今日は、趣味で習っているジャズの発表会でした。(今日は歌う人として参加。月2回グループレッスンを受けています)


発表会というか、先生が企画する、誰でもエントリー出来るイベントに、先生のレッスンを受ける生徒のグループとしてエントリーしての参加でした。今回は4人がソロとアンサンブルをやりました。

定期的に開催されていて、今回で3回目。


エントリーしたのは、 小学2年生のピアノ、先生と生徒のウクレレデュオ、ボディメンテマッサージ師のふたりのベースとボーカルのデュオ、単独参加のおばさまに先生がピアノを添えるよし笛、盛り上げ力が光る鼻笛アンサンブル、お坊さんと郵便局長のギターデュオ、そして私たちでした。


この顔ぶれを見ても、年齢、普段のお仕事など様々、音楽のジャンルも様々。

これらを、ゆるく優しく、しかし、しっかりとまとめあげ、サポートされる先生。


毎回、出演者として少々緊張しながらも、観客として楽しみながら参加の出来る雰囲気が大好きです。


ジャズを習いたいと思ったきっかけは、友人の発表会を見に行ったことでした。

その発表会の雰囲気の良さ、そして、

英語の音を口から出したいというだけのミーハーな思い、続けてきた音楽の違うジャンルへの興味で習いたいと思ったのです。


今日は、当日突然誘った母も来てくれたので、帰りに色々話しながら、改めて、先生の魅力(人柄、人格、才能)に知らず知らず惹かれて、私は続けているんだなぁと再確認しました。


先生は現役ジャズミュージシャンなのですが、言語聴覚師でもあり、自閉症啓発活動や発達障がいの子どもたちの支援活動、学校教諭でもあり、私のような趣味の生徒や、実際ライブに立つミュージシャンの指導をなさるなど。いくつも顔があるのです。先生自身もジャンルを超えて学ばれたり、挑戦されていることがあるご様子。


今回の企画ひとつ見ても、先生の全ての顔が生きていました。ゆるく優しく、みんなを輝かせ、場を盛り上げる。専門家の目と誰もを大切にする姿勢。良い意味で、打ち合わせ無しでも、対応出来るサポート力には、いちいち感動していました。


クラシックに足を突っ込んでいる私には、刺激と学びもいっぱいです。

再現の芸術でもあるクラシック独特の世界があるんだな、と、そこしか知らなかった私は、ジャズの世界を覗くことで発見があったり、視野を広げてくれたりと良いことが沢山あります。


今月はじめにあった伴奏で出演した歌の発表会。

今回は、歌う立場。

この立場の違いも、見える世界が違いました。

そして、双方の立場で高めたいことも見えて来ました。


実は先生に学ぶようになって随分たちます。

発表する場も何度か経験させていただいてきましたが、趣味と割り切り(恥ずかしさもあり)、あまりブログにも取り上げなかったのですが、段々と私の中で、幼い頃から私の中心となっていた音楽の分野に自然と交わりが生まれてきて、区別することなく書きたくなってきたのです。


食べているものが身体を作るように、見聞き学んでいるものが自分を作っているということをしみじみ感じています。

ご縁に感謝します。

また、今回の企画のような世界が広がったら最高‼️と思っています。

今日は年に2回ある、声楽の発表会の伴奏でした。出演者は、趣味で声楽を学ばれていて、ご年配が多いです。

伴奏は二人のピアニストで分担しました。


1週間程前にふとTさん(夫)に

「あかんのよ、全然楽しめる域に行けてない。恐すぎる」

と呟きました。

「あと数日、なんとか調整して持っていくわ」

なんだか、一つ一つ頭の中がバラバラで、しかもまだ手についていない曲がいくつかあり、漠然と「不安」しかなかったのです。

少しいつもよりも曲数が多いということもありました。(全18曲)


最近、この発表会の私なりの目標は、緊張は相変わらずするけれど、楽しむこと。気持ちの余裕を持つことです。


その為にすべきことを整理して考えました。


①手に曲が馴染むように練習する。

曲との距離が遠くて落ち着かないのは、練習不足。弾くのに精一杯ではお話にならず。


②プログラムの流れを確実に把握する。

MCの原稿も早くいただけたので、脳内で本番を想定してプログラム順に何度も通す。一人一人のレッスンの録音を編集して、プログラム順に並べる。曲の切り替えの流れをからだに染み付かせる。(調性の変化について行けない時がたまにあり、そういったことが不安材料になる)


③衣装の着心地で気になるところが無いように、試着して演奏する。靴も履き、歩き方の足さばきもチェック。今回は上下組み合わせた衣装にしたので、ベルトがずれたりしないか、立ったり座ったりした時に、衣装に気を取られずにストレス無く演奏できるかチェック。

勿論、本番に使用するコンタクトも装着して弾く。


目的をしぼって一つ一つ取り組み、不安材料を潰していくうちに、不安が少しずつ減っていきました。(よぉーし!やれることはやった!と思っても本番には魔物がおりますが😅)

前日に、総まとめで練習していた時に、ふと、思いつきました。


曲一つ一つの魅力と、歌い手さんの魅力や個性の表現のお手伝いが出来たらいいな。

(長く演奏に関わり、この歳になって、まだこんなことを言ってるのかと笑われそうですが)

演奏する時に、それらの魅力をお客さんに伝える意識をすることを目標に、楽譜にそれらの魅力を言葉にして記入しました。


趣味と初めに書きましたが、生徒さんたち、みなさん真剣で一生懸命。人前で練習の成果を発表する発表会。本番の怖さから逃げずに、ステージに立たれます。ストレスゼロの癒しだけの趣味ではなく、ある意味自分を追い込んで本番を迎えています。それぞれの個性を出しています。それに乗っかり、私も楽しみたい❗


レッスンでよく、先生が

「本番でもし、間違えても、伴奏者がなんとかしてくれますから、止まらないで先に行って」

と仰います。

そうです。前奏で、あともうワンフレーズあったのに歌い始めたら、そこに飛びます。反対に前奏終わったのに歌う気配が無かったら、何かしら繋ぎます(笑)

責任重大ですが、案外これは無意識になんとかなります。


今日もリハーサルでお二人がそんなこともありましたが、本番はしっかり歌われました。

なのに、私が普段やらないミスタッチをしたり(魔物!)、そこに音は無いのに弾いてしまったりしましたが、惑わされることなく立派に歌われました。私の方が、救われました。


これからも、少しずつの負荷にも耐性を身に付けるための経験だ、と精進します。

色々細かくはやらかしましたが、一応、無事終了。



mamoの靴下修繕。

新しい靴下が買えないわけではないのです。


元々は、中学の部活引退の時に部員&顧問からのプレゼントの卓球ブランドの靴下が磨り減り、部分的に薄くなったので、何気に

「直す?」

とmamoに訊ねたら、

「直して」

と言われて修繕したのがきっかけでした。


それとは別に、ターニング


に憧れがあったのですが、まだそれには取りかかれていません。(ダーニングマッシュルームも欲しい)


mamoの靴下は、たまたまあったストレッチ素材のハギレが色もあっていたので、それを当てて修繕しました。

「履いてゴロゴロしたら、あきらめやなあかんな」

と言っていたら、

「案外何も感じやん」

とのことで、もうしばらく使えることになりました。


最初に貼った写真の靴下は、何の思い入れも無い靴下。これも、気が向いたら直してみています。

(もう流石に、新しい靴下は購入済みでいつでも出せるようにスタンバイ中)


縫い物や手仕事は、無心になります。

いつしか、この「無心」を目的に、靴下を修繕しています。


私はこういうことがよくあります。

「無心」を目的にすり替えることが多いのですが、よく「何か」にすり替えています。


忙しいのに苦し紛れでそうする時と、時間に余裕があってそうする時と。

改めて自分の癖に気がついたので、ここにメモしておきます。


写真の裁縫箱。

ディズニーランドのお菓子の缶。

中の道具は、小学生の時の家庭科で使っていたもの。これ、あるあるですよねー。

あ、針へ糸を通すアイテムは、買い足しました。

最近特に重宝するようになりました笑い泣き

谷川俊太郎さんが亡くなった。


谷川俊太郎に関することには興味があったので、作品も人も家族も、メディアで目にすると、素通りできなかった。沢山ありすぎで追いきれない程だったけれど。


今年は特にご縁を感じる年だった。

息子の進学した学校の校歌を書いていたこと。

谷川俊太郎の作品ばかりを集めたコンサートに出演したこと。

(その前にやりたい曲を選んで提出する際に、谷川俊太郎、息子の谷川賢作の作品を挙げていたこと)

先日の、北原白秋訳のマザーグースの前には、私は谷川俊太郎訳のマザーグースに触れていたんだなぁとあらためて感じたこと。


ほぼ日で沢山企画があったから、見に行ってみたら。特集が組まれてました。

谷川俊太郎さん、ありがとう。 | 谷川俊太郎さん | ほぼ日刊イトイ新聞


「谷川俊太郎質問箱」とか時々見てたなぁ。

全部見るには、膨大すぎてすごい量。

楽しみにチビチビと読んでいこう。


作品は教科書にもあったので、身近な存在だった。私の頃にも教科書にあった「スイミー」。

「訳」の役割を知るためにも、是非原語も読んでみたくなった。(あまりに身近過ぎて、今そう思った)


mamoが小学生の頃、音読宿題で毎日何かしら聞いていたけれど、たまたまICレコーダーを新調したタイミングで録音した「スイミー」が残っている。動画ではなく音だけだからか、音に耳が集中する。ここで公開したかったけれど、著作権の問題があって載せられない。

男の子は声変わりがあるということもあってか、かつての可愛い声に癒されまくっている。

滑舌の安定しない時期でありながらも、一生懸命発音発声し、文の内容に合わせて声色を変化させているので、場面の様子が目に浮かぶ。

ありゃこんな感性が当時あったのね。と、しみじみ。


是非、是非とも、音読の聞き役が毎日面倒だと嘆いている忙しいお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん。記録を是非‼️

本人の為にでなく、自分の為に❗(笑)(笑)

数年経って、かけがえのない宝物に‼️

相当癒されること間違いなしおねがい

今朝、イヤホンを着け、家の事(洗い物、洗濯)をしました。

 

聴いていたのはこちら↓

土井義春とクリス智子が料理を哲学するポッドキャスト

 

たまたまSNSで知って聴いてみました。

私が聴いたのは

「#28 細やかに心をはたらかせる」

 

聴きながら思い出したこと。

mamoが小さい頃、やらせてみたかったことで出来なくて残念だったことがひとつあります。

それは「料理」です。

 

今も時々思い出すのですが、かなり前に参加した、とある企画の場で、子どもたちに「料理」を教えている方と出会いました。(厳密に言うとその方を存じ上げてはいましたが、その方が「料理」について話されたのを初めて聞きました)

「料理」をいうものが、どれだけ色んな能力を使っているのか。

どんなに簡単な料理であっても、日々作るには、順番や道具や同時に複数のことをこなすなど、沢山の能力を使っています。

その当時、どんなにしょぼい(笑)料理であっても、なんだか自分はすごいことをやっているんだ!と励まされた気がして、嬉しかった記憶があります。

 

そんな「料理」を、子どもたちに、のびのびと工夫を凝らしながらさせてくれる、その方の料理の教室にmamoを行かせたかった(笑)

近所でもされていたので、余計に悔やまれます。

 

冒頭のポッドキャストの話からそれましたが、話を戻します。

ポッドキャストを聞いて「料理」は教育でもあり、文化でもあり、とどのつまり哲学だなぁと再確認したのです。

 

聴き始めた動機は、SNSでした。

私は面倒くさがりなので、家事をどれだけ楽しくするかをいつも探しているので、何かヒントがあるかも!と思ったのです。

 

たまにドキッとするようなことを土井さんは仰います。

でも、その説明と理由が付け加えられて、また視野がひろがることが度々ありました。(一見、えぇーー?!そうは言ってもさーと思うことも度々(笑)でも、土井さんの意見には理由があるというところまで話しています)

クリス智子さんとのおだやかなやり取りや、クリス智子さんの役割など。

 

ぼんやり聴きながら思ったのは、何でも「味わう」ことを忘れちゃいけないなと。速さ、合理化、コスパ、タイパ、それらに飲み込まれていたのでは味わえない「楽しみ」があるんだな、と思いました。

 

一生懸命何かをやりながら生きていることには、必ず「哲学」があるのが「あたりまえ」なんだなぁと思う今朝でした。