差別する言葉。言葉がもつ「ちから」について。

落語家という立場で、落語の演目に登場する差別用語について例に挙げ、世の中の流れとご自身の考えを話されました。

放送禁止用語を決めて使わないようにするのは、一見誰も傷つけない策のようですが、批判されること怖がり、TVやラジオは(番組製作者が)用心し過ぎるようになり、少しでも批判されそうな話題は取り上げなくなり、触れなくなる。そして、それが無かったかのように排除されていきかねない。

 

私が前から差別について、なんだかしっくりこないな、と疑問に思っていたことが、今回の講演でいくつかすっきりしました。

私なりに講演内容をまとめると。

 

放送禁止用語、差別用語となる言葉はそもそも何が基準なのか。

実はすごく曖昧な基準。(法律でもない)

その単語を聞いて「耳触りが悪い」「嫌な感じがする」「きつい」ということで使わないようになっている。

その印象というのは、社会全体の感覚に従っている。社会とは?

多数の人が「嫌な感じ」を持つというのは、過去の使用例が関係している。(長い経験から生まれた印象)

桂 枝女太さんが、諸説ある中で考えたのは。
例えば差別用語とされている「めくら」。その言葉が生まれた時、もしかして「目が不自由」だということをズバリ表現するのではなく、あの方は「目が暗い」と少しやわらげて表現しようとしたのかもしれない。

しかし、今までの長い歴史の中で、「めくら」という言葉が、差別される場面で多用され、「~のくせに」という言葉と組合わさり、「めくらのくせに」と使われたことが強く印象として残り、「めくら」という言葉自体が、何か耳障りの悪いものになってしまったのではないか。と。


なるほどと思いました。


このように、「目が不自由」も「~なくせに」とくっつけると、差別する心があるかぎり、その表現を多用すれば「めくら」を「目が不自由」と変えたとしても、どんな言葉に言い換えても、時を経たらまたその言葉が耳障りの悪いものになる。そうしたら放送禁止用語が増え続け、何も話せなくなる。

 ダメなものに蓋をしていくだけでは、何も変わらない。


今まで私が触れてきた差別や人権について、ごちゃごちゃ思考が混じってしまっていた状態を、

桂 枝女太さんのお話で整理されたように思います。


悪気がある、ない。

配慮がない+無知。

配慮しているつもり+知識はあるが形だけ。

色々ごちゃ混ぜにしないで、整理しじっくりと考えることが大切。


多分、どこかで教わった(学んだ)言葉だけでなく、枝女太さんが自力で整理し考えた言葉で語ってくださったから響いてきたように思います。


公民館行事。

刺激を受けることが近日続いております。

時々頭に浮かぶこの言葉。

 

ネガティブケイパビリティ

 

何か疑問を持った時に、このご時世スマホ片手に検索をちょちょいとすれば、大抵答えにたどり着ける。

その疑問の種類にもよるけれど。

 

私には、ネガティブケイパビリティの能力が少ないんだと思う。

とにかく着地したい、すっきりしたい。

モヤモヤしたことや、わからない疑問はとことん調べて(でも下手だし記憶力も弱い)なんだかわからない時間を過ごしてしまったりする。また、自分の中だけでは留めておけず、他人に質問して、それも答えの出るものでもないのに、なんで?なんでだと思う?と質問して相手をイライラさせる時もある。(特に夫Tさんに)

 

そんな私が、最近とても気になっているのが。

歌詞。

なんでそんな歌詞なのか?

 

それは北原白秋の詩「犬のお芝居」(リンク先に詩あり)

なんなの??これは?

 

しかも、その詩に対して、山田耕筰、成田為三と有名な二人の作曲家が曲を作っている。

そんな魅力がこの詩にあるってこと?

 

確かにかわいい。

ちょっとアニメチックに様子が目に浮かぶ。

でも、これ、どういう状況?

と、私のネガティブケイパビリティの能力の無さが放っておけず、動いてみた。

 

なにか自分の腑に落としたいという一心で、色々調べまくる。

そんなことをしていたら、こんなの発見。

 

スズキコージの絵ってのがまたいい。

ちょっとイカレてるのがまたいい。(誉め言葉)

 
私が小さい頃に家にあって手に取っていたのはこちら。

全5巻セットだった。(谷川俊太郎 訳!)

 

幼心に、なんだかわからん。でもちょっと面白い、そしてちょっと怖いのがあった。

 

そんな慣れ親しんでいた「マザーグース」を北原白秋が訳していたなんて!

なんだか、近づいて来た気がする。

あの歌詞のトンチンカンな感じと、マザーグース。

うーーーん。近い?近い?

 

検索しまくっていた副産物で、「この道」という映画を発見。

 

 

2019年に童謡誕生100年(「赤い鳥」刊行100年)を記念して製作されたそう。

今日、やっとまとまった時間がとれてAmazon primeで有料(¥407)でしたが視聴した。

どれだけ事実の裏付けを取っているのか定かではないけれど、北原白秋の人となりがわかったのと、山田耕筰との繋がり、そしてその時代の大物たちとの関係。与謝野晶子、与謝野鉄幹、鈴木三重吉、三木露風、室生犀星、高村光太郎、萩原朔太郎、ほかにもちょい役の登場人物に知ってる人の名前が出てくる出てくる。この人たち面識あったのかぁ。

「赤い鳥」も、国語の授業(日本文学史)で習ったテスト勉強のための知識のひとつでしたが。

そこか!そして、その「赤い鳥」を作ろうとした鈴木三重吉の働きかけと、その流れ!

 

あぁ、学生時代の勉強って、こんなに遅くに「これか!」って時がやってくるのね笑い泣き

しかも、私が今回「犬のお芝居」でモヤモヤしなかったら、「これか!」にたどり着くことなく…。

 

で、今回のモヤモヤの決定的な意味とか結論とか、そういったことはわからなかったのですが、映画に度々出てくるセリフ。

「白秋の詩はリズム」

ということ。このリズムが童謡、そしてマザーグースにもぴったりと合致するのでしょう。

 

映画冒頭、雨の日縁側で人妻の膝枕で耳掃除をしてもらう白秋が雨の音を口ずさむシーンにすべてが詰まっている。

 

突然話が飛びますが。

なぜそんなに調べまくっていたかというと。今、来年1月に向けての勉強中。

来年1月に出演するコンサートは、「北原白秋」がテーマ。

映画では、白秋は子どもの心を持ち続けるダメ男としても描かれていたけれど、一方では純粋に詩を愛し、山田耕筰との出会いで音楽との融合で人間関係を深め合い、芸術が戦争に飲み込まれる辛さも描かれていた。

北原白秋と山田耕筰のタッグは、童謡も作れば、芸術歌曲も作っている。

誰もが知っている曲や、私が日本歌曲を学ぶようになって何度も耳にする有名な曲が、また違って見られる気がする。

 

今回のコンサートで演奏(私が伴奏する)する曲は、

犬のお芝居

蟹味噌(がねみそ)

松島音頭

全て、北原白秋&山田耕筰の作品。

しかも、3曲それぞれこれでもか!って位、キャラクターが違う(笑)

他の出演者のプログラムも楽しみアップ

 

 そしてこれらを読み返す。



これらの書籍に深く関わる、塚田佳男先生のレッスンを受けられる有り難さを、あらためて噛み締めています。

今日は公民館文化祭でした。

普段、公民館で声楽の個人レッスンのピアノ伴奏をしています。

今回は初めての参加でした。


寒い朝(男女デュエット)

東京ラプソディ(男性ソロ+コーラス)

村祭り(アンサンブル)


本番近くに男性二人が喉の不調が生じてハラハラしましたが、無事歌うことが出来ました。

会場の都合上、アップライトピアノで背中に歌の気配を感じながらの演奏だったのですが、楽しく演奏できたように思います。

譜めくりタイミングとか、楽譜の不意の風対策など念入りにした以外には、曲自体、私も楽しみながら演奏出来る本番だったので、プレッシャーは少なかったですウインク


それもあってか、少し気持ちに余裕もあり、出番前に他の講座の鑑賞も出来ました。

中でも一番印象深かったのは。

詩吟❗

講師の先生が作品の解説と進行をする形でした。

一番最初の方。ご年配の女性で、腰を丸めて杖をつきながら、少々小股でゆっくり登場。

観客の方を向き、右手でグッと杖を握り、体を支えながら、背筋を伸ばし、吟じ始めると❗びっくり

声が強く立派なのと、気迫と、真っ直ぐに見据えた視線、そして魂を込めた表情に釘付け。(多分、解説によると、内容は戦に関する漢詩だったと思います)その表現に何故か涙が出そうな位惹き付けられました。

演奏が終わると、スイッチを切ったように、腰を丸めて杖をつくおばあちゃんに戻って小股でゆっくり退場。

オンオフのギャップにもやられましたおねがい

あの吟じている姿は、ずっと忘れられないと思います。


シニア向けの脳トレリトミックも楽しかったです。(出来そうで、ウカウカしていると間違う笑い泣き)


私たちの演奏が終わってからは、更にリラックスして、リズムウォークでは8ピートのロックにのって、観客は座ったままで体をほぐす体操、バランスストレッチはゆったりした音楽で普段使わない体の部分をストレッチ。汗ばむ位、楽しみながら参加しました。


私が伴奏した講座の先生が、あと2つ講座を指導されていてその方たちの歌唱。ハプニングがありがらも、ニコニコ楽しく歌われている姿にほっこり。


毎回言ってる気がしますが、公民館活動ってやっぱり大事だなぁと。体や頭を動かして、参加者どうしコミュニケーションもとって。

そして、講師の方々の話術❗

ご年配の方々を明るい気分に導きながら、笑いと安心と癒しをくれる話しぶり。心とからだの健康に大事なことだと思いました。


動かしたり演奏ばかりでなく、作品展示も鑑賞しました。習うということや、打ち込むとか、上達を目指すとか、コツコツ作品を作ることも面白いだろうなぁ。

と、文化祭堪能しました。


来月頭にも、別の公民館の発表会の伴奏があります。来年2月にももうひとつの公民館でニコニコ

公民館活動って素晴らしい❗毎回、心動かされることがあります。楽しみです。


おまけ

(私の本名をご存じの方にしか通じませんが)

前置きさせていただきます。

これっぽっちもディスるつもりはありません。

皮肉でもありません。

私の中だけで大爆笑だったので、書きたい。

書かせて。

講座ごとに演目がプロジェクターでスクリーンに投影されていました。出番の時、楽譜を譜面台にセットしてふとスクリーンを見ました。講師⚪⚪⚪⚪、伴奏浜口信之。

へ?誰?

だーれーーー?

浜口て、信之て。だーーれーー?(笑)

名字も名前も一字ずつは合ってるんですけどね笑い泣き

惜しいっていうか、どんな間違い?(笑)性別も変わった(笑)(笑)惜しいのよ(笑)

演奏直前の小さな小さな私だけが気づいたハプニング。

それも含め、楽しい1日でした❗

先日映画の試写会に行ってきました。

招待券があるからとお誘いいただいて。

そういったことは滅多に無く、私でいいのかな?と思いつつ、有難く行かせていただくことになりました。

 

折角なので原作も読もうと、さっそく本屋さんで購入しました。

5つの短編で構成されていましたが、それらには繋がる仕掛けが施されています。それに気づく面白さがあります。

それから、性別、世代、立場が違う主人公の内面を、これ、一人の作家が書いたんだよなぁと感心しながら読みました。

 

タイトルは映画も同じ

「アイミタガイ」

 

オールカタカナのタイトル。

おまじないのように見えます。

前以て本の表紙を検索し、本屋さんで探した時、11年前に出版された表紙ではなく、映画化にともない表紙も映画のデザインになっていました。

初版時のデザインのフォントも、映画のフォントも、もちろん全体のデザインも、映画を観終わってから見て、作品を上手に表現されているなぁと、デザインの仕事にも感銘を受けました。

 

ネタバレになるので、内容触れるのはそこそこに。

 

欲張りな私は、ぜひ原作を読んでから!と思ったわりには、招待券をいただいた時に同封されていた、映画のオフィシャルサイトをじっくり読むことなく、試写会を迎えました。

 

見終わってからサイトをじっくり見ました。

当たり前なのかもしれませんが、一つの作品を作るにあたり、出会いや別れや、タイミング、過去からの繋がり、関係する人たちひとりひとりの想いが作品に繋がっていることを、サイトから知りました。

この楽しみも味わえて満足。

私のように後から製作の背景を知ると、もう一回そこちゃんと見たいとも思うかもしれません。

 

こういった映画製作の背景のことも、この作品ととても繋がっていると思います。

人と人は、どんなに自分が孤独だと感じていても繋がっています。

そして、その繋がりがあることにより、悲しみや怒りも生むけれど、救いや癒しや安心もくれる。そうやって人は生きている。

 

そんな当たり前のことですが、今回の映画を見て、改めて自分のことや周りのことを見ると、当たり前だけど見過ごしていることに気が付いて、胸の奥深くが「ぽっ」とあたたかく、また「ふわっ」と柔らかくなりました。

 

今回の試写会を主催した、特別試写会実行委員会の代表の方がこの作品を広め応援しようと思う気持ちも然り。

そのお話の中にあったエピソード。

13年前、「お名前を小説の登場人物に貸してください」という公募があったそうです。(実はその公募をされ作中に登場した方から試写会をお誘いいただきました)

 

お誘いいただいた方のお話しによると、名前が作品の登場人物になった人たちの集いもあったそうです。

この企画も、普段は出会うことも無い人と人を繋ぎ、もしかして既にどこかで影響し合っていることを実感する場所だったかもしれません。ニクイ企画です。

 

私は個人的に、ロケ地だった場所は妹の嫁ぎ先でなじみがあったので、さっそく妹にLINE。「聞いてはいたけど。観に行ってみようかな」と返事。

母は、私が誘おうかなと思ったら、今朝「昨日久しぶりに会った友達から誘ってもらった」とのこと。

なんだか広がってますねー。

 

あ、そうそう、この作品で今後意識したいことが増えました。

人に一歩踏み込む。ちょっとしたおせっかい。

私は極力、人には踏み込まない、おせっかいはしない、という意識が強いです。(自分が思っているだけかもしれませんが)

踏み込んでもらって、ちょっとしたおせっかいとかも、されて喜ぶことは多いのです。(時と場合によりますが、ほとんどが嬉しいことです)面倒を起こしたくない、相手の気持ちはわからないので余計な事はしない。そういうことが、身を守る時もあるけれど、ちょっと意識を変えてみると、人生また違った楽しみ方が出来そうだなと思いました。

 

それから、もう一つおまけ。

厚生労働省と「アイミタガイ」がタイアップとのこと。

先日10月10日は「世界メンタルヘルスデー」でした。

私は今まで気にしたことがありませんでしたが、たまたま使っているアプリ「Awarefy」がこの「世界メンタルヘルスデー」のキャンペーンとして、サブスク機能を開放していた期間があり、タイムリーで反応しました。

上記に何度も書いたように、人と人は何もしなくても繋がっていると思います。自分は孤独だ誰もわかってくれない、と閉じていたとしても、ふと周りを見渡せば、繋がりを見つけることが出来ます。

この「ふと周りを見渡す」ということの難しさがあるので、軽々しいことは言えませんが。その周りを見渡すきっかけは、こういった映画を観て自分に蓄えることかもしれないし、誰かの一歩踏み込んだ行為かもしれないし、ちょっとしたおせっかいかもしれないです。

人のあたたかさを信じたいと思います。

 

 

 

随分前の話になりますが。


mamoの部活のTシャツ。

背中に高校名と部活がプリントされています。


先日、先輩にロゴが剥がれてきてると教えてもらったらしく。帰宅時めちゃ不機嫌そうにしていました。

先輩や顧問の先生に、1着でも注文出来るか訊ねてみなよ、と言っても生返事。


汗っかきのmamo。

濡れた状態が長くて、剥がれてきたんだから、帰宅したらすぐに洗濯しやなあかんかったんや、と。


とりあえず、素材を観察すると、薄いラバー素材の張り付けプリント。


対処法を検索しました。

素人では難しそう。

検索の副産物として知ったのは、職人がいるらしく、ヴィンテージものを修理する仕事とかあるんですねー。


学校からの発注先のスポーツ店を思い出したので(Tさんが覚えていた)、直接訊ねることに。

1着でロゴ入りが注文出来るか訊ねました。


親切なお店のかたが、

「剥がれているのはどんな感じですか」

「1行、高校名が入っていて、部分的に剥がれています。上部にある、I AM NEXT.は剥がれてません」

「あ、I AM NEXT.はVICTAS(スポーツメーカー)のロゴですね😅」






あ、そうなんだ、恥ずかしい。

部活のスローガンやと思った😅


親切に、新しく買わなくても、ロゴのみ剥がしてプリント出来るとのこと。ラッキー。


外注なので、日数はかかりますが、と。

ゲームシャツでもないので、試合にも影響なく問題なし。

良かった良かった。


で、ふと思い出しました。

mamo、前に

「おれさー、汗ハンパなくて、絞れるんやで」

と話していました。


あ、絞ったな。捻ったな。

多分原因はコレ。

以後、気を付けるように伝えて、一件落着。